研究所の創作 短編集
列ごっこ
清の中ごろ(嘉慶のころ) / 江西、景徳鎮から東へ入った茶畑の村
同じ人 腰の草鞋(この春、譚は南の街道へ出ていて、見習いが前を歩く)・元宵の儺(三十年あまりになった譚が、祭りの村で一人を探す)この世界の基本 鈴と拍・死者と屍・碗の符水・義荘と土地の神・送る二人・香
本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本
嘉慶のころ、江西の景徳鎮から東へ二日ほど山へ入ったところに、茶畑ばかりの小さな村がございました。窯(かま)の町で働いて亡くなった人が、山の奥の故郷へ送られてゆくとき、一行はよくこの村の古い土地廟(とちびょう)で昼を過ごした1廟に番をする者はいないので、一行は自分で香を継ぎ、発つときに香炉へ線香を一本と紙銭をひとつかみ置いていきます。窯町から東の郷への道では、この廟が二日目の昼の定まった宿です。同じ場面 → 一本の線香・碗の跡この世界では義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。基本 → 義荘と土地の神のでございます。
一行が通るのは、いつも夜更けでございます。まず遠くで鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍が一つ鳴ります。それを聞くと、村の大人は戸を閉め、犬を家に入れ、子どもの頭を布団へ押し込みます2習わしの理由見てはならぬ、と村が言うのは、死者のためでもあります。戸を開ければ犬が出て、子どもが声を上げる。犬の声一つで鈴の拍は乱れる。布団の中で百まで数えれば一行は過ぎる、と教える家が多く、子どもが知っているのは、その数え方と、戸の板ごしの音だけです。同じ場面 → 揃わない列。死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍の通るところを見てはならぬ、というのが村の決まりでございました。ですから子どもたちは、その列を一度も見たことがございません。知っているのは、戸の板ごしに聞こえる音ばかりです。ちりん、と鈴が鳴り、しばらくして、こつ、こつ、と石の道を何かが跳ねてゆく音3戸の板ごしに聞く足音は、土の道なら「とん」と鈍く、石の道なら「こつ」と高く鳴ります。この村の道は石なので、子どもたちの覚えた音は「こつ」でした。同じ場面 → 草鞋の数・鶴の胸。
見たことのないものほど、子どもはあこがれるものでございます。その秋、村の子どもたちのあいだで、列ごっこというものが始まりました。
*
親分は、九つになる福生(ふくせい)でございました。福生は牛の首から外した古い鈴4牛の鈴は「がらん」と鳴り、葬送師の鈴の「ちりん」とは音が違います。それでも三人の死者の額の札が揺れたのは、死者が鈴の音でなく、鳴らし方(呼ぶ間)に応えるからです。譚が振ればがらんの音も広場に残るのは、そのためです。を振って、葬送師この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人の役をいたします。道士の役は石頭(せきとう)で、竈(かまど)の炭で反故紙(ほごがみ)に字らしいものを書き、仲間の額に貼って回ります5列ごっこの紙は、飯粒を指でつぶして額に貼ります。竈の炭の字は汗でにじみ、跳ねるうちに黒い筋になって眉まで下りてくる。夕方に母親が顔を拭くと、額に石の字が裏返しに移っていました。同じ場面 → 吊り橋の拍・揃わない列。字を知らないので、自分の名前の石の字ばかりを、いくつも並べて書いておりました。残りの子は死者の役でございます。双子の大毛(だいもう)と二毛(じもう)、それにいちばん小さい満満(まんまん)という女の子が、額に石の字を貼られ、両足を揃えて跳ねるのでございます。
福生の考える葬送師は、たいそう厳しいものでございました。鈴を振るたび「一、二、揃え」と怒鳴ります。大毛と二毛は双子ですから、息を合わせるのは得意で、まことによく揃いました。ところが満満だけは、いつも少し遅れて跳ねるのでございます。そのたびに福生は「満満、遅い」と叱り、満満は頬をふくらませながら、それでもまた跳ねました。

おかげで子どもたちの草鞋(わらじ)は、ひと月で底が抜けました6送る死者は、底を二重に編んだ一足百文の草鞋を一夜で履きつぶします。子どもの一重底がひと月もったのは、上出来の部類です。列ごっこの草鞋の帳面は、母親たちの頭の中にだけつけられていました。同じ場面 → 草鞋の数・腰の草鞋。母親たちは、草鞋を一足編むのがどれほどの手間か、夕飯のたびに言って聞かせましたけれど、翌朝になれば、また廟の前の石畳で、こつ、こつ、が始まるのでございます。
*
その秋の終わり、雨で山の道が崩れ7廟に泊まれば宿代が要らず、一晩は香と飯で二百文ほどで済みます。窯の組合の帳場は、雨で止まった夜の行に廟の名を書かせて、宿代の欄が空いている訳を確かめます。同じ場面 → 草鞋の数・三十里、送られてゆく一行が、廟に二日とどまることになりました。窯の組合が銭を出し合って送る8組合の送る死者が幾人か溜まると、葬送師は同じ方角の郷の者を一つの列にまとめます。三人を一度に送っても、葬送師と道士の手当ては一人を送るのと変わらない。雨で止まった一晩ぶんの飯と香も、組合の同じ帳面に書き足されます。同じ場面 → 緡の長さ記録 → 旅の死者を故郷へ帰す、三人の死者でございます。葬送師は譚(たん)という9譚は窯町の葬送師で、この秋で二十年。窯町の葬送師は、組合との年ごとの約束で、送る先の多い郷への道を幾本か受け持ち、一年に幾度もそのどれかを歩きます。道筋の廟や村の子どもにも、顔を覚えられています。、肩の広い、口数の少ない男でした。後ろを歩く道士は陸(りく)という若い者で、昼のあいだはたいてい廟の軒下で居眠りをしておりました10送る一行は夜に歩いて昼に寝るので、昼の廟の軒下で寝ている道士は、勤めの最中です。昼に起きて線香を継いでいる葬送師のほうが、勤めの外で働いていることになります。。
三人の死者は、廟の奥の間に、戸の脇に並べて立ててありました。川向こうの槎窯(さよう)で溝火(こうか)を受け持った老人と、土を練った男と、薪を割った若者11槎窯は、松の割り木でなく柴や枝の束(槎)を焚く窯で、鎮の川向こうの潘家疃(はんかとん)の村に固まっています。鎮の中心の柴窯が細い上等の器を焼くのに対し、槎窯は日々の粗い碗を焼く。窯場の仕事は土を練る者、火を焚く者、槎を担ぐ者と細かく分かれ、組も別です。組合の木札の表には組の名が、裏には死者の郷が焼かれます。同じ場面 → 一本の線香・緡の長さでございます。三人とも、よく洗った粗い布の死装束12窯の組合の銭で送る死者の死装束は、組合が反物をまとめて買って仕立てます。三人が同じ粗い布を着ているのは、同じ箱の銭で送られる印です。官服を着て送られる死者とは、そこが違います。基本 → 銭を着て、背には名を書いた細い旗を差しておりました。
二日目の昼過ぎのことでございます。譚が奥の間で、死者の前の線香この世界では死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。基本 → 香を継いでおりますと、廟の前から、がらん、がらん、と牛の鈴が鳴りました。続いて「一、二、揃え」の声と、小さな足音。
譚が顔を上げますと、三人の死者の額の札が、そろって、かすかに揺れておりました。溝火の老人の旗13溝火は、焚き口から火の通り道をあけて、炎を窯の奥と左右の隅まで回す手です。届かない所があれば生焼けが出るので、溝火の焚き手は一晩じゅう、窯の隅々の火の回りを気にして暮らす。列の後ろの一人が揃わぬ拍を聞けば、旗も困ったように傾きます。が、困ったように小さく傾きました。
譚は自分の鈴を一つ、低く鳴らして三人を落ち着かせ、それから表へ出ました。子どもたちに、もう少し遠くで遊んでくれと頼むつもりだったのでございます。
石畳の上では、ちょうど列ごっこの最中でございました。福生が牛の鈴を振り、額に石の字を貼った三人が跳ね、いちばん後ろで石頭が、水を張った飯茶碗を掌に載せております。福生は大人が出てきたのを見て、鈴を振る手を止めました。額に紙を貼った子どもたちも、跳ねかけた足のまま固まりました。
譚は、ここで遊んではいけない、と言おうといたしました。ところが口から出たのは、別の言葉でございました。
「碗(わん)は、前だこの世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水」
石頭がきょとんとしております。譚は少し困った顔をして、それでも言い直しました。
「碗を持つのは、前を歩く者だ14碗が前にあるのは、死者の拍(鈴と足音が刻むリズム)がまず碗の水面に映り、鈴を振る葬送師が、その水面を見ながら歩くからです。後ろの者が碗を持てば、鈴を振る者は水面を見られません。子どもの遊びでこの並びがよく逆になるのは、鈴を振る子が両手をふさぎたくないからです。同じ場面 → 揃わない列。後ろは札を持つ」
言ってしまってから、譚は自分の口を手で押さえたそうでございます。窯町で二十年この仕事をしていると15間違った列を黙って見ていられないのは、葬送師の職の癖です。宿の亭主が戸口の線の打ち方を葬送師に尋ねないのはこのためで、尋ねれば夜明けまで講釈が続き、その夜の一行が発てません。、間違った列を見ると、どうしても黙っていられないのでございました。
*
それからが大変でございました。福生は牛の鈴を握りしめたまま、目を丸くして譚を見上げ、
「おじさん、本物か」
と申しました。譚がうなずくより早く、子どもたちは譚のまわりに集まりました。石頭は飯茶碗を福生に渡し、福生は茶碗を持ったまま鈴も振ろうとして、両手がふさがり、困ったあげく、茶碗を石畳の上に置こうといたしました。
そのときの譚の動きは、たいそう素早かったと申します。大きな体をかがめ、茶碗が石に着く前に、下からすくい上げてしまったのでございます。

「地に置いてはいかん」
子どもたちは、しんとしました。譚は茶碗を福生の手に返しながら、耳の後ろを掻いて、言い訳のように申しました。
「本物の碗の水は、土に通う。故郷の土でなければ、置いてはいかんのだ」
福生はしばらく考えてから、
「ここは、おれの故郷だ。置いてもいいか」
と尋ねました。譚は、そこで初めて笑いました。
「お前はまだ生きておる。置かんでいい」
それでも福生は、その日から茶碗をいつも胸の高さに持つようになりました。
譚は廟の前はいかんと言い、子どもたちを、村はずれの茶を干す広場へ連れてゆきました。ほかに頼む相手もいないので、軒下で居眠りをしていた陸も起こされ、あくびをしながらついて来ました。
広場に着くと、福生の家の黄色い犬が、うれしそうに尾を振って走って来て、子どもの足のあいだを回りはじめました。譚は犬を指さしました。
「最初の鈴は、あれのためだ16犬をしまえと知らせる鈴は、列の半里ほど手前で鳴らします。窯町から山へ入る街道筋では、日が落ちると犬を外につながない家が多く、村の犬は鈴の音をよく覚えています。同じ場面 → 揃わない列・碗の跡」
子どもたちが首をかしげますと、譚は、犬の声は拍を乱すのだと申しました。福生は顔を赤くして犬を追いかけ、茶棚の柱に縄でつなぎました。犬は不満そうに一声鳴いて、それから腹ばいになり、列ごっこを見物する側に回りました。
*
「では、振ってみい」
福生が牛の鈴を振り、「一、二、揃え」と叫びますと、大毛と二毛は見事に揃って跳ね、満満は少し遅れて跳ねました。福生は得意そうに、それから満満を横目でにらんで、譚を振り返りました。
譚は腕を組んで、長いこと黙っておりました。
「揃いすぎておる17双子のように息の合う者でも、生きた者どうしの揃いは、どこかで一度は崩れます。寸分違わず揃う列は、札で上から押さえられて跳ぶ列だけ。葬送師は、崩れない揃いをまず疑ってかかります。この決まりの要 → 揃いすぎる列同じ場面 → 杖の間」
福生は、何を言われたのか分からない顔をいたしました。譚は双子の額の石の字を指でつつき、こう申しました。
「こんなに揃うのは、魂の無いものだ。魂の残る者は、鈴を聞いてから、自分で跳ぶ。だから少しずつ、揺らぐ」
そうして、満満の頭に大きな手をのせました。
「この子の跳び方が、いちばん本物に近い18揺らぎ(魂の残る死者が自分で跳ぶときの、わずかなずれ)の大きさは、魂の多さです。死んで日の浅い者ほど大きく、薄れるにつれて小さくなる。満満の遅れが本物に近いのは、揃えようとしても揃わない揺れがあるからです。同じ場面 → 半拍の鼓・六枚目の札」
満満は、はじめはぽかんとしておりましたが、やがて頬がゆるみ、耳まで赤くなりました。双子は顔を見合わせて、ずるい、と言いました。
譚は福生から鈴を受け取り、一つ振ってみせました。牛の鈴でございますから、がらん、と間の抜けた音がいたします。それでも譚が振りますと、その音は不思議と、ひとつ鳴ってから、広場の上にしばらく残りました。
「鈴は、跳べ、と命じるのではない。呼ぶのだ。呼んだら、待つ。向こうが答えるまで待つ」
「数えないのか」
「数えん。耳で聞いて、答えが来たら、また呼ぶ」
福生はもう一度鈴を受け取り、今度は「揃え」と言わずに、一つだけ振りました。そして、待ちました。死者の役の三人は、どうしてよいか分からずに、互いの顔を見ました。
「顔を見るな。鈴を聞け」
譚が言いますと、満満がまず跳びました。それを聞いて大毛が、つられて二毛が跳びました。こつ、こつ、こつ。雨の降りはじめの軒のような19魂の残る列の足音は、一つずつわずかにずれて、雨垂れのように聞こえます。葬送師は最後の足が石に落ちるのを聞いてから、次の鈴を振ります。同じ場面 → 揃いすぎる列・揃わない列、少しずつずれた音でございます。福生はその三つ目の音を待ってから、また鈴を振りました。三つの音が、また少しずつずれて返ってまいりました。
譚は、それでいい、とだけ申しました。
後ろでは、石頭が陸にねだっておりました。本物の字を書いてくれ、と申すのです。陸は眠い目をこすりながら、石頭の炭を取り上げ、反故紙に字を一つ書きました。石頭が喜んで見ますと、それは札の字ではなく、「石」の字でございました。石頭の書くのよりずっと立派な、石の字でございます。
「本物を書いたら、お前の友だちが本当に止まってしまう20道士は子どもに本物の札の字を書きません。書けば遊び相手が本当に止まるからです。炭で書いた字なら効かないと言う道士もいますが、それを子どもの額で試した道士の話は聞きません。」
石頭はそれで十分に満足いたしまして、その立派な石の字を、自分の額に貼りました。
*
日が傾くころまで、列ごっこは続きました。途中で福生の祖母が、蒸したての饅頭(まんじゅう)21籠の蓋を取ると、湯気は夕方の冷えた地面を一度低く這ってから立ちのぼります。茶を干す広場では、その湯気が干し棚の茶葉に触れて、甘い匂いに青い匂いが混じる。祖母の籠は、蒸籠ごと布で包んで運ぶ二段重ねです。同じ場面 → 畦の一本道を籠に入れて持って来ました。籠の蓋を取りますと、白い湯気が夕方の冷えた広場にもうもうと立ちのぼり、子どもたちは列のことなど忘れて群がりました。譚と陸にも一つずつ回ってまいります。陸はたちまち二つ目に手を伸ばし、譚は饅頭を割って、湯気の立つ中を、しばらく黙って眺めておりました。
満満が、饅頭をかじりながら譚の袖を嗅ぎました。
「おじさん、くさくない」
譚の袖からするのは、墨と、線香と、湿った藁の匂いばかり22葬送師の袖には、墨斗の墨と線香の煙が、仕事の年数ぶん染みています。二十年ともなれば洗っても抜けず、家の者は葬送師の着物だけを別の盥で洗う。子どもが嗅ぎ当てたのは、その匂いです。同じ場面 → 畦の一本道・草鞋の数でございました。
「死んだ人は、ご飯を食べるのか」
と、今度は大毛が尋ねました。譚は、飯は食べぬ、線香の煙をいただくのだと申しました。それから、道を行くあいだ、死者は一晩に草鞋を一足はきつぶすのだ、とも申しました。
子どもたちは、自分たちの底の抜けた草鞋を見下ろしました。ひと月で一足でも、母親にあれほど言われるのでございます。一晩に一足とは、たいへんな費えでございましょう。
福生は、しばらく考えておりました。
*
その夜、雨は上がり、一行は発つことになりました。
子どもたちは、夕飯のあと、福生の家の土間に集まりました。福生の祖母が藁を出してくれて、皆で草鞋を編んだ23草鞋は藁を木槌で打って柔らかくし、足の指に掛けた縄を芯に編みます。送る草鞋は底を二重にするので、慣れた手で一足に一刻。一重底の草鞋は、雨の夜なら半夜で底が抜けます。同じ場面 → 草鞋の数・腰の草鞋のでございます。祖母が一足編むあいだに、子どもたちは寄ってたかって、ようやく二足を編みました。片方は大きすぎ、片方は編み目が片寄っておりました。満満の編んだところだけ、藁が一本、ぴんと外へ跳ねております。三人ぶんには一足足りませんでしたので、祖母が、いま編み上げた一足を添えてくれました。
子どもたちはそれを、線香を三本と一緒に24三本にしたのは、三人に一本ずつの勘定です。一行の香は一人一夜三本なので、三人ぶんの一晩は九本で、子どもの三本は、その三分の一に当たります。、廟の戸口の敷居の外へ置いてまいりました25習わしの理由廟の敷居の内に置いた物は土地の神への供えで、外に置いた物は旅の者への贈り物です。一行は発つとき、敷居の外の物だけを持って行き、内の物には手を触れない。子どもがそこまで知っていたわけではありませんが、置いた所は正しかったのです。。地に置いてよいかどうか、福生はずいぶん迷いましたけれど、草鞋は碗ではない、と石頭が言いましたので、そこに置いたのでございます。

夜更けに、遠くで鈴が一つ鳴りました。
福生はあわてて黄色い犬を家へ入れ、戸を閉めました。村じゅうの戸が閉まる音が、ぱた、ぱた、と続きました。子どもたちはそれぞれの家で、戸の板に耳を当てました。
ちりん。
しばらく間があって、こつ、こつ、こつ。
福生には、それがもう、ただの音には聞こえませんでした。一つ目は重く、二つ目はそれより少し遅れ、三つ目は、ほんのわずか、いちばん遅れて来ます。三人の人が、それぞれ鈴を聞いて、それぞれに答えている音でございました。鈴は、三つ目の答えが石に落ちるのを待ってから、また鳴りました。
ちりん。こつ、こつ、……こつ。
翌朝、子どもたちが廟へ走ってゆきますと、敷居の外の草鞋はなくなっておりました。線香は三本とも、根元まで燃えておりました。軒下には、陸の書いた字の反故紙が一枚、小石で押さえて残してありました。今度は石の字ではございません。福生の祖母に読んでもらいますと、「謝」という字26送る一行が泊まった廟や宿に礼の字を一枚残すのは、道士の古い習いです。字は墨で書き、朱は使わない。朱の字は札の字で、残してゆけば廟の神への頼みごとになってしまうからです。であったそうでございます。
*
それからのち、この村の列ごっこは、少しばかり変わりました。
大人たちははじめ、なんと静かな遊びになったことかと、首をかしげておりました。けれどそのうちに、村の犬たちが牛の鈴の音を聞くと、呼ばれもしないのに自分から家へ入るようになりましたので、今度は大人たちのほうが、戸口で笑っておりました。
満満は、大きくなってもしばらくは、いちばん後ろで少し遅れて跳んでおりました。鈴を振る子は、その最後の、こつ、が石に落ちるまで、いつも手を止めて待っていたのでございます。
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。