キョンシーラボ原典から読むキョンシー
夜の机の上に、糸で綴じた記録の束と巻いた紙、真鍮の鈴、符水の碗、黄色い札が置いてある。窓の外の山道を、小さな灯りの列が下ってゆく。
研究所の夜の机。窓の外の山道を、死者を故郷へ送る一行の灯りが下ってゆく(想像図)

キョンシーとは何か。古い文献、地域の文化と宗教、そして映画を調べて、どの資料のどこに何が書かれているかを、たどれる形で紹介しています。そのうえで研究所は、記録をもとに一つの世界を組み立て、物語にしています。

記録を読む資料館古い文献や研究に何が書かれ、映画がキョンシーをどう描いてきたかを紹介します。どの記述にも出どころと、確認がどこまで進んだかを示しています。この世界の決まり研究所の創作研究所が記録をもとに定めた、物語の世界の決まりです。死者と屍の違いや、死者を故郷へ送る人々が使う鈴・札などの道具を紹介します。物語で知る研究所の創作この世界で暮らす人々と、送られる死者を描いた短編です。欄外の解説では、作中の決まりや、もとにした記録も読めます。

問いから読む

資料館の記事です。ほかに 資料と作品(文献・作品・用語の項目)と 図版 があります。

  1. キョンシーとは何か――文献と映画から読み直す

    「キョンシー」と聞いて思い浮かべる姿は、人によって少しずつ違います。キョンシーとは、そもそも何なのでしょうか。

  2. 『子不語』の「僵屍求食」を読む

    清の時代の怪異の話を集めた『子不語』に、「僵屍求食」(僵屍、食を求む)という短い話があります。この話の僵屍は、どんな姿で、何を求めて出歩くのでしょうか。映画のキョンシーとしてよく語られる姿とは、どこが違うのでしょうか。

  3. 『霊幻道士』と『幽幻道士』の違い――最初の作品の紹介文を読み比べる

    日本では、どちらも「キョンシー」の映画として知られる『霊幻道士』と『幽幻道士』。その最初の作品どうしで、キョンシーと道士は、紹介文や作り手の言葉の中でそれぞれどう描かれていて、どこが同じで、どこが違うのでしょうか。

  4. 『聊齋志異』の「尸變」を読む

    清の蒲松齢が書いた『聊齋志異』は、怪異の話を集めた本です。その巻一に、「尸變」(しへん、死体の変)という話があります。宿の主人の息子の嫁が亡くなり、その遺体が起き上がって、泊まっていた旅人を追いかける話です。本文には何が書かれていて、後の映画で知られたキョンシーの姿とは、どこが同じで、どこが違うのでしょうか。

  5. 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む

    湖南の西、湘西(しょうせい)には、旅先で死んだ人を術で歩かせて故郷へ連れ帰る「趕屍」(かんし、屍を追い立てる)という話が伝わっています。キョンシーの由来の一つとしてよく挙げられる話です。古い記録には、実際に何が書かれているのでしょうか。後の映画で知られた、跳ねる姿や額に貼られた札、鈴を鳴らす道士は、どこまで記録にあるのでしょうか。

  6. 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線

    趕屍(かんし)の話では、旅先で亡くなった人が、術で歩かされて故郷へ帰ります。一行は死者専用の宿に泊まり、先頭の者が鈴や銅鑼を鳴らして人をよけさせる、と今ではよく語られます。映画では、墨を含ませた糸(墨の線)がキョンシーを防ぐ道具になりました。では、旅先で亡くなった人を故郷へ帰すことは、記録の上ではどう行われていたのでしょうか。死者を泊める宿、遺体や骨を背負って運ぶこと、鈴や銅鑼の音、屍を防ぐ墨の線は、それぞれどこまで古い記録にあるのでしょうか。

  7. キョンシーの等級を読む — 紫僵・飛僵・旱魃・殭屍王

    キョンシーには強さの「等級」があり、紫僵や白僵から始まって、飛ぶ僵屍や「不化骨」へと上がっていく。さらにその上に「殭屍王」や「殭屍真祖」がいる。ネットでは、こうした話が古い本に基づくかのように語られることがあります。では、古い話の中で、屍(しかばね)はどんな名で呼び分けられ、どんな順に並べられているのでしょうか。そして、一列に並んだ「等級」は、どこから来たのでしょうか。

  8. 墓を開けると屍は起きるのか — 盗掘の話と法

    墓を暴く者が棺を開けると、中の屍が起き上がって襲いかかる。今のキョンシーの物語や盗掘の物語では、おなじみの場面です。では、古い中国の話では、墓を開けると屍はどうなったのでしょうか。墓を暴いた者はどうなったのでしょうか。そして、実際の法は墓を暴く罪をどう扱ったのでしょうか。あわせて、「趕屍(死者を歩かせて故郷へ帰す術)は、じつは密輸の隠れ蓑だった」という説が、いつ、どんな形で現れたのかも確かめます。

  9. 茅山の道士と雷の法を読む — 映画の「茅山」と、記録の雷法

    キョンシー映画の道士は、しばしば「茅山(ぼうざん)」の道士と呼ばれます。茅山は山の名で、道教の一派の本拠でもあります。では、映画の道士はなぜ「茅山」の道士なのでしょうか。山の道派と、民間で「茅山」と呼ばれる術は同じものなのでしょうか。そして、道士が邪(よこしま)なものを打つ「雷の法」は、記録の上ではどんなもので、誰が担い、何を撃ったのでしょうか。雷で屍(しかばね)を撃つ話はあるのでしょうか。

  10. キョンシーはいつから跳ねるのか――清の怪談から香港映画まで

    キョンシー(中国語で僵屍・殭屍)は、映画では両足を揃えて跳ねて進む姿で知られています。この「跳ねて進む」屍(しかばね)は、いつごろから、どんな資料に描かれているのでしょうか。そして、額の札や清の官服、前に伸ばした両腕も、跳ねる姿と同じころにそろったのでしょうか。

  11. キョンシー映画の親はだれか――サモ・ハンと『霊幻道士』『幽幻道士』

    『霊幻道士』に始まるキョンシー映画の流行の生みの親は、サモ・ハンだと言えるのでしょうか。

  12. 道士はいつからキョンシーと戦うのか――清の怪談から『霊幻道士』まで

    道士(術者)がキョンシーと向き合い、術で止める・倒す、という形は、どこまでさかのぼれるのでしょうか。

集めた資料と、まだ分からないこと