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研究所の創作 短編集

封の家

明の末 / 江南の水郷の町

つながる話 封の棺(二〇〇八年、九十年封じられた棺を送る)・草鞋の数(海を越えて戻った死者を送る)この世界の基本 封・送る二人・育つ・水と匂い・銭・碗の符水

本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本

石橋の三段目まで水が上がった年のことでございます。江南のその町では、朝に開けた戸を夕方に閉めるまで、雨の音が絶えませんでした。運河に沿う白壁は水を吸って灰色になり、橋の欄干(らんかん)には、流れてきた藁(わら)が一本、幾日も引っ掛かっておりました。

雨が七日つづくと、町の者は橋向こうの家を見ました。そこは昔、舟荷をしまう蔵でございましたが、今は戸を釘で打ち、窓には紙を貼ってあります1習わしの理由封の家の窓に紙を貼るのは、中を見せないためではなく、外の生きた人の気配(陽気)を中へ入れないためです。屍は生きた人の陽気で人を探し、戸や窓の隙からも探ります。紙一枚でも、陽気はずいぶん遮られる。だから封の家の紙は、破れればその日のうちに貼り替えます。。軒より下の壁に細い墨の線2封の線は、屍の足を止める線です。打つのは軒より下、人の腰から膝の高さ。軒の雫が当たらず、屍の足が越えようとする高さだからです。壁を一巡りさせ、戸口を横切る一本で閉じ、端に道士の札が留まって、はじめて封になります。同じ場面 → 鶴の胸・二つに分かれた死者この世界ではすぐには送れない屍を、墨の線と札で蔵や棺に閉じ込めておくのが「封」。屍は雷でも火でも滅ぼせず、弱らせることしかできない。だから弱らせて封じ、銭がそろってから送る。この話では、三十年前に町の墓に葬られた阿洛が、三年前から蔵に封じられています。基本 → 封が四方へ走り、その線の端には、黄色い札が留めてありました。札を書いた道士この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人は隣町の者で、墨を打つのは、年に一度ここへ来る葬送師3封は張ったままでは保ちません。墨の線は雨季を一つ越すと効きが落ち、札は一年で落ちる。本来は毎年、長雨の前に墨を引き直し、札も同じころに書き改めます。札の代の出ない年は、葬送師が線を濃く打ち直して札の弱りを補いますが、墨で補えるのは線の側だけです。でございました。

その葬送師は、葛婆(かつば)と呼ばれておりました。年は六十をとうに越えていたでしょう。黒ずんだ布の包み4葬送師の包みは、黒く染めた麻の布です。死者の家で広げても目立たず、墨がついても分からない。中身は墨斗・鈴・碗の三つに、替えの糸一巻き、墨を練る小皿、油紙。薬や護符を足すのは若い者で、年を取るほど包みは小さくなります。を肩に掛け、夕暮れの橋を、濡れた石を一つずつ確かめるように渡ります。包みには墨斗(すみつぼ)と小さな鈴、それに欠けた縁を漆で継いだ碗5碗の継ぎは、生漆に砥の粉を練って欠けを埋め、乾くたびに塗り重ねます。器の継ぎなら仕上げに金を蒔きますが、葬送師の碗は黒のまま。継ぎ目が水面に映ると死者の足が迷うと言って、内側だけは継ぎを平らに磨きます。(わん)が入っておりました。声を掛けられれば会釈をしますが、自分からものを言うことは、滅多にございませんでした。

雨の夕暮れ、黒い包みを肩に掛けた葛婆が濡れた石橋を慎重に渡る。増水した運河の向こうに、低い墨の線と黄色い札で封じられた蔵がある。
夕暮れ、濡れた石橋を渡ってくる葛婆。運河の向こうに、墨の線と黄色い札で封じた蔵(想像図)

蔵にいるのは、三十年前、町で客死した塩商人でございます。南の海を越えた国の人で、町では阿洛(あらく)と呼ばれておりました。明の青い袍(ほう)を着てはおりましたが、官の位を示す刺繍6胸と背の刺繍(補子)は官の位の印で、文官は鳥、武官は獣。官服は、送る代を自分で払える死者の印です。刺繍の無い袍の阿洛は、その備えを失った側の死者でした。明の末の人ですから、明の袍は古さの印ではありません。同じ場面 → 鶴の胸はなく、袖口を自分で繕う人だったそうでございます。荷舟で来ては、秤(はかり)の皿に載せた塩の山を、細い指で少しずつならしました。小買いをする家にも同じ秤を使うので、子供たちはその手を見に集まったものです。

大水の秋、荷舟が沈み、阿洛はそのあと病に倒れました。郷里へ返す金は、失った荷と舟の借りを払うのに消えました。残ったのは、異国の文字を刻んだ小さな銅の分銅(ふんどう)と、帰る港の名を書いた紙だけです。紙の字は誰にも読めませんでした。町の者は墓を一つ設けて葬り、それでよかろうと思ったのでございました。客であっても、土は土なのだと7町の者が客死した者に設ける墓は、町の共有の土の端に、義塚(名も郷も分からない死者の仮の墓)と並べて掘ります。土は町の土で、阿洛の土ではない。眠れない魄は、三十年、土の下で育ちました。善意の墓が屍を育てたのは、墓のせいでなく土のせいです。基本 → 育つ記録 → 屍の段階を読む。

ところが、三年前の春、墓のまわりで土が盛り上がりましたこの世界では生まれた土地の土に葬られなかった死者は、年とともに魂が抜け、体に残る魄が強くなって「育つ」。跳ぶだけの体が走り、低く滑り、やがて宙に浮くまでになる。生まれた土でなければ眠らない。基本 → 育つ。ある夜、橋の下で舟を繋いでいた男が、古い青い袖の者を見たのでございます。両足を揃えて一度だけ跳ね、次には、膝を曲げて水際まで走った8足の結びは納棺のときに解くので、墓から出た屍には無い。硬さが残るうちは跳び、魄が体になじんで硬さがほどけると走りだします。屍は、跳ぶ、走る、低く滑る、浮くの順に育ちます。一度跳ねてから走った阿洛は、二つ目の段に入りかけていました。同じ場面 → 鶴の胸記録 → 屍の段階を読むと申します。死者には川が越せません9硬い体は流れを渡れず、屍は水際で止まります。塀や梯子を越えられないのも同じ理由です。死者を送る技は、もとは水の向こうで死んだ者に水を越えさせる古い技でした。川を越すときは舟に乗せ、船べりの四隅に青い札(水を渡るための札)を留めます。同じ場面 → 吊り橋の拍・鈴の箱この世界では死者は自分の足では水を越えられない。川は舟に青い札を留めて渡り、海は棺に納めて船で運ぶ。術のあいだは体の腐りが止まり、術が解けると、止まっていた日数ぶんの匂いが一度に出る。基本 → 水と匂い。けれど、川べりの家々には、生きた人がおりました。

そのとき葛婆はまだ、今ほど足が悪くはありませんでした。町の寄合はまず、腕を知っている在地の術者の値を聞き、次に潜りの葬送師の値10送る担い手は、払える額で選ばれます。上は正規の葬送師と道士の組、下は潜りの葬送師と安物の道士、その間に土地の術者。一夜の手当ての相場は、術者が三百文、潜りが五百文。どちらもその夜は鎮めますが、翌る夜は請け負いません。同じ場面 → 草鞋の数この世界では死者を故郷へ送るには銭がかかる。払える額で、正規の組か、潜り(正規でない安い組)か、その夜だけ雇う術者かが決まる。官服を着た死者は、自分で送る代を払える者。基本 → 銭を聞きました。どちらも今夜の手当ては請け負いましたが、国境を越えて送る旅は請け負いません。そこで有志が銭を寄せ、葛婆と道士を呼んだのでございます。それでも集まったのは、弱らせて封じるだけの銭11封の家の代は三つに分かれます。その夜に弱らせる代、封じておく代、送る代。寄合はふつう三つ目から貯めはじめますが、屍が出た夜には一つ目と二つ目が先に要る。銭が途中で尽きれば、封をしたまま次の代が貯まるのを待ちます。封の家はそうして生まれます。この決まりの要 → 封の棺でした。旅の代金は、後から貯めることにいたしました。

その晩、葛婆の鈴が橋の下で三度鳴りました12橋の下の三度は、呼び寄せの打ち方です。間を長く取り、一つ打つごとに死者の名を胸の内で呼ぶ。魂の無い屍は応えませんが、拍に縛られて、鳴らす者の方へ足が向きます。町の者が阿洛の名を覚えていたので、葛婆は名で呼びました。名を知らない死者には、郷の名を呼びます。。青い袖は、水の匂いのする葦(あし)のあいだに見え隠れしました。道士が札を用い、葛婆が碗の符水(ふすい)を地へ流す13橋の下の石段は、石でも土の上に据わっているので、符水は石を伝って町の土へ通います。町の土は阿洛の土ではない。だから阿洛は崩れても眠らず、指が動いていた。それを見て葛婆は、その夜のうちに蔵へ運ばせて封じることにしました。記録 → 趕屍の記録を読むこの世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水と、商人の体は石段に崩れました。崩れたまま、指だけが、濡れた石をゆっくり探っておりました。葛婆はその指を見て、蔵へ運ぶように14封の家には、戸口が一つで窓の高い建物を選びます。戸が二つあれば、線も札も倍かかるからです。舟荷の蔵はたいてい戸が一つで床が石、しかも町の外れにあるので、水郷の町では封の家によく選ばれます。言いました。彼女が墨を打ち、道士が線の端に札を留めると、ようやく戸の内側が静かになったのでございます。

以来、葛婆は毎年同じころに来ました。札の字をあらためる年には道士も来ます。線を引き直し、雨樋(あまどい)を直す人夫15墨の線は雨に弱く、札は湿りに弱い。封の家の毎年の代のうち、いちばんかさむのは墨でも札でもなく、瓦と雨樋です。軒の雫が壁に落ちない家なら、線は一つの雨季を無事に越せます。に銭を渡し、帳面にはそれぞれの代を記します16封の帳面は、墨・札・屋根・送る銭の四つの欄に分けます。送る銭は別の頁に立て、ほかの欄へ回したときは赤で書いて、返すまで消さない。寄付の名の下で額の欄が空いた家には、「志」の一字を書きます。。送るための銭も、少しずつ貯めておりました。けれども遠い港までの路銀(ろぎん)と、川を越す舟の代、夜ごとの宿の代は、町の小さな銭箱には大きすぎました。去年は橋の石が欠け、今年は水門の板が割れました。生きている者が水の中へ落ちぬためにも、銭が要ったのでございます。

今度の長雨には、別の心配が加わりました。川下の家で熱を出す者があり、次に橋のこちらでも二人が寝つきました。薬種屋は濡れた草鞋(わらじ)のまま家から家へ走り、碗の底に残る銭まで払う者が出ました。何の病であるか、まだ医者にも分かりません。ただ橋向こうの蔵に、雨で薄れた線が見えたとたん、誰かが「中のもののせいではないか17習わしの理由封の家のある町では、病や不作は、まず封の家のせいにされます。線が雨で薄れて見える年はなおさらです。噂が寄合を動かし、線を引き直す銭が出る。噂は、封の家を保たせる側の力でもあります。」と申しました。噂は、濁った川の流れよりも早く、石橋を渡りました。葛婆は橋の下の澱みを、しばらく見ておりました。

葛婆が着いたとき、蔵の戸口には六人がおりました。材木屋の閻(えん)が火口箱(ほくちばこ)18屍を焼くには、一体に薪がおよそ百二十斤要り、雨の季節には乾いた薪がその倍要ります。火口箱の火種は、湿った夜には三度打って一度点けばよい方です。焼けば済むと言う者で、薪の値を数えた者はあまりいません。を持ち、舟大工の伍(ご)は、濡れぬよう油紙で包んだ松明(たいまつ)を抱えております。茶屋の娘の杏児(きょうじ)も、母の熱のために店を閉め、そこへ来ていました。閻が言いました。「婆さま、今年も線を打って、来年も打つのか。この雨に、誰が来年を待てる」

葛婆は返事をせず、包みを下ろしました。石段に屈み、指の腹で線の端を擦ります。黒は雨に溶け、指紋の溝だけに残りました19封の墨は、松煙の墨に膠を練り、雄鶏の血と朱砂をひとつまみ合わせます。雄鶏一羽の血で線はおよそ百尺。雨季の前に打つ線は膠を倍にしますが、それでも雨に打たれ続ければ、指で擦って溝にしか残らなくなります。。札も、下の角が紙の厚みを失っておりました。彼女はそれを剥がさず、屋根を見上げました。瓦の一枚がずれ、そこから落ちる雫が、札の真上の壁を伝っていたのでございます。

「焼けば済む」と、伍が言いました。伍の幼い息子は、川下で最初に熱を出した家の子と遊んでおります。彼は怖れていたのです。自分の家へ病が来ることを。それを責める言葉は、葛婆の口からも出ませんでした。ただ、蔵の戸を見たまま、「灰の下でも、指は残る20焼き場の者は、焼いた屍の灰は夏でもひやりとして、手を入れても温まらないと言います。魄は灰の下にも残り、土にも還らず、送られもせず、その場に居つく。しかも蔵に火を入れるには戸を開け、戸口を横切る線を破らねばなりません。焼けば、封も送る道も、一度に失います。この決まりの要 → 封の棺記録 → 屍の段階を読む」と申しました。

閻は火口箱の蓋を閉じました。「火でも駄目か」

「弱ります」

「ならば弱らせて、捨てればよい」

葛婆は首を振り、戸を横切る墨の線を指しました。「弱らせても、封じておかねば。送る日までは」火を入れるには、その戸を開けねばならなかったのでございます。

そこへ会計役の老人が帳面を持って参りました。雨除けの蓑(みの)の下で、紙が湿って波を打っております。老人は今ある銭の数を読みました。旅のために積んだ分なら、道士に札を替えてもらい、瓦を直せます。けれどもそれを使えば、送る日はまた遠くなる。今年の寄付だけでは、墨の代にも足りません。「向こうの国の者のために、こちらの子の薬を減らせるか」と老人は言いました。杏児は母の薬包を胸に押さえ、目を伏せました。

葛婆は帳面に手を出しませんでした。銭の一つ一つが、誰の腹から出たものか知っていたからでございます。彼女は袖をまくって、古い線の上に糸を張りました21引き直しは、古い線を消さずに上から重ねて打ちます。消してから打てば、そのあいだ線の無い時が生まれるからです。封の家の壁の線が年ごとに太く黒くなるのは、そのためです。。墨を含ませた糸を持つ手は、わずかに震えます。けれども指を放せば、壁に立つ黒い筋は真っ直ぐでございました。

そのころ、雨がひとしきり強くなりました。ずれた瓦から落ちる滴が札の端に触れ、紙の角がゆるみました。戸の内で、板を打つ音が一つ、こん、といたしました。閻は松明を持つ伍の腕を引きました。もう一度、内から板が打たれます。杏児が息を呑み、誰もが彼女の顔を見ました。熱を出した母を家に置き、ここへ来た娘の顔でございました。

葛婆は鈴を一度鳴らしました。薄い音は、雨音のあいだから蔵へ入りました。中の音が止みます。彼女は杏児へ、軒下に積んだ古い瓦を指しました。杏児は薬包を懐へ入れ、瓦を一枚持って参りました。葛婆はそれをずれた瓦の下へ差し込み、滴の道を変えました。足場が悪く、一人では届かぬ高さでしたので、閻も黙って梯子を押さえました。

閉じた蔵の戸口で、袖をまくった葛婆が低い墨の線の上に糸を張る。火口箱を持つ閻、包んだ松明を抱える伍、懐の薬包を押さえる杏児が見守る。
雨の夜、封の家の戸口で、古い線の上に墨の糸を張る葛婆。後ろで閻・伍・杏児が息を呑む(想像図)

そのあいだに、壁の裏から、戸に近づくような音がいたしました。規則を持たぬ、二つ、三つの重い音です。葛婆は墨の糸を軒から敷居へ渡しかけ、手を止めました。かつて三人の客を導いた夜、三人は鈴に合わせて揃って跳ねました。あの足音と、今の戸の向こうの音とは、少しも似ておりませんでした。葛婆は糸を下げ、石の床の際に低く弾きました22線の高さは相手の足に合わせます。揃えて跳ぶ屍にはどの高さでも効きますが、走る屍は線を踏み越えようとするので、足首の高さ、床の際に打つ。導く一行の足音と違うと聞き分けて、葛婆は糸を下げました。。

閻が戸の隙間を覗こうとしたとき、葛婆はその肩を押して、石橋の方へ下がらせました。鈴を二度、間を置いて鳴らします。中の音も二度で止みました。三度目には、音の返りが遅れました23封の内は、目で見ずに鈴で測ります。鳴らした数だけ中の音が返って止まれば、抑えは効いている。返り(鈴に応えて中から来る音)が遅れるのは、魄が強まってきた印です。同じ場面 → 杖の間。葛婆は碗の水に指を浸し24敷居の外へ流す符水は、指を伝わせて糸のように細く落とします。碗から直に傾ければ、一度に多く出てしまう。一人に碗の一杯を使い切らなくてよいのが符水で、細い一筋でも、戸の内をいっとき沈めるには足ります。、敷居の外へ細く流しました。戸の板が、誰かに寄り掛かられたように一度だけ鳴り、それから静かになったのでございます。葛婆は濡れた指を拭きもせず、線の端を札のそばまで引きました。墨はそこに届きましたが、紙の傷みまで新しくすることはできません。

閻は火口箱を地に置きました。「道士を呼ぶには、旅の銭を使うしかない」

「そうでしょう」

「呼ばなければ」

葛婆は答えませんでした。戸に頰を寄せ25封じた蔵の戸の板は、中で動くものがあれば、音になる前に震えます。葬送師が戸に耳でなく頰を寄せるのは、その震えを先に受けるためです。冬の見回りのあとは、頰に板の冷えが半日残ると言います。、長く耳を澄ませます。板は雨を吸って冷たく、その下から、雨とは別の、閉じた蔵の冷えが頰に伝わってまいりました。やがて身を起こし、「朝までは」とだけ言いました。

寄合は橋のこちらの茶屋で開かれました。杏児は母の枕元へ戻り、伍は松明を川へ捨てず、軒に立て掛けました。火を使う決まりになれば、まだ必要かもしれなかったからでございます。銭の箱が開かれると、皆、先に旅の分を見ました。三年かけて貯めた銭が、底に固く寄っております。伍が申しました。「病が蔵のせいかは分からない。それでも、あの札は替えねばならぬ」異を唱える者はなく、老人は帳面を開きました。

葛婆は席の端に座り、帳面の一行を指で押さえました。それは、最初の年に町の者が書いた文でございました。――南の港まで送り、そこから阿洛の国へ帰す。この文の下には、金を出せなかった家の者も、名だけは記してありました。彼女は一人一人の顔を見ません。ただ、その行を隠していた自分の指を離しました。

老人は、新しい札の代を旅の銭から出す、と書きかけました。すると杏児が戻って参りました。母はまだ熱の中におります。娘は何も言わず、薬包の紙を畳んで老人の前へ置きました。中には、薬種屋から戻った銭が三枚だけありました。老人は受け取らず、「お前の家のものだ」と申します。杏児は銭を一枚だけ取り、残る二枚を寄付の欄へ押しました。薬は明日も要るのです。老人は二枚の音を聞いて、帳面の筆を持ち直しました。

夜の茶屋で、杏児が畳んだ薬包の紙を、帳面を開いた老人の前へ置く。少ない銭の箱を囲み、閻、伍、席の端の葛婆が同じ卓につく。
寄合の夜の茶屋。杏児が畳んだ薬包を、帳面を開いた会計役の老人の前へ置く(想像図)

その夜のうちに札の代がすべて集まったわけではございません。老人は不足を旅の銭から移し、「札の借り」と赤く記しました。閻は、橋の石を替える足場に取っておいた材木を、蔵の屋根を直す足場へ回すことにしました。橋には仮の板を渡し、雨がやむまで人が一人ずつ通ることにしたのです。伍は翌朝の舟の仕事を断り、道士を迎えに行くと言いました。失う銭は、それぞれの帳面に残ります。葛婆は自分の墨と手間の代だけを、次の市の日まで待つ26葬送師の手間賃は、送る旅の代と違って後払いが許されます。待つのは次の市の日まで。それを越えて取り立てた葬送師の話は、聞いたことがありません。取り立てに来た葬送師を、家に上げる者がいないからです。と申しました。

夜明け近く、熱の下がらぬ母のために杏児が湯を沸かしていると、対岸から鈴が一つ聞こえました。葛婆はまだ蔵の軒に座っておりました。眠らず、雨の切れ目に線を見ていたのでございます。彼女が打ち直した線は、薄明かりの中で、濡れた四方の壁を巡り、戸口を横切っておりました。けれども黄色い札の角は、やはり湿って反っています。

昼になっても葛婆は帰らず、雨で薄くなる線を打ち直し続けました。道士が来たのは、その日の暮れでございました。伍の舟は長雨で遅れ、帰ってきたときには二人とも泥をかぶっておりました。道士は蔵の壁に残る古い札を見て、師の筆だと言いました27札の字は、道士ごとに朱の濃さとはねの角度が違います。雨風に一年当たった札は朱が褪せて茶の出がらしのような色になりますが、筆の運びは褪せても残る。弟子は壁の古い札を見て、亡くなった師の手をいちばん先に見分けます。。三年前ここを封じた道士は、去年亡くなったのでございます。若い道士は新しい札を書き28札の効きは、書いた季節から一年です。立春に揃えて書き改めるのは会館のある町の習いで、会館の無いこの町は、墨を打ち直す長雨のころに札も一度に改める。墨と札を別の季節に頼めば、道士を呼ぶ代が二度かかります。町の会計役が、道士を呼ぶ時期にうるさいのはそのためです。、葛婆が端を示すたび、そこへ一枚ずつ留めました。二人が手を離すと、墨線の黒と札の黄が、同じ壁に静かに残りました。

葛婆は最後に、蔵の中へ向かって一礼をいたしました29習わしの理由葬送師は、封じた者を「預かり」と呼びます。一礼は屍にでなく、預かりの約束に向けたものです。魂の抜けた屍に礼が届くとは、葛婆も思っていません。それでも預かった物に礼をせずに離れる葬送師は、次の年に町から呼ばれない。礼は、来年も来るという印です。。銅の分銅は、帰る港の名を書いた紙とともに、蔵の奥の棚に置かれてあります。分銅の縁は、ひとところだけ丸く擦り減っております。三年前、運び入れた晩に、葛婆はそれを一度だけ見ておりました。小買いの家にも同じ秤を出し、皿の塩を細い指で少しずつならした人だった、と町の者が話していたのを、葛婆は戸の前で思い出しました。異国の字は、今も誰も読めません。道士は、南の港へ行く商いの舟に、読める者がいないか尋ねてみると言いました。海を越えて送る法30海の船はふつう歩く死者を乗せず、棺に納めて積むにも、船賃を常の三倍取ります。それでも歩かせたまま越えるなら、船べりの青い札が一夜に四枚ずつ要る。その法と費えを持つ道士は、ごく少ないのです。送る法と路銀が決まるまで、封の家は封の家のままです。同じ場面 → 草鞋の数・鈴の箱を問われると、若い道士は少し黙り、師の書き残したものをもう一度調べてみる、と申しました。費用も日取りも、その先はまだ空白でございます。

秋になって水が引けば、橋の仮板は石に替えられるでしょう。その銭は、これからまた集めねばなりません。阿洛を送る銭も、少し減ったままでございます。町の者はそれぞれの家で、薬や米や舟の修繕を先に数えます。誰にも、すぐに払える約束ではありませんでした。

葛婆は翌朝、石橋を渡って発ちました。歩きかけて振り返ると、ずれていた瓦は隣の瓦と重なり、軒先の雫は、壁を離れて石段へ落ちておりました。黒い線には届きません。葛婆は鈴を包みの奥へしまい31鈴は真鍮で、舌は鉄。雨の夜を越したら舌を抜いて灰で磨き、菜種油を一滴さします。舌が錆びると音が濁り、死者の足が半拍ずれる。しまうときは舌を布で巻き、道中で勝手に鳴らないようにします。、橋の向こうへ行きました。欄干の藁は、来たときと同じところに掛かっておりました。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。