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研究所の創作 短編集

鈴の箱

1937〜1993 年 / 湘西と、台湾の東の町

同じ人 碗の跡(峠の下ですれ違った龍老人の、最後の送り)・封の棺(上流の村に帰った鈴の噂。川港の町の覃家)・土地廟のない村(金貴が、この鈴を二度目に鳴らす)この世界の基本 鈴と拍・水と匂い・送る二人・碗の符水・死者と屍・香

本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本

鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍は真鍮で、舌(ぜつ)は鉄だった1送る鈴は、胴を真鍮で鋳て、舌だけを鍛えた鉄で下げます。真鍮どうしでは音が甘く、夜の山で拍(鈴と足音の刻む間)の頭が立たないからです。舌は胴の内の鉤に掛けてあるだけで、指で抜ける。手入れのときは舌を抜いて磨き、長くしまうときは舌を戻して、布を巻いておきます。同じ場面 → 封の家。握りは丸く、右でも左でも手に馴染む。十三の春に、父が川下の町の鋳物屋で誂えてくれたもので、父の鈴より少し高い音がした2子の鈴を誂えるとき、鋳物屋は親の鈴を一晩借りて音を聞き、それより半音ほど高く鋳ます。親子が同じ山で列を連れて、同じ音では、死者がどちらの鈴に応えたか分からなくなるからです。鋳直しは利かないので、鋳物屋は型を二つ作り、音の近いほうを渡します。同じ場面 → 行き違い。同じ音の鈴は二つと無い、と父は言った。葬送師この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人は音の高さで、どこの組の列かを聞き分ける。

彭水生(ほう・すいせい)は、沅水(げんすい)へ注ぐ支流の、ずっと上の村に生まれた。家は代々の葬送師だった。父は川下の町の道士と組み、よその土地で死んだ者を郷里へ連れ帰った。

八つで父について歩きはじめた。最初に任されたのは帳面と草鞋だった。一夜を一行にして3行の頭には、その夜の空を一字だけ書きます。晴、雨、霧。雨の字の続いた旅は草鞋も札も嵩むので、払う側は数字より先にその一字を見る。見習いが最初に覚える字は、この三つです。同じ場面 → 腰の草鞋、宿と香と草鞋の数を書く。籠には、夜の数に一足を足して詰める。詰めるのは水生で、発つ前に数え直すのは父だった。三年目に墨斗(すみつぼ)を一人で弾けるようになり、十三で五年目に入って、自分の鈴を持った。列の碗は師の掌にある。水生の碗は、稽古の小さな碗だけだった。

十の年の秋、峠の下の道で、別の列と行き合った。向こうは死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍を四人連れていた。先頭は痩せた年寄りの葬送師で、左の掌に碗を載せ、親指だけを縁に添えていた4すれ違ったこの年寄りは、川下の町の坂の上に住む龍という葬送師です。この十年ほどのち、町の触れが効きだす四日前に、最後の一人を連れて同じ峠を越えるのが、「碗の跡」のこの人です。同じ場面 → 碗の跡。父は道の脇へ寄り、鈴を小さく、間を置いて鳴らした。立って待つ死者を、列から離さない鳴らし方だ。向こうの鈴は父のより低く、乾いていた。

「川下の町の龍(りゅう)さんだ」と父は言った。「あの人の鈴は、遠くでも分かる」

年寄りはすれ違いざまに、父へ顎を一つ引いた。立ち止まっていた死者の足跡は、跳ねて過ぎた跡より深く、夜露の土に昼まで残っていた。水生はそれを、帳面の端に小さく書いた。書かなくてよいことだった。

自分の鈴を初めて列の前で鳴らしたのは、十三の冬だった。川下の町の宿で死んだ炭焼きを、山の奥の村へ帰す、二晩の道だった。町を出た最初の辻で、父が顎で合図をした。水生は最初の一打を鳴らした。

炭焼きは跳んだ。わずかに揺らいで、とん、と藁の音を立てた。水生の鈴は、その足音の尾を待ちきれずに、幾度か先へ出た。足が着いて、膝の揺れが止まってから、次を打つ。父はそれを、口では一度も教えなかった5鈴の間は、口で教えない決まりです。言葉で教わった弟子は胸の内で数を数えはじめ、数える鈴は、死者の足より必ず先へ行く。師が黙っているあいだ、弟子は死者の足音の尾を聞くしかなく、それが稽古のすべてです。教えない師ほど、良い師と呼ばれます。同じ場面 → 揃わない列。

冬の夜の辻で、十三の水生が右手の鈴を鳴らす。札で顔を隠した炭焼きが両足を揃えて低く跳び、碗と鈴を持つ父、道士が続く。
十三の冬、初めて列の前で鳴らす自分の鈴(想像図)

二晩目の明け方、村の入口で父が符水この世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水(ふすい)を注ぐと、炭焼きは膝を折って倒れた6村の入口で倒れた死者を棺に納めるのは、家の者の手です。葬送師と弟子は棺のそばに寄らず、見届けるだけ。炭焼きの衣には炭の煙の匂いが残っていて、家の者は棺に納めながらその匂いを嗅ぎ、確かに自分の家の者が帰ったと知ります。見送りを打つのは、蓋が閉まってからです。同じ場面 → 碗の跡・腰の草鞋。家の者が棺に納めるのを見届けてから、父は水生に、見送りを打て、と言った。

見送りは一度きりだ。長く鳴らし切る。音の尾が消えるまで、腕を下ろさない。水生の腕は途中で震え、音は谷の半ばで途切れた7見送りの一度は、音の尾が谷の向こうの斜面に当たって返り、その返りが消えるまで腕を下ろしません。見習いの最初の見送りは、たいてい谷の半ばで切れる。手首でなく肩で振ってしまうからです。切れた見送りでも、打ち直しはしません。見送りは一度きりです。同じ場面 → 一本の線香・二つに分かれた死者。父は何も言わず、自分の鈴を伏せて地に置いた。口を下にして置くのは、仕事の終わりの作法だった。

十九の秋、水生は川下の町へ下りた。組の道士に、朱と札の紙を買ってくるよう頼まれた使いだった。葬送師は家を出るとき、黒く染めた麻の包みを脇に抱える。墨斗と替えの糸と、鈴が入っている。その日もそうした。

町の渡し場で、兵に取られた。

家に知らせる間は無かった。包みの墨斗は、どこかで荷を詰め直すうちに無くなった。鈴だけは、舌を布で巻いて、背嚢の底へ押しこんでいた。

 *

海を渡る船の上で、水生は背嚢を胸に抱えて寝た。

水の上では鈴を収める。音が遠くへ渡って、よそのものまで呼ぶからだ。舌は布で巻いてある。その上から、さらに掌で押さえた。船は一晩じゅう揺れた。まわりの男たちは吐き、誰かが郷里の歌を半分だけ歌ってやめた。

島の東の町に落ち着いたのは、兵の務めを解かれてからだった。

東の町は、山が海のすぐ際まで下りていた。山の岩は青みがかった灰色で、割ると白い石が出た。故郷の土は赤かった8沅水の支流の上の土は鉄を含んで赤く、濡れると指の腹に色を残し、乾くと煉瓦の色に締まります。この辺りの草鞋は、一晩歩くと裏が赤く染まる。宿の者は、一行の脱いだ草鞋の色を見て、どの谷から下りてきたかを言い当てました。同じ場面 → 碗の跡・揃いすぎる列。雨のあと、畦を歩くと足の裏まで赤くなった。この町の土は、雨に濡れても灰色のままだった。

夜は、犬がよく吠えた9この島の東の町では、犬は番のために門の外につなぐものでした。夜によく吠える犬ほど良い番犬とされ、飯場の男たちは、吠え声の途切れた晩のほうがかえって眠れなかったと言います。鈴の聞こえない町では、夜の犬の声が、人の住む印でした。同じ場面 → 碗の跡・揃わない列。この町の犬は、夜通し門の外につながれて、月にも、通りがかりの自転車にも吠えた。水生は飯場の寝台で、その声を数えながら眠った。

港では防波堤を築いた。四本の脚を持つコンクリートの塊を型枠に流して固め、起重機で吊って海へ沈める。セメントの粉が汗で肌に張りつき、夕方には白く乾いてひび割れた。それから山を横切る道の工事へ移った。岩に穴を穿ち、火薬を詰めて割る。発破の前には組頭が笛を吹き、みな岩陰に伏せた。笛のあとの静けさの長さを、水生は体で数えるようになった。拍を数えるのは、昔からの癖だった。

ある冬、同じ組の若い男が、崩れた岩の下になった。この島の海辺の村で生まれた男だった。家の者が山から連れ下ろし、村の家で弔いを出した。水生も組の者と連れ立って、香を上げに行った。

道士が来て、小さな鈴を振った10この島の道士が弔いで振るのは、柄の先に剣の形の飾りが付いた鐘で、神を呼ぶためのものです。一打ずつ間を置く送る鈴と違い、細かく震わせて鳴らし続けるので、拍が立たない。拍の無い音には、死者の足は応えません。弔いの鐘で棺の中の者が起きることはないのです。同じ場面 → 撿骨の日。音は高く、細かく震えた。棺の中の男は起きなかった。起こすための鈴ではない。男は村の裏の土に葬られた。生まれた土だ。符水が無くても、鈴が無くても、そこで眠る。

帰りのバスで、水生は右の手首が冷えているのに気づいた。道士の鈴が鳴るあいだ、ずっと何かを握るように指を丸めていた。指をほどくと、爪の跡が掌に四つ残っていた。

この島には、歩いて送る死者がいなかった。

昔から、海は歩く死者を渡せないこの世界では死者は自分の足では水を越えられない。川は舟に青い札を留めて渡り、海は棺に納めて船で運ぶ。術のあいだは体の腐りが止まり、術が解けると、止まっていた日数ぶんの匂いが一度に出る。基本 → 水と匂い。海の向こうで死んだ者は棺に納めて封じられ、船底の荷として運ばれ、向こうの港の義荘(ぎそう)11海を越えて帰る死者は、術をかけたまま棺に納め、蓋の合わせ目に船の封(積むあいだ蓋を閉じておく一枚。屍を封じる封とは別)を貼って船底に積まれ、柩の船賃は常の三倍でした。着いた港の義荘には棺を開ける土間が別にあり、船の封を切る道士と、歩かせ直す葬送師が、港ごとに一組、年ぎめで雇われていました。そこから先は、川と山の道を夜ごとに歩いて帰ります。基本 → 義荘と土地の神記録 → 旅の死者を故郷へ帰す、死者を預かる宿で歩かせ直された。だから島には、葬送師の鈴の系譜がもともと無い。島で生まれた者は、島の土で眠る。眠らないのは、帰れなかった者だけだ。

港のはずれに、小さな祠があった。名の分からない骨を集めて祀る、有應公(ゆうおうこう)の祠12名の分からない骨を集めて祀る祠を、この島では有應公と呼びます。浜の祠には、海で上がった名の無い者の骨が多い。香を長くもらい続けた帰れない者は、帰りたい思いが少しずつ薄れて、やがてその浜の死者になっていく、と浜の年寄りは言います。浜の祠の香代は、網元が漁の上がりから出すのが習いです。基本 → 義荘と土地の神同じ場面 → 土地廟のない村だった。網元の家の女が毎朝、香を替えていた。

風の無い夕方、水生は祠の前にしゃがんで、香の煙を見たことがあるこの世界では死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。基本 → 香。煙はまず真上へ立ち、指一本ほど上ったところで、祠の奥の暗がりへ折れた。一本残らず、そうだった。吸う者がいる。帰れなかった者たちが、香をもらって、まだそこにいる。

鈴を鳴らせば、呼べる。水生はそれを知っていた。けれども碗が無い。符水が無ければ、呼んだ者を眠らせることはできない。札を書く道士もいない。それに、どこへ連れて行けばいい。海は渡れない。

連れて行けない者の前で、鈴を鳴らすな13呼び寄せの鈴に応えた死者は、香の座を離れて鈴の方へ寄って来ます。碗の拍につながれば列に入れますが、碗も札も無ければつなぐ先が無い。祠へも戻れず、道ばたに残ります。呼べば、呼んだぶんだけ迷わせる、とはこのことです。連れて行く先の無い所で、葬送師は鈴を鳴らしません。同じ場面 → 封の棺。父はそう教えた。呼べば、呼んだぶんだけ迷わせる。

香を替えに来た網元の家の女が、しゃがんでいる水生を見て、何か落としたのかと尋ねた。水生は、煙を見ていた、と答えた。女は笑って、ここの煙はいつも奥へ行く、風の通り道なんでしょう14有應公の祠を積む大工は、奥の壁に隙間を作りません。それでも煙はたいてい奥へ折れ、参る者はそれを風のせいにします。香を替える女たちのあいだでは、「風の通り道」は、よく吸う祠、という褒め言葉です。風の通り道の無い祠ほど、そう呼ばれます。、と言った。水生はうなずいた。祠の奥は石の壁で、風の通る隙間は無かった。

缶を持って家を出た晩も、あった。

防波堤の工事で一緒だった男が、港の宿舎で死んだ。水生と同じころに海を渡った男で、家の者はみな向こう岸にいた。手紙の届く道は無かった。男は町の北の、共同の墓地の土に葬られた。組の者が銭を出し合い、木の墓標に、名と、生まれた県の名を書いた15墓標に名と生まれた県の名を並べて書くのは、いつか迎えに来る者のためです。会館の木札の裏に郷を焼くのと同じ理屈で、名だけでは送る先が分からない。呼び寄せの鈴も、名を知らなければ郷の名を呼びます。名と郷の両方が残っていれば、迎えの者は死者を取り違えません。同じ場面 → 碗の跡・草鞋の数。

その晩、水生は缶を抱えて、墓地の坂を上った。新しい土盛りの前に立ち、布を巻いたままの鈴を取り出した。この男はこれから、この坂の土の中で、ずっと目を開けている。鈴を一つ鳴らせば、男は応えるだろう。応えて、それから、どこへも行けない。

水生は舌の布を解かなかった。鈴を缶に戻し、墓標の前に線香を一本立てた。煙は、土盛りの方へ折れた。水生は線香が燃え尽きるまで、そこにしゃがんでいた。

夜の共同墓地で、水生が舌に布を巻いた鈴を手にしゃがむ。脇には開いた缶と黒い麻布。新しい土盛りの前の線香の煙が、墓の方へ折れる。
鈴の舌の布を解かず、同郷の男に香を上げる水生(想像図)

だから鈴は、この島で一度も鳴らなかった。

 *

年に一度、墓に参る春の節の日、清明(せいめい)にだけ、水生は箱を開けた。

寝台の下から、ビスケットの空き缶を引き出す。黒い麻の包みを解く。鈴の舌を抜いて、竈の灰で磨く16鈴の舌を磨くのは、藁と薪を焚いた竈の灰です。線香の灰は細かすぎて艶は出ても錆を落とさず、紙を焼いた灰は脂が残る。旅のあいだは雨の夜ごとに、仕舞った鈴は年に一度磨き、その日を清明に合わせる家が多い。灰で磨いた鉄は黒く締まり、指で撫でるとかすかにきしみます。同じ場面 → 土地廟のない村。雨の夜を越したら、灰で磨いて油を一滴。父の家の決まりだった。菜種の油はこの町の店に無かったので、落花生の油を一滴さした17舌にさす油は、父の家では菜種でした。油は一滴を越えてはいけない。多いと埃を抱いて舌が重くなり、音が半拍遅れます。落花生の油は菜種より粘りが強く、舌に巻いた布を年ごとに飴色に染め、缶の蓋を開けると、甘く香ばしい匂いが先に立ちます。油の小瓶は、鈴と同じ缶に入れておくものです。。舌を抜いた鈴は鳴らない。磨き終えると舌を戻し、布で巻き直して、缶に納めた。

それから、薄い帳面に一行書いた。日付と、「灰で磨く。油一滴」。旅の帳面と同じに、一年を一行にした。

山の道が通ると、町の大理石の工場に移った。石を挽く機械の音は、耳の奥にいつまでも残った。粉は髪にも眉にも積もり、湯を浴びると排水口のまわりが白くなった。仕事のあとは、借りた部屋の下の麺の店で、同じものを食べた。店の女主人は、水生が何も言わなくても、葱を多めにのせた。

所帯は持たなかった。勧める者はいた。水生は、いつか帰る者が持つものではない、と答えた。それを誰にも説明しなかった。

帳面の行は、二十になり、三十になった。

 *

海の向こうへ帰れるようになったのは、渡って四十年近くたってからだった。

水生は村の名と兄の名だけを書いて、手紙を出した。返事は半年たって来た。兄の息子の、金貴(きんき)という男からだった。字は大きく、ところどころ鉛筆でなぞり直してあった。父は一九六一年の春に、母は七三年に亡くなっていた。兄も四年前に死んでいた。

一九八九年の清明に、水生は一度だけ帰った。

県の町からバスに乗り、道の尽きた所で降りて、あとは歩いた。支流の水は、覚えているより細かった。畦に足を下ろすと、靴の底が赤くなった。水生は立ち止まって、しばらく靴を見ていた。

金貴は四十前の、肩の厚い男だった。県の運送の組でトラックを運転している、と言った。金貴の母、つまり兄の嫁は、腰が曲がっていたが、水生の顔を見ると、すぐに名を呼んだ。十九で出た弟の顔を、覚えていたのだった。

家は同じ場所にあったが、同じ家ではなかった。土の壁は煉瓦に替わり、屋根の瓦も新しかった。ただ、土間の奥の柱だけが古いまま残っていた。柱の、水生の目の高さに、黒ずんだ釘が一本打ってあった。父が出かける前に、麻の包みを掛けておいた釘だった。今は、そこに鎌が掛かっていた。

夜は鶏をつぶした。灯油のランプの代わりに、裸電球が一つ下がっていた。金貴の息子が、水生の持ってきた腕時計を、何度も耳に当てた。秒を刻む音が珍しいらしかった。水生は、その子が耳を澄ます顔を見ていた。拍を聞く顔だ、と思った。

食事のあとで、水生は尋ねた。

「父さんの鈴は」

嫂(あによめ)は箸を置いた。

「あの年に、碗と一緒に無くなりました」

それだけだった。水生はうなずいた。金貴は、何の話か分からない顔で、二人を見比べていた。父が葬送師だったことは知っている。けれども金貴が生まれたころには、父はもう畑を耕していた。町の役所が夜に死者を歩かせることを禁じてからは、鈴を鳴らさなかったと、嫂が言った。

水生は、自分の鈴のことを言わなかった。海の向こうの寝台の下で、ビスケットの缶に入っている。言えば、なぜ持って来なかったのかを話すことになる。持って来れば、どこかで鳴らしたくなる。けれども父は、もう故郷の土で眠っている。鳴らす相手が、ここにはいない。そういうことを、どう話せばいいのか分からなかった。

次に来るときに、と水生は思った。

あくる朝、家の上の斜面の、父と母の墓に参った。金貴が鍬で草を払い、嫂が紙銭を焼いた。水生は香を立てた。煙は真上へ昇り、どこへも折れなかった。

紙銭の灰が落ち着くと、水生は墓の前に立ち、右の手を胸の高さに上げた。手の中には何も無い。指は、丸い柄を握る形に曲がっていた。水生は手首を一度、返した18葬送師が死ぬと、見送りの一度は、その人の弟子か子が打つ習いです。組の者が絶えていれば、打つ者はいない。この村の父の墓には、誰も見送りを打っていませんでした。見送りは帰る土で眠った死者に打つもので、墓になってから打っても遅すぎることはありません。同じ場面 → 二つに分かれた死者・土地廟のない村。そうして、腕をそのまま宙に止めた。

清明の朝、父母の墓の前で水生が空の右手を胸の高さに上げる。少し離れて金貴と幼い息子、腰の曲がった嫂が見守り、香の煙はまっすぐ昇る。
何も持たない右手で、父母に見送りの一打を送る(想像図)

長かった。斜面を風が一度渡り、止んだ。腕がかすかに震えた。それでも下ろさなかった。

金貴の息子が、父親の袖を引いて、何をしているのかと小声で尋ねた。金貴は息子の頭に手を置いて、黙らせた。

やがて水生は手を下ろし、墓の土をひとつまみ取って、指のあいだで揉んだ。赤い土は湿って、指の腹に色を残した。

帰る前の晩、水生は金貴に写真機を渡し、自分を一枚撮らせた。家の上の斜面を背にして、立ったまま。赤い土が写るように、と言った。

島へ戻ると、水生は帳面の、その年の行に書き足した。「帰る。父母の墓に参る」。

次に来ることは、なかった。

 *

一九九一年の秋、水生は借りた部屋で倒れた。麺の店の女主人が、昼になっても下りてこないのを見に上がって、見つけた。窓は閉まり、部屋には石の粉と落花生の油の匂いがこもっていた。流しには、洗った湯呑みが一つ、伏せてあった。

死んで三日のあいだ、魂は、この島の土地の神に預けられた19土地の神は、生まれを問わずに魂を預かります。海を渡ってきた者でも、その町で死ねば、その町の土地の神が三日のあいだ預かる。送る者のいない島では、その三日は、ただ過ぎていきます。基本 → 義荘と土地の神この決まりの要 → 土地廟のない村。それから薄れていった。体は町の火葬場で焼かれた。工場の者と家主が段取りをし、骨壺は、町の外れの納骨の塔20塔の棚は石と板で、どこも土に触れません。棚の上の灰の魄は、よその土に葬られて眠らなくなることもなく、生まれた土で眠ることもない。封をしたまま送る銭を待つ棺と、同じ形の待ち方です。塔の建つ前、その役は義荘が負っていました。この決まりの要 → 封の家同じ場面 → 撿骨の日に納められた。棚の小さな扉には、村へ帰ったときに撮った写真が貼られた21塔の扉の写真は、昔の銘旌の役を引き継いだものです。銘旌は紅い布に名を白く書いて死者の身元を示しましたが、塔の扉には名と顔が並ぶ。迎えに来た身内は、字が読めなくても顔で棚を探せます。村で撮った写真なら、後ろの斜面も、帰る先の目印になります。同じ場面 → 鶴の胸・封の棺。

塔の棚は、石と板でできている。どこも土に触れていない。灰は歩けない。ただ、待つ。

 *

知らせの手紙は、その年の暮れに金貴のもとへ届いた。

薄い航空便の紙に、細かい、几帳面な字が並んでいた。塔の管理をしている簡(かん)という女の人からだった。故人の帳面に、この住所がありました、と書いてあった。塔の棚の写真が一枚、同封されていた。棚の扉の小さな写真には、見覚えのある赤い斜面が写っていた。金貴が撮ったものだった。

それから二年のあいだに、決まりができた。九二年の暮れまでに向こうで死んだ者なら、身内が一度だけ、骨を持ち帰ってよい。

しくじれない、と村の者は言い合った。

金貴の母は、手紙を読んでもらったあと、長いこと写真を眺めていた。それから、叔父さんを連れて帰っておいで、と言った。持って帰る、とは言わなかった。

金貴は、叔父のことをよく知らなかった。四年前に会ったのが最初で最後だった。無口な人だった。飯を食べるのが速く、箸を置くと、いつも右の手首をもう片方の手で揉んでいた。古い怪我なのかと尋ねると、叔父は、重いものを長く持っていたから、とだけ答えた。何を持っていたのかは言わなかった。

金貴は書類を揃えた。村の役場の判、県の判、省都の窓口の判。窓口の男は、判を押すたびに朱肉を息で温めた22昔の朱肉は、札の朱と同じ朱砂を、膠でなく油で練ったものでした。どちらも冷えると固まるので、冬の朝の道士は朱の壺に、窓口の役人は朱肉に、同じように息を吹きかけて練り戻します。違うのは、判の朱はいくら押しても、何ひとつ止めないことです。。五つ目の判のとき、金貴が自分の息を朱肉に吹きかけてやると、男は少し笑って、判をまっすぐに押した。

一九九三年の春、金貴は生まれて初めて飛行機に乗った。二度乗り継いで海を越え、島の西の空港から、海沿いの汽車で東の町へ向かった。右の窓にはずっと海があり、左の窓にはずっと山があった。

 *

塔は、町を見下ろす丘の中腹にあった。

簡さんは五十をいくつか過ぎた、小柄な人だった。腰に鍵をいくつも下げていて、歩くたびに小さく鳴った。金貴の話す言葉は訛りが強く、簡さんの言葉も金貴の耳には柔らかすぎたが、書類の字は同じだった。二人は、分からないところを指で卓に書いた。

塔の入口の脇に、土地の神の小さな祠23塔に納めるときも出すときも、入口の土地の神に断りを入れます。納めるときは預かってもらう願い、出すときは手を離してもらう断り。香は一本で、死者の名と、迎えに来た者の続き柄を告げます。断りを入れるのは塔の係の役目で、身内は後ろで手を合わせるだけです。同じ場面 → 撿骨の日・土地廟のない村があった。簡さんはそこに線香を一本立て、しばらく手を合わせた。

「お身内が迎えに来たので、お連れしますと、お断りしました」と簡さんは言った。「ここでは、納めるときも出すときも、そうするんです」

塔の中は、外より三度ほど涼しかった。線香と、石の粉と、雨の前の匂いがした。壁という壁に小さな扉が並び、扉ごとに写真と名が付いていた。若い顔も、年寄りの顔もあった。簡さんは歩きながら、この段は町の人、あの段は山の人、と指で示した。

「海の向こうから来た方も、多いんですよ」と簡さんは言った。「お迎えが来るのは、まだ少しですけど」

三階の、窓の無い廊下の奥に、その棚はあった。扉を開けると、白い壺があった。金貴は両手で持ち上げた。思ったより軽く、思ったより冷たかった24塔に納める壺は、扉の寸法に合わせて、町の葬具屋が一種類だけ売る白い無地の壺です。焼いた骨は細かく砕いて納めるので、大人一人ぶんでも両手で楽に持てる。石の棚に置かれた壺は、日の当たる事務の部屋に下ろしても、しばらくは冷えを抱いています。同じ場面 → 封の棺。石の棚の冷えを、二冬ぶん抱えていた。

事務の部屋で、簡さんは、もう一つのものを出してきた。錆の浮いたビスケットの缶だった。

「お部屋を片づけた家主さんが、寝台の下にあったと言って、持ってきたんです。ご遺品は、これだけ別にしてありました」

簡さんは缶を金貴の方へ押し、それから、少し困ったように笑った。

「一度、振ってみたんです25仕舞った鈴の舌に布を巻くのは、道中の揺れで勝手に鳴らないためで、知らない人に振られて鳴らないためでもあります。巻くのは麻の布で、端を内へ折り込んで噛ませるだけ。糸では留めず、舌にさした油が布を落ち着かせます。巻き方の良し悪しは、振ってみれば分かります。塔の事務の部屋で何も起きなかったのは、四十年ぶんの巻き方が確かだった証です。。何か鳴るかと思って。何も鳴りませんでした」

蓋を開けると、黒い麻の包みがあった。麻は古く、角が擦れて、そこだけ茶色くなっていた。解くと、真鍮の鈴が出てきた。舌には布が固く巻かれ、布は油を吸って飴色になっていた。落花生の匂いがかすかにした。缶の底に、油の小瓶と、薄い帳面が入っていた。

金貴は鈴を手に取った。握りが丸く、掌に収まった。手首の内側に、重みがまっすぐ載った。

「お寺の鈴ですか」と簡さんが尋ねた。

「祖父の仕事の道具です」と金貴は答えた。それ以上は、金貴にも分からなかった。

簡さんは、うなずいた。塔の事務の部屋には、同じような缶や箱が、棚にいくつか並んでいた。迎えを待っている品です26塔の事務には、引き取り手を待つ遺品の棚があります。昔の義荘が、家から預かった品を帳面の最初の頁に一行ずつ書き、返すときに消したのと同じで、品は迎えが来るまで動かさない。空いた隙間を拭くのは、次の品を入れるためでなく、出ていった品への礼です。同じ場面 → 伽羅の箱、と簡さんは言った。一つ出ていくと、棚に隙間ができる。簡さんはその隙間を、布巾で一度拭いた。

「持ち帰りは一度きりですから」と簡さんは、書類の控えを封筒に入れながら言った。「落とさないでくださいね。落としても、もう一度は無いんです」

冗談のつもりらしかった。金貴が笑うと、簡さんも笑った。

 *

その晩、金貴は駅の近くの宿で帳面を開いた。

一行ごとに、日付と同じ字が書いてあった。灰で磨く。油一滴。灰で磨く。油一滴。四十二行あった。字は少しずつ小さくなり、終わりの方は、少しずつ震えていた。一九八九年の行にだけ、書き足しがあった。帰る。父母の墓に参る。

最後の頁に、行の外れた字があった。

灰は壺から出して、家の上の畑の土に、じかに27旅の帳面の最後の頁は、次にこの帳面を開く者への申し送りに使います。一夜一行の欄から外して書き、書き直すときは前の行を墨で一度だけ横に引いて消す。消した行も下の字が読めるように引くのが決まりで、何を思い直したかまで、次の者に残ります。同じ場面 → 封の棺・土地廟のない村。符水は要らない28習わしの理由壺のままでは、灰は土に触れません。歩かされたことの無い魄は、生まれた土に触れるだけで眠り、符水も鈴も要らない。ただし壺の陶は焼いた土で、もう土のうちに入らない。だから壺から出して、じかに。水生が四十年ぶりに書いた手順は、この二行で足りていました。この決まりの要 → 封の棺同じ場面 → 撿骨の日。

その下にもう一行あって、墨で消してあった。消した墨の下に、鈴、という字だけが読めた。そのあとは、何も書かれていなかった。

符水というのが何なのか、金貴は知らなかった。知らなくても、要らないと書いてあるのだから、それでいいのだろうと思った。

帰りの飛行機で、金貴は壺を膝から下ろさなかった。客室の女が、上の棚に入れましょうかと言いに来た。金貴は首を振った。女はそれ以上言わず、毛布を一枚持ってきて、壺の上から掛けていった。

鈴の缶は、足もとの鞄に入れてあった。舌は布で巻いたままだった。飛行機がどれだけ揺れても、鈴は鳴らなかった。

省都からは汽車に乗り、県の町からはバスに乗った。バスは満員で、鶏の籠を抱えた女と、肥料の袋を担いだ男が、金貴の膝の壺を見て、黙って少し詰めてくれた。壺の中身を尋ねる者はいなかった。白い布で包んだ四角いもの29山の村では、骨壺を白い布で包み、膝か胸に抱いて運びます。網棚や床に置かないのは、死者の棺を途中で地に下ろさなかった習いの名残です。バスで骨壺を抱いた者に席を詰めるのは、送る列の通る夜に戸を閉めた家々の礼が、昼の乗り物に移ったものです。同じ場面 → 封の棺を膝に載せて帰る男が何を運んでいるか、このあたりの者は、昔から知っている。

道の尽きた所でバスを降りた。そこから村までは歩いて一時間あまりだった。支流の水は春の雨で濁り、岸の石を洗っていた。金貴は壺を胸の前で抱え直した。叔父が四年前に歩いた道を、叔父を抱えて歩いている。そう思うと、足もとの石を一つずつ確かめたくなった。畦に下りると、靴の底が赤くなった。

 *

村に帰り着いたのは、夕方だった。

母は戸口で壺を受け取り、一晩、家の奥の卓に置いた。香を立てた。煙はまっすぐに昇った30習わしの理由灰に香を立てても、煙は折れません。魂は島で三日預かられたのち薄れ、灰に残るのは魄だけです。それでも一晩、家の奥の卓に置いて香を立てるのは、帰った者を家に迎える礼で、煙の行方を見るためではありません。同じ場面 → 土地廟のない村。

あくる朝早く、金貴は鍬を担いで、家の上の畑に上がった。叔父の生まれた家の、すぐ上の土だ。夜露がまだ乾いていなかった。母が後ろからついてきた。

畑の端を、鍬で一筋、浅く起こした。赤い土が裏返り、湿った匂いが上がった。金貴は膝をつき、壺の蓋を取った。

灰は、思っていたより白かった。小さな骨のかけらが、ところどころ混じっていた。壺を傾けると、灰は音も無く流れ落ち、赤い土の上に、細長い白い筋を作った。風は無かった。金貴は壺の底を掌で叩いて、最後の灰まで落とした。

灰の縁から、夜露がゆっくり染みていった。白い筋は、端の方から少しずつ、土の色に沈んでいった。

金貴は立ち上がって、鞄から缶を出した。

鈴の舌の布は、油で固まっていた。爪を立て、一巻きずつほどいた。布の下の鉄は黒く、よく磨かれていた。金貴は鈴を右手に取った。握りは丸く、掌に吸いつくように収まった。

振り方は知らなかった。祖父が鈴を鳴らすところを、金貴は一度も見ていない。

ただ、四年前の清明の朝を覚えていた。祖父の墓の前で、叔父が何も持たない右手を胸の高さに上げたこと。そのまま長いこと、腕を宙に止めていたこと。

あのとき叔父の手の中には、これがあるはずだったのだ、と金貴は思った。

金貴は右手を胸の高さに上げた。あの朝の叔父の手を、そのままなぞった。

鈴が鳴った。

思ったより高い音だった。音は畑の上に広がり、下の段の田の水面を渡り、谷の向こうの斜面に当たって、細く返ってきた。金貴は腕を止めていた。音はなかなか消えなかった。消えかけて、また谷のどこかで小さく鳴った。肘が重くなり、手首が震えた。それでも下ろさなかった。尾の、いちばん細いところが消えるまで。

やがて、何も聞こえなくなった。金貴は腕を下ろした。

坂の下の家で、戸の閉まる音がした。見ると、隣の家の年寄りが、庭の犬の首を抱えて、家の中へ引き入れるところだった。年寄りは戸を閉める前に、こちらを見上げた。何も言わなかった。

母が、小さく笑った。

「あの鈴を聞いたら、犬をしまうんだよ。昔は、村じゅうがそうしてた」

それから母は、金貴の手の中の鈴を見た。しばらく見ていた。

「わたしがこの家に来た年、あの子は十六だった」と母は言った。「水を満たした茶碗を掌に載せて、庭を百回まわるんだよ。毎朝。こぼすと、お義父さんが黙って井戸の方を指さすの。汲み直して、また一回目から」

母は、そのときの庭の方を見るように、家の屋根を見下ろした。

「一度もこぼさなくなった年の秋に、町へ使いに出て、それきり」

それだけ言って、母は金貴の手もとに目を戻した。

「伏せて置くんだよ。仕事の終わりには、お義父さんは、いつもそうしてた」

金貴は、灰の沈んだ筋の脇に、鈴を口を下にして置いた31鈴を伏せるのは、口を伏せて、鳴らした音を納める作法です。土地の神は、この音で、その日の送りが済んだことを知る、と言います。同じ場面 → 碗の跡・土地廟のない村。真鍮の縁が、湿った土にわずかに沈んだ。

二人はしばらく、畑の端に立っていた。日が斜面を下りてきて、夜露を一つずつ消していった。

鈴は缶に戻し、家の棚に上げた。舌には、もう布を巻かなかった32舌に布を巻くのは、旅の仕舞いと、鳴らしてはならない所での仕舞いです。布を解いて缶に戻し、棚に上げるのは、家の中でのふつうの鈴の置き方です。同じ場面 → 土地廟のない村。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。