人・神・怪異など
拿督公(Datuk Kong)
- 拿督公
- 㘕啅公
- Datuk Kong
- Nadugong
マレーシアなどの華人が祀る土地の守り神。マレー社会の聖者・聖跡の信仰(keramat)に由来するとされ、華人の土地神の考えと合わさったと研究所が参照した研究は述べる。
資料の記述
陳愛梅・杜忠全の論文(2021)は、19世紀に南へ渡った華人の労働者が故郷の土地神の考えを持ち込み、見知らぬ土地で出会ったマレー社会の聖者・聖跡の信仰「科拉邁」(keramat)と融け合って、拿督公の崇拝が生まれたとする。
この記述の範囲: マレーシア(論文の調査範囲、約50の拿督公廟)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 601 頁(摘要)・603 頁(一、前言)・627 頁(五、結論)
陳愛梅・杜忠全の論文は、中国の土地公の神龕には「五方五土龍神、前後地主財神」と書くのに対し、マレーシアの土地公の神龕では「五方五土龍神、唐番地主財神」と改められており、土地を守る者に「番神」も加わっていると指摘する。
この記述の範囲: マレーシアの華人の土地公の神龕(論文の記述)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 605 頁(一、前言の末尾)
陳愛梅・杜忠全の論文は、華人の考えでは一つの土地には一つの神霊が守り手としているので、ここが「番邦」である以上、土地を見守るのも「番神」である拿督公であるべきだと説明し、ゴム園・鉱山・多くの園丘に拿督の信仰があり、ドリアンの果樹園では神龕を設けて、季節の初めに木から落ちた最初の実を拿督公に供えると書く。
この記述の範囲: マレーシア(論文の調査範囲)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 621–622 頁(四、1「土地神」)
陳愛梅・杜忠全の論文は、拿督公の「唐化」の程度を三つの層(級別)に分け、科拉邁の形を保つもの(土盛り・石・蟻塚・木の根、聖なる鰐や蛇や虎、術士や聖者の墓)、現地の神に華人の神を併せて祀るもの、名も姿も供物も華人の神と変わらない「唐人拿督」とし、数が最も多いのは第一の型だとする。
この記述の範囲: マレーシア(論文の調査範囲)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 609–620 頁(三、拿督公──番神唐化)と 627 頁(結論)
陳愛梅・杜忠全の論文が紹介する森美蘭州武来岩の石拿督の伝説では、華人の鉱夫を道案内し薬草で助けていた原住民の石滿が、拿督公に修練成ったと告げて姿を消し、のち鉱夫たちの夢に仙となって現れて玉皇大帝から武來岸の守り神に封じられたと告げ、洞窟の大きな白蟻塚から人骨が見つかったので、衣服と指輪から石滿と見て華人の習俗で葬り、廟を建てて祀ったという。
この記述の範囲: 森美蘭州武来岩(Broga)の石哪督廟の伝説(廟の特刊と論文の紹介)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 615–616 頁(三、(二)華番融攝)
陳愛梅・杜忠全の論文は、拉律戦争で英国側に処刑された義興党の頭目の蘇亞松について、死後に鰐となって英軍と戦い、英軍が彼を拿督公に封じて港を守る神になったという民間の伝説を紹介し、蘇拿督の廟には1895年の石香炉が残り、いまも洋酒で拝んではならない禁忌があると書く。
この記述の範囲: 霹靂州太平の蘇㘕啅公廟(論文の紹介)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 617–618 頁(三、(三)1「歷史人物」)
陳愛梅・杜忠全の論文は結論で、早い時期の華人の人物(歴史上の人物や伝説上の人物)も拿督公として祀られ、もとは華人でありながら土地の拿督公の神々の列に加わっており、南へ来た華人の土着化の跡がとくにはっきり見えると述べる。
この記述の範囲: マレーシア(論文の調査範囲)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 627–628 頁(五、結論)
陳愛梅・杜忠全の論文は結論で、華人が科拉邁を祀るのは早くに移り住んだ人々が土地の習いに従い、土地の崇拝に畏れを抱いたことの表れだとし、神龕や神像を作って華人のやり方で祀る取り込みと、供物をハラールに保つという異文化への敬いと畏れとの間に、不思議な張り合いが保たれていると述べる。
この記述の範囲: マレーシア(論文の調査範囲)
- 番神唐化──馬來西亞拿督公信仰 紙面 628 頁(五、結論)
Cheu Hock Tong の論文の注10は、知る限り中国本土・台湾・香港の華人が本文で述べたような社会的・宗教的な儀礼を行ったことはないと書く。
この記述の範囲: 論文の注(本文で何を指すかは今回見ていない)
- The Datuk Kong Spirit Cult Movement in Penang: Being and Belonging in Multi-Ethnic Malaysia Cambridge Core の記事頁 References 欄の注10