研究所の創作 短編集
揃わない列
清の末(光緒のころ) / 湘西の山の街道と宿場
つながる話 半拍の鼓(生前の癖で、同じ幅にずれ続ける拍)・草鞋の数(正規の組の代と支度)この世界の基本 鈴と拍・銭・額の札・碗の符水・死者と屍・送る二人
本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本
清の光緒(こうしょ)のころ、湘西(しょうせい)の山には、日が落ちてから聞こえる鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍がございました。その音が近づきますと、街道の茶店では戸を引き、外につないだ犬を裏へ入れた1犬は陽気(生きた体の温み・気配)が強く、吠え声は一行の拍を乱します。だから送る一行の鈴は、行き合う家に戸を閉め犬をしまわせる合図を兼ねる。湘西の街道の茶店では、日が落ちたら犬を外につながないのが決まりです。同じ場面 → 列ごっこものでございます。けれどもその晩、峠の茶店の老婆は、戸板を半分はめたまま、しばらく手を止めておりました。 鈴が一つ鳴り、足音が二ついたしました。 また一つ鳴り、やはり二ついたしました。二人が同じときに地を踏めば、一つに聞こえるはずの音2鈴一つに足音二つは、二人の拍がつながっていない音です。列の全員は前を歩く葬送師の碗と鈴の拍に結ばれ、足音は雨垂れほどの揺らぎを残して一つに聞こえる。半拍もずれるのは、鈴が早すぎて、前の足が着く前に次の拍が来ているからです。この決まりの要 → 半拍の鼓同じ場面 → 鶴の胸でございます。
鈴を振っていたのは、阿寧(あねい)という二十五、六の男でした。左手には符水(ふすい)を満たした碗3碗は左手、鈴は右手に持つのが決まりです。碗の水は、死者の人数に一杯を足して満たす。着いて一人に一杯ずつ注ぎ、残る一杯は道中の手当てに使う分です。道でこぼせば、水の落ちた土の上で、導いていた死者の足が止まります。記録 → 趕屍の記録を読むこの世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水(わん)を持ち、右手で鈴を振り、二人の死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍を連れております。後ろからは、薄い道服の裾をからげた道士この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人がついてまいりました。この道士は陶(とう)といい、雨の日には傘の骨も直す人4山の道士には、副業を持つ者が少なくありません。傘直しは道士に向いた仕事で、紙と竹と糊の扱いが札の支度と同じだからです。葬式の法事の無い月は、傘の方が暮らしを支えます。でございました。 阿寧が足を早めますと、二人の屍(しかばね)も跳ねる幅を広げました。しかし前の一人が着いたあとに、後ろの一人が着くのでございます。阿寧はそれを追い立てるように、少しずつ鈴を早めておりました。 やがて道の向こうから、もう一つの鈴がいたしました。 そちらには死者が三人おりました。先を行く葬送師(そうそうし)に続く死者の背には、名を記した細長い旗が揺れ、後ろの道士は、札の箱を雨覆いに包んで背負っております。三人の足が落ちる音は、濡れた道を掌で一度打つようでございました。 阿寧は道を譲りました5夜道で一行どうしが行き合えば、死者の少ない方が道を譲ります。数が同じなら、故郷に近い方が譲る。遠い方の死者ほど、立ち止まる一刻が重いからです。。 年上の葬送師は一行を止めますと、阿寧の死者の足もとを見、それから胸を見ました。 「その七品のお客6葬送師は、送る死者を「客」と呼びます。封じて待つ屍は「預かり」。帳面でも客は名で書き、預かりは封じた家の名で書きます。宿の亭主が死者を客と呼ぶのも、この言い方を借りたものです。同じ場面 → 封の家は、ずいぶん古い獣をつけているな」 後ろの死者の胸には、補子(ほし)という四角い刺繍が縫いつけてございました。七品と称して買った清の官服この世界では死者を故郷へ送るには銭がかかる。払える額で、正規の組か、潜り(正規でない安い組)か、その夜だけ雇う術者かが決まる。官服を着た死者は、自分で送る代を払える者。基本 → 銭なのに、獣は古い型の彪(ひょう)7武官の補子の獣は、明では六、七品が彪、清では七品が犀牛です。清の七品を名のる服に彪をつけるのは、明と清の型を混ぜた偽物で、見る人が見れば一目で分かります。同じ場面 → 鶴の胸でございます。糸の足りないところは墨で描き足して8本物の補子は金糸と色糸で刺し、地を見せません。安物は糸を惜しんで地を墨で塗り、雨に当たると胸から黒い汗を流す。安物の補子屋は獣を一種類しか刺さず、どの品の注文にも同じ彪を付けます。ありました。 阿寧は、碗を持つ手を少し前へ出しました。胸を隠そうとしたのでございました。 「見ているのは服だけじゃない。お前の鈴が、二人の間を走り回っている」 陶道士が何か言いかけましたが、年上の男は、その言葉を待ちませんでした。 「一度、十分に着かせてから鳴らせ9足が着いて、膝の揺れが止まってから次を打つ。これが鈴の打ち方の要で、見習いは数でなく、足音の尾で覚えます。二人を連れるなら、二人目の尾を聞いてから打ちます。」 阿寧は言われたとおりにいたしました。最初の一跳びは揃いませんでした。次も、少しずれました。しかし三度目には、二つの音の間へ入っていた夜が、急に短くなったのでございます。

相手の道士は、前の死者の襟を見ておりました。 「札の紐を、服に留めたのか10額の札は頭に結ぶもので、衣に留めてはなりません。旅の服は、家に着けば家族の用意した死装束に替え、借り物なら途中で返す。衣に留めた札は、服を脱がせる手に引かれて一緒に外れます。」 「帽子の紐が切れましてね」と陶道士が申しました。 額の札この世界では額の札は、薄れてゆく魂を体に結びとめ、死者が鈴に応えられるようにする紙の札。道士が黄色い竹紙に朱で書き、宛て先にその死者の名(知らなければ郷)を書く。効きは一年。基本 → 額の札を支える紐の端は、襟の内側へ二針、縫いつけてありました。古い紐がすべるので、その場をしのいだのでございます。 相手は箱から柔らかな麻紐を出し、陶道士へ渡しました。指で輪を作り、襟に頼らず頭へ結ぶやり方11額の札の麻紐は、一度水で揉んで柔らかくし、乾かしてから使います。硬い紐は結び目が浮き、夜道の揺れで緩むからです。年上の道士が箱から出したのは、もう揉んである、すぐ結べる紐でした。結び目は額の後ろ、髷の下に隠します。を、一度だけ見せました。 「着替えさせる前に替えろ。後からでは手が足りなくなる」 阿寧が銭入れへ手をやろうとすると、年上の葬送師は、碗が傾く、と短く申しました。 それだけでございました。向こうには向こうの行く先がありました。三人の死者は再び同じ音を立て、阿寧たちとは反対の谷へ下りていったのでございます。
阿寧がこの仕事を請け負ったのは、その日の昼のことでございました。 山の下の材木置場には、熱病で死んだ働き手が二人、残されておりました。杜成(とせい)と羅平(らへい)といい、同じ杉窪(すぎくぼ)という村の者でした。置場の番人は夜の物音を気にし、隣の飯屋は客が減った12死者を置いた土地で最初に銭を出すのは、たいてい隣の飯屋です。情けより先に、客足が減るからです。理由がどうであれ、その銭で帰れる死者に変わりはありません。と申して、仲間と銭を出し合いました。それでも正規の二人組を雇う額13湘西の正規の組の相場は、死者一人を三晩の道で、謝礼と宿と香と草鞋を合わせておよそ三貫。謝礼は道士が六、葬送師が四を取ります。届かなければ、一応できそうな者に安く頼むことになります。同じ場面 → 草鞋の数には届きませんでした。 村から来た杜成の妻が、その銭の脇に、小さな包みを置きました。ほどくと、穴の縁まですり減った銭が、七枚出てまいりました。 「帰って、戸を直すと言っておりました」 女はそれから、葬式のことを頼むのに妙な話をした、と思ったらしく、口をつぐみました。 阿寧は七枚を数えませんでした14習わしの理由妻の七枚を数えなかったのは、優しさだけではありません。潜りの葬送師は帳面を持たず、家から直に受け取る銭は、数えれば値になる。数えなければ、それは謝礼でなく、家の者が死者に持たせる路銀のままです。帳面に残らない銭を、阿寧は路銀の側に置きました。。 「三日目の朝には、お連れします15正規の葬送師は、日でなく夜で約束し、見込みに一夜を足して言います。山道は崩れ、雨は降る。約束の朝に遅れることは、送る者の側の恥だからです。」 陶道士が、阿寧の足の甲を靴の先で押しました。阿寧はもう一度、三日目の朝、と申しました。 女はその日のうちに先へ立ち、二軒で棺を整えて待つことになったのでございます。
二人を官服にしたのは、阿寧でございました。彼には組合の木札(きふだ)も16街道の宿は、送る一行を二つの物で信用します。葬送師の組合の木札と、死者の身なりです。木札の無い若い葬送師が黙って泊めてもらうには、死者の方を、送る代を自分で払える客に見せるほかありませんでした。同じ場面 → 鶴の胸・草鞋の数、名前を貸してくれる師匠もございませんでした。粗末な服の死者を連れて歩けば、宿の者に出所を尋ねられ、泊める前に保証の銭17宿の保証の銭は、死者一人につき百文。翌朝何事もなければ返す、ということになっています。返ってきたという話は、街道ではあまり聞きません。を求められることがあったのでございます。 羅平には、前の仕事で手に入れた例の偽物を着せました。杜成の分だけは、河岸の貸衣装屋18位の無い人も、婚礼の三日だけは七品の礼服を借りて着られます。貸衣装屋はその服を弔いにも貸しますが、一度弔いに出した服は婚礼に戻さず、帳面も藍の墨で分ける。貸し賃は婚礼の三日で三百文、弔いは裏の繕い代を足して五百文です。で借りました。店の女主人は、その用途を知っておりました。婚礼のために仕立てられ、今は弔いの旅に貸される服でございます。 「今日を一日目と数えるよ。三日目の日没まで。三晩ではないからね」 女主人は帳面へ三つの小さな丸を描き、三つ目に横線を引きました。返す先は、山道が川へ下りる桃根(とうこん)の宿場、妹の預かり店でございました。杉窪はそこから山をもう一つ越えた先です。予定どおり二晩歩けば三日目の明け方に村へ着き、家の死装束へ着替えさせてから、生きた者が昼の道を戻り、桃根へ返せるはずでした。 女主人は服の裏へ店の名を書いた布を縫い、貸し賃を受け取りました。 その布が杜成の背へ入ってしまいますと、阿寧は幾らか安心いたしました。襟は立派で、袖には目立つ繕いもございません。帽子を直してやると、材木を引いていた男は、どこの宿でも黙って迎えられる客のようになったのでございます。
峠で本物の二人組に会ったのは、その初めの夜でした。 二日目の夜明け前、一行は山中の宿へ入りました。陶道士が札を改め、阿寧が部屋の四方に墨線を打ちました19宿の部屋の線は、壁の際でなく、壁から一尺離して打ちます。壁の際では、宿の者が朝の拭き掃除で消してしまうからです。線と壁のあいだの一尺は、宿の者だけが通る道になります。。戸の後ろに立った二人の足もとは、もう動きませんでした。 例の麻紐を取り出しかけた陶道士に、阿寧は、少し寝てからにしよう、と申しました。杜成の襟を開くには、肩を支え、札を支え20術のかかった体は、人の腕に寄りかかりません。硬いまま、支える手に丸ごと載ります。一人で肩を支え、札を押さえ、襟を開くのは無理な仕事で、着替えには必ず二人の手を分けます。、一度きちんと手を分けねばなりません。阿寧の手首は、碗の重みをまだ覚えておりました。 しかし昼過ぎ、宿の亭主が裏へ来て、先の山腹が崩れた、と告げました。人一人なら土の上を這って渡れるが、足の曲がらぬ客は通せまい、とのことでございます。 川沿いへ回れば、桃根に着くのが三日目の明け方。それから杉窪へ行くには、もう一晩が要りました。 阿寧は、借りた服の袖口を見ました21貸衣装屋は、弔いに出した服が返るたびに一日風に当て、符水と墨と香の匂いを抜きます。袖口は死者の手首に触れて真っ先に擦れる所で、借り主は返す前に、まず袖口を見るようになります。。 雨がやんだばかりの庭で、桶の縁から、水が一滴ずつ落ちておりました。
二日目の日暮れ、一行は遠回りの道へ出ました。 鈴を遅くすると、杜成の足は揃いました。けれどもその分だけ、阿寧には道が長くなったように思われるのでございます。曲がり角を一つ回るたび、先で待っている妻に、あと幾つあると知らせることもできないのでした。 山を離れるころ、雲の間から月が出ました。陶道士が杜成の札の下端を押さえ、湿りはあるがまだ保つ22道士は札の下端を指で押さえ、紙が指に張りつけば替えどき、指を離して戻ればまだ保つと見ます。札を乱すものはもう一つ、道ばたに残った帰れなかった者の魂の切れ端(野の魂)で、正規の一行が辻や橋で紙銭を撒くのは、その通り賃です。基本 → 義荘と土地の神、と申しました。阿寧は、桃根で服を借り延ばす、と答えました。 「延ばせるかどうかは、向こうが決める」 「帰してから、俺が余分に払う」 それ以上、陶道士は申しませんでした。自分の取り分を少なくして引き受けたことを、道士もまだ家では話していなかったのでございます。
三日目の夜明け前、ようやく桃根の裏通りへ入りました。 川には荷を積まぬ舟が一艘(そう)、岸に寄せてございました。舟の底の水を、子供が柄杓(ひしゃく)で汲んでおります。一行の鈴を聞くと、子供は仕事をやめ、舟の覆いの下へもぐりました23川筋の子は、一行の鈴を聞いたら隠れるよう教えられます。子供は陽気が強く、屍を引き寄せやすいからです。隠れた子が覆いの下から覗くのは、どこの川筋でも同じです。。 宿の裏部屋へ死者を納めてから、阿寧は隣の預かり店へまいりました。戸が開くまで、土間の前に座って待ちました。 店の妹は、姉とよく似た細い指の女でした。事情を聞くと帳面を開き、その服を受け取るはずの、次の客の名を示しました。翌朝、川下へ持たせる約束でございました。 「夕方までに返してもらって、裏を繕わなければ。今晩も着ていくなら、あちらの人が出られないよ」 阿寧は、二人のうち一人だけでも、と言いかけて、やめました。借りているのは一人分だけです。何を値切ろうとしたのか、自分でも分かりませんでした。 女は帳面を閉じました。 「日が沈むころ、取りに行く。それまでは着せておおき」
昼の間、杜成の額には、襟に縫い留めた紐のまま、いつもの札が結ばれておりました。 陶道士は受け取った麻紐を膝に置き、阿寧を待っておりました。阿寧は宿の亭主に、もう一晩先の道を尋ね、着替えにする布の値を聞き、銭入れを開いては閉じました。夕方にもう一度頼めば、服を貸してくれるかもしれませんでした。先に紐を替えるため襟をほどけば、そのまま脱がせる覚悟を、しなければならないように思えたのでございます。 陶道士が、今のうちに、と申しました。 「俺が肩を持つ。替えてくれ」 阿寧はそう答えましたが、そのとき表から自分を呼ぶ声がいたしました。宿代を先に置いてくれ、という亭主の声でした。彼は立っていきました。戻ったときには、窓の桟の影が、杜成の胸まで伸びておりました。 とうとう麻紐は、膝の上に残ったのでございます。

日没前、阿寧は道具をまとめました。せめて暗くなればすぐに出ようと、戸口の墨線を湿った布で拭いました24発つ前に戸口の線を拭くのは、宿への礼です。線を残して発てば、その部屋は屍を留める部屋のままで、宿の者が気味悪がって客を入れなくなります。。 そこへ、店の女が風呂敷を持ってまいりました。 「もう少し、どうにかならないか」 阿寧は入口に立ったまま申しました。 「どうにもならないから、取りに来たんだよ」 女の言い方は、朝より疲れておりました。 陶道士は麻紐を拾いました。 「脱がすなら先に、額を――」 「わかっている。俺が脱がせる。少しだけ待ってくれ」 阿寧はそう言いましたが、左手には碗を、右手には鈴を持ったままでございました。どちらかを置かねば、襟にも札にも手は届きません。碗を置く棚を目で探す25宿の裏部屋は土間で、碗を置ける棚は、戸口から遠い壁に一つきりのことが多い。両手の塞がった葬送師には、棚までの三歩が、着替えの場では長い。慣れた葬送師は、部屋に入るとまず棚の前に立って、碗の置き場を決めておきます。うちに、表の通りで、次の借り手の家の者らしい声が女の名を呼びました。 女は振り返り、それから杜成の襟へ手を掛けました。阿寧は碗を持ったまま半歩出ましたが、その半歩が、間に合いませんでした。 女は肩から官服を剝がし、片袖を抜きかけました。腕は硬く、袖の内で曲がりませんでした。すべらぬよう縫い留められていた紐が、襟とともに下へ引かれました。 額の札が、くるりと裏返りました26札が外れると、抑えを失った魄がむき出しになり、生きた人の陽気に引かれて動きます。魂の多い死者はぼんやり立つか家の方へ歩きだし、魂の薄い死者は陽気に向かって襲いかかります。同じ場面 → 鶴の胸。頭へ回した紐の結びがほどけ、札だけが土間へ落ちました。 杜成の両足が、音もなく戸口へ向きました。
阿寧は急いで鈴を振りました。早すぎる音でした。杜成が跳び、羅平がそれを追い、部屋の中で二つの音が、互いの踵(かかと)を踏むように重なりました。 杜成は戸口を向きました。そこには、服を抱いた女がおりました。 阿寧が袖をつかむと、空になった官服だけが手へ来ました。左手の碗の水が、白い縁まで寄りました。 その水の上に、窓の最後の明るさが細く光っておりました。 阿寧は動くのをやめました。 碗を傾けぬよう左の肘を脇へつけ、鈴を握り直しました。振るのでなく、まず重みを手の中へ戻しました。 「店の人を、裏へ27屍が戸口へ向いたとき、まず遠ざけるのは戸口に立つ人です。葬送師は鈴と碗で手が塞がっているので、人を下げるのは道士の役。陶道士が女を壁沿いに下がらせたのは、死者の前を横切らせないためです。」 陶道士が女を壁沿いに下がらせました。阿寧は死者を見ました。借りた袖がなくなった杜成は、肘に丸い継ぎのある下着を着ておりました。出立のとき、自分がその上へ官服を重ねたのでございます。 「杜成さん」 名前を呼ぶと28魂が体に残るうちは、名を呼ぶ声がそこへ届きます。呼ぶのは姓でなく名で、家の者が呼んでいた呼び方がいちばん届く。戸口へ向いた足が止まったのは、杜成の魂がまだ体にいたからです。同じ場面 → 草鞋の数、戸口へ向いた足が一度、土を探るように止まりました。 「まだ、山が一つあります」 阿寧は一つ鳴らしました。 杜成の足が着くまで待ちました。羅平の足が着くまで、なお待ちました。 次の音は、その後でした。
杜成の体は、なお戸口へ傾こうといたしました。阿寧は鈴を低く鳴らしながら、碗を壁の棚へ置きました。底が棚へつくのを確かめ、空いた手で墨斗(すみつぼ)を出しました。 「ここの端を」 陶道士が糸を受け取りました。二人は土間の乾いたところへ線を弾きました。道士がその端に札を留めると、杜成のつま先は、黒い線の手前で細かく震えました。 阿寧は急かしませんでした。 やがて足の震えが小さくなりました。陶道士が落ちた札を拾って額に押さえ、阿寧が肩を支えました。あの道士にもらった麻紐が、ようやく使われました。陶道士は教わった輪を作り、今度は衣のどこにも結びませんでした。 結び終えるころには、窓は黒くなっておりました。 杜成も羅平も、動かずに立っておりました。
女は官服を風呂敷へ畳みました。片方の袖が裏返っていましたので、阿寧が手を入れて直しました。裏の店の名が、最後に一度見えました。 「済まなかった」 彼が申しますと、女は襟に残った二針を見ました。 「ここを切ってもいいね」 阿寧はうなずきました。女は小さな鋏(はさみ)で古い紐を切り、服に穴がないのを確かめました。それから受取の印を、阿寧の借り状へ押したのでございます。 阿寧は自分の上着を脱ぎました。杜成へ着せるには袖が短く、胸も合わせきれませんでしたが、背は覆えました。女は店へ帰る前に、開いた胸を留める布の細片を縫いつけてくれました。その間、阿寧は黙って死者の腕を支えておりました。 陶道士は床に落ちた紐を拾い、懐へしまいました。捨てるつもりで拾ったのか、持って帰るつもりだったのか、阿寧は聞きませんでした。
三日目の夜の出立は、すっかり遅くなりました。 阿寧は宿の亭主に、自分には組合の木札が無いこと、二人の官服は一つが借り物で、一つが偽物だったことを話しました。その上で、まだ払えぬ残りを自分の名で記してもらいました29葬送師のツケは、街道の宿でよく通ります。同じ道を必ずまた通るからです。宿の亭主の方も、ツケの主が次にどこの客を連れて来るかを、帳面の横に書いておきます。。亭主は少し黙ってから、墨の乾かぬ帳面を火のそばへ寄せました。 外は寒うございました。 それでも鈴は、前の晩よりゆっくり鳴りました。足の着く音が一つになると、阿寧はまた同じ間を置きました。薄着の背へ風が当たりましたが、歩調を早めはいたしませんでした。 四日目の明け方に、杉窪の最初の家の灯が見えました。 杜成の妻は、戸を開けて待っておりました。敷居の外には、女の履物(はきもの)の跡ばかりがついておりました。 「遅くなりました」 阿寧は申しました。 妻は短い袖から出ている杜成の手を見ました。それから阿寧の薄い肩を見て、どうぞ、と家の中へ身を退いたのでございます。

羅平の家の者にも来てもらいました。符水は、注いだ先の一人を解くばかりでございます。けれども二人は同じ碗の拍につながっておりますから、一人を解けば、残る一人の足が乱れます。同じ土間で続けて解くために、二つの家の者に一か所へ集まってもらった30二つの家が一つの土間に集まるのは、村では婚礼か葬式のときだけです。広い土間を貸すのはたいてい村でいちばん古い家で、棺を二つ並べるときは、戸板を外して土間を広げます。のでした。隣人たちが羅平の棺を運び込み、広い土間に二つ並べました。 棺の脇には、それぞれの家で用意した木綿の衣が畳んでありました。阿寧は今度こそ、道士の手が札を支えたのを見届けてから、杜成の上着を脱がせました。羅平の獣の服も脱がせました。二人の肩を家の者が支え、棺へ納める手が揃ったところで、阿寧は碗の符水を、まず杜成の足もとの土へ注ぎました。羅平の足が、拍を失って小さく揺れます。阿寧は鈴を一度だけ鳴らしてそれを抑え、残りの水を、間を置かずに羅平の足もとへ注いだのでございます。 立っていた二人の重みが、人の腕へ戻りました31術が解けた瞬間、支える手に載っていた体が、急に人の重みで寄りかかってきます。硬さの抜けた体は重く、一人では支えきれない。家の者は二人がかりで一体を受け、すぐ棺に納めて足の結びを解きます。同じ場面 → 草鞋の数記録 → 趕屍の記録を読む。 皆で急いで棺へ納め、家の者が足の結びを解きました32習わしの理由足首の結びをほどくのは、葬送師でなく家の者の手と決まっています。結びは、旅のあいだ死者を列に留める最後の縛りで、それを解くのが帰った印。葬送師が解けば、死者はまだ客のままです。家の者のいない死者は、迎えた者の手で解きます。。杜成の妻は木綿の襟を揃え、顎(あご)の下の小さな皺(しわ)を、指で二度伸ばしました。 羅平は、その朝、棺を担がれて少し先の家へ帰りました。二人はそれぞれの家の者に送られて、村の山裾の土に葬られたのでございます。
葬りの済んだ夕方、杜成の妻は、洗った阿寧の上着を返しました。胸には、店の女がつけた細い布が、そのまま残っておりました。 「取ろうと思いましたが」 妻はそう申して、言葉をやめました。 阿寧は、つけたままでよい、と答えました。 帰りの山道で、その布は風のたびに胸へ触れました。鈴は袋に入っており、もう鳴らす用はございませんでした。それでも阿寧はしばらくの間、後ろの足音が地に着くのを待ってから、自分の足を出しておりました。 後ろにいたのは、草鞋(わらじ)を引きずる陶道士一人でございました。
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。