キョンシーラボ原典から読むキョンシー

研究所の創作 短編集

土地廟のない村

2024 年 / 湘西の山の村

同じ人 碗の跡(石保と母。七十五年前の桐の下)・鈴の箱(金貴と、缶の中の鈴。海を渡って一度目)・封の棺(月英と福祥。祖父の帳面。十六年前の火の送り)この世界の基本 義荘と土地の神・香・鈴と拍・送る二人・死者と屍

本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本

町から村へ上がるバスは、日に二本しかない1山の路線バスは、白い布で包んだ四角い荷を膝に載せた客からも、一人ぶんの運賃しか取りません。死者は数に入れない、というのが運転手たちの言い分です。昔の一行が二晩かけて上がった山の道を、いまのバスは一時間あまりで上がりますが、棺だけは今も載せません。同じ場面 → 鈴の箱。

石小蓮(せき・しょうれん)は後ろから二つ目の席で、膝に鞄を抱えていた。鞄の底には、出し物の楽屋から持って帰った化粧落としの瓶が一本入っている。蓋の閉まりが悪く、手を入れると指先が油でぬるりとした。白粉を落とすための油で、椿の匂いがする2湘西の山の村では、納棺の前に、女の死者の髪を茶油で梳きます。茶油は椿の仲間の実から搾る油で、甘く青い匂いがする。送られて帰る女の死者の髪からは、村に着くまでこの匂いが抜けなかった、と年寄りは言います。この辺りでは、化粧の匂いと弔いの匂いが、同じ油の匂いです。。三年のあいだ、夜ごとにその油で顔を拭いた。

観光地の夜の出し物で、小蓮は死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍の役をしていた。

額に黄色い紙を垂らし、顔を白く塗り、胸に四角い刺繍を縫いつけた長い衣を着る。刺繍は糸でなく、布に刷った絵だった3官服の胸の補子は、本来は色糸で刺すものです。清の世の安物の補子屋は、地を墨で塗って糸を惜しみ、雨の夜には死者の胸に黒い汗をかかせました。布に刷った補子はその先を行き、糸を一本も使いません。もっとも、出し物の死者は雨の夜に山道を歩かないので、困った者は一人もいませんでした。同じ場面 → 揃わない列・鶴の胸。五人が一列に並んで、両足を揃えて跳ぶ。前には道士の衣を着た男が一人立ち4出し物では道士が前に立って鈴を振りますが、鈴と碗は葬送師の持ち物で、道士は列の後ろで札を預かります。死者の拍(鈴と足音の刻む間)はまず碗の水面に映るので、碗を持つ者が前に立つ。前と後ろが入れ替わったのは、消えた仕事を遠くから見た者たちの記憶が、そう並べ替えて語り継いだからです。同じ場面 → 列ごっこ・封の家この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人、鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍を振るまねをする。音は鈴からでなく、舞台の脇の箱から出た。録った音を、係の若い男が機械で流した5録った鈴の音は、死者を一人も動かしません。鈴が死者と結ばれるのは、打つ者が足の着く音の尾を聞いて、次の一打を置くからです。録った音には、その聞く耳がありません。景区の出し物が幾年鳴らし続けても、客席のほかに応えるものが無かったのは、このためです。同じ場面 → 半拍の鼓記録 → 旅の死者を故郷へ帰す。

夜の観光舞台で、白い化粧と額の黄色い紙を付けた五人の役者が両足を揃えて跳ぶ。脇には音響係とスピーカー、客席では携帯の画面が光る。
録った鈴の音で跳ぶ五人の中に、小蓮の拍が揺れる(想像図)

跳ぶのは難しくなかった。膝を曲げずに足首で跳び、踵から先に着かない。ほかの四人はよく拍を外した。小蓮は外さなかった。演出の男は初めのうち小蓮を褒め、ひと月ほどすると、少しだけ文句を言った。

「揃ってはいるんだけどな。君だけ、なんだか生きてるみたいに揺れるんだ6出し物の稽古は、録った鈴の音に合わせて、五人の着く音が一つに聞こえるまで繰り返します。演出の男は目でなく耳で揃いを見る人で、小蓮の揺れに気づいたのも、五つの着く音のうち一つだけが、ほんのわずかに尾を引いたからでした。この決まりの要 → 揃いすぎる列同じ場面 → 半拍の鼓。もっと揃えて」

小蓮は揃えようとした。できなかった。揺れているつもりが無かったからだ。

出し物はこの秋で打ち切りになった。見に来る客が、携帯の画面の中で、もっと派手な踊りのほうを見るようになった。小蓮は衣装を返し、額の紙を三枚だけもらって7出し物の額の紙は、札の字に似せて、一画だけ違えて刷ります。道士が子どもに本物の字を書かせないのと同じ用心で、宛て先(どの死者のために書いたか)の無い紙は何も止めません。楽屋では、この紙を帰りの鞄に入れて持ち帰るのが、打ち上げの日のならいでした。三枚持ち帰っても、鞄の中で何かが起きる心配はありません。同じ場面 → 封の棺・列ごっこ、省都の知り合いの店でふた月働いた。そこへ母から電話があった。祖母の足が悪くなった。村へ一度帰ってやってほしい。

バスは川沿いの道を離れ、山へ入った。窓の外で、斜面の茶油(ちゃゆ)の木が白い花を少し残していた。実から油を搾る、椿の仲間の木だ。実はもう取り入れが済んで、家々の軒先には、割れた殻が筵の上で黒く干されていた。

 *

村の入口で、小蓮はバスを降りた。

道は十年前に舗装されて、村の入口の広場まで車が入る。舗装の縁には、古い石段の石が幾つか、はがされずに埋まっていた8石の道でも、石が土に据わっていれば土のうちで、碗の符水(死者を眠らせる水)は石を伝って土へ通います。けれどもコンクリートは水を通さないので、土の上にあっても土のうちに入りません。舗装の上に碗の水を注いでも、村の土には届かない。舗装の縁に残った古い石段の石は、村の土に通じる数少ない石です。基本 → 碗の符水同じ場面 → 封の家。広場の脇には、葉を落とした桐の木が一本立っている9山の村では、土地廟の脇に桐を植えます。桐は十五年で棺一つぶんの板が取れ、急ぎの棺は軽くて乾きの早い桐で組むからです。送られて帰る死者も、村の入口のこの木の下で、家の者の棺に迎えられました。「碗の跡」の石保の白木の棺が二晩待っていたのも、この桐の下です。同じ場面 → 碗の跡。幹の下のほうに、苔の生えた平たい石が三つ、並んで地面に据わっていた。小蓮は子どものころから、それを腰掛けだと思っていた。

村には三十軒ほどの家がある。人が住んでいるのは、そのうち十軒あまりだった。若い者は町か、ずっと南の工場の町へ出ている10昔、送る仕事の客の多くは、よその土地へ働きに出て死んだ若い者でした。いまも若い者は遠くへ働きに出ますが、死ぬのはたいてい村に残った年寄りの方です。帰りを急ぐのは死者でなく、生きた子の方になりました。仲間の骨を抱いて列車で帰る話は、いまも工場の町の寮でときどき聞かれます。同じ場面 → 杖の間記録 → 旅の死者を故郷へ帰す。残っているのは年寄りと、年寄りに預けられた小さな子が二人。

石家は谷の上の、畑を見下ろす所に建っていた。木の柱に、土を塗った壁。家の半分は板の間で、半分は土間だ11死者は葬る日まで板の間に寝かせ、土間には下ろしません。術で動かされたことのない魄は、生まれた土に触れるとそこで眠ろうとするので、土間に寝かせれば、家の土間に眠ってしまうからです。棺を据えるのも板の間で、死者が土に触れるのは墓の中が最初です。同じ場面 → 撿骨の日・封の棺。土間は踏み固められて黒く光り、冬でも湿った土の匂いがした。

祖母は土間の竈の前に、低い腰掛けを置いて座っていた。右の膝に古い毛布を巻いている。

「痩せたね」と祖母は言った。「顔の白いのは、もう落ちたかい」

「とっくに」

小蓮は鞄を板の間に置いた。祖母は、孫娘がどんな仕事をしていたかを知っていた。一度、母が携帯で撮った出し物の動画を見せたことがある。祖母は長いあいだ画面を見て、それから、衣の胸の刺繍を指で叩いた。

「うちの死んだ者に、こんなものを着せた人はいないよ。石保(せきほ)だって、木綿だった12刺繍の胸当てを付けた官服は、自分で送る代を払える死者の印です。塩を背負う背夫だった石保は、「碗の跡」で母が塩の袋で代を払い、ふつうの木綿の死装束のまま歩いて帰りました。人の目に残ったのが珍しい官服の屍ばかりだったので、出し物の死者はみな官服を着ています。基本 → 銭同じ場面 → 碗の跡」

石保は、祖母の夫の、父の弟だ。小蓮は顔も知らない。十九で町の宿で死に、年寄りの葬送師に連れられて、夜の山道を歩いて帰ってきた人。家ではその話を、夕飯のあとに、ときどき誰かが短くした。

 *

帰って三日目の晩、祖母は去年の冬の話をした。

谷の下の家の婆さんが死んだ。息子と嫁は隣の県の工場の町にいて、知らせを受けて列車とバスを乗り継ぎ、二日目の夕方に着いた13死者の魂は、死んで三日のあいだ土地の神が預かります。昔、遠くで働く子が三日のうちに帰り着くのは難しいことでしたが、いまは列車とバスを乗り継げば、南の工場の町からでも二日あまりで村に着く。三日で帰り着ける道ができたのは、この村の土地廟が無くなったあとのことでした。同じ場面 → 鈴の箱。婆さんは板の間に寝かされ、枕もとに線香この世界では死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。基本 → 香が立っていた。

「わたしは、あの家の線香をずっと見ていたんだよ」と祖母は言った。「死んだ晩は、煙が婆さんのほうへ折れた。あくる日の昼には、もう、まっすぐ昇っていた14香の煙は、吸う魂がいればその方へ折れ、いなければ真上へ昇りきります。預かる土地のいない村では、魂は死んだその晩から散りはじめ、たいてい一晩で散りきってしまう。谷の下の婆さんの煙が、あくる日の昼にはもうまっすぐだったのは、そのためです。この決まりの要 → 一本の線香同じ場面 → 鈴の箱。息子が帰ってきて線香を上げたときには、天井まで一本だった」

祖母は竈の火を火箸で寄せた。

「いなかったんだよ。息子が着いたとき、あの人はもう」

小蓮は黙って聞いていた。

「昔は、三日は待ってくれたんだよ」と祖母は言った。「人が死ぬと、まず土地に知らせに行った。土地の神この世界では義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。基本 → 義荘と土地の神さまが、魂を三日預かってくださる15葬送師が死者に術をかけるのも、この三日のうちでした。三日を過ぎると土地の神は魂を手放し、魂は薄れはじめる。「碗の跡」の石保に術がかかったのは死んだ翌日から数えて三日目、町の土地の神が手放す間際です。四日も待たせれば、鈴に応える魂はもう細くなっています。同じ場面 → 碗の跡・腰の草鞋。そのあいだに、遠くの子も帰り着いた。わたしがこの家へ来たころの婆さま、石保の母さんは、そう言っていた」

「土地の神さまは、どこにいたの」

「桐の下」

祖母はそれだけ言って、それ以上は言わなかった。

 *

翌朝、小蓮は谷の下の麻(ま)の家へ、祖母の作った粥を届けに行った。

麻爺は八十を六つ越えている。村でいちばん年を取っていた。ひと月ほど前から床を離れず、隣の家の女が朝と晩に様子を見に来る。息子の永林(えいりん)は南の工場の町で、機械の番をしていると聞いた。

麻爺は板の間の寝床で、薄い布団をかけて目を開けていた。部屋には、干した唐辛子と、古い綿の匂いがした。

小蓮は粥の椀を枕もとに置いて、桐の下の石のことを尋ねた。

麻爺はしばらく天井を見ていた。梁から、藁で縛った唐辛子の束が下がっている。

「腰ぐらいの高さの、小さな家だった」と麻爺は言った。「石を積んで、上に平たい石を一枚。中に、土地の爺さんと婆さんの、木の像が二つ。婆さんのほうが、鼻が欠けていた。わしの父親が子どものとき、ぶつけて欠いたんだそうだ」

麻爺は笑おうとして、咳をした。

「あの年に、壊した」

それだけだった。誰が壊したのかを、小蓮は尋ねなかった。麻爺も言わなかった。下に据わっている三つの石は、そのときに残った土台の石だと、麻爺は言った。上に積んだ石は、谷へ転がされた。像は燃やされたのか、誰かが持って帰ったのか、分からない。

「それから、この村には土地がいない。死ぬと、すぐに散る。わしのときも、そうだろう」

麻爺は目を閉じた。小蓮は粥の椀に蓋をして、そっと戸を閉めた。

帰り道、小蓮は川へ下りた。谷の底を浅い川が流れ、河原に丸い石がいくらでも転がっていた。小蓮は腰をかがめて、一つ拾った。冷たく、濡れて、手のひらより大きい。川の音の中で、しばらくその石の重さを量っていた。

 *

石は、三日かけて運んだ。

背負い籠に四つか五つずつ入れて、河原から桐の下まで坂を上る。石は思ったより重く、籠の縁が肩に食い込んだ。二日目の夕方には、祖母が杖をついて広場まで出てきて、石の選び方に口を出した。

「丸いのは下に使うんじゃないよ。転がる。平たいのを下に」

小蓮は土台の三つの石の苔を、手で剥がした。苔の下の石の面は、思ったより平らだった。その上に、平たい石から積んだ。隙間には小石を噛ませた。三方を囲って、前を空ける。高さは、小蓮の腰まで。屋根にする平たい石は、河原にちょうどいいのが一枚しか無かった。二人がかりでなければ持ち上がらない大きさで、隣の家の男が、畑の帰りに手を貸してくれた。

葉を落とした桐の下で、小蓮が三つの土台の石に平たい石を積む。祖母が杖をついて助言し、隣の男が大きな屋根石に手を掛ける。
三つの古い土台から、祠を積み直す(想像図)

男は屋根の石を据えてから、手の泥をズボンで拭いた。

「何を入れるんだ。像か」

「字を書いてもらう」

「誰に」

小蓮には、まだ当てが無かった。

 *

札を書ける人は、町にいると祖母は言った。

「川港の町に、覃(たん)という家がある。道士の家だよ。葬式の法事をしている。昔は札も書いた。石保が帰ってきた年にはもう、その辺りで札を書ける人は、ほとんどいなかったそうだけど」

小蓮は朝のバスで町へ下りた。川港の町は、小蓮の覚えているより建物が高くなっていた。川べりの古い通りは半分が壊され、囲いの向こうで機械が土を掘っていた。葬具の店で覃家の場所を尋ねると、店の主は奥の棚から名刺を一枚出した16いまの道士の仕事は、表向きはすべて葬式の法事です。葬具の店が棚に置く道士の名刺にも、名と電話の番号しか刷ってありません。封の札(棺や壁に留めて、屍を閉じ込める札)を頼む者も札とは言わずに「法事を一つ」と頼み、謝礼の封筒にも法事と書く。店の主は、どの客にどの名刺を出すかを、客の顔つきで決めます。同じ場面 → 封の棺。名刺には覃福祥(たん・ふくしょう)という名と、電話の番号が刷ってあった。

覃家は坂の上の、壁の古い家だった。戸口に出てきたのは、五十前後の女だった。髪をひとつにまとめ、灰色の上着の袖を肘までまくっている。袖の下の手首に、朱の色が薄く残っていた17札の朱は膠で練ってあるので、肌に付くと灰汁でも落ちず、乾くとかすかに皮を突っ張らせて、三日ほどで皮と一緒に剥がれます。札を書く道士は、紙に添える左の手首の内側に朱が付く。手首の朱が消える間の無い者は、月に幾度も札を書いている者です。同じ場面 → 封の棺・一度きりの雷。

「叔父は腰を悪くしていて、今は起きられないの」と女は言った。「わたしは月英(げつえい)。代わりに話を聞くわ」

小蓮が話すあいだ、月英は一度も口を挟まなかった。土地廟(とちびょう)が無いこと。去年の冬の婆さんのこと。麻爺のこと。石を積んだこと。話し終えると、月英は奥へ入り、しばらくして、紐で綴じた古い帳面を一冊持って戻ってきた。表紙の紙は茶色く、角が丸く擦り切れていた。

「祖父の帳面。土地を迎える札の書き方が、ここにある」

月英は帳面を開いた。細い字で、紙の選び方、朱の練り方、書く日の決め方18土地を迎える札は、村に死者のいない日に書きます。預ける魂の無いうちに土地を座に着かせ、最初の死者を迎える支度を整えておくためです。日は暦で土を動かしてよい日を選び、時は朝のうち、日の影が祠の前にかからないうちに書き終えます。が書いてある。月英は頁の端を指で押さえたまま言った。

「書いたことは無いの。叔父も無い。うちで書くのは、封の札と、葬式の札ばかり。土地を迎えるなんて頼みは、わたしが生まれてから一度も来なかった」

月英は帳面を開いたまま、膝に載せていた。

「それに、札だけでは足りないかもしれない。土地の神さまが、そこに村があると知るのは、鈴の音からだった、と祖父は書いてる。昔は、死者を送る列が、祠の前を通るたびに鈴を低く振った。通る断りでもあり、ここに村がある、ここに人が住んでいる、と知らせることでもあった。だから新しい祠には、札と一緒に、一度は鈴を聞かせる」

「鈴は、どこで」

月英は少し考えてから言った。

「上流の村に、鈴が一つ帰ってきた、という話を、叔父から聞いたことがある。ずっと前、海の向こうから、骨壺と一緒に。本物の、送る鈴だって」

奥の部屋から、男の声がした。かすれて低い声だった。月英は立って、その部屋の戸口へ首を入れた。しばらく話す声がして、月英は戻ってきた。

「叔父が、石は何の石かって。河原の石だと言ったら、それなら札は糊で貼るな、麻紐で結べ、って。川の石は冬に汗をかく19河原の石は、川の冷えを腹に抱えたまま運ばれてきます。冬の朝に日が当たると、表に細かい露を結び、触れた指が濡れる。糊で貼った札はこの露で一晩のうちに浮くので、石の祠には、死者の額の札と同じく麻紐で結びます。紐は一度水で揉んでから結ぶと、乾いてよく締まります。同じ場面 → 揃わない列・吊り橋の拍。糊は一晩で浮く」

月英は帳面の頁に、細い紙を一本挟んだ。

「それと、土台の石が残っているなら、それを使え、って。土地は、元の場所を覚えているから20土地の神が宿るのは、像でも祠でもなく、据えた場所です。だから祠を建て直すときは、古い土台の石を動かさず、その上に積みます。やむなく場所を移すときは、土台の下の土をひと握り持って行き、新しい土台の下に埋める。土台の石が残っていれば、像が無くなっても、土地は帰ってこられます。同じ場面 → 撿骨の日」

小蓮は、苔を剥がした三つの石のことを話した。月英は頷いて、帳面を閉じた。

 *

月英は四日後の朝、自分の車で村へ上がってきた。助手席に、老人を一人乗せていた。

彭金貴(ほう・きんき)は七十を幾つか越えていた。背は曲がっていないが、歩くとき右の足を少し引いた。膝の上に、錆の浮いたビスケットの缶を抱えていた。缶の角は擦れて、そこだけ地の鉄が黒く出ていた。

金貴は広場で車を降りると、桐の下の石の祠をしばらく眺めた。それから小蓮に向かって、先に言った。

「わしは鳴らし方を知らない。叔父に習ったことも無い。一度だけ、叔父の手の癖を思い出して、長く鳴らした。それきりだ」

「それでいい、と月英さんは言いました」

「月英さんは、そう言うだろう」

金貴は缶を祠の前の石に置き、蓋を開けた。中には、黒い麻の包みがあった。解くと、真鍮の鈴が一つ出てきた。落花生の油の匂いがかすかにした。舌(ぜつ)には、真新しい布が巻いてあった。車の揺れで鳴らないように、今朝巻いてきたのだと金貴は言った。金貴は舌の布を解かずに、鈴を缶の中へ戻し、缶ごと脇に置いた。

月英はそのあいだに支度をした。祠の前の地面に古い新聞を敷き、硯と朱の壺、黄色い紙の束、細い筆を並べた。朱の壺は蓋が固く、月英は水を一滴落として、指先でゆっくり練り戻した。乾いた朱の、鉄のような匂いがした。

月英は線香を一本立て、その煙に筆の先をくぐらせた。

「書くあいだ、誰も祠の前を横切らないで21習わしの理由札を書くあいだ祠の前を横切らせないのは、宛て先を書いている紙と、宛て先になる座とのあいだに、生きた人の陽気(体の温み・気配)を入れないためです。横切った者の気配が紙に移れば、札はその者にも宛てられ、効きが割れる。死者に宛てる札を書くときも、机と死者のあいだを誰にも通らせません。同じ場面 → 封の棺」

村の年寄りが五、六人、広場の端に立っていた。祖母も杖をついて来ていた。小さな子が二人、年寄りの脚のあいだから覗いていた。誰も何も言わなかった。

月英は黄色い紙を膝の上の板に載せ、息を詰めて書いた。字は小蓮には読めなかった。一画ずつ、紙の上に朱が沈んでいった。

それから、細長い木の板に、墨で字を書いた。こちらは小蓮にも読めた。この土地を守る神の座だと書いてあった。

月英は木の板を祠の奥に立て、その前に、黄色い紙の札を下げた。糊は使わなかった。札の上端の二つの穴に麻紐を通し、板の肩に結んだ。

「鈴を」と月英は言った。

金貴は缶から鈴を出し、舌の布を解いた。鈴を右手に持ち、左の手のひらを腹の前で上に向けた22何十年も碗を載せて歩いた葬送師の左手は、碗を持たない日も掌が上を向きます。金貴の叔父の水生は、「鈴の箱」で海を渡る前、十九まで父の列で見習いをしていました。持っていたのは稽古の小さな碗だけで、列の碗は父の掌にあった。金貴の覚えている叔父の左手は、父の碗の持ち方を見て覚えたまま、島で四十年、碗の無い掌に残った形です。同じ場面 → 鈴の箱・碗の跡。何も載っていない手のひらだった。叔父はいつもそうして歩いていた、と金貴は後で言った。空の左手を、何かを捧げ持つように。

金貴は一つ鳴らした。

高い、細い音だった。広場の端の年寄りの何人かが、顔を上げた。鳴りはすぐに消えた。金貴は次を鳴らそうとして、手を止めた。どのくらい間を置けばいいのか、分からないのだった。二つ目は早すぎ、三つ目は間が空きすぎた23前に跳ぶ死者のいない所では、鈴の次を置く目当てが無いので、慣れた葬送師でも間が決まりません。昔、祠に鈴を聞かせたのは、死者の列を連れて前を通るときでした。同じ場面 → 揃わない列・鈴の箱。音は祠の前で、互いにつながらずに落ちた。

金貴は鈴を下ろした。

「これは、違う」

誰も答えなかった。

小蓮は、自分の手が動いているのに気づいた。

右の手のひらで、左の手の甲を、軽く打っていた。とん、と打って、間を置く。間のあいだに、手がほんの少し揺れる。とん。また間を置く。舞台の袖で出番を待つあいだ、いつもそうしていた。録った鈴の音は、ときどき機械の具合で早くなり、遅くなった。そういう晩でも、小蓮はこの手の拍で跳んでいた。

金貴が小蓮の手を見た。それから、何も言わずに鈴を上げた。

小蓮の手が打つ。とん。金貴の鈴が、その上に重なる。

石の祠の前で、金貴が空の左掌を上に向け、右手の鈴を振る。小蓮は右掌で左手の甲を打ち、月英は新聞上の道具を片づけ、村人が見守る。
小蓮の手の拍に、帰ってきた金貴の鈴が重なる(想像図)

低く、間を置いて。

四つ目あたりから、鈴は小蓮の手を待たずに鳴るようになった。金貴の手首が、覚えていない何かを思い出したように、ゆるく、けれども崩れずに振れた。音は祠の石の奥へ入り、広場を渡り、谷の下の家々の屋根を越えていった。谷の下で、犬が一匹吠えかけて、止んだ。

九つ鳴らして24覃家の帳面には、新しい祠に聞かせる鈴は九つとあります。九つは、土地の神が一つの鈴の音の高さを覚えるのに要る数とされる。月英は、この数を金貴に伝えていませんでした。同じ音の鈴は二つと無いので、この祠の土地は、これからこの鈴の高さで村を知ることになります。同じ場面 → 鈴の箱、金貴は鈴を止めた。鳴りの尾が消えるまで、誰も動かなかった。

広場の端で、祖母が杖に両手を重ねて立っていた。小蓮のほうを見ていたが、何も言わなかった。

金貴は鈴の舌を布で巻き直し、缶に納めた。帰りぎわ、月英の車の窓から、金貴は一度だけ祠を振り返った。

「海を渡ってから、この鈴が鳴ったのは、これで二度目だ」と金貴は言った。「四十年、缶の中だった。そのあとで二度。多いのか少ないのか、わしには分からん」

月英は小蓮に、祠の香は毎朝一本でいい、と言った。札は一年で効きが落ちる。来年の立春に書き改めに来る。代は要らない、と言いかけて、月英は言い直した。

「代は、来年の分と一緒に。ただでやると、叔父に叱られるから25札は、頼んだ者と書いた者とのあいだの約束で、代はその約束の印です。代を取らずに書いた札は、誰の頼みで書いたかが札に乗らず、宛て先が弱くなる、と道士の家では言います。額はいくらでもよく、昔の山の村では、卵ひとつで書いてもらった札もありました。同じ場面 → 六枚目の札」

車は広場を回って、坂を下りていった。

 *

麻爺が死んだのは、それから十一日目の夜だった。

隣の家の女が夜半に見回りに行くと、もう息が無かったという。女は石家の戸を叩いた。小蓮は祖母に言われるまま、線香を二本持って、懐中電灯を持たずに暗い坂を下りた26土地へ死を知らせに行く者は、灯りを持ちません。灯りを提げて夜道を行けば、道ばたで帰れずにいる者たちが、自分への知らせかと寄ってくるからです。知らせに行くのは死者にいちばん近い者か、その家に頼まれた者で、行き帰りは誰とも口をききません。。

一本は、麻爺の枕もとに。もう一本は、桐の下の祠に。

「死んだら、まず土地に知らせる」と祖母は言った。「名前と、年と、どこで死んだか。胸の中で言えばいい。声に出さなくても、土地は聞いている」

小蓮は祠の前にしゃがみ、線香を立てた。片手を掛けた縁の石は冷たく、指の腹に細かい露が移った。祠の奥の板と、その前に下がった札の黄色が、暗がりの中に薄く浮いて見えた。小蓮は胸の中で、麻爺の名と年を言った。どこで死んだか。この村の、谷の下の、自分の家の板の間で。

祠の前には、祖母に言われて、茹でた卵を二つ27土地の供えの卵が二つなのは、祠に土地の爺さんと婆さんが並んで座るからです。山の村の言い方では、魂を返すのを渋るのはたいてい婆さんの方で、財布の紐を握っているのも婆さんです。だから供えの卵は、婆さんの前に置く方を、少し大きく選びます。と、白酒(パイチュウ)を小さな杯に一杯置いた。祖母は、供えが少ないと土地はなかなか魂を返してくれない、と言った。

「返してもらうのは、葬る日だよ。それまでは預かっていただく」

麻爺の家に戻ると、枕もとの線香の煙が、麻爺の顔のほうへ細く折れていた。部屋に風は無かった。隣の家の女が、煙を見て、それから小蓮を見た。

永林には、村の役の男が電話で知らせた。南の工場の町から、列車とバスを乗り継いで、どう急いでも二日と半日かかる。

 *

二日目の昼、小蓮は麻爺の家の線香を継ぎに行った。

板の間は寒く、戸の隙から入る風で、窓に張った紙の破れがときどき鳴った。麻爺の体は布団をかけられ、顔に白い布がかけてあった。部屋には、干した唐辛子と、線香の匂いがした。まだ、それ以外の匂いはしなかった28土地の神が預かるのは魂だけで、体の時は流れ続けます。家で葬りを待つ死者は日ごとに傷む。山の冬の板の間なら三日はもちますが、夏は二日目の昼から匂いが立つ。葬る日を三日より先へ延ばさないのは、魂のためであり、体のためでもあります。同じ場面 → 草鞋の数記録 → 趕屍の記録を読む。冬だった。

新しい線香に火を移して、灰に立てた。煙は、はじめ真上に立った。指一本ぶん昇ったところで、ゆっくり向きを変え、白い布のほうへ折れた。

小蓮はしばらくその煙を見ていた。去年の冬の婆さんの家で、祖母が見ていたのは、これの反対だった。

谷の下の家の年寄りが、入れ替わり立ち替わり線香を上げに来た。誰も煙のことは口にしなかったが、線香を立てるたびに、皆が一度、煙の行く先を目で追った。

午後、村の男が三人、麻の家の裏の小屋から棺を出した。

麻爺が自分で誂えておいた棺だった。杉の厚い板で、閏月のある年に作った29火葬の広まった町と違い、火葬場の遠い山の村では、いまも土葬が続いています。寿材を閏月のある年に誂え、毎年一度漆を塗り重ねる習いも、そのまま残りました。生まれた村の土に葬られれば、魄はそこで眠り、育ちません。山の村で送る者が要らないのは、そのためです。基本 → 育つ同じ場面 → 封の棺と、隣の家の女が言った。それから毎年一度、麻爺は自分で漆を塗り重ねた。筵をかぶせて小屋の奥に立てかけてあった棺は、埃を払うと黒く重く光った。男たちは三人がかりで持ち上げ、四人目を呼びに行った。一人は、去年の冬に腰を痛めていた。

棺を板の間に据えるあいだ、男の一人が言った。

「この棺を担げる若い者が、村にもう四人いない。葬る日は、谷向こうの村から二人借りる」

もう一人が、スコップを肩に、谷の上の畑へ墓の穴を掘りに行った。冬の土は上の一尺ほどが固く、その下は湿って柔らかかった。スコップの先が石に当たるたびに、乾いた高い音が谷を渡って、石家の土間まで届いた。

その夕方、祖母は竈の前で紙銭を折っていた。黄色い粗い紙を、刃物で四角く切り、真ん中に丸い穴の型を押す。型は木で、柄が手の脂で黒くなっていた。

「これは土地の神さまへじゃないよ」と祖母は言った。「葬る日に、辻と橋のたもとで撒く。道ばたで帰れずにいる者たちへの、通り賃だ。惜しむと、ついて来る」

小蓮は祖母の隣に座って、切った紙を揃えた。紙の端で、指の腹を一度浅く切った。祖母はそれを見て、竈の灰をひとつまみ取って傷に押しつけた。灰は温かかった30竈の灰は、火が落ちても底に温みを残し、掌に取ると乾いた砂より軽い。山の家では切り傷の血止めに使い、葬送師は鈴の舌を磨くのに使いました。取るのは竈の奥の燃え残りでなく、焚き口に近い、よく焼けて白くなった所です。同じ場面 → 封の棺・鈴の箱。

二日目の夜、祖母は石家の土間で、竈の前に座ったまま眠らずにいた。小蓮は板の間で、ときどき目を覚ました。窓の外で、裏の竹が風に鳴った。

三日目の朝も、煙は折れていた。

 *

永林が着いたのは、三日目の日暮れだった。

村の入口でバスを降り、鞄を肩にかけたまま、坂を走って下りてきた。五十を過ぎた、腹の出た男だった。工場の作業着の上に、町で買ったらしい黒い上着を重ねていた。上着の値札の糸が、袖口にまだ一本残っていた。

永林は板の間の戸口で、一度、足を止めた。それから靴を脱ぎ、父親の枕もとに膝をついた。顔の白い布を、自分の手で少しめくった。

小蓮は線香の束を差し出した。永林は一本を取り、ライターで火をつけようとして、二度しくじった。三度目で火がついた。灰に立てた。

煙は真上に立ち、それから、永林のほうへ折れた。

父親の顔と、息子の肩のあいだに、細い煙が一本、折れて渡っていた。

永林はそれを見ていた。長いあいだ見ていた。この村の子なら、煙がどちらへ行くものかは、誰に教わらなくても知っている。

永林は何か言った。小蓮には聞こえなかった。小蓮は戸口から離れて、土間へ下りた。隣の家の女も、黙って外へ出た。

戸の外は、もう暗かった。谷の向こうの山の端だけが、まだ少し明るかった。

 *

四日目の朝、麻爺は谷の上の、家の畑を見下ろす土に葬られた。

葬る前に、小蓮は祖母に言われて、祠へ礼の供えを持って行った。卵を二つ、白酒を一杯、それに祖母が夜のうちに作った、米の粉の団子を三つ。団子は冷えて固く、皿の上で転がらなかった。

祠の前には、毎朝一本ずつ立ててきた線香の灰が溜まり、朝露で湿って固まっていた。小蓮は新しい線香を立てた。

「ありがとうございました」と小蓮は胸の中で言った。それから、少し迷って、声に出して言い直した。

棺は六人で担いだ。谷向こうの村から来た二人は、肩に当てる布を自分で持ってきていた。列の先を、祖母の折った紙銭を抱えた隣の家の女が歩き、坂の辻と、谷川に架かる石の橋のたもとで、ひとつかみずつ撒いた。黄色い紙は風に乗らず、湿った地面に貼りついた。橋のたもとには、女が線香を一本挿した。

葬りのあと、永林は麻爺の家に戻って線香を上げた。煙は、まっすぐ梁まで昇り、干した唐辛子の束のあいだに消えた。

永林はそれを見上げて、うなずいた。泣かなかった。

その晩、永林は石家に来て、祖母に深く頭を下げた。祠を積んだのが小蓮だと聞くと、小蓮にも頭を下げた。それから、財布から紙幣を何枚か出して、祠の香の代にしてくれと言った。小蓮が受け取らずにいると、祖母が横から手を出して受け取った。

「受け取っておきなさい。香の代は、村の者が出すものだよ31死者を送る代は、昔から、その死者がいて困る土地の者が出し合うものでした。土地の祠の香も同じで、香代は村の者が出します。よその者の銭で焚いた香では、土地がどの村のために座っているのかが曖昧になる、と年寄りは言う。村を出て暮らす者の銭も、村の者の銭に数えます。同じ場面 → 封の家・緡の長さ」

祖母は紙幣を折って、竈の上の棚の缶に入れた。缶の蓋には、昔の茶の銘柄の絵が、剥げかけて残っていた。

永林は七日のあいだ村にいて32習わしの理由葬ったあとの七日の香は、死者のためというより、家の者が煙の行方を見る七日です。生まれた土で眠った者の前で、煙は折れません。七日まっすぐ昇るのを見届けてから、家の者は村を出る。折れる日があれば葬った土を疑え、と年寄りは言います。永林が七日目の朝に祠へ寄ったのは、その礼です。同じ場面 → 一本の線香、父親の霊座に香を絶やさなかった。七日目の朝、町へ下りるバスに乗る前に、永林は祠の前で立ち止まり、線香を一本立てて、しばらく手を合わせた。それから、バスのほうへ歩いていった。

 *

冬至の少し前、小蓮は祖母の膝に、温めた布を当てていた。

竈の火が落ち着いて、土間は暗かった。祖母は腰掛けにもたれて、目をつむっていた。小蓮は布を替えるあいだ、何となく、自分の左の手の甲を右の手のひらで打っていた。とん。間。とん。

「その拍」と祖母が目をつむったまま言った。「どこで覚えたんだい」

小蓮は手を止めた。

どこで覚えたのか、考えたことが無かった。舞台の袖で、いつも打っていた。演出の男に、生きているみたいに揺れると言われた跳び方も、この拍の上で跳んでいた。その前は。

その前は、この土間だった。

小さいころ、小蓮はよくこの土間で熱を出した。祖母は小蓮を膝に乗せて、背中を軽く打った。とん、と打って、間を置く。間のあいだに、祖母の手がほんの少し揺れる。そうされると、熱のある体でも眠れた。

「婆ちゃんだよ」と小蓮は言った。

「わたしも、この家の婆さまに打ってもらった」と祖母は言った。「嫁に来た年に、わたしが熱を出したら、婆さまが背中を打ってくれた。二十の嫁の背中をだよ。婆さまは言っていた。石保が帰ってきた明け方、村の入口で聞いた鈴が、こういう間だったって。それから婆さまは、子どもの背中を打つとき、いつもその間で打った」

祖母は目を開けて、竈の火を見た。

「おかげで、この家の子は寝つきがいいんだよ」

小蓮はもう一度、手の甲を打ってみた。とん。

あくる朝、小蓮は霜の降りた広場を渡って、祠に線香を一本立てた。煙はどこへも折れずに、葉の無い桐の枝のあいだを、まっすぐ昇っていった。誰も死んでいない朝の煙だった。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。