キョンシーラボ原典から読むキョンシー

研究所の創作 短編集

腰の草鞋

清の中ごろ(嘉慶のころ) / 江西、景徳鎮の窯町から山を二つ越えた茶の村へ

同じ人 列ごっこ(譚が、窯の三人を連れて茶畑の村に二日とどまる)・元宵の儺(三十年あまりになった譚が、祭りの村で一人を探す)この世界の基本 碗の符水・鈴と拍・送る二人・死者と屍・額の札・香

本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本

江西の山ふところに、昼も夜も窯(かま)の煙の絶えない町1窯町の中心の柴窯は松の割り木で焚き、一窯を焼き上げるのに一昼夜あまりかかります。窯ごとに焚く日がずれるので、町のどこかでいつも一つは火が入っている。窯場の年寄りは、煙の色でどの窯が焚き終わりかを言い当てます。がございました。町の瓦は煤(すす)で黒く、道には割れた器のかけらが敷かれて、雨の日でも足が沈みません。その町の外れに、甘(かん)という葬送師2窯場で死ぬ出稼ぎの多い町には、葬送師が二人住みます。送り賃は窯の組合が出すので、町の葬送師は組合と年ごとの約束で仕事を請ける。もう一人が譚で、この春は別の送りで南の街道へ出ていました。同じ場面 → 緡の長さこの世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人が住んでおりました。そうして甘の家には、小満(しょうまん)という十六の見習いがおりました。

小満は、何をしても半人前でございました。鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍を振らせれば拍が走り、墨斗(すみつぼ)の糸を弾かせれば線が波を打ちます。帳面をつければ字が大きすぎて、一日分が二頁にこぼれました3送る旅の帳面は、一夜を一行にして、宿・香・草鞋・札の欄を横に並べます。払う窯の組合は、頁の数でなく行の数で改める。一夜が二頁にこぼれた帳面は、組合の帳場で二夜ぶんに数えられかけます。同じ場面 → 草鞋の数。甘師匠は叱りもせず、ただ「まだ手が若い」と申すばかりでございました。

ある春の暮れ、柴窯(さいよう)の溜火(りゅうか)の焚き手4溜火は、窯に火を入れて最初に焚く、小さく緩い火です。坯(器の形にした土)の水気をゆっくり抜く火で、これが足りないと焼き上がりの色が冴えない。柴窯の焚き手は溜火・緊火・溝火の三つの手に分かれ、松の割り木をくべる間合いは手ごとに違います。邱爺は四十年、いちばん長い緩い火の間合いだけを体に入れた人でした。同じ場面 → 元宵の儺を四十年つとめた邱(きゅう)という老人が亡くなりました。窯仲間が銭を出し合い5窯の組合の箱には、窯を一つ焚くたびに窯主が百文、火に付いた職人が一人二文を入れる。焚いた窯の数が、そのまま送れる死者の数になります。同じ場面 → 元宵の儺記録 → 旅の死者を故郷へ帰す、山を二つ越えた茶の村へ、邱爺(きゅうじい)を帰すことに決めたのでございます。ちょうど新茶を摘むころ6茶の村の一番茶は、清明から穀雨までに摘む若芽です。摘んだ日のうちに鍋で炒って揉むので、この半月は村じゅうの手が足りない。窯町へ出た者が春に帰りたがるのは、この半月のためです。で、邱爺は倒れる前の晩まで、今年の一番茶を家で飲むのだと申しておりました。

ところが、発つ日の朝になって、甘師匠がひどい風邪をひきました。鼻は詰まり、咳をするたび布団が跳ねます。これでは鈴の拍が保てません。咳一つで拍が乱れれば、死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍の足も乱れます。町のもう一人の葬送師の譚(たん)は、ちょうど別の送りで南の街道へ出ております。けれども、四日も待てば、邱爺の魂は薄れはじめてしまいます。師匠は枕から首だけ起こして、小満を呼びました。

「前を歩け。後ろは周(しゅう)道士が見る」

小満は、はい、と答えましたが、その声は、自分の耳にも裏返って聞こえたのでございます。

周道士は、もう七十に近い、口数の少ない人でございました。邱爺の額に札この世界では額の札は、薄れてゆく魂を体に結びとめ、死者が鈴に応えられるようにする紙の札。道士が黄色い竹紙に朱で書き、宛て先にその死者の名(知らなければ郷)を書く。効きは一年。基本 → 額の札を結び、名と郷里を書いた銘旌(めいせい)を竹の先に立てる7銘旌は、死者が幾人もいれば一人ずつ背に差しますが、連れる死者が一人の道では、後ろの道士が竹に立てて担ぐこともあります。字の数は偶数にせず、偶数になるときは「之」を一字足します。同じ場面 → 三十里・九つの碗と、それを担いで列の後ろにつきました。小満が何か尋ねようとすると、「わしは後ろの者じゃ。前のことは前の者が決める」とだけ申します。小満は鈴と碗(わん)の包みを胸に抱き、日の沈みかけた窯町の坂を下りました。

邱爺は、窯仲間が洗ってくれた木綿の死装束を着て、足を揃えて結ばれておりました。胸のあたりから、かすかに松の煙の匂い8柴窯の焚き手の肌には、松の割り木の煙が四十年ぶん染みて、洗っても抜けません。松の煙は脂を含むので、布より先に髪と爪に残る。送られる死者から最初に匂うのは、たいてい生前の仕事の匂いです。がいたしました。四十年、窯の火のそばにいた人の匂いでございます。

町を出て最初の辻で、亥(い)の刻の拍子木が遠くに聞こえるのを待って9習わしの理由町を出る最初の鈴は、亥の刻の拍子木を待って鳴らします。拍子木は町の戸締まりの合図で、これより後は道に人も犬も出ない。生きた人の陽気(体の温み・気配)が道から引くのを待つのが、町を出る一行の作法です。同じ場面 → 碗の跡、小満は鈴を鳴らしました。ちりん、ちりん、ちりん。邱爺の体が、鈴に応えて跳ねます。とん、とん。

けれども小満の鈴は、胸の鼓動に引かれて、だんだん速くなってゆきました。ちりちりちりん、と三つが一つに詰まります。すると、おかしなことが起こりました。邱爺の足は、その詰まった鈴に付いて来ないのでございます。速くもならず、遅れもせず、とん、とんと、まるで窯の火を見張る人が薪(まき)をくべる間合い10魂の残る死者は鈴に呼ばれて自分で跳ぶので、鈴が急げば足も急ぐのがふつうです。邱爺の足が急がなかったのは、四十年の溜火の間合いが、鈴より深く体に入っていたから。生前なじんだ拍は、鈴の拍より強い。同じことが、のちの元宵の晩にも起こります。同じ場面 → 元宵の儺・半拍の鼓のように、同じ拍で土を踏むのでございました。額の札が、跳ねるたびに小さく持ち上がって、うなずいているように見えました。

夕暮れの辻で、小満が鈴と碗を持って先を急ぐ。札で顔を隠した邱爺が両足を揃えて低く跳び、旗を持つ周道士が続く。川べりの町には柴窯の煙、道には割れた器。
最初の辻、走る鈴と走らない足(想像図)

小満は、しまった、と思いました。邱爺の拍は、甘師匠がいつも鳴らす拍でございました。小満は息を一つ吐いて、自分の鈴を、邱爺の足音に合わせ直しました。ちりん、とん。ちりん、とん。後ろで周道士が、咳払いとも笑いともつかぬ音11後ろの道士は、列の拍に口を出さないのが作法です。口を出すのは札が浮いたときだけ。黙って咳払いをするのが作法の内か外かは、道士どうしでも意見が分かれています。を立てましたが、何も申しませんでした。

「邱爺、すみません。今のは、わたしの足が勝手に急いだのです」

小満は前を向いたまま申しました。葬送師は、魂の残る死者には話しかけて導く12葬送師は魂の残る死者に、道の曲がりや段の数を声に出して知らせます。声は鈴より低く、拍の裏で言う。魂の抜けた屍は声に応えないので、声をかけてみることも、死者の具合を測る手の一つです。ものだと、師匠に習っていたのでございます。返事はございません。ただ、とん、とん、と足音が変わらず続きました。

途中、坂の下の百姓家で犬が吠えました。小満は慌てて鈴を強く振りました。戸が開いて、寝巻きの女が犬の首を抱えて引っ込みました。そのあいだも、邱爺の足は、一度も拍を外しませんでした。

東の空が白むころ、一行は峠の下の宿に着きました。茶を担いで山を下りる人夫たちの泊まる、土間の広い宿でございます。邱爺を戸の脇に立たせ、小満は碗の包みを解きました。そうして、困ってしまいました。

碗は地に置いてはならぬ13碗の台は、板の間か棚の上なら足ります。土間しかない宿では、葬送師は昼じゅう碗を掌に載せたまま過ごすか、亭主に棚を一つ空けてもらう。新茶の半月の峠の宿では、そのどちらも難しくなります。同じ場面 → 碗の跡・列ごっここの世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水。故郷でない土に符水(ふすい)が通えば、術が半端に解けて、倒れもせず眠りもしない死者になる。何度も聞かされた決まりでございます。ところが宿の土間には板の間がなく、壁の棚という棚には、茶の包みがびっしりと積まれて14峠の宿の棚は、新茶の半月だけ茶の包みで埋まります。宿は茶の預かり賃を一包みいくらで取るので、碗一つのために棚を空ける損はしません。この季節の葬送師の碗の置き場は、茶の値が決めます。おりました。小満は碗を左の掌に載せたまま、土間の真ん中に立ち尽くしました。

周道士はとうに奥の筵(むしろ)で横になっております。宿のおかみは竈(かまど)の前で、朝の饅頭(まんじゅう)を蒸しておりました。小満は、仕方がない、昼のあいだずっと持っていればよい、と考えて、邱爺の隣の壁にもたれて座りました。夜通し歩いた足は重く、蒸籠(せいろ)から上がる湯気は温かく、碗の水面は、ゆらりゆらりと揺れました。

ごつ、と額に何か硬いものが当たりました。

小満ははっと目を開けました。いつのまにか首が傾いで、立っている邱爺の、固い肩に額をぶつけていたのでございます。手の碗は、ちょうど縁から一滴こぼれかけたところでございました。小満は冷や汗をかいて、碗をまっすぐに戻しました。

そのとき、気がついたのでございます。邱爺は、郷里の方角を向くように立たせて15昼に立たせる死者は、郷里の方角へ顔を向けます。向きを決めるのは前を歩く者の役で、見習いが最初に任される仕事の一つです。ありました。その顔の正面に、竈の上の、小さな板の棚があったのです。竈の神さまを祀(まつ)る棚16竈の神の棚は、竈の上の壁に板を打ちつけたものです。土から離れ、竈の火でいつも乾いているので、碗の台には申し分ない。暮れの二十三日に神を天へ送るまで、香炉を下ろすことはありません。で、古い香炉が一つ置いてあるきりでございました。板は壁に打ちつけてあって、どこも土に触れておりません。

小満は、邱爺の顔と棚とを、しばらく見比べました。死者が物を指すはずはございません。立たせたのは自分で、向きを決めたのも自分でございます。それでも小満は、「ありがとうございます」と小さく申して、碗を竈の神さまの隣へ上げました。饅頭の湯気が、碗の縁を白くくもらせました17峠の宿の朝の饅頭は、麦の香りに竈の薪の煙が混じります。蒸籠の湯気は冷えた陶の縁に触れて白く曇り、縁で玉になって外へ流れる。碗の水面に落ちることはありません。同じ場面 → 九つの碗。

朝の宿で、小満が符水の碗を竈上の木棚にある古い香炉の横へ置く。邱爺は戸脇から棚へ向いて立ち、おかみが蒸籠の蓋を上げ、奥の筵では周道士が眠る。
竈神の棚に見つかった、符水の碗の置き場(想像図)

おかみは一部始終を見ておりましたが、何も尋ねず、蒸したての饅頭を一つ、小満の手にのせてくれました。小満は、まず邱爺の前に線香を一本立てましたこの世界では死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。基本 → 香。煙が一度立ちのぼり、邱爺の顎の方へ折れてゆくのを見届けてから、小満はようやく饅頭を割りました。中の餡(あん)から、甘い湯気がのぼりました。

二日目の夜は、峠越えでございました。月は細く、石段は長く、小満の鈴はこんどは初めから邱爺の拍に合っておりました。ところが夜半を過ぎたころ、足音が変わりました。こつ、ではなく、しゃり、と鳴る18底のすり切れた草鞋は、藁の芯が石を擦って「しゃり」と鳴ります。送る草鞋は底を二重に編んだ一足百文。峠の石段は、平らな道より早く底を削ります。同じ場面 → 草鞋の数のでございます。

小満は提灯(ちょうちん)を下げて、邱爺の足もとを照らしました。草鞋の底がすり切れて、藁(わら)の間から、白い足の指がのぞいておりました。夜ごとに替える草鞋は、籠に入れて持ってきたはずでございました。

小満は背中の籠を下ろして、底まで探りました。線香があり、札の替えがあり、墨斗がありました。草鞋はございませんでした。甘師匠の枕もとで荷を詰めたとき、師匠がひどく咳きこんだので、背中をさすっているうちに、草鞋の束だけを置いてきて19草鞋は夜の数に一足を足して籠に詰めます。茶の村まで二晩なら三足、三百文。籠を詰めるのは見習いの仕事ですが、発つ前に草鞋の数だけは師匠が数え直すことになっています。同じ場面 → 草鞋の数・列ごっこしまったのでございます。

小満は峠の石段にしゃがみこんで、泣きそうになりました。このまま歩かせれば、邱爺の足は石で裂けます。止まって朝を待てば、宿のない峠で日の光に当てることになります。周道士に尋ねても、きっと「わしは後ろの者じゃ」と言うでしょう。

そのとき、提灯の灯が、邱爺の腰のあたりで何かに当たりました。死装束の裾の下、帯の脇に、藁の色が見えたのでございます。小満がそっと裾をめくりますと、そこに新しい草鞋が一足、紐でくくりつけてありました。

窯町では、邱爺のことを知らぬ者はございませんでした。溜火の邱爺は、いつも腰に草鞋を一足下げていたのでございます。窯の見習いの小僧たちは、熱い灰の上を裸足で駆けては足の裏を焼きます。そのたびに邱爺は腰の草鞋をほどいて、黙って履かせてやったのでございました。

小満は草鞋をほどいて、邱爺の前に膝をつきました。足の結びは解いてはなりません20草鞋を替えるときも足の結びはそのままにして、紐の下に鼻緒をくぐらせて結びます。結びに触れてよいのは、納棺のときの家の者の手だけです。同じ場面 → 三十里・吊り橋の拍。結びを残したまま、古い草鞋を外し、新しい草鞋を片足ずつ結びました。硬い足でございますから、自分で上げてくれるはずはございません。それでも、踵(かかと)に手を添えたとき、重みがわずかにこちらへ預けられたように、小満には思われたのでございます。

細い月の峠の石段で、小満が膝をつき、足の結びを残した邱爺に新しい草鞋を履かせる。手が踵を支え、脇には古い草鞋と提灯。後ろで周道士が銘旌の竹を担ぎ直す。
腰に結ばれていた新しい一足を、峠の石段で履かせる(想像図)

「邱爺も、見習いの世話ばかり焼いてきたのですね」

小満は草鞋の紐を固く結び、立ち上がって鈴を鳴らしました。こつ、こつ。新しい藁の音が、峠の石段に軽く響きました。後ろで周道士が、銘旌の竹を担ぎ直して、ひとこと申しました。

「前の者が、よう見ておる」

誰のことを言ったのか、小満には分かりませんでした。

三日目の明け方、一行は茶の村の入口に着きました。斜面には茶の畝(うね)が幾重にも重なり、どの家の軒からも、茶を炒(い)る香ばしい匂いが流れてまいりました。村の入口には、白い布を張った小屋が建ち21習わしの理由旅から帰る死者を、家の者は村の入口に幕を張って待ちます。着く前の日に先触れが走り、家は村の外に幕を張る、という古い作法で、一行が村へ入れば家々は戸を閉め、犬をしまい、茶を炒る手を止めねばならない。新茶の半月の村では、入口で迎えるのが村への礼にもなります。記録 → 旅の死者を故郷へ帰す、邱爺の家の者が棺を据えて待っておりました。甘師匠が先に人を走らせて知らせてあったのでございます。邱爺の老妻は、ゆうべ夫の夢を見た22夢の死者が告げるのは、たいてい着く刻と、生前の仕事の終え方です。窯の焚き手なら、火を落として帰ると言う。家の者はその夢で、村の入口に小屋を張り、棺を運び出す刻を決めます。同じ場面 → 三十里・九つの碗、窯の火を落として帰ると言っていた、と申しました。

小満は棺の脇に邱爺を立たせ、碗を左の掌に取りました。ここは邱爺の生まれた土でございます。小満は一礼して、符水を足もとの土へ注ぎました。

邱爺の体は、長い仕事を終えた人が腰を下ろすように、静かに倒れました。家の者は慣れた手つきで香を焚き23茶の村では、納棺の前に焚く香に、その年の一番茶の葉をひとつまみ混ぜます。茶の煙は線香より青く軽い。新茶の半月に弔いを出す家の庭は、茶を炒る匂いと同じ匂いになります。同じ場面 → 碗の跡・九つの碗、息子たちが邱爺を抱えて棺へ納めました。息子たちが足の結びを解くのに小満が手を添え、そのとき初めて、邱爺の足に自分の結んだ草鞋が履かれているのを、老妻に見られたのでございます。

老妻は草鞋に目をとめて、それから小満の顔を見ました。

「それは、あの人の腰の一足だね」

小満は顔を赤くして、草鞋を籠に忘れてきたことを、何もかも白状いたしました。鈴の拍を走らせたことも、碗の置き場に困って居眠りしたことも、峠でしゃがみこんだことも申しました。老妻は黙って聞いておりましたが、やがて、茶の香の中で、声を立てて笑いだしたのでございます。

「あの人は、死んでも見習いを一人助けて帰ってきたんだね。それでこそ、うちの人だ」

笑いながら、老妻は目の端を指で押さえました。息子たちも笑い、棺の蓋を閉じる前に、邱爺の腰へ、家にあった新しい草鞋を一足24棺に納める履物は、ふつう底に蓮の花を刺した布の靴です。草鞋を添えるのは、旅や力仕事で生きた者の家に多い習いで、あの世の道でも自分の足で歩く人への心づくしとされます。、改めて結びました。

その日の午(ひる)、小満は邱家の縁側で、今年の一番茶をふるまわれました。邱爺の湯呑みにも同じ茶が注がれて、棺の前に置かれました。帰りぎわ、老妻は自分で編んだ草鞋を一足、小満の腰にくくりつけて、「これは、あんたが忘れたときの分」と申しました。

窯町へ戻ると、甘師匠の風邪はすっかり抜けておりました。小満の話を聞き終えた師匠は、鼻をすすって、「では、次からは腰を空けて歩くな25甘の組の者が腰に草鞋を一足下げるのは、籠ごと忘れても一夜はしのげるようにするためです。町ではこの習いを甘の見習いが始めたと言いますが、見習いの側は、始めたのは邱爺だと言います。同じ場面 → 列ごっこ」とだけ申しました。

それから小満は、どこへ送りに出るときも、腰に草鞋を一足下げてまいりました。自分のためではございません。いつか、まだ手の若い誰かが、峠の石段でしゃがみこむときのためでございます。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。