研究所の創作 短編集
畦(あぜ)の一本道
清の中ごろ(嘉慶のころ) / 浙江の南、処州の山あいの棚田の村
つながる話 吊り橋の拍(水を越えられない死者と、橋の上の戦い)・腰の草鞋(碗の置き場に困る見習い)この世界の基本 水と匂い・碗の符水・鈴と拍・死者と屍・送る二人・義荘と土地の神
本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本
嘉慶のころ、浙江の南の処州(しょしゅう)の山には、谷底から峠の下まで、階段のように田を刻んだ村1棚田の水は、いちばん上の段から水口を通して順に落として満たします。水口は田一枚に一つで、板を差して止める。上が満ちるまで下は待つので、谷底の田には水が最後に来ます。がございました。春の田植えの前には、どの段にも水が張ってあります。月の夜にはその一枚一枚が空を映しますので、山の腹に大小の鏡を幾百も立て掛けたように見えたと申します。
その村の娘の月娥(げつが)が、峠の向こうの家へ嫁ぐことになりました。このあたりでは、花嫁は夜のうちに家を出て、卯(う)の刻に婿の家の門をくぐるのが吉とされております。丑(うし)の刻、赤い輿(こし)が四人の担ぎ手の肩に上がりました。先に立つのは仲人の季婆(きば)、灯籠が二つ、その後ろに嗩吶(さない)吹きの柴(さい)じいさんと、銅鑼(どら)と太鼓の若い者が続きます。しんがりは月娥の弟の阿旺(あおう)で、年は十四、首から肩へ、長い爆竹の束をたすきのように巻いておりました。峠を越えたら鳴らし、婿の門でも鳴らす。姉を送る大役でございます。

棚田のあいだの畦道は、石を一枚ずつ並べた細い道で、人が二人並べば一人は田へ落ちます。上の段の石垣と、下の段の水とのあいだを、道は山の腹に沿って曲がりながら上ってゆくのでございます。
その曲がり目で、柴じいさんの嗩吶がふいに止みました。上の闇から、ちりん、と鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍が一つ鳴ったのでございます。
鈴の後ろから、こつ、と揃った足音がいたしました。また鈴、また、こつ。灯籠の光の届くところまで下りてきたのは、鈴と碗(わん)を持った中年の男と、白い死装束の死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍が五人、それに札の束を懐にした年寄りの道士この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人でございました。死者の背には、名を書いた細い旗が一本ずつ2背の旗は銘旌(紅い布に白く名と郷を書いた旗)です。仲間の銭で送られる死者は官服を着ないので、身元はこの旗と、胸に下げた組の木札で示す。藍伯があとで読んだのは、この旗の郷の字です。基本 → 銭揺れております。
二つの列は、二十歩ほどをあけて止まりました3習わしの理由二十歩は、生きた人の一団が立てる陽気(体の温み・気配)が、死者の列に届かない間合いです。道で列に行き合った生きた者は、ふつう脇へ寄ってしゃがみ、息をひそめて列を過ごす。輿の一行には、それができません。輿は地に下ろせず、道を戻ることもできないからです。同じ場面 → 行き違い。
「困ります、困ります4婚礼の列が棺に行き合うのは、「棺」の音が「官」と「財」に通じるので、縁起がよいとされます。ただ、相手が棺でなく歩く死者のときにどちらに数えるかは、仲人の間でもまだ決まっていません。」と季婆が申しました。「花嫁の輿は、途中で地に下ろしちゃならない。後ろへ戻るのはなおいけない。卯の刻に門をくぐらなけりゃ、この縁は何のために星を見てもらったのか分かりません」
葬送師は、游(ゆう)と名乗りました。游はまず、輿に向かって丁寧に頭を下げました。それから、こちらも夜明けまでに谷の義荘この世界では義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。基本 → 義荘と土地の神(ぎそう)へ入らねばならないこと、死者を連れて日の下を歩くわけにはいかない5習わしの理由一行が夜に歩いて昼に休むのは、昼の道に満ちる生きた人の陽気(体の温み・気配)に、鈴の拍が乱されるからです。「日の下に出さない」は村の側の言い方で、一行の側では、昼は宿か義荘の戸を閉めて、死者を立たせたまま休む時間です。この決まりの要 → 鶴の胸ことを、ゆっくり申しました。
「この五人は、福建の山で椎茸(しいたけ)を作っていた者6処州の山の男は、秋の取り入れが済むと福建や江西の山へ椎茸を作りに出て、春に戻ります。冬の山小屋に籠もる仕事なので、病が出ればひと小屋が倒れる。春の峠は、帰る生者と死者が同じ道を越えます。です。冬のあいだ山小屋に籠もって木を伐(き)り、菌を植える。去年の冬に熱病が小屋を回って、五人とも帰れなくなりました。仲間が銭を出し合って7椎茸の山は、小屋一つを五、六人で持ち、上がりを春に分けます。死者が出れば、分ける前にその者の取り分を送り賃に回す。小屋ごと倒れたときは、同じ山のほかの小屋が足りない分を出し合います。同じ場面 → 三十里記録 → 旅の死者を故郷へ帰す、郷里へ送るところでございます」
死者たちは、両足を揃えたまま、静かに立っておりました。阿旺は、死者というものはひどく臭うものだと聞いておりましたが、夜風が運んでくるのは、符水(ふすい)と、墨と、線香と、濡れた藁(わら)の匂いばかり8夜露を吸った草鞋は、夜半を過ぎると藁の青い匂いを立てます。墨は墨斗の糸に含ませた分が夜気で匂い、線香の煙は死者の衣に染みる。風下の者が先に嗅ぐのは、足もとの藁の匂いです。同じ場面 → 草鞋の数・列ごっこでございました。
戻れないのは、死者も同じでございます。後ろは長い上り坂で、細い道で五人の向きを変えさせるうちに夜が明けてしまいます。では脇へよけてもらえばよい、と季婆は言いかけて、口をつぐみました。両側は、どちらも水の張った田でございます。死者は水を越えられませんこの世界では死者は自分の足では水を越えられない。川は舟に青い札を留めて渡り、海は棺に納めて船で運ぶ。術のあいだは体の腐りが止まり、術が解けると、止まっていた日数ぶんの匂いが一度に出る。基本 → 水と匂い。灯籠の光を映した水面の前では、死者の足は一寸も出ないのでございました。
道士が、爆竹の束を見て顔をしかめました。
「それだけは、ここで鳴らさんでくれ。犬の吠え声ひとつでも鈴の拍は乱れる。その束なら、百匹ぶんだ9嫁入りの爆竹は、赤い紙で巻いた小さな筒をおよそ百、一本の導火線に編みつけたもので、火を移せばひと束が鳴り終わるまで止められません。道士が束を犬の百匹で数えたのは、途中で黙らせる手が無いからです。同じ場面 → 九つの碗・元宵の儺」
阿旺はあわてて爆竹を背中の方へ回しました。
「おや、游さん」と、そのとき柴じいさんが嗩吶を下ろして申しました。「去年、下の村の弔いで一緒になったね」
「柴さんでしたか」
柴じいさんは、この山で四十年、嫁入りにも葬式にも呼ばれて吹いてきた人でございます。游のほうも、弔いの列の先で幾度となくこの嗩吶を聞いておりました。二人は顔を見合わせ、なぜか少し笑いました。困りごとの前で知った顔に会うと、人は笑うものでございます。
游は、ずっと手に持っていた碗を、置く場所を探すように見回しました。符水の入った碗は、土の上に置けませんこの世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水。道は石でも、石の下はすぐ田の土10棚田の畦は、田の泥を積んで踏み固め、上の面に平たい石を並べて道にします。石は泥に半ばまで埋めて据えるので、雨の日にも沈まない。畦の石は、田と田を分ける土手の蓋のようなもので、石段と同じく土に通います。同じ場面 → 碗の跡でございました。
阿旺は少し考えて、担ぎ手の一人が提げていた漆塗りの盆を取りました。婿の家へ届ける餅を載せてきた、赤い盆でございます。餅を籠へ移し、両手で盆を差し出しますと、游は目を丸くし、それから「かたじけない」と、碗をその上に据えました。

「弔いの碗を、祝いの盆に」と季婆が言いかけました。
「餅はもう籠の中です」と阿旺は申しました。盆の漆はつるりと冷たく11婚礼の贈り物を運ぶ盆は、朱の漆を幾度も塗り重ねた木の盆です。夜気で冷えた漆は指に吸いつくような手ざわりで、水を弾くので濡れた糸底も滑らない。土からも遠く、碗の台として申し分ありません。同じ場面 → 腰の草鞋、碗の水は灯籠の火を映して、ほとんど揺れませんでした。季婆はしばらく何か言いたそうにしておりましたが、やがて黙って灯籠を持ち直したのでございます。
さて、それからが相談でございました。
担ぎ手の若い者が、輿を高く差し上げて、その下を死者に跳んでくぐってもらったらどうかと申しました。游は首を振りました。花嫁の下を死者にくぐらせる12死者を生きた人の下にくぐらせず、生きた人に死者の上を渡らせないのは、弔いでも婚礼でも同じ習いです。棺を担いで橋の下を通るときは、橋の上の者が脇へ寄って、棺が過ぎるのを待ちます。のも、死者の上を花嫁に渡らせるのも、どちらの家にも顔向けができない、と申すのでございます。道士は、夜明けまでここで待てと言いたげでしたが、それでは双方が困ります。
阿旺は、足もとの水を見ておりました。
「藍伯(らんはく)の田だ13棚田の水口の板を抜き差ししてよいのは、その田の持ち主だけです。水は上の段から十日かけて溜めるので、一滴でも取られた者は口をきかなくなる。三日で済む藍伯は、村では気の長い方です。。水を抜けばいい。水が無ければ、泥です」
游は、はっと阿旺を見ました。
阿旺は爆竹を太鼓の若い者に預け、畦を駆け下りました。藍伯は村でいちばん気むずかしい年寄りで、田の水を人に一滴でも取られると、三日は口をききません。叩き起こされた藍伯は、寝間着のまま杖をついて上がってまいりましたが、話を聞くと、案の定、真っ赤になって怒りました。
「田植えの前の水を抜けと。この水は、上の段から十日かけて溜めたんだぞ」
ところが藍伯は、灯籠の下の五人を見ると、声を落としました。旗の一本に、この谷の奥の村の名が書いてございます。藍伯は字が読めましたので、しばらく黙ってその旗を見ておりました。
「……椎茸か」
「はい」と游が答えました。
「わしの叔父も、椎茸の山へ行って、帰らなんだ」
藍伯はそれきり何も言わず、杖で下の畦の水口(みなくち)を指しました。水を下の段へ落とせば、明日の昼、上の段から入れ直せる。十日かけたものを、一日でやり直すだけだ、と、ぶつぶつ言いながら、自分で水口の板を抜いた14田一枚の水は、水口の板を抜いても、底の泥が見えるまで線香一本が燃えつきるほどかかります。落とした水は下の段の田へ入り、捨てられはしない。棚田の水は、段から段へ貸し借りされるものです。のでございます。

水は、ごう、と低い音を立てて下の段へ落ちはじめました。けれども田一枚の水は、すぐには抜けません。
待つあいだ、游は線香に火をつけ、五人の前の石垣の隙間に立てました15五人を連れる一行なら、一度に五本を立てます。山道では石垣の隙間がよく使われ、挿した線香が倒れにくく、火先が死者の顔の高さに近くなります。同じ場面 → 碗の跡・草鞋の数。線香が短くなりかけたころ、季婆が黙って自分の包みを解き、婿の家の祖先に上げるはずの線香を三本、游に渡しました。
「足りなくなったら、あちらの祖先に謝ればいいんです16嫁は婿の家に着くと、まず婿の家の祖先に香を上げます。その線香は仲人が数をそろえて持って行くもので、三本足りなくても婿の家は気づかない。祖先の側も数えていない、というのが山の仲人の言い分です。」
担ぎ手たちは輿を肩に載せたまま、代わる代わる肩を入れ替えました。季婆は籠の中の饅頭(まんじゅう)を、道士にも游にも配りました。山の夜は冷えます。家を出る前に蒸したばかりのものを、綿にくるんで持ってきたので、割ると白い湯気が灯籠の光の中へ立ちのぼりました17浙江の南の山の饅頭は、麦の粉を米の甘酒で膨らませて蒸すので、割ると酒の甘い匂いがします。綿にくるめば一刻は温かい。道士が二つ目を取るのは、送る一行が夜明けまで温かい物を口にしないからです。同じ場面 → 列ごっこ。道士は一つ食べ、黙ってもう一つ取りました。
輿の中から、小さな声がいたしました。
「阿旺、その人たちは、どこへ帰るの」
阿旺は旗の字を一つずつ読んでやりました。谷の奥の村が二人、川沿いの村が二人、もう一人は川をずっと下った先の、遠い村でございました。
月娥はしばらく黙っておりました。それから、「わたしは出てゆくところで、その人たちは帰るところなのね。同じ道で」と申しました。
柴じいさんが、それを聞いて嗩吶の口を拭きました。
「游さん。ひとつ、わしに考えがある」
このあたりの山では、嫁を送る曲と、死者を送る曲とが、同じ節(ふし)18山の吹打(すいだ)の組は、嗩吶一本に銅鑼と太鼓の三人。嫁を送る曲と死者を送る曲は同じ節で、弔いでは音を長く引き、婚礼では細かく震わせる。村の者は最初の三つの音で、どちらの列かを聞き分けます。なのだと柴じいさんは申しました。嫁入りでは速く吹き、弔いではゆっくり吹く。どちらも、住み慣れた家から人を送り出す曲だからでございます。
「あんたの鈴の拍に合わせて、あれをゆっくり吹く。死者はあんたの鈴で歩き、輿はわしの嗩吶で進む。拍は一つだ。嗩吶の音が鈴を乱しはしないかと言うなら、鈴の拍の、ちょうど裏に音を置く19魂の残る死者の足は、鈴と同じ速さの節にも応えます。裏に置いた音は足の着く底に重ならないので、拍(鈴と死者の足音が刻む間)を二つに割らない。影打ち(相手の鈴の半拍後ろに小さな音を置いて列を割る打ち方)と同じ間の取り方ですが、影打ちが割るのは札で押された列だけです。同じ場面 → 半拍の鼓・元宵の儺。四十年吹いているんだ、それくらいはできる」
游は道士の顔を見ました。道士はしばらく考えて、「爆竹さえ鳴らさなければ」と申しました。阿旺は、太鼓の若い者から爆竹の束を受け取り、もう一度背中へ回して、しっかりと押さえました。
東の空の端が、灰色になりかけておりました。
游は時々、田の面をのぞき込みました。水が浅くなっても、泥の上に薄く残った水が灯籠の火を映すうちは20水を落とす田は、水口から遠い端から先に光が消え、水口の側が最後まで光ります。葬送師は田の面を深さでなく光で読み、最後の光が消えるまで碗を取り上げません。この決まりの要 → 封の家同じ場面 → 吊り橋の拍、死者はその上へ出られないのでございます。やがて水口の音が細くなり、田の面から光が消えて、黒い泥だけが残りました。游は盆の上の碗を取り上げ、左の掌に載せました。
「よろしい」
鈴が一つ鳴りました。
いちばん前の死者が、游の足が動くより先に、とん、と畦から田へ下りました。わずかに揺れながら、自分から跳んだのでございます。二人目、三人目がそれに続き、五人は泥の上に一列に並んで、畦の方を向いて止まりました。藁の草鞋(わらじ)は、くるぶしまで泥に沈んでおりました。
柴じいさんが嗩吶を上げました。
それは、阿旺が一度も聞いたことのない、ゆっくりとした嫁入りの曲でございました。鈴がちりんと鳴るたび、その裏にふわりと音が置かれます。担ぎ手たちは、その拍で一歩ずつ畦を進みました。赤い輿が、五人の死者の前を通ってゆきます。
白い死装束の五人は、泥の中に並んで立ち、背の旗をかすかに揺らしておりました。夜明け前の薄明かりの中で、それは、嫁入りの行列を見送る村人が道ばたに並んでいる姿と、少しも違って見えなかったと申します。
輿の垂れ幕の端が、ほんの少しだけ持ち上がりました。花嫁は、道中で外を見てはならない21習わしの理由花嫁が道中で外を見ないのは、出た家と入る家のあいだの道を、嫁の目に残さないためです。見れば里心がつき、見なければ嫁の道は婿の門から始まる。仲人が見ないふりをするのは、その決まりを守らせる役が仲人だからで、破れば仲人の恥になります。ことになっております。季婆は見ないふりをいたしました。
輿がちょうど五人の前を過ぎるとき、游が鈴を一つ、長く鳴らし切りました22花嫁の輿のように、道で行き合った目上の列を送られる死者の側から見送るときにも、長く鳴らし切る一打を使います。送られる死者が生きた人に返せる会釈は、これ一つです。。五人の死者は、揃って、その場で小さく一度だけ跳ねました。輿の中で、誰かが頭を下げた気配がいたしました。
輿が曲がり目を過ぎ、柴じいさんの嗩吶が、少しずつ速くなってまいりました。いつもの嫁入りの速さに戻ったのでございます。阿旺は振り返って、泥の中の五人と、碗を掌に載せた游とに向かって、深く頭を下げました。游は鈴を持った手を少し上げ、それから五人を畦へ呼び戻しました。こつ、こつ、と揃った足音が、畦の石を谷の方へ下りてゆきました。
峠を越えたところで、阿旺は火打ち石を打ちました23峠は音を分けます。尾根の向こうで鳴らした爆竹は、こちらの谷へは木霊ほどしか届かない。硝煙は尾根に沿って流れ、谷の義荘へは下りてきません。嫁を送る家が峠で鳴らすのは、このためでもあります。同じ場面 → 九つの碗。
爆竹は、峠の向こうの谷いっぱいに鳴り響きました。十四年生きてきて、あれほど大きな音を立てたことはなかったと、阿旺は後々まで申しておりました。その音は峠にさえぎられ、こちらの谷の義荘までは届きません。游の一行はそのころ、谷の義荘の戸をくぐり、五人を戸の脇に立たせ終えたところでございました。
月娥の輿は、卯の刻のうちに、婿の家の門をくぐりました。婿の家の者は、嗩吶の曲がいつもよりゆっくり始まったことにも、仲人が線香を三本少なく持ってきたことにも、餅の盆に水の輪の跡が一つついていたことにも、とうとう気がつかなかったと申します。
さて、藍伯はその日の昼、上の段の水口を開けて、自分の田に水を入れ直しました。ぶつぶつ言いながらでございます。
三日目、月娥は婿と連れ立って、里帰りの道24嫁いで三日目に夫婦で嫁の里へ帰るのを、三朝(さんちょう)の里帰りと言います。夫婦は昼のうちに里へ着き、日暮れまでに婿の家へ戻る。里で夜を過ごさないのが決まりです。を下ってまいりました。畦の曲がり目まで来ると、月娥は足を止め、藍伯の田をのぞき込みました。
澄んだ水の底に、泥の上の足跡が、まだ残っておりました。両足を揃えた小さな跡が一組ずつ、五つ、一列に並んで、畦の方を向いております。藍伯は、田植えの日までその跡を崩さなかったそうでございます。
月娥は婿の袖を引いて、あの晩のことを話しました。婿は初めのうち、花嫁の見た夢の話だと思って笑って聞いておりましたが、水の底の五つの足跡を見て、黙って一緒にしゃがみ込みました。春の日が水の面に差して、二人の顔と、五組の足跡とを、同じ一枚の鏡の中に映しておりました。
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。