短編集
研究所の創作 旅先で死んだ人を故郷へ送る人々と、送られる死者の物語です。
ここにある話は史実ではなく、研究所の創作です。研究所が古い記録を読んで定めた世界の決まり(生まれた土地に葬られなかった死者は、年とともに強くなってゆく。送るには銭がかかる。強くなった屍は弱らせて封じるしかない。など)をもとに書いています。資料に何が書かれているかは、問いから読むの記事をご覧ください。どの話も独立していて、どこから読んでもかまいません。
この世界の決まりは この世界の基本 にまとめています。本文の ◦ からも開けます。鈴・碗・札など、送る人々の道具の働きは この世界の道具 で、絵とともに紹介しています。
第一集 送る人々

死者を故郷へ送る人々の、五つの時代の物語。
- 封の家
明の末 / 江南の水郷の町 ・ 約 5200 字
石橋の三段目まで水が上がった年のことでございます。江南のその町では、朝に開けた戸を夕方に閉めるまで、雨の音が絶えませんでした。運河に沿う白壁は水を吸って灰色になり、橋の欄干(らんか……
- 草鞋の数
清の初め / 福建の海辺の町の義荘 ・ 約 4900 字
福建の海辺に、潮の引くたび、黒い泥と小さな貝殻とを見せる町がございました。町の人は海の向こうを、近いように語りました。帆を見れば一日、風が悪くても二日、と申します。しかし海の向こう……
- 鶴の胸
清の中ごろ(乾隆のころ) / 福建の山の関所に近い義荘 ・ 約 5100 字
乾隆のころ、福建の山には、関所の一つ手前に小さな義荘(ぎそう)がございました。門と呼ぶには低い板戸をあけると、棺を置く土間があり、その奥に人の寝る部屋が一つあるばかりです。番をして……
- 揃わない列
清の末(光緒のころ) / 湘西の山の街道と宿場 ・ 約 6400 字
清の光緒(こうしょ)のころ、湘西(しょうせい)の山には、日が落ちてから聞こえる鈴がございました。その音が近づきますと、街道の茶店では戸を引き、外につないだ犬を裏へ入れたものでござい……
- 二つに分かれた死者
民国の初め / 広東の河口から内陸への川筋 ・ 約 5300 字
民国のはじめ、広東の河口に近い小さな港町で、阿蓮(あれん)が初めて人から先生と呼ばれたのは、雨の上がった朝でございました。
第二集 寓話

送られる死者と、生きた人の小さな行いをめぐる、短い寓話。
- 一筆(ひとふで)
明の末 / 江南の水郷の町と、徽州の山あいの村 ・ 約 2900 字
江南の水郷の町に、汪(おう)という質屋がございました。十二の年に徽州の山から下りてきて、五十年のあいだ、同じ石橋のたもとで質札を書いてきた男でございます。
- 伽羅の箱
清の中ごろ(乾隆のころ) / 洞庭湖に近い茶問屋の町から、湘西の山の村へ ・ 約 3200 字
洞庭(どうてい)の湖に近いその町は、茶と米の問屋が軒を並べ、朝から晩まで秤(はかり)の鳴る町でございました。中でもいちばん大きな構えは沈(しん)の茶問屋で、看板の金文字は雨の日にも……
- 六枚目の札
清の末 / 湖南の川べりの町から、貴州の山へ上る街道 ・ 約 2600 字
清の末のことでございます。湖南の川べりの町から、貴州の山へ上ってゆく街道に、胡四(こし)という葬送師がおりました。鈴を振って死者の列の前を歩き、碗(わん)の符水(ふすい)を一滴もこ……
- 半拍の鼓
清の末 / 湖南、沅水のほとりの宿場町 ・ 約 2800 字
清の世も末のころ、湖南の沅水(げんすい)のほとりに、船着き場と宿屋ばかりの小さな宿場町がございました。
- 一本の線香
民国の初め / 湖南、沅水沿いの小さな川港の町 ・ 約 3300 字
民国と年号が改まって、まだ三年目の秋のことでございます。沅水(げんすい)のほとりのその町では、大人たちが辮髪(べんぱつ)を切るか切らぬかでもめておりましたが、子どもたちには、もっと……
第三集 活劇

雷でも火でも滅ぼせない屍を、弱らせ、封じ、送るまでの戦い。
- 反る札
明の末 / 江南の運河の町 ・ 約 7600 字
一
- 揃いすぎる列
清の中ごろ / 湘西の山の関所に近い義荘 ・ 約 5300 字
湘西(しょうせい)の山の奥、関所から坂を一つ下ったところに、古い義荘(ぎそう)がございました。瓦は苔に覆われ、門の脇には、柩(ひつぎ)を載せる板の台が雨ざらしになっております。番を……
- 吊り橋の拍
清の末(光緒のころ) / 湘西の峡谷にかかる鉄の鎖の吊り橋 ・ 約 6500 字
光緒のころ、湘西の山あいに、深い谷を跨ぐ一本の吊り橋がございました。両岸の岩に据えた橋楼(きょうろう)から、鉄の鎖が向こう岸へ渡してあります。下の九本には板を並べて道とし、左右の二……
- 一度きりの雷
清の末 / 湖北の北の丘の村 ・ 約 6500 字
光緒の末の夏、湖北の北の丘に、ひと月あまり雨の落ちない年がございました。田の泥は乾いて亀の甲のように割れ、割れ目の底には、白くなった稲の根がのぞいております。村の者は朝に井戸をのぞ……
- 匂いの関
民国の初め / 山から下る川の曲がり目の渡しの関 ・ 約 7000 字
民国と年号が改まって三年目の秋のことでございます。山から下る川がひとつ大きく曲がるところに、渡しの関がございました。岸には石を積んだ船着き場があり、その上に板葺きの番所と、梯子で上……
第四集 哀話

誰も悪くないのに、すれ違いや待つ時間のなかで、悲しい別れになってしまう。送る人と送られる人の話。
- 三十里
清の初め / 福建の海辺、内へ移された村と捨てられた浜の村 ・ 約 4000 字
清の初めのころ、福建の海辺では、国の命令で、浜から三十里のうちに住む者がみな内へ移されたのでございます。家は焼かれ、舟は壊され、浜と村々とのあいだには溝が掘られ、土の垣が築かれまし……
- 行き違い
清の中ごろ / 江西、贛江沿いの街道の茶店 ・ 約 3900 字
乾隆のころ、江西には、贛江(かんこう)に沿って南の嶺へ上ってゆく長い街道がございました。北の南昌(なんしょう)から南の梅嶺(ばいれい)の関まで、塩や茶や焼物を担ぐ人夫が、昼も夜も絶……
- 緡(さし)の長さ
太平天国の乱のころ / 安徽の町の義荘 ・ 約 3800 字
咸豊(かんぽう)のはじめ、長江の南の岸では、長毛(ちょうもう)と呼ばれた軍と官の軍とが、幾度も同じ城を取ったり取られたりしておりました。岸から一日ほど北へ入ったその町には、南から逃……
- 杖の間
清の末 / 四川の塩の山道 ・ 約 3900 字
光緒のころ、四川の東の山には、塩を背負って峠を越える道がございました。背夫(せおいふ)と呼ばれる男たちは、背の荷を下ろさずに休むため、丁の字の形をした杖を持って歩きます。息が上がる……
第五集 楽しい話

送る人と、律儀な死者と、にぎやかな生きた人の、明るい話。
- 畦(あぜ)の一本道
清の中ごろ(嘉慶のころ) / 浙江の南、処州の山あいの棚田の村 ・ 約 4800 字
嘉慶のころ、浙江の南の処州(しょしゅう)の山には、谷底から峠の下まで、階段のように田を刻んだ村がございました。春の田植えの前には、どの段にも水が張ってあります。月の夜にはその一枚一……
- 腰の草鞋
清の中ごろ(嘉慶のころ) / 江西、景徳鎮の窯町から山を二つ越えた茶の村へ ・ 約 4400 字
江西の山ふところに、昼も夜も窯(かま)の煙の絶えない町がございました。町の瓦は煤(すす)で黒く、道には割れた器のかけらが敷かれて、雨の日でも足が沈みません。その町の外れに、甘(かん……
- 列ごっこ
清の中ごろ(嘉慶のころ) / 江西、景徳鎮から東へ入った茶畑の村 ・ 約 4800 字
嘉慶のころ、江西の景徳鎮から東へ二日ほど山へ入ったところに、茶畑ばかりの小さな村がございました。窯(かま)の町で働いて亡くなった人が、山の奥の故郷へ送られてゆくとき、一行はよくこの……
- 九つの碗
清の中ごろ(嘉慶のころ) / 四川、自流井の塩井から北の丘の村へ ・ 約 5300 字
四川の自流井(じりゅうせい)という土地には、塩の井戸がいくつもございました。櫓(やぐら)の上に竹の管を吊り、地の底から塩水を汲み上げるのでございます。汲み上げる車を回すのは水牛で、……
- 元宵(げんしょう)の儺(な)
清の道光のころ / 江西、景徳鎮から南の山へ向かう街道の村 ・ 約 4300 字
道光のころの正月十五日、元宵の晩のことでございます。
第六集 その先の話

送る仕事が終わった秋から、その先の時代へ。残った鈴と札と、待っている死者の話。
- 碗の跡
1940 年代の終わり / 湘西 ・ 約 4100 字
町の役所の旗が替わった秋のことでございます。沅水(げんすい)へ注ぐ支流のほとりのその町では、朝に米一升を買えた紙の銭が、夕方には半升にしかなりませんでした。人は紙の銭を受け取るとす……
- 鈴の箱
1937〜1993 年 / 湘西と、台湾の東の町 ・ 約 8700 字
鈴は真鍮で、舌(ぜつ)は鉄だった。握りは丸く、右でも左でも手に馴染む。十三の春に、父が川下の町の鋳物屋で誂えてくれたもので、父の鈴より少し高い音がした。同じ音の鈴は二つと無い、と父……
- 封の棺
2008 年 / 湘西の川港の町と、江西の窯町の奥の村 ・ 約 9200 字
長距離バスは、川沿いの新しい道を下りてきて、町の手前で一度止まった。窓の外に、黄色い重機が三台並んでいた。首を垂れたまま動かない。その向こうに、瓦の落ちた古い屋根が一つ残っていた。
- 撿骨の日
2016 年 / 台湾の南の古い町 ・ 約 9200 字
まだ暗いうちに、施家豪(し・かごう)は会社のワゴン車の後ろを開けた。
- 土地廟のない村
2024 年 / 湘西の山の村 ・ 約 9100 字
町から村へ上がるバスは、日に二本しかない。
第七集 海を越えて
海の向こうで死んだ人の骨が、船で故郷へ帰る。鈴も碗も使わない骨送りの、故郷の土と、会館の帳面の話。
初稿です。欄外解説と挿絵は準備中です。
- 壺の有る棺
1911 年 / 海の向こうの港町、会館の墓地 ・ 約 7900 字
棺の蓋が外れますと、骨洗いの手は、骨より先に、頭のあった所の下へ入るのでございます。
- 揺れの間
民国の初め / 太平洋を渡る汽船の船底 ・ 約 7700 字
船は、揺れるものでございます。
- 引き取り人を求む
1927 年 / 香港、港の善堂の義荘 ・ 約 8000 字
登記簿の一行は、こう並んでおります。着いた日、船、提単(ていたん)の番号、箱の数、郷、名、置き場、壺か札か、札の年、出た日。欄の名は頁の頭に一度だけ刷ってあり、あとは區啓(おう・け……
- 一包み
1933 年 / 広東の川の多い土地の村 ・ 約 8200 字
民国の七年の春、梅(ばい)の村から若い者が四人、海の向こうへ渡りました。そのうちの一人が、梅有壽(ゆうじゅ)でございます。十八でございました。
- 立春の朱
1937〜1949 年 / 香港、港の善堂の義荘 ・ 約 8100 字
港の義荘(ぎそう)の書記の仕事は、数えることでございます。