研究所の創作 短編集
行き違い
清の中ごろ / 江西、贛江沿いの街道の茶店
つながる話 揃わない列(列と列の行き合い、揃わない足音)・三十里(夫と女房が、別の土に眠る)この世界の基本 碗の符水・香・鈴と拍・送る二人・義荘と土地の神・死者と屍
本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本
乾隆のころ、江西には、贛江(かんこう)に沿って南の嶺へ上ってゆく長い街道がございました。北の南昌(なんしょう)から南の梅嶺(ばいれい)の関まで1嶺の関は卯の刻に門を開け、死者の列を、荷を担ぐ人夫の列より先に、開門一番に通します。関の帳面では、死者の行は塩の行よりずっと短く済みます。同じ場面 → 鶴の胸、塩や茶や焼物を担ぐ人夫が、昼も夜も絶えず行き来した道2昼も夜も担ぎ手の絶えない街道では、列の方が道を避けるのでなく、担ぎ手の方が荷を下ろして脇へ寄ります。鈴が聞こえたら荷を下ろし、目を伏せて列を過ごすのが、この道の担ぎ手の習い。夜の担ぎ手は鈴を聞き慣れていて、戸を閉める家の者より落ち着いています。同じ場面 → 三十里でございます。その道のちょうど中ほど、川が大きく曲がる岸の上に、何嫂(かそう)という後家3何嫂は名でなく、担ぎ手たちの呼び方です。「何」は嫁いだ家の姓、「嫂」は嫁いだ女の人を呼ぶ言い方で、何家の嫁、の意味になります。夫を亡くして二十年たっても、呼び方は変わらない。街道の茶店は、担ぎ手のつけた呼び名で覚えられ、店の名は要りません。の営む茶店が一軒ございました。
茶店と申しましても、土間に卓が三つ、竈(かまど)が一つ、奥に物置を兼ねた小部屋が一つあるばかりです。何嫂は夫を亡くしてから二十年、その竈の前で湯を沸かし、担ぎ手たちの肩から落ちる汗の塩を、卓の上から布巾で拭き取って4塩を担ぐ人夫の汗は、背の荷から移った塩を含み、乾くと卓に白く残ります。茶店の布巾は、ひと夏で塩を吸って板のように固くなる。担ぎ手の多い街道ほど、布巾の替えが早い。まいりました。
三年前の春、奥の小部屋を借りたいという若い二人がまいりました。男は阿桂(あけい)といい、塩を担いで嶺を越える人夫でございます。生まれは北の、南昌に近い川べりの村でした。女は春娘(しゅんじょう)といい、生まれは南の、嶺のふもとの山の村でございました。二人とも故郷に分けてもらえる田はなく、それぞれ街道を伝って流れてきて、この茶店の卓で知り合ったのでございます。
祝言(しゅうげん)は、その小部屋で挙げました。どちらの家からも人は来られませんでした。来るには遠く、道中の銭がなかったからでございます。何嫂は市で白い木綿を一疋(いっぴき)買い5白木綿の一疋は二反で、長さはおよそ四丈、市の値は七百文ほど。上頭服を二着裁つと、身頃と袖を取った残りは、幅の狭い切れ端が一本きりです。婚礼の反物は余さず使うのが縁起で、残りの切れは布巾や帯の芯になります。、二人の上頭服(じょうとうふく)6上頭服は、婚礼の前の晩、髪を結い上げる(上頭)ときに着る白い衣で、南の方の習いです。ふつうは親が裁ち、嫁の分は嫁の家、婿の分は婿の家で縫う。どちらの家からも人の来られなかった二人の衣を何嫂が買い、春娘が二人分を縫ったのは、何嫂が二人の親の代わりを引き受けたということです。を裁ちました。婚礼の前の晩、髪を結い上げるときに着る白い衣で、この辺りでは、死んだときにもそれを着せます。先に逝った者を、あとから来た連れ合いが見分けられるように、と申すのでございます。縫ったのは春娘でした。一疋から二人分を取ると、幅の狭い切れ端が一本残るきりで、何嫂はそれを布巾にいたしました。

「大事にしまっておき。着るのは、ずっと先だけど」
何嫂が笑ってそう申しますと、春娘は自分の分を畳んで行李(こうり)の底へ入れました。阿桂の分は、担ぎ手が余計な荷を背負うものではないと言って、小部屋の箱に置いたままにいたしました。
二人は、小さくてもよいから自分の屋根と、自分の田を一枚持ちたいと願っておりました。茶店の小部屋にいるうちは、いつまでも借りた暮らしでございます。去年の春、春娘は北の南昌へ、塩商人の家の下働きに上がりました。一年勤めれば、担ぎ手の二年分の銭になると聞いたのでございます。阿桂はそのまま、南の嶺へ塩を担ぎました。北へ行く女と南へ行く男を、何嫂は同じ朝、店の前で見送りました。
秋の初め、嶺から下りてきた担ぎ仲間の郭(かく)が、茶店の卓で笠も取らずに申しました。阿桂は関のふもとで熱に倒れ、三日で死んだ。仲間が銭を出し合い、北の村へ送ることにした7関のふもとで倒れた担ぎ人夫は、嶺を往き来する仲間が茶店ごとに銭を出し合って送ります。十日あまりの待ちは、銭の集まる早さです。義荘の預かり賃も、集めた銭から先に引かれます。同じ場面 → 一筆・半拍の鼓。銭が集まるまで、関のそばの義荘(ぎそう)に十日あまり待たせてしまった8関に近い義荘は、関で止められた一行の宿を兼ね、土間の奥に死者を立てる板の仕切りが、列ごとに設けてあります。待たせた日数は関の帳面にも控えられ、送り出すときに番人が一行へ書き付けを一枚渡します。同じ場面 → 杖の間記録 → 旅の死者を故郷へ帰すこの世界では義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。基本 → 義荘と土地の神。葬送師この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人と道士の組が、もう嶺を発った、と。
何嫂は南昌へ知らせを出そうと思いました。ところが字の書ける客を待つうちに、北から上ってくる舟が、反対に一通の手紙を運んでまいりました。塩商人の家の執事からでございます。春娘は秋の熱に罹(かか)って亡くなった。家の費えで、南の生まれ在所へ送る9習わしの理由奉公人が主家で死ねば、送る代は主家が出します。情けというより、家の土に眠れない死者を置いておけば、やがて家の者に障るからです。送る代を出すのは家の帳面の側で、行李の底の白い衣を着せたのは、執事の情けの側でした。基本 → 育つ。七月の四日に、葬送の組が南昌を発った。行李の底に白い衣があったので、それを着せた。――客に読んでもらったのは、それだけでございました。日づけを見ますと、阿桂が関のふもとで倒れたのと、十日と違いませんでした。
二人とも、相手の死を知らずに死んだのでございます。
何嫂は指を折って数えました10一夜の道は宿場一つか二つ。街道の茶店の者なら、宿場の名を指で数えれば、列がどの夜に店の前を通るか分かります。同じ場面 → 半拍の鼓・三十里。嶺を発った列が北へ下る夜の数と、南昌を発った列が南へ上る夜の数でございます。何度数え直しても、二つの列は同じ夜に、この茶店の前を通るのでございました。
何嫂は郭に尋ねました。二人を、どちらかの村へ一緒に葬ってやることはできないのか、と。郭は首を振りました。術を解く符水この世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水(ふすい)は、生まれた土に注がなければ11嫁いだ女も、眠れるのは生まれた村の土です。婚家の墓に入れるには、生まれた土で先に眠らせてから、棺で運び直す。春娘は嫁いでも茶店の小部屋の暮らしで、婚家の村も墓も、まだありませんでした。夫婦を並べて葬るには、どちらかの村へ棺で運ぶ代が、送る代とは別に要ります。基本 → 碗の符水同じ場面 → 三十里死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍を眠らせない。眠らせてから棺で運び直すには、棺一つに担ぎ手が四人、替わりを入れて六人12棺を担ぐのは四人ですが、幾日も続く山越えには替わりの二人を付けて六人にします。一人一日百五十文で一日九百文、十日の道なら九貫。そこに棺の代と、担ぎ手の帰りの飯が乗ります。同じ場面 → 鶴の胸記録 → 旅の死者を故郷へ帰す、嶺の道なら幾日もかかる。仲間の銭は、阿桂を北の村まで歩かせる分で尽きている、と申しました。春娘の分は塩商人の家が出したもので、その家が、南の山の村より先の道のりを払うはずもございません。
それならせめて、と何嫂は思いました。
通る夜の朝、何嫂は店を閉め、小部屋の箱から阿桂の白い衣を出しました。三年のあいだ一度も袖を通されず、畳み目だけが薄く黄ばんでおりました。それを風呂敷に包み、南へ半日の道を歩きました。昼過ぎ、川沿いの宿の裏で、北へ下る列が休んでおりました。
葬送師は痩せた中年の男でございました。何嫂の話を黙って聞き、後ろの若い道士と目を見合わせました。宿の戸の後ろに、三人の死者が立っております13習わしの理由昼のあいだ死者を戸の後ろに立たせるのは、隠すためではありません。生きた人の陽気(体の温み・気配)は魂の残る死者を揺さぶり、魂を早く薄れさせる。戸板一枚で、昼の客の気配はずいぶん遮られます。宿の者が香を継ぐときも、戸を半分開けるだけで済みます。同じ場面 → 杖の間・三十里。真ん中の一人が阿桂でした。担ぎ手の粗い上衣のまま、額には黄色い札が結ばれ、両足は揃えて麻の紐で括られております。肩は、塩の袋に擦れて片方だけ低いままでございました。
「着せることは、できる」
葬送師がそう申しますと、道士が額の札を両手で押さえ14着替えには二人の手を分け、一人は額の札を押さえる。襟を合わせるときに額の後ろの紐が引かれて札がずれれば、鈴への結びが緩むからです。同じ場面 → 揃わない列、葬送師が肩を支えました。硬い腕に袖は通せませんので、何嫂は白い衣を背から掛け15硬くなった腕には袖が通らないので、旅の途中で衣を重ねるときは、背から掛けて前で紐を結びます。結んだ衣は、家に着いて死装束を改めるまで解きません。同じ場面 → 一筆、前へ回って胸の紐を結びました。結ぶ指が、阿桂の顎の下をかすめました。冷たくはございましたが、石のようではございませんでした16死んで日の浅い体は、硬くなっても、指で押せば皮の下にわずかな柔らかさが残ります。墓から出た古い屍の、石のような手ざわりとは違います。同じ場面 → 鶴の胸。

そのとき何嫂は、襟の内から、かすかな匂いが立つのに気がつきました。宿で焚く香の煙この世界では死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。基本 → 香の下に、傷んだ果物のような匂い17戻り(術で止まっていた腐りが、術が緩んで戻り始めること)の匂いは、香の煙の下に混じるうちはまだかすかです。葬送師の鼻は、たいてい鈴の返りより先に気づいていますが、家の者に問われるまでは口にしません。同じ場面 → 一筆・匂いの関が、ほんの少し混じっております。顔を上げると、葬送師は小さくうなずきました。
何嫂は、もう一つ頼むつもりでおりました。今夜、茶店の前で列を止め、明日の暮れまでうちで休んでくれないか。宿代は取らない。香も、うちで焚く。北から来る列にも、同じように頼んでみる。一日だけ、二人を並べて立たせてやれないか、と。
言い出す前に、葬送師が鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍を一つ、低く鳴らしました。両脇の二人の死者は、すぐに小さく揺れて応えました。阿桂の返りは、それより遅れてまいりました。
「関の義荘で、待たせすぎた」と葬送師は申しました。「一日止まれば、一日ぶん薄くなる18止まった日を取り返す香はありません。香は魂の抜けるのを遅らせるだけで、抜けた分は戻らない。関の義荘で待った十日あまりは、阿桂の残りから、すでに引かれていました。銭で足せるのは、これから先の香と宿だけです。同じ場面 → 九つの碗・半拍の鼓。銭で足せるのは香と宿だけだ。この人に残っているものは、銭では足せない」
何嫂は、懐に入れてきた銭の包みを、出さずにしまいました。
葬送師は少し考え、それから申しました。「道で列と列が行き合えば19南の列は三人、北の列は四人なので、寄るのは数の少ない南の列です。どこで寄るかは寄る側が決めてよく、軒のある店の前なら、待つ死者を夜露から守れます。同じ場面 → 揃わない列、どちらかが脇へ寄って待つ。今夜は、こちらが寄る。あんたの店の前で」
それが、この男の出せるいちばん多いものであったのでございましょう。何嫂は礼を言い、日の傾く道を茶店へ帰りました。
その晩、何嫂は犬を裏の小屋へ入れ、戸を閉めました。灯も消し、暗い土間で、戸板の節穴(ふしあな)の前に座って20灯を落とすのは、人の影を道へ出さないためです。茶店の戸板の節穴は紙で塞がず、戸を開ける前に表の客を見るのに使います。暗い土間から覗けば、夜露に濡れた道の白さだけが映ります。同じ場面 → 三十里・一本の線香おりました。
夜半を過ぎたころ、南から鈴が聞こえました。ちりん、と鳴るたびに、三つの足音が揃って地を打ちます。それが店の前まで来て、止まりました。草鞋(わらじ)の擦れる音がして、列が戸の脇の壁ぎわへ寄ったのが分かりました。香の匂いと、濡れた藁の匂いが、戸の隙間から入ってまいりました。
しばらくして、北から、もう一つの鈴が聞こえてまいりました。南の鈴より少し高い音21鈴の音の高さは、真鍮の厚みと舌の重さで一つずつ違い、同じ音の鈴は二つとありません。葬送師は闇の中でも、音の高さで、どの組の列が来たか聞き分けます。でございます。足音は四つでした22南昌から下る列に四人いるのは、塩商人の家が春娘のために頼んだ組に、同じ方角へ帰る三人が乗り合ったからです。二人の謝礼は死者の数で割るので、家の払う代はそのぶん軽い。乗り合いの列では、先に着く者から順に解いてゆきます。同じ場面 → 杖の間。二つの鈴が近づくと、南の葬送師が低い声で何か言い、北の葬送師が短く答えました。南の鈴は、壁ぎわの列を留めておくために、ごく小さく、間を置いて鳴って23行き合いで待つ側は、鈴を小さく間を置いて鳴らし、死者を留めます。拍(鈴と足音が刻む間)を刻まずに結びだけを保つ鳴らし方で、立ったまま待つ死者も、この音が続くあいだは列を離れません。同じ場面 → 揃わない列おりました。
節穴の向こうを、北の列が通ってゆきます。月のない夜で、顔は見えません。暗いかたまりが、跳ねるたびに浮いては沈むばかりです。その中で三つ目の影だけが、白く浮いておりました。壁ぎわにも白いものが一つ立っているはずでございましたが、節穴からは見えませんでした。
とん、とん、とん、と北の列の足音が店の前を過ぎてゆきます。白い影が壁ぎわの列の前へ差しかかったとき、その足音が、半拍遅れました。
同じとき、壁ぎわから、鈴もないのに一つ、足の着く音がいたしました。
遅れた足音と、その音とが、ちょうど重なりました。何嫂の耳には、一つの音に聞こえました。
二つの鈴が、同時に止まりました24死者が鈴の外で一歩を出したとき、葬送師は次の鈴を鳴らしません。鳴らせば、外れた足をすぐ拍へ引き戻すことになる。二つの鈴が同時に止まったのは、二人の葬送師が、同じものを聞いて同じことを決めたからです。待ったあとで先に鳴らすのは、通る側の鈴です。同じ場面 → 半拍の鼓。
どれほどのあいだであったか、何嫂には分かりません。川の瀬の音だけが聞こえておりました。やがて北の鈴が一つ鳴り、北の列の足音が、また揃って南へ遠ざかってゆきました。南の葬送師はそれを長く待ってから、鈴を鳴らしました。壁ぎわの列が道へ戻り、北へ遠ざかってゆきました。
二つの鈴はしばらくのあいだ、店の右と左から、同時に聞こえておりました。一つは川上へ、一つは川下へ。だんだん細くなって、どちらがどちらか分からなくなり、それから、どちらも聞こえなくなりました。裏の小屋で、犬が一度だけ鼻を鳴らしました。
夜が明けると、何嫂は戸を開けて表へ出ました。街道の土は夜露に湿って、柔らかくなっております。そこに、両足を揃えた跡が、北へ向かう列と南へ向かう列のぶん、互い違いに続いておりました。
壁ぎわには、三組の跡が深く沈んで25止まって立つ死者の足跡は、跳ねて過ぎた跡より深く沈みます。術のかかった体は自分で重みを散らさず、一つところに丸ごと載るからです。夜露の土なら、跡は昼まで残ります。同じ場面 → 揃わない列おりました。長く立っていた跡でございます。その三組から一跳びぶん道の方へ出たところに、もう一組、揃えた足の跡がございました。つま先は北を向いております。そのすぐ横に、南を向いた小さな跡が一組、前後の跡より少し深く押されておりました。
二組の跡は、肩が触れるほどの近さで並び、互いに反対の方を向いておりました。
何嫂は箒(ほうき)を持って出てきたのでございますが、その朝は店の前を掃きませんでした。昼になると、嶺へ上る担ぎ手たちが、いつものように土を踏んで通ってゆきました。何嫂は湯を沸かし、卓の上から汗の塩を拭き取りました。使っている布巾は、白い木綿の、幅の狭い切れ端でございました。
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。