この世界の基本
短編集の世界に共通する決まりです。どれも研究所の創作で、史実ではありません。もとにした記録は、各項に添えた記事で読めます。
鈴・碗・札などの道具の形と使い方は、絵とともに この世界の道具 で紹介しています。
短編集のどの話にも、ここに書いた決まりが共通しています。短編の本文にある ◦ の印から、このページの該当する決まりを開けます。「この決まりが要になる話」には、その決まりが登場人物の行動や結末に大きく関わる短編を挙げています。「もとにした記事」では、記録に何が書かれているかを読めます。
死者と屍
死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。
この世界では、魂は人の心の側にある善く賢いもの、魄は体の側に残る悪く愚かなものとされる。魂が残るうちは人の心があり、生前なじんだ名を呼ぶ声や仕事の調子の方を向き、鈴に応える。ただし死者は話すことはなく、人がかけた言葉の中身も死者には届かない。屍には記憶が無い。魂は死んでからの時間とともに抜けてゆき、やがて魄だけが体に残る。死者が鈴に応えて自分で歩き、故郷へ送られてゆけるのは、魂が残っているあいだだけだ。亡骸そのものを屍と呼ぶこともある。押さえの札で列に入れた屍は、人を襲う力を札で押さえられたまま連れて行かれる。魂がごくわずかしか残っていない死者は、額の札が落ちると、屍と同じように人を探す。それでも鈴に応えるうちは、死者と呼ぶ。神に預かられている魄と、灰に残る魄は、育つことも人を襲うこともなく、そのまま待つ。恨みのせいで一度に体から抜け出た魂を「霊」という。霊は土地の神に預けられず、死んだ場所に居着いて、自分の体を追う。
この決まりが要になる話 伽羅の箱・揃いすぎる列・列ごっこ・緡(さし)の長さ
- もとにした記事 キョンシーとは何か――文献と映画から読み直す(魂と魄の考え方)
- もとにした記事 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む(送られる死者は人を襲わない)
記録とこの世界の違い 記録では、故郷へ歩いて帰る死者と、人を襲う屍は、別々の話として伝わる。この世界では、魂が残っていれば鈴に応えて歩く死者、魂が抜けて魄だけになれば人を襲う屍とし、同じ一人が時間とともに死者から屍へ移ってゆく。
育つ
生まれた土地の土に葬られなかった死者は、年とともに魂が抜け、体に残る魄が強くなって「育つ」。跳ぶだけの体が走り、低く滑り、やがて宙に浮くまでになる。生まれた土でなければ眠らない。
育つ段階は、跳ぶ、走る、低く滑る、浮くの順に進む。空を飛ぶ屍の話は、年寄りの葬送師の言い伝えの中にしか無い。死者の両足首は紐で揃えて結ぶ習わしだが、納棺のときに解く。墓から出た屍に結びは無く、体の硬さがほどければ走りだす。生まれた土地の土に正しく葬られた体の魄は眠り、育たない。ただし墓から掘り出されて外の気(地の気、月の気、生きた人の陽気)に触れると目を覚まし、眠っていた年月のぶんだけ強くなっている。掘り出せば、どの村の死者も起きる。だから墓を暴かない。育った屍は雷や火でも滅ぼせず、弱らせて封じるしかない。どこまで育っても、屍の指は閉じるだけで、自分から開くことはない。だから屍は、掴んだ人を、魄の握りがゆるむか人の手で指を一本ずつはがすまで離さない。戸も開けられず、叩いて破る。屍の傷は、生きていたころの傷も死んでからの傷も、治らずにそのまま残る。術で動かされたことの無い魄は、骨に残っていても灰に残っていても、生まれた土に触れるだけで眠る(符水は要らない)。そうした魄なら、生まれた土をひとつまみ運んで骨に触れさせれば、それで眠る。目を覚ました魄を土に触れない所に置けば、目を覚ましたまま、眠りも育ちもせずに待つ。術をかけられていない死者も、死んでから三日(土地の神が魂を預かる三日)を過ぎて、土に通う所(土の地面や、土の上に据えた石畳・石段)に置かれていれば育つ。
この決まりが要になる話 封の家・鶴の胸・揃いすぎる列・一度きりの雷・封の棺・撿骨の日
- もとにした記事 キョンシーの等級を読む — 紫僵・飛僵・旱魃・殭屍王(屍が段階を経て育つという記録)
- もとにした記事 墓を開けると屍は起きるのか — 盗掘の話と法(墓を開けると屍は起きるのか)
記録とこの世界の違い 記録には、屍が段階を経て育つ話と、魂と魄の話が別々にある。この世界では二つをつなげ、死者は魂が抜けるほど魄が強まり、育ってゆく。
送る二人
死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。
葬送師は、死者を呼び、歩かせ、眠らせる役。道士は、死者を札で結び、封じ、弱らせる役。二人そろって、はじめて死者を送れる。葬送師は五年のあいだ口伝えで技を学び、道士は家に伝わる帳面で術を学ぶ。葬送師は道士を、若くても「先生」と呼ぶ。道士は葬送師を年で呼び分け、年寄りは「婆さん」「爺さん」、同じ年ごろは姓、若い者は名で呼ぶ。頼む側の払える額で、正規の組に頼めるか、潜り(正規でない安い組)か、その夜だけ雇う術者かが決まる。
- もとにした記事 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む(趕屍の記録にある二人組)
- もとにした記事 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線(死者を故郷へ帰す仕組み)
記録とこの世界の違い 記録には、先を歩く者と後ろを歩く者の二人組が出てくる。この世界では二人は別々の職で、前の葬送師が鈴・碗・墨斗を、後ろの道士が札・封・雷を受け持つ。葬送師という職の名は、研究所が作ったもの。
鈴と拍
葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。
鈴の胴は真鍮で、中で鳴る舌(ぜつ)は鉄。同じ音の鈴は二つと無い。列を導く鈴を持てるのは、修業を始めて満五年を過ぎてから。鈴を鳴らす間合いは、言葉では教えない。魂の無い屍は鈴に応えないが、拍でしばらく動きを縛られる。間を長く置いて三度鳴らせば、屍の足は鳴らす者の方へ向く。町の中では、犬をしまわせる合図だけを、低く間を置いて鳴らす。犬の声は拍を乱すからだ。鈴で呼んで応えた者は、置いて行かない。だから、連れて行けない所では鈴を鳴らさない。鈴を鳴らせない所では、葬送師が魂の残る死者の手を取り、自分の歩みに合わせて一跳びずつ導く(一人だけ、短い道のりに限る)。魂の残る死者は、鈴が無くても一跳びほどは自分から動ける。自分で跳ぶ死者の列は、一人ひとりの着地がわずかにずれる(これを「揺らぎ」という)。揺らぎの無い列は、死者が自分で跳んでいる列ではない。揃いすぎる列は、押さえの札で動かしているか、生きた人が死者に扮しているかのどちらかだ。返りの遅れが毎晩同じ幅のままなら、それはその人の生前の癖で、魄の印ではない。
この決まりが要になる話 揃わない列・半拍の鼓・列ごっこ・鈴の箱
- もとにした記事 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む(趕屍の記録の鈴)
- もとにした記事 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線(道中の合図)
記録とこの世界の違い 記録の鈴は、人払いの合図として伝わる。この世界の鈴は死者を呼ぶ道具で、葬送師は、鈴に応える足音の遅れや、着地のわずかなずれを聞いて、死者の具合を確かめる手がかりにする。
額の札
額の札は、薄れてゆく魂を体に結びとめ、死者が鈴に応えられるようにする紙の札。道士が黄色い竹紙に朱で書き、宛て先にその死者の名(知らなければ郷)を書く。効きは一年。
札の上端の二つの穴に麻紐を通し、死者の頭の後ろで結ぶ。札には、誰に効かせるかを示す宛て先を書く。宛て先の無い札では、何も止められない。札が落ちても、魂の残る死者はすぐには乱れない。ただし魂がごくわずかしか残っていない死者は、札が落ちると屍と同じように人を探す。会館のある町では立春にまとめて書き改め、会館の無い町では、書いた季節から一年が効きの期間になる。押さえの札は、額の札の上に貼るだけで紐では結ばず、一度揺さぶれば外れる。押さえの札も、拍で屍を縛る力も、鈴を鳴らしつづけなければ外れてしまう。だから屍を札で動かす一行は、鈴を止められない。封の札は額の札より大きく、棺や壁に留める。青い札は死者に水を渡らせるための札で、舟なら船べりに留め、橋なら両端の鎖に巻く。
この決まりが要になる話 鶴の胸・六枚目の札・揃いすぎる列・杖の間
- もとにした記事 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む(額の札の記録)
- もとにした記事 茅山の道士と雷の法を読む — 映画の「茅山」と、記録の雷法(道士の札と法)
記録とこの世界の違い 記録では、額の札は死者を動かすための札として、ひとまとめに語られる。この世界では、魂を体に結ぶ額の札、屍の力を押さえる押さえの札、棺や蔵を封じる封の札、水を渡るための青い札を使い分ける。額の札と封の札には宛て先を書き、効きは一年。
碗の符水
符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。
碗は、葬送師が左の掌に載せ、親指を縁に添えて持つ。碗の水面には、列の死者の拍が映る。列の全員が同じ一つの碗に映っているので、一人の術を解くと、残りの死者の拍が乱れる。旅先の土に注ぐと、魂の残る死者は倒れずに足が地に据わって動かなくなり、屍は倒れても眠らない。石畳や石段は土の上に据えてあるので、注いだ符水が下の土に通う。板の間や舟の床は土から離れているので、通わない。列を外れた死者は、碗の水面にもう拍が映らず、額の札の結びだけで立っている。
この決まりが要になる話 一筆(ひとふで)・行き違い・腰の草鞋・列ごっこ・碗の跡
- もとにした記事 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む(趕屍の記録の符水)
- もとにした記事 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線(故郷の土に帰す意味)
記録とこの世界の違い 記録の符水は、術を解く水として短く伝わる。この世界の符水は、生まれた土地の土に注いだときだけ死者を眠らせ、よその土では術を半端に解いてしまう。碗を土に置かないのは、そのためだ。
封
すぐには送れない屍を、墨の線と札で蔵や棺に閉じ込めておくのが「封」。屍は雷でも火でも滅ぼせず、弱らせることしかできない。だから弱らせて封じ、銭がそろってから送る。
墨の線は屍の足を止め、線の端に道士の札を留めてはじめて封になる。札の無い線は、押してくる屍を一息のあいだ止めるのがやっとだ。屍を止めるのは線と札で、棒や刀などの人の武器は、屍を倒したり手足を切り落としたりはできても、止めることはできない。倒れた屍は起き上がる。屍が嫌って避ける物も、この世界には一つも無い。墨の線が保つのは一つの雨季、札は一年。だから線は毎年引き直し、札も書き改める(会館のある町では立春に)。封じた屍は跳ねないので、棺に納めて担いで運ぶ。封じた棺も、歩く死者と同じ夜の刻に動かす。墨の線には霊を押し留める力が無く、霊が押してくれば越えられる。ただし恨みの薄れた霊は、線の前で止まる。屍を焼いても、魄は灰の下に残る。灰はどの土に撒いても歩かないが、生まれた土地の土でなければ眠らず、冷たいままだ。送る銭が貯まるまでの仮の手当てが、何十年も続くことがある。
- もとにした記事 キョンシーの等級を読む — 紫僵・飛僵・旱魃・殭屍王(記録にある屍の段階)
- もとにした記事 茅山の道士と雷の法を読む — 映画の「茅山」と、記録の雷法(雷の法)
記録とこの世界の違い 記録には、育った屍を雷や火で滅ぼす話が多い。この世界では、屍は雷や火でも滅ぼせない。弱らせて封じ、送る銭がそろうまで、何十年も待つことがある。
銭
死者を故郷へ送るには銭がかかる。払える額で、正規の組か、潜り(正規でない安い組)か、その夜だけ雇う術者かが決まる。官服を着た死者は、自分で送る代を払える者。
代は三つに分かれる。その夜に屍を弱らせる代、封じておく代、故郷へ送る代。仲間や会館や有志の銭で送られる死者はふつうの死装束のままで、身元は銘旌(名を書いた旗)と木札で示す。潜りの組は香をけちるので、死者の魂が早く薄れ、死者が育つ。死者を送るよう頼み、銭を出す側は時代によって変わり、寄合、会館や組合、善堂、役所、会社や同郷会などがある。
この決まりが要になる話 封の家・草鞋の数・揃わない列・緡(さし)の長さ
- もとにした記事 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線(遺体を帰す費えと仕組み)
- もとにした記事 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む(趕屍の料金の記録)
記録とこの世界の違い 記録には、料金や会館の話が断片で残る。この世界では、払える額によって頼める送り手が変わり、官服は自分で送る代を払える死者の印になる。誰が銭を出せるかが、多くの話で人を動かす。
息と足の裏
屍は、生きた人の陽気(体の温み・気配)で人を見つける。陽気がいちばん多く出るのは息、次が足の裏。息を止めて足の裏を屍に向けなければ、屍にはそこにいる人が見えない。
屍の襲い方は一つで、陽気の方へ寄って人を掴み、掴んだ所から陽気を吸う。噛むことも血を吸うこともない。吸われた人は声が詰まり、顔から血の色が引いて膝をつき、吸い尽くされれば息が絶える。途中で屍が離れれば生きるが、明け方まで起き上がれない。体の外に残るのは、掴まれた所の指の跡だけだ。大人が息を止めて屍をやり過ごせるのは、屍が目の前を通り過ぎるあいだ、その足音を数えて数十ほどのあいだだけだ。息を止めて足の裏を向けないやり方は、跳ぶ屍にも、走る屍にも、低く滑る屍にも同じように通じる。ただ、走る屍は足音が速いので、同じ数十の足音でもやり過ごす時は短い。人の多い所は陽気が強く、死者の拍が乱れるので、送る一行は町なかを通らず、堤や裏道を選ぶ。犬も陽気が強い。魂の残る死者も、陽気で人のいる所を知る。人を探しも襲いもしないが、息や足の裏を向けられれば、そちらへ向き直る。息を止めた人は見えない。人を探して寄って来るのは、たいてい魂の抜けた屍の方だ。押さえの札で連れている屍は、札が外れると、いちばん近くにいる息の荒い人を探す。
- もとにした記事 『聊齋志異』の「尸變」を読む(『聊齋志異』尸變の「息を止める」)
記録とこの世界の違い 記録には、息を止めれば屍に見つからないという話がある。この世界では足の裏からも陽気が漏れることにし、子どもたちは、腹ばいになって足の裏を背け、息を止めて隠れる遊びをする。
香
死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。
旅では、死者一人につき一晩に三本。宵に発つ前の宿で一本、夜半に休む辻で一本、明け方に着いた宿で一本と継ぐ。義荘では朝夕に一本ずつ、祠には一本。馴染みの無い煙は、魂の残る死者の前でも折れず、横へ逸れる。安い一行ほど香をけちる。
この決まりが要になる話 伽羅の箱・一本の線香・列ごっこ・九つの碗・揃いすぎる列
- もとにした記事 『子不語』の「僵屍求食」を読む(『子不語』僵屍求食(屍が食を求める))
- もとにした記事 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線(道中の供え)
記録とこの世界の違い 記録には、屍が食を求める話と、道中で香を焚く習わしがある。この世界では、死者は香の煙を糧にし、煙が死者の方へ折れるかどうかが、魂が残っているかを目で確かめる手がかりになる。
義荘と土地の神
義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。
義荘は預かり賃を取り、待つあいだの香を焚く。術をかけたあとの死者は寝かせない。寝かせた死者は次の鈴で起きないので、宿でも義荘でも立たせて待たせる。土地の神は、魂をどこかへ連れて行くのでなく、その土地に留める。死んだ晩の香の煙は体の方へ折れる。三日を過ぎても術をかけずにおくと、煙は日ごとに浅く折れ、やがてまっすぐ昇る。送る術は、この三日のうちにかける。送る一行は辻や橋で、道ばたにいる帰れなかった者たちへ、通り賃として紙銭を撒く。土地の神の祠の前では、通ることを断るために、鈴を低く振る。墓の土地の神(后土)は、嫁いだ女の魄を、骨を拾う日まで預かることもある。三日よりずっと長い預かりだ。
この決まりが要になる話 草鞋の数・一本の線香・列ごっこ・土地廟のない村
- もとにした記事 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線(義荘と会館の記録)
記録とこの世界の違い 義荘や土地の神は、記録にある習わし。この世界では、土地の神が死んだ人の魂を三日預かることにし、送る術はこの三日のうちにかけなければならない。
水と匂い
死者は自分の足では水を越えられない。川は舟に青い札を留めて渡り、海は棺に納めて船で運ぶ。術のあいだは体の腐りが止まり、術が解けると、止まっていた日数ぶんの匂いが一度に出る。
体の硬い屍は流れを渡れず、水際で止まる。塀や梯子を越えられないのも、体が硬いからだ。海を渡る死者は、術をかけたまま棺に納め、蓋の合わせ目に「船の封」という札を貼って、船底に積んで運ぶ。海や川、池で死んだ者は、水に沈んでいるあいだは動かず、そのまま待つ。岸や浜に上がれば、そこがよその土なら育つ。骨だけになった者は、海を渡れる。術が緩みかけると、止まっていた腐りの匂いが少しずつ戻る。術が解けて匂いが来ても、家の者は顔をそむけない。こらえているのではなく、帰ってきた死者を迎える礼だ。葬送師は、鈴への返りと並んで、匂いでも死者の具合を確かめる。
この決まりが要になる話 封の家・反る札・吊り橋の拍・匂いの関・九つの碗
- もとにした記事 旅の死者を故郷へ帰す — 死者の宿、背負う運び方、鈴と銅鑼、墨の線(海を越えて棺を帰す記録)
- もとにした記事 趕屍(かんし、赶尸)――死者を歩かせて故郷へ帰す話の記録を読む(趕屍の道中の記録)
記録とこの世界の違い 記録には、着いて術を解くと、日数ぶんの腐れが一度に現れる話がある。この世界では、術がかかっているあいだは腐りが止まり、術が緩むと匂いが戻る。だから匂いからも、死者の具合が分かる。