研究所の創作 短編集
伽羅の箱
清の中ごろ(乾隆のころ) / 洞庭湖に近い茶問屋の町から、湘西の山の村へ
つながる話 一本の線香(香の煙が折れて、一人の死者に吸われる)・揃いすぎる列(魂の無い屍の、揺らぎの無い列)この世界の基本 香・死者と屍・銭・送る二人・鈴と拍・水と匂い
本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本
洞庭(どうてい)の湖に近いその町は、茶と米の問屋が軒を並べ、朝から晩まで秤(はかり)の鳴る町1茶問屋の秤は竿秤で、分銅を竿に滑らせるたびに吊り鉤が鳴ります。洞庭の茶の町では、朝いちばんの秤の音で、その日の茶の相場が立つと言いました。でございました。中でもいちばん大きな構えは沈(しん)の茶問屋で、看板の金文字は雨の日にも光って見えたと申します。
その沈の大旦那が、秋の終わりに亡くなりました。もとは山の村の生まれで、若いころは茶の塊を背負って峠を越える担ぎ手2山の茶は、蒸して型で踏み固めた塊にして運びます。担ぎ手は背負い枠に塊を積み、坂の途中では杖を枠の下に立てて、背負ったまま息を継ぐ。荷を下ろすのは、峠の茶店に着いたときだけです。でございました。休みのたびに竹の煙管(きせる)3担ぎ手の煙管は、竹の根の節をそのまま火皿にした一本もので、使い込むほど節が脂で黒く光ります。いちばん安い葉は刻みが粗く、煙は辛くて青臭い。峠の茶店では一文でひとつまみ売っていました。を出し、道端の店でいちばん安い葉煙草を詰めて、うまそうに吸ったものです。問屋の主になってからも、その煙管だけは手放しませんでした。客の前でも平気でぷかりとやるので、息子の若旦那は、それが恥ずかしくてたまらなかったのでございます。
父が死ぬと、若旦那はすぐに、山の村まで送り帰すことに決めました。それは孝行でございます。ただ若旦那の孝行には、いつも、人に見せる分が少し多めに混ざっておりました。
まず父には官服この世界では死者を故郷へ送るには銭がかかる。払える額で、正規の組か、潜り(正規でない安い組)か、その夜だけ雇う術者かが決まる。官服を着た死者は、自分で送る代を払える者。基本 → 銭を着せました。父の生きているうちに若旦那が銀を積んで買っておいた、名ばかりの位の服4清の世では、銀を納めて位を買えます。買った位にも補子は付き、官服は自分で代を払える死者の印として通る。関の役人は官服の補子と位を控えますが、勤めた位か買った位かは問いません。基本 → 銭同じ場面 → 鶴の胸で、父は一度も袖を通したことがございません。次に、町でいちばん名の通った葬送師5名の通った組の謝礼は、正規の相場の五割増しです。増しの五割を町の者は名の代と呼び、若旦那のような家は、名の代を払ったこと自体を人に話します。同じ場面 → 草鞋の数この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人と、その相棒の道士を雇いました。そして最後に、香の店から伽羅(きゃら)を七本6宿の線香は一本四文。一夜三本で一年分なら千九十五本、四貫三百八十文です。伽羅一本がそれに当たり、七本で三十貫を超える。送る旅の代より、香の代の方が高い旅でした。買い、螺鈿(らでん)の箱に納めて、葬送師に渡したのでございます。
「死者は香の煙を食べるこの世界では死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。基本 → 香と聞いた。村まで七晩、一晩に一本ずつ7送る一行の香は、一人一夜三本。宵と夜半と明け方に継ぎます。伽羅は線香より太く、一本で昼のあいだ燃えるので、本数の上では足りていました。足りなかったのは本数ではありません。基本 → 香、必ずこれを焚いてもらいたい。安い香と混ぜてはならん。伽羅の値打ちが下がる」
伽羅一本で、宿の線香なら一年分は買えたそうでございます。若旦那はこの話を、店先で三度、茶を買いに来た客にはひとりずつ、声を大きくしていたしました。そのうえ年寄りの下男の福伯(ふくはく)を一行につけ、香を焚いたかどうか、この目で見届けて知らせよ、と言いつけました。福伯は大旦那と同じ村の出で、若いころは同じ峠を並んで担いだ仲でございました。
葬送師は魏(ぎ)という痩せた老人で、螺鈿の箱を両手で受け取ると8葬送師は家から預かった品を、帳面の最初の頁に一行ずつ書きます。着いて返すときに、その行を消す。中身を使い切っても、箱は箱として返します。、しばらく黙って蓋の貝の光を眺めておりました。
一行が町を出たのは、月の細い晩でございます。魏が前を歩いて鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍を振り、道士が後ろで札の具合を見ます。官服の大旦那は、両足を揃えたまま、鈴の音に一つ遅れず跳ねました。跳ねるたびに、肩がほんの少し揺らぎます9揺らぎは、下りるたびに肩や袖に出ます。生き物が息をするほどの揺れで、これがあるうちは魂が残っている。札に押されて跳ぶ屍には、この揺れがありません。この決まりの要 → 揃いすぎる列同じ場面 → 半拍の鼓。魂がまだたっぷり残っている死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍の、生き物らしい揺らぎでございました。福伯は提灯を下げてその後ろにつき10家の者が一行に付くときは、道士のさらに後ろを歩きます。死者と葬送師のあいだに生きた人が入ると、陽気(生きた体の温み・気配)で拍が乱れるからです。付き添いの宿と飯は、送る代と別に家が払います。同じ場面 → 揃わない列、ときどき、昔の担ぎ仲間の背中に向かって小声で何か言いました11習わしの理由魂の残る死者に、生きた者が話しかけるのは、珍しいことではありません。返事はありませんが、聞き慣れた声のする方へ、死者は顔をわずかに向ける。年寄りの葬送師は、家の者が道中で死者に話しかけるのを止めません。基本 → 死者と屍。
明け方、宿に入ると、魏は死者を戸の脇に立て12習わしの理由宿で死者を横にしないのは、寝かせた死者が次の鈴で起きないからです。跳ぶ拍は、立っている足に残る。戸の脇に立てるのは、発つときに戸を開ければそのまま列になるからで、宿の者が土間を通るときも、死者の正面を横切らずに済みます。同じ場面 → 行き違い、前に魂帛(こんぱく)13魂帛は、白い絹を結んで人の形にした、名を書いた布の位牌です。官服の死者は銘旌(名と郷を書いた旗)を差さないので、泊まる夜はこれを前に置く。発つときは畳んで葬送師の懐に入れるので、宿ごとに結び直さずに済みます。を置いて、伽羅を一本立てました。
それはたいそう結構な煙でございました。甘く、重く、細い糸のように立ちのぼって、宿の煤けた梁(はり)のあたりで、ゆるりと輪を描きます14伽羅の煙は甘く重く、線香の煙のように真上へ抜けず、梁の下に溜まって輪を描きます。宿の線香なら朝には匂いが抜けますが、伽羅を焚いた部屋には、三日は甘い匂いが残ります。。若い道士はたちまち鼻をひくつかせ15香の煙は死者の糧ですが、生きた人が嗅いでも減りはしません。霊座のそばに座るのを咎める決まりは無く、年寄りの葬送師は、若い道士のこの癖を「相伴」と呼びます。、いちばん近い床几(しょうぎ)に陣取って、目を細めました。宿の主人も女中も、用もないのに土間を行ったり来たりいたしました。
ところが大旦那だけは、その煙を食べませんでした。煙は顔の前まで寄っていくのですが、そこでふっと向きを変え、窓の隙間から出ていってしまう16煙が糧になるかどうかは、値でなく馴染みで決まります。死者は、生前に嗅ぎ慣れた匂いの煙ほどよく吸う。家の者が香を決めていなければ、年寄りの葬送師は、出立の前に故人の好んだ匂いを聞いておきます。基本 → 香同じ場面 → 一本の線香のでございます。魏は一刻(いっとき)ばかりそれを見ておりましたが、何も申しませんでした。

二晩目、鈴への返りが、半拍遅れました17半拍の遅れは、魂の薄れの目盛りです。一晩に半拍ずつなら、あと何晩で列から外れるかを、葬送師は指で数えます。七晩の道なら、数え終わる前に村へ着くかどうかの勘定でした。基本 → 鈴と拍同じ場面 → 封の家。三晩目には、もう少し遅れました。揃っていた足音が崩れ、坂にかかると、官服の裾がためらうように揺れます。四晩目の明け方、魏は死者の襟元に鼻を寄せ18戻り(術が緩んで、止まっていた腐りが戻り始めること)の匂いは、まず襟元に来ます。衣の内にこもった匂いが、首の隙から上がってくるからです。葬送師は明け方、宿に入って死者を立たせたときに、襟元で一度嗅ぎます。同じ場面 → 一筆・半拍の鼓、眉を寄せました。術のかかっているあいだは止まっているはずの匂いがこの世界では死者は自分の足では水を越えられない。川は舟に青い札を留めて渡り、海は棺に納めて船で運ぶ。術のあいだは体の腐りが止まり、術が解けると、止まっていた日数ぶんの匂いが一度に出る。基本 → 水と匂い、ごく薄く、戻りかけていたのでございます。
「伽羅が、お口に合わんのでしょうな」と魏は申しました。
「そんなはずがあるものか」と道士が言いました。「あれほどの香だ。わしなら三杯はお代わりをする19道士は札を書く前に香を焚き、煙で筆を清めます。香の良し悪しに口がうるさいのはそのためだと、道士自身は言います。葬送師の方は、それを信じていません。」
福伯は、螺鈿の箱と死者の顔とを見比べて、おろおろするばかりでございます。安い香を足せば済むのかもしれません。けれども若旦那の言いつけは「混ぜてはならん」でした。魏は困った顔で、その日も伽羅を立て、その日も煙は窓から出ていきました。
五晩目の明け方、一行は峠の茶店に宿を借りました20峠の茶店は、夜は店を閉めても、送る一行には土間を貸します。土間は宿より狭いので、死者は火を落とした竈の脇に立たせる。担ぎ手が荷を下ろした腰掛けは、その晩は付き添いの寝床になります。。昔、大旦那と福伯が荷を下ろして休んだ、その茶店でございます。福伯はどうにも落ち着かず、軒下に出て、腰から古い煙管を抜きました。茶店の婆さんから一文で買った、いちばん安い葉を詰め、火をつけます。焦げくさく、鼻の奥を刺す煙でございました。
その煙が、戸の隙間から土間へ流れこみました。
すると、伽羅の煙には明け方ごとに顔を背けていた大旦那が、ほんの少し、首を戸口のほうへ傾けたのでございます。煙は窓へは逃げず、大旦那の方へ折れて、札の下をくぐり、鼻先へすうっと吸われて21額の札は頭の後ろで結ぶので、下の縁は眉を越えて鼻筋の半ばまで垂れます。死者の方へ折れた煙は、この縁の下をくぐって鼻先へ届く。煙の吸われる夜には、札の下の縁がかすかにそよぎます。基本 → 額の札いきました。

魏は声を出さずに笑いました。笑うと、困った顔の皺(しわ)が、そっくりそのまま笑い皺になりました。
「福伯どの。もう一服、こちらの中でやってくだされ」
「しかし若旦那様は、ほかの香と混ぜるなと」
「煙草は、香ではございませんからな22送る一行の香は、霊座に立てて死者の糧にする煙のことで、何を焚くかは決まっていません。山の村では、故人の好んだ葉煙草や茶の葉を焚く家もあります。」
こうして六晩目は、伽羅と葉煙草とが並んで焚かれました。伽羅の煙は相変わらず梁のあたりで上品に輪を描き、若い道士を喜ばせ、葉煙草の煙は、官服の襟元へ折れて吸いこまれてゆきました。その晩の鈴への返りは、町を出た晩と同じに戻り、匂いもまた、止まりました。
困ったのは七晩目の宵でございます。福伯の煙草入れが、とうとう空になりました。峠の茶店はもう遠く、次の宿には葉を売る店がございません。箱の中には、伽羅が最後の一本残っております。
魏はその一本を取り出し、しばらく指先で転がしておりましたが、やがて宿の主人を呼びました。主人は自分で吸う葉を、麻袋に一つ持っていた23山の宿の主人は、自分で吸う葉を裏の畑で作り、秋に軒に吊して干します。麻袋一つで一冬ぶん。伽羅一本と替えて、主人の側の得はおよそ千倍でした。のでございます。魏は伽羅の一本と、その袋とを取り替えました。宿の主人は、生涯の果報を拾ったような顔をいたしました。
魏は帳面を開き、細い字でこう書きつけました。
「七晩目。伽羅一本、葉煙草一袋に替える24葬送師が預かり品を替えてよいのは、死者の用に充てるときだけで、替えた日と品を必ず帳面に書きます。宿の主人の帳面にこの日のことが何と書かれたかは、分かっていません。」
村に着いたのは、八日目の夜明け前でございました。若旦那は昼の道を轎(かご)で先回り25身分のある家は、村の外に幕を張って死者を迎えます。幕の内で待つのは家の者で、村の年寄りは幕の外に並ぶ。若旦那は、幕の内から父を皆に見せるつもりでした。同じ場面 → 六枚目の札記録 → 旅の死者を故郷へ帰すし、村の入り口に幕を張って待っておりました。新しい棺が用意され、村の年寄りたちも集まっておりました。若旦那は、伽羅の香りをまとって帰ってくる父を、皆に見せるつもりだったのでございます。
魏が碗(わん)の符水(ふすい)を村の土に注ぐと、大旦那は静かに倒れて眠りました。止まっていた七日分の匂いが、一度にあたりへ広がります。人々は袖で鼻を覆い、手早く棺に納めました。
ところが、その重い匂いの中に、もう一つ、ひどく安っぽい匂いが混じっておりました。官服の襟にも袖にも、峠からこちらの三晩分の葉煙草が、しっかり染みこんで26術のかかった体は時が止まりますが、衣は道中の匂いを拾います。死者の服に残るのは腐りより、焚いた煙の匂い。官服の絹は木綿より匂いを深く吸い、一年は抜けません。基本 → 水と匂いいたのでございます。
村のいちばんの年寄り27迎えの場で、帰った死者に最初に声をかけるのは、村でいちばんの年寄りの役です。名でなく、生前の呼び名で呼ぶ。「担ぎの沈」は、峠の茶店でも通っていた呼び名でした。が、鼻をひくつかせて言いました。
「ああ、担ぎの沈が帰ってきた」
ほかの年寄りたちも、皆うなずきました。伽羅だの官服だのとは、誰も言いませんでした。
若旦那は顔を赤くして、魏の帳面をひったくりました。一晩目から六晩目までは、たしかに伽羅を焚いたと書いてあります。五晩目からは「葉煙草、福伯の持ち出し」とあり、七晩目の一行を読むと、若旦那は口を開けたまま、しばらく何も申しませんでした。やがて帳面を閉じると、棺の前に膝をつき、子供のころ父の膝の上で嗅いだのと同じ匂いの中で、長いあいだ肩を震わせておりました。
魏は空の螺鈿の箱を若旦那に返し、道士を連れて、来た道を帰ってゆきました。道士は峠を越えるまで、伽羅の香りを惜しんでおりました。
それから若旦那は、町の客に向かっては相変わらず、父の墓には毎年伽羅を焚いていると話したそうでございます。けれども清明(せいめい)の朝28清明の朝、山の村では家ごとに墓の土を盛り直し、墓の頭に紙銭を一枚、小石で押さえて残します。故人の好んだ物を焚くのもこの朝で、墓の前で煙管をふかす息子は、村では珍しくありません。、村の墓の前でむせながら竹の煙管をふかしている男を、村の者は何度も見かけました。空の螺鈿の箱は、沈の店の帳場の棚に、いつまでも置かれていたということでございます。
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。