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研究所の創作 短編集

二つに分かれた死者

民国の初め / 広東の河口から内陸への川筋

つながる話 反る札(恨みの霊が札を反らせる)・封の家(弱らせて、封じて、送る)この世界の基本 死者と屍・額の札・水と匂い・義荘と土地の神・送る二人・香

本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本

民国のはじめ、広東の河口に近い小さな港町で、阿蓮(あれん)が初めて人から先生と呼ばれたのは、雨の上がった朝でございました。

その町には、川から上がった魚の鱗と、船の腹からこぼれた石炭の粉とが、同じ石畳に光っておりました。岸の荷揚げ場には、帆柱を折られた小舟が一艘、横腹を泥に埋めております。その舟の舟頭であった詹(せん)信安(しんあん)という男が、夜のうちに死んだのでございます。

死んだと申しても、ただ溺れたのではありません。密輸の荷を積めと迫られ、断ったために、河口の浅瀬で綱を切られた、と町の人は囁いておりました。誰が切ったかを、はっきり見た者はございません。しかし舟の腹には、刃物でつけたような白い傷が一本あり、信安の右の手には、切れた綱の藁が強く食い入っておりました。

阿蓮は、義荘この世界では義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。基本 → 義荘と土地の神(ぎそう)の戸の内に立って、その手を見ておりました。祖父の道衣を自分の丈に縫い縮めて1道衣は師から弟子へ継ぎます。丈は縫い縮めても、袖口は詰めない。袖口の裏は、札を書く前に指の湿りを拭う所で、師の指の当たった布ほど湿りをよく吸い、紙が指に張りつきません。から、まだ四十九日しかたっておりません。袖口の裏には、祖父の指が永年こすったところだけ、妙に柔らかな布が残っておりました。

「亡くなった先生のお孫さんに頼むほかあるまい。」

と言ったのは、港の茶屋の主人でございました。

「荘伯(そうはく)もついて行く。あの二人なら、若い先生の分だけ謝礼を低く2若い道士の謝礼は、港の町の相場で三割引きです。引いた三割の代わりに、腕の確かな年寄りの葬送師が付く。頼む側はこの組を、いちばん安心な組だと言います。安いからです。してくれるそうだ。」

荘伯というのは、葬送師この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人の老人でございます。六十を越え、片方の肩が少し落ち、歩くときはいつも古い墨斗(すみつぼ)を脇に抱えて3葬送師の墨斗は大工のものより糸が長く、綿に封の墨を含ませ、乾かぬよう蓋をして脇に抱えます。人肌で温めた墨は、夜の冷えにも糸によく乗る。荘伯の片方の肩が落ちているのは、四十年、同じ側に墨斗を抱えてきたからです。おりました。港の船頭、魚問屋の帳場、米屋の女房が、銅貨と小さな銀貨を一枚ずつ出し合いました。信安には内陸の石坪(せきへい)村に老いた母がある、と皆が知っていたからでございます。町に遺体を置けば、暑い水辺では困ることになる、と皆が知っていたからでもございました。

集まった金は、二人の謝礼と、道中の宿代と、夜ごとの香に分ければ、もう底が見えておりました。荘伯は紙包みを一度持ち上げただけで、うなずきました。

「舟賃は、善堂が出すそうです。」と主人が申しました。

「ならば、香をけちるな4善堂が舟賃を持つと、浮いた銭をどこへ回すかで、一行の腕が分かります。宿を良くする者、謝礼に足す者。年寄りの葬送師は、それを香に回します。。」

荘伯はそれだけ答えました。阿蓮も頷きました。死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍を前にして金の話を聞くのは、これが初めてでございました。

その晩、信安は義荘の土間に立ちました。

粗い藍の上衣を着せられ、両足首は白い紐でそろえて5足首の紐は、死装束を着せる前に結びます。着せてからでは裾が邪魔をして、結び目が踝の外側に来ない。白い麻の紐は家の者が用意する習いで、身寄りの無い死者には、義荘の番人が自分の分から出します。同じ場面 → 鶴の胸結ばれております。額には阿蓮の書いた黄紙の札6書き順も画数も師の手本のとおりで、最後の一画にだけ書き手の癖が出ます。手本をなぞった札の最後の一画が若く見えるのは、自分の癖が生まれかけている印です。道士は札を書くたびに、その一画で自分の年を知ります。同じ場面 → 封の家が、麻紐で結んでありました。筆の運びを、祖父の手本のとおりにしたつもりでしたが、最後の一画だけが、どうしても若い字に見えました。

荘伯は、符水(ふすい)を満たした碗を左の手に載せ7碗は指で掴まず、左の掌に載せて、親指だけを縁に添えます。指で縁を掴めば、指の力が水面を揺らす。長く歩く葬送師の掌には、碗の糸底の丸い跡が残ります。、死者の前に立って、小さな鈴を一度鳴らしました。

ちりん。

信安は両脚をそろえて跳ねました。次の鈴でまた跳ね、三度目には、石畳の上を同じ幅だけ進みました。水に浸かったはずの足袋から8川で死んだ者の足袋は、術にかけたあとで替えません。替えるには足首の結びをほどかねばならず、結びをほどけば術が緩むからです。濡れた足袋のまま、滴も落とさずに跳ぶ死者は、川筋の一行ではめずらしくありません。、滴は一つも落ちません。まるで、初めからこのために体を残していた者のように、拍子が整っておりました。

港町の義荘で荘伯が右手の鈴を鳴らし、足袋を履いた信安が低く跳ねる。後ろで阿蓮が額の札を見ている。
港町の義荘の土間。荘伯の鈴に合わせて、足袋の信安が低く跳ねる(想像図)

「よく揃う。」阿蓮は思わず言いました。

荘伯は振り返りませんでした。

「揃いすぎるのも9荘伯が聞いていたのは、鈴と足のあいだの間です。応えて跳ぶ死者は、鈴を聞いてから足が出るまでに、ほんのわずかな間がある。信安の足には、その間がありませんでした。鈴と同時に落ちる足は、年寄りの葬送師には、かえって不気味に聞こえます。この決まりの要 → 揃いすぎる列、手放しでは喜べん。」

「札は効いております。」

「札は、結び目だ10札が結ぶのは、体に残る魂です。魂があれば、死者は鈴の呼びかけに応えて自分から跳ぶ。魂が無ければ、札は魄を上から押さえているだけで、道中のどこで外れてもおかしくない。だから魂の無い屍は、封じて棺で運びます。同じ場面 → 鶴の胸。結ぶものが中にある時はな。」

阿蓮は自分の指先を見ました。祖父は札を結ぶとき、死者の名を小声で呼んだものです11習わしの理由札を結ぶ前に名を呼ぶのは、札に宛て先を付けるためです。書いた字だけでは札は誰のものでもなく、名を呼んで結んではじめて、その死者の魂と鈴を結ぶ紙になる。呼んで応えが無ければ、結ぶ相手がいないと分かる。阿蓮が呼ばなかった夜、札は宛て先の無いまま額に結ばれました。。阿蓮は信安の名を呼びませんでした。返事があれば恐ろしいと思ったのでございます。

一行は、川岸の曳舟道(ひきふねみち)を歩きました。荘伯が前で鈴を鳴らし、碗の水を傾けぬよう運び、信安がその後を跳ねます。阿蓮は後ろから札の端を見て歩きました。川には雇った舟頭の小舟12死者を乗せる舟は、死者を乗せたことのある舟頭に頼みます。初めての舟頭は、夜更けに死者の顔を見て櫂を止める。川の上で止まった舟ほど、厄介なものはありません。が添って進み、夜が更け、岸の道が崖に尽きたところで、死者も二人もその舟へ乗りました。荘伯は信安を板の囲いの内に立たせ13舟に死者を立たせるときは、板で胸の高さの囲いを組み、足もとに砂袋を置いて、揺れで倒れないようにします。鈴を収めるのは、水の上では音が遠くへ渡り、よそのものまで呼ぶからです。、鈴を収めました。阿蓮は四隅の船べりに青い札を留め14青い札は、藍で染めた紙に朱で書きます。魄は地に帰るもので、水の上には帰る先が無い。藍の紙に朱を置いた札は、水の上に一夜だけ仮の地を敷く札で、四隅の四枚で一枚の地になります。一枚欠ければ地が閉じず、死者は水の方へ引かれます。同じ場面 → 封の家この世界では死者は自分の足では水を越えられない。川は舟に青い札を留めて渡り、海は棺に納めて船で運ぶ。術のあいだは体の腐りが止まり、術が解けると、止まっていた日数ぶんの匂いが一度に出る。基本 → 水と匂い、最後の一枚を、爪の先で念入りに押さえました。

夜半、阿蓮は水面に、もう一つの舟の影を見ました。

こちらの舟の外、札を留めた船べりの向こうに、濡れた髪を額に貼りつけた男の肩から上が、舟と同じ速さでついて来るのでございます。水面には肩までしか出ていないのに、その顔は遠い提灯の明りで白く見えました。男が船へ手を伸ばすと、青い札の一枚が淡く震え、川水の上に細い輪がひろがりました。男の指はその輪に触れず、引きました。

阿蓮は息を止めました。

「荘伯。」

「見たか。」

「あれは。」

「詹信安の、置いて来た方だろう。」

荘伯の声は、川の音より小さうございました。

阿蓮は信安の額の札この世界では額の札は、薄れてゆく魂を体に結びとめ、死者が鈴に応えられるようにする紙の札。道士が黄色い竹紙に朱で書き、宛て先にその死者の名(知らなければ郷)を書く。効きは一年。基本 → 額の札を見ました。死者は囲いの内にまっすぐ立ち、舟が傾いても肩一つ動かしません。水の中の男は、その顔を見ようとするように顎を上げましたが、札の外から見ているばかりでした。

「魂が、体を探しているのですか。」

「恨みのある死に方をすると15恨みを抱いて死ぬと、魂は体を離れて霊になり、体は魄だけの屍として残ります。一人の死者から、霊と屍の二つが生まれる。霊は、自分の体のそばを離れないことが多いのです。この決まりの要 → 反る札、そういうことがある。」

「戻せば。」

荘伯は初めて阿蓮を見ました。その目には、川の黒さより古いものがありました。

「戻すことを、誰に教わった。」

阿蓮は返事ができませんでした。祖父は、死者を帰す道は一つでない、と申しました。しかしそのあとを、いつも咳で切ってしまったのでございます。

「体は体で送る。水の方は水の方で鎮める16送ることと鎮めることは、別の仕事です。体は鈴と碗で故郷へ送り、霊は体の外に留めて鎮める。抜けた魂を体へ戻す術はありません。混ぜれば、霊は戻る体を探し続け、屍は霊に引かれて列を外れます。。混ぜれば、二つとも道を失う。」

翌日は、川沿いの義荘で休みました。昼の光は白く、死者の額の札の朱が乾いて、紙の繊維に沈んで見えました。荘伯は信安を戸の脇に立たせ、その前に魂帛(こんぱく)を置き17魂帛は、白い絹を結んで人の形にした仮の位牌です。泊まるたびに死者の前に置き、米を盛った椀に香を立てて小さな霊座とする。旅の魂帛は、家に着けば本物の位牌に替えて焼きます。記録 → 旅の死者を故郷へ帰す、米を盛った椀へ明け方の香を一本立てました。それから墨斗の糸を引き、戸口の内側へ低い線を二本打ちました。

「中を閉じるのですか。」

「外から入れんようにする18墨線に向きは無く、どこを囲むかで働きが決まります。棺に打てば中を出さず、戸口の内に打てば外から入れない。二本打つのは、一本目が破られても二本目で止めるためで、二本のあいだは掌一つ空けます。同じ場面 → 封の家。」

阿蓮は札を取り替えようとしました。昨夜の水気で、隅がわずかに波打っていたからでございます。ところが荘伯は、阿蓮の手首を止めました。

「まだ解くな。札の下の額をよく見ろ。」

紙の下から、黒いものがじっと透けておりました。水に濡れた髪ではありません。墨で書いたような、細い筋でございます。阿蓮は自分の札の朱ではないことを知りました。祖父が魄(はく)と呼んでいた19札の下に透ける黒い筋は、魄が体を内から握っている印です。ふつう魄だけになるには年月がかかりますが、恨みの死者は魂が一度に抜けるので、死んだばかりの体がすでに魄だけになっている。阿蓮の札は、結ぶ相手の無いまま、上から押さえていただけでした。同じ場面 → 鶴の胸ものを、彼女は初めて恐ろしいと思いました。

その日、信安は香の煙この世界では死者は飯を食べず、香の煙を糧にする。煙は魂の残る死者の方へ折れて吸われ、吸う者がいなければまっすぐ昇る。香が絶えると、魂が早く薄れる。基本 → 香を少しも吸いませんでした。

夜になると、義荘の裏手の竹藪で、誰かが濡れた草鞋を引きずる音がしました。

阿蓮は起きて、道衣の上に祖父の古い上衣を羽織りました。荘伯はもう戸の前に座り、鈴と碗を膝に置いておりました。

「先生。」と、戸の外から男の声がしました。

その声は、船底から水をかき出す人の声のように、時々詰まりました。

「おれの舟を見ませんでしたか。」

阿蓮の背が冷たくなりました。荘伯は答えません20習わしの理由荘伯が戸の外の声に答えないのは、怖れからではありません。葬送師の声は、鈴と同じく死者を呼ぶ声とされ、霊に向けて使えば、戸の内の屍まで戸口へ引きかねない。霊と言葉を交わすのは札を書く道士の役で、荘伯は阿蓮が答えるのを、鈴と碗を膝に置いて待っていました。。

「おれの母には、綱を切られて死んだとは言わんでください。」

阿蓮は、思わず戸に近づきました。墨線のこちらに、香の煙が細く立っております。戸板の隙からは、河口の泥の匂いが入ってまいりました。外の男は続けました。

「あの綱を切ったのは、裴(はい)という男です。荷の箱には塩でも米でもないものが――」

そこで声が止まりました。代りに、戸の脇の信安が、鈴もないのに一度跳ねました21恨みの霊が近づくと、魄だけの屍は霊の方へ引かれます。鈴もなく跳ね、額の札は霊のいる方へ反る。荘伯の鈴にかえって首を傾けたのは、屍を動かしているのが鈴でなく、戸の外の霊だったからです。この決まりの要 → 反る札。

板の間が鳴りました。

阿蓮が振り返ると、額の札の紐がゆるみ、札が半分ほどずれておりました。風はないのに、札だけが、戸の方へ引かれるように揺れたのでした。信安はもう一度跳ね、今度は左右の足を違う場所に落としました。

荘伯の鈴が、鋭く二度鳴りました。死者はかえって首を傾け、黒い筋の浮いた額を、戸の方へ向けました。

「下がれ。」

荘伯は碗を床に置き22川沿いの義荘の寝間は、湿気を避けて床を一尺上げた板敷きです。急場に荘伯が碗を置いたのは、その床の上でした。板と土の違いを足の裏で覚えている年寄りは、棚を探さずに済みます。基本 → 碗の符水同じ場面 → 揃わない列、墨斗を投げました23糸を張る間が無いとき、年寄りの葬送師は墨斗ごと投げます。糸の端を指に掛けたまま放れば、墨を含んだ糸が相手の体に一本の線を打つ。見習いが真似をすると、たいてい壁に線が一本増えます。。墨の糸が、死者の胸から膝へ斜めに走ります。阿蓮は祖父の教えどおり、札入れから青い札を四枚24青い札は水の境の札でもあります。水から来たものに対しては、戸の上と左右の柱と敷居に一枚ずつ留めて、境を立てられる。舟の四隅と同じ四枚で、船べりを戸口に置き換えた形です。出しました。戸の上、左右の柱、そして敷居の墨線に一枚ずつ留め、震える声で封じの詞を唱えました。

詞は短いものでした。けれど最後の字で、阿蓮の声はきちんと止まりました。

戸の外で、男が低く笑いました。

「先生。おれを、母のところへ入れてください。」

阿蓮は戸に向かって申しました。

「あなたの母のところへは、明日の夜、体を送ります。」

「おれは、ここにいる。」

「ここにいるあなたは、河口の晩から、何を忘れずにおりますか。」

戸の外は長く黙りました。竹の葉から、昼の残りの雨が一つ落ちました。

「綱を切る音だ。」

「それなら、それを渡しなさい。」

「誰に。」

阿蓮は、すぐには答えられませんでした。

「明日の朝、この義荘の番人に言います。町の巡警(じゅんけい)へ、名と舟の傷を知らせてもらいます。あなたは、その言葉だけを置いて、今夜は入ってはなりません。」

外の男は、また笑ったようでした。しかし今度の笑いは、川風にほどけるように弱くなりました。

「先生は、若い。」

「若いから、約束を紙に書きます。」

阿蓮は膝をつき、札入れの裏から小さな紙を引き出しました。そして詹信安が言った名と、切れた綱と、白い舟傷とを書きました。字は震えておりましたが、祖父の手本の最後の一画よりも、今はまっすぐでございました。

青い札四枚で閉じた戸を守る義荘で、阿蓮が紙に筆を走らせる。荘伯は鈴を鳴らし、信安は墨線の手前で戸を向く。
戸の外の声を聞きながら、膝をついて紙に約束を書く阿蓮。墨の線の手前で戸を向く信安(想像図)

その間に、信安の屍は戸口の墨線の際まで跳ね寄っておりました。つま先が線の手前で震え、胸に打たれた墨が肩へ散ります。荘伯は鈴を絶やさず、死者が三度、同じ場所で跳ねたところへ、符水を指で打ちました25碗の水を指先につけて打つのは、道中の手当てです。指でつまむほどの水なら、碗の残りを減らさずに済む。三度同じ所で跳ねるのを待ったのは、跳ぶ足の落ちる場所を見定めるためでした。。跳ねる膝が折れ、屍は床へ倒れました。

阿蓮はすぐ、その額へ新しい札を重ね、胸と両足へも札を押し当てました。札を押さえた指の下で、阿蓮ははじめて、唇の内だけで「信安」と呼びました。祖父がしていたように。返事は、ございませんでした。物音を聞いて来た番人に、荘伯は空いた棺を一口求めました26義荘の空き棺は、民国の港の相場で、買えば銀貨一、二枚。長く売れ残った棺は反りますが、番人は反った棺の値を下げません。反りは、木がよく乾いた証だと言います。。蓋には、長く買い手のつかなかった木の反りがありました。代金を聞くと、老人は自分の謝礼を入れた包みから銀貨を出し、掌に残った銭を黙って数え直しました。荘伯は棺の底と四方に墨線を打ってから、番人と二人で屍を納め、蓋にも線を打ちました。阿蓮が蓋の頭の側と四隅に札を留めました。棺の周りへは、米と鉄の屑を撒き27荒れかけた屍を置く夜は、棺の周りに米や豆や鉄の屑を撒きます。撒くのは棺から一尺離して輪にし、輪を途切れさせない。撒いたものは、棺を出たものを戻さず、寄るものを近づけません。同じ場面 → 草鞋の数記録 → 『子不語』の「僵屍求食」を読むました。

夜明けまで、棺の中で何かが二度、低く鳴りました。三度目はございませんでした。

翌晩、一行は棺を小舟へ積み、また川を上りました。死者はもう跳ねません。川岸の曳舟道を進むときだけ、荘伯は鈴を鳴らしましたが、それは棺の中の者へではなく、夜道のものへ、道を譲れと知らせるためでございました。阿蓮は船べりの札を留め直し、棺の上の墨線から目を離しませんでした。

義荘の番人には紙を渡し、さらに茶屋の主人あての紙も託しました。船の後には、もう水から肩を出す男は見えませんでした。ただ、河口から遠ざかるにつれ、棺の蓋に打った墨線の端だけが、月の光を細く返しておりました。

石坪村へ着いたのは、月の薄い夜でございました。村の入口には、白髪の女が一人、裸足で立っておりました。信安の母でございます。彼女は一行が来る前から、息子が水にいる夢を、三晩続けて見ていたそうでございました。

薄い月の夜、石坪村の入口で裸足の母が棺を担ぐ一行を迎える。荘伯が先に立ち、阿蓮が後ろに続く。
月の薄い夜、石坪村の入口で、裸足で一行を待っていた信安の母(想像図)

阿蓮は、棺のそばへ進みました。

「詹さんは、お帰りになりました。」

それだけ申しました。

女はうなずき、棺の蓋の墨線を見ました。それから、息子のために縫っておいた白い上衣28母親が縫っておく死装束は、息子が生きていたころの寸法で縫います。棺を開けられない体には、蓋の上に広げて着せたものとする。襟を直す手つきは、生きた人に着せるときと変わりません。を持って来ました。阿蓮が四隅の札に触れぬよう蓋の上へ広げると、母親はその襟をきちんと直し、濡れていない髪を撫でるように、布の上へ手を置きました。荘伯が鈴を一度鳴らし、符水を土へ注ぎますと、棺の中から、固く張っていた息のようなもの29封じた棺のまま解くときは、蓋を開けずに、棺の脇の土へ符水を注ぎます。蓋の札と墨線は剥がさず、そのまま土に下ろす。封を解くのは符水で、札ではありません。この決まりの要 → 封の家同じ場面 → 封の棺が抜けました。

夜明けの前に、皆で村はずれの土へ棺を下ろしました。阿蓮は、土が棺を覆う音を、墓のそばで聞いておりました。その音は、信安が義荘の床を乱して跳ねた音より、ずっと軽うございました。

葬りが済むと、阿蓮は母親の家へ戻りました。庭に面した部屋に小さな霊座(れいざ)30葬りの済んだ家では、七日のあいだ霊座を置き、香を絶やしません。体を離れた霊は、その七日のうちに一度は家へ来る。敷居に墨線を打つのは、霊を追い返すためでなく、家の奥まで入らせないためです。を置き、香を三本立てました。荘伯はその敷居へ墨線を打ちました。母親は座敷の奥で眠っております。庭の芭蕉(ばしょう)の葉には、河口とは違う、山からの露が宿っておりました。

香の煙の向こうに、濡れた上衣の男が立ちました。

その顔には、もう怒りの色より、長い水の疲れが濃くございました。

「先生。」

「詹信安。お帰りなさい。」

信安の霊は、敷居の墨線の前で止まりました。阿蓮は墓のある方を指し、丘の裾に棺を納めたことを告げました。男はしばらくそちらを向いておりましたが、やがて、母の眠る座敷へ目を移しました。

「母には。」

「綱のことは申しておりません。」

男は庭の方を見ました。そこには、明け方の前の、いちばん薄い空がございました。

「裴の名は。」

「紙に残しました。」

「紙は、水に沈まぬか。」

「沈めさせません。」

やがて鶏が一声鳴きました。

信安の霊は、母の眠る座敷へは入らず、庭の石を一つ越えて、朝の白さの中へ薄くなって行きました。水の匂いは残りませんでした31霊は体を持たないので、連れて来る匂いも体のものではありません。水で死んだ者の霊は、水の匂いを連れて来る。去ったあとに匂いが残らないのは、もう戻る所を探していない印です。。

荘伯は戸口に立ち、阿蓮のそばで鈴を一つ、長く鳴らし切りました。

ちりん、と一度だけ32鈴を一度だけ、長く鳴らし切るのは、見送りの打ち方です。導くのでも止めるのでもなく、送り終えた相手に向けて、送る仕事の最後に打ちます。鳴ったのでございます。

その音は、誰かを歩かせるための音ではなく、もう帰る道を見失わぬ者へ、遠くから会釈をするような音でございました。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。