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研究所の創作 この世界の決まり / この世界の基本

この世界の道具

短編集の世界で、死者を送る人々が使う道具を紹介します。どれも研究所の創作で、史実ではありません。史実については「もとにした記事」をご覧ください。

絵はどれも、作中の道具の形や使い方に合わせて描いた想像図です。「この道具が出てくる話」から短編を、「もとにした記事」から、もとにした記録の説明を読めます。

鈴

真鍮の小ぶりな手鈴と、仕舞うときに巻く布
葬送師の鈴。胴は真鍮、中で鳴る舌(ぜつ)は鉄。しまうときは舌に布を巻く(想像図)

葬送師は、小さな鈴を右手に持つ。胴は真鍮で、中で鳴る舌(ぜつ)は鉄。鈴ごとに音の高さが違い、葬送師は音を聞いて、どこの組の鈴かを聞き分ける。組は前を歩く葬送師の姓で呼ばれ、鈴の音の高さも、その組を言い当てる目じるしになる。

葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者はその呼びかけに応えて、自分で跳ぶ。魂の無い屍は応えないが、鈴の拍(鈴と足音が刻むリズム)で、しばらく動きを縛られる。間を長く置いて三度鳴らせば、屍の足は鳴らす者の方へ向く。打ち方で役が分かれ、見送るときは長く鳴らし切る一打、呼び戻すときは短く低い一打。町の中で犬をしまわせる合図は、低く、間を置いて鳴らす。

鈴は舌から傷む。舌は鉄なので、雨の夜に使ったあとは灰で磨く。舌が錆びると、鈴は列の足並みより半拍ほど遅れて鳴る。仕事の終わりには鈴の口を下にして伏せ、長くしまうときは舌に布を巻く。列を導く鈴を持てるのは、修業を始めて満五年を過ぎてから。

碗

釉のかかった陶の碗に、符水が入っている。縁に小さな欠けがある
符水の碗。死者の足並みに合わせて、水面に輪が立つ(想像図)

葬送師が使う碗は、釉のかかった陶器か磁器で、手のひらに載る大きさ。中には符水(符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水)を入れる。左の掌に載せ、親指を縁に添えて持ち、走るときと人混みの中でだけ、両手で胸の前に抱える。

碗の水面には、列の死者の拍が映る。足並みが揃っていれば一拍ごとに輪が一つ立ち、乱れれば細かい輪が重なる。死者を列に入れるとは、その死者の拍がこの水面に映るようにすること。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けてしまうので、碗は土に置かない。板・棚・台の上ならよい。旅では符水を満たしたまま、布で口を覆って包む。

列を導く碗は、師から継ぐもの。師の碗を継げない者は、廟の道士に焼いてもらった符で作った符水を小さな碗に満たし、列の外の死者の返り(鈴に応える足音)を聞く一打のたびに、その拍を水面に映させる。一年映しつづけると、列を導ける碗になる。これを、碗を「起こす」という。碗が欠けたら漆で継ぐ。

札

四枚の札。紐のついた額の札、紐の無い押さえの札、大きな封の札、藍の青い札
左から額の札・押さえの札・封の札・青い札(想像図)

札は、道士が黄色い竹紙に朱で書く紙の符。字は三行で、頭に大きく一字、次に宛て先(誰に効かせる札か)を含む一行、最後に渦を巻く線を書く。宛て先の無い札では、何も止められない。墨で書いた札は、潜り(正規でない安い組)が使う札か、安物だけだ。

額の札は幅二寸・長さ七寸ほど。上端の二つの穴に麻紐を通し、死者の頭の後ろで結ぶ。押さえの札は、額の札の上に貼るだけで紐では結ばず、一度揺さぶれば外れる。封の札は幅三寸・長さ一尺と大きく、棺や壁、墨の線の端に留める。青い札は額の札と同じ大きさの藍の紙で、死者に水を渡らせるための札。舟なら船べりに留め、橋なら両端の鎖に巻く。

札の効きは一年。封の札を書き改めるときは、新しい札を古い札の上に重ね、糊が落ち着いてから古い札を下から抜く。札の無いときを、一瞬も作らないためだ。

墨斗

樟の木でできた墨斗。墨を含ませた綿を入れる壺、糸車、引き出した糸の先の針、替えの糸一巻き
葬送師の墨斗。胴が深く、糸車が大きい(想像図)

墨斗(すみつぼ)は、墨を含ませた糸を弾いて、地面などに墨の線を残す道具。線を打つのは葬送師で、墨斗も葬送師が自分で作る。胴には、虫が付かず墨を吸わない樟を使い、大工の墨斗より胴が深く、糸車が大きい。大工はまっすぐな線を引くために墨斗を使い、葬送師は屍を止める境の線を打つために使う。

墨の線は、地面に「ここから内、ここから外」を分ける境で、屍の足を止める。魄は地に帰るものなので、この境を越えられない。線の端に道士の札を留めると、線にも宛て先が付き、屍が押しても破れない封になる。棺を封じるときは、蓋・四方・底の六面に線を打つ。

封に使う墨は、松煙の墨を膠で練り、雄鶏の血と朱砂をひとつまみ加えて作る。糸は弾いたら巻き取り、張ったままの糸を囲いにはしない。囲いになるのは、糸が地に残した墨の跡だ。麻の細い糸百尺で一巻きとし、一巻きでおよそ十夜もつ。

銘旌

細い竹の竿に付けた紅い細い布。白い字が五つ
銘旌(めいせい)。紅い布に白い字で、死者の名と郷(ふるさと)を書く(想像図)

銘旌は、紅い細い布に白い字で、死者の名と郷(ふるさと)を書いた旗。仲間や会館の銭で送られる死者は官服を着ていないので、この旗を背に差して身元を示す。書く字の数は偶数にしない。

死者が一人なら、後ろを歩く道士が、旗を竹の竿に立てて担ぐ。泊まる夜は旗を抜いて死者の前に立て、発つ前に背へ差し直す。封じた棺では、蓋の上に釘で留める。

官服を着た死者は、銘旌を差さない。官服は、自分で送る代を払える者だという印になるからだ。名前は、泊まる夜に、銘旌の代わりに名を書いた白い布を死者の前に置いて示す。この布を魂帛(こんぱく)という。

土の壺

口を蝋で閉じた素焼きの小壺と、土のこぼれる麻の包み
土の壺と、土を包んでいた麻の包み(想像図)

海の向こうで死んだ者が持っていた、生まれた土地の土の包みを移しておく、素焼きの小さな壺。手に握れる大きさで、口を蝋で閉じる。異国の土に仮に葬られても、故郷の土を一包み持っていた者は眠り、持たなかった者だけが「育つ」(魂が抜け、体に残る魄が強くなってゆく)。

麻の包みは、土の中では七年ともたない。だから会館は葬るとき、包みをほどいて中の土をこの壺に移し、棺の頭の下に置く。骨を掘り出す日に、骨を洗う役の者(骨洗い)が最初に探すのは、この壺だ。

会館の墓地では、故郷の土の壺を入れた棺と入れていない棺を、「壺の有る棺」「壺の無い棺」と呼び分ける。港の義荘の帳面にも「壺」の欄があり、壺が無くても土が入っていれば「壺」と書く。