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研究所の創作 短編集

鶴の胸

清の中ごろ(乾隆のころ) / 福建の山の関所に近い義荘

つながる話 揃いすぎる列(掘り出された古い屍と、押さえの札)・一度きりの雷(雷で弱らせてから封じる)この世界の基本 額の札・死者と屍・封・義荘と土地の神・送る二人・鈴と拍

本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本

乾隆のころ、福建の山には、関所の一つ手前に小さな義荘(ぎそう)1関の一つ手前の義荘は、送る一行の昼の宿を兼ねます。山の関所は夜に門を閉じるので、夜道を来た一行はここで開門を待つ。空き棺は二つか三つ、番をするのは年寄りが一人です。同じ場面 → 揃いすぎる列この世界では義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。基本 → 義荘と土地の神がございました。門と呼ぶには低い板戸をあけると、棺を置く土間があり、その奥に人の寝る部屋が一つあるばかり2山の義荘の番人は、棺の土間と寝間のあいだに戸を立てません。夜半に来る一行の鈴を、寝たまま聞くためです。戸の代わりの敷居の墨線は、番人が打つのでなく、泊まった葬送師に打ってもらい、道士の来た日に端の札を替えてもらいます。です。番をしている陳(ちん)老人は、夜になると針を燈(ともしび)のそばに置き、門のほうへ耳を向けておりました。

老人は、若い時分には町で仕立てをしていたのでございます。年を取ってからは目が遠くなり、細かな刺繍(ししゅう)は出来なくなりました。それでも衣の重み、縫い糸のつや、袖口に残る指の癖などは、燈を近づければまだ見分けられました。字のほうは、仕立ての帳面をつけるために覚えたわずかばかりで、長い文を読むのは苦手でございました。

その日の暮れ方、谷の村から使いが来ました。山の古い墓があばかれ、棺の主が見えなくなったというのです。畑に近い墓で、村の者は夜に畑へ行けずにおります。家ごとに小銭を出し合い、道士この世界では死者を送るのは二人組。前を歩く葬送師は、鈴で死者を呼び、碗の符水で眠らせ、墨斗で屍を止める線を打つ。後ろを歩く道士は、札で死者を結び、屍を封じ、雷で弱らせる。基本 → 送る二人と葬送師を呼んだものの、急な山道のこと、着くのは夜半になるという手紙でございました。老人は使いに二度読んでもらい、「古墓」「夜半」という字だけを指でなぞって覚えました。それから義荘の空いた棺を一つ拭き3義荘には、借り賃をとって貸す空き棺を備えます。借り賃は一晩八百文。山の義荘では二つか三つで、荒れた死者の来る夜には、その数が足りるかどうかが番人の心配になります。同じ場面 → 草鞋の数、墨斗(すみつぼ)と糸巻きを戸の内に置きました。二人が着けば、使い走りくらいは出来るであろうと思ったのでございます。

ところが、夜半の少し前に聞こえたのは、二人の足音と、四つがぴたりと揃った音4山道の土の上では、死者の足音は草鞋が土を打つ低い「とん」になります。一跳びはおよそ二尺、鈴一つに一跳び。四体が一つの鈴に揃えば、四つの足音が一つに重なる。番人は戸を開ける前に、その揃い方で、腕の確かな一行かどうかを聞き分けます。でございました。

とん、とん、とん、とん。

道の曲がり角から、葬送師を名乗る男が右手で鈴この世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍を振り、左手に符水(ふすい)の碗を持って現れました。道服を着たもう一人が後ろにつき、その間を四体の死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍が、一つの鈴に合わせて跳ねてまいります。膝が曲がらないため、影がいっせいに短くなり、また伸びました。山を越える一行は夜に行き、昼を宿で過ごします5習わしの理由一行が夜に歩くのは、人目を避けるためだけではありません。昼の道は生きた人の陽気(体の温み・気配)に満ち、死者の拍がそれに乱される。夜は陽気が引き、鈴の音が遠くまで通ります。町では犬をしまわせる合図を鳴らし、山では日が落ちてから発ちます。。義荘の番にとって、その姿は珍しいものではございません。

夜の義荘へ四人の死者を挟んだ一行が着く。四体目だけ白い鶴の補子の官服を着け、陳老人が戸内で灯を掲げる。
夜半の少し前、山の義荘へ着いた一行。四体目だけが鶴の胸の古い官服を着ている(想像図)

「上の関が開くまで、ここを借りる。麓の関では、弔いの旗を見せて通った6銘旌は、死者の名と身元を書いた旗で、一行の手形です。関の役人は銘旌の名と数を帳面に控え、死者の顔は見ない。見れば術が乱れるからで、そのため死者の列は、荷を改められずに関を越えます。同じ場面 → 揃わない列記録 → 旅の死者を故郷へ帰す」

先の男は符水の碗を戸脇の棚に据え7義荘の戸脇の棚は、碗のための棚です。高さは胸のあたり、奥行きは碗一つぶん。布で口を覆った碗を載せたまま、一行は銭を払い、死者を並べる。この棚を探さずに碗を置いた男は、義荘に泊まり慣れていました。基本 → 碗の符水同じ場面 → 揃わない列、空いた左手で銭を置きました。銭は、いつもの宿代の倍8義荘の宿代は、一行一夜で百文に、死者一人につき二十文。番人の心得の終わりの方には、倍を払う一行は倍のことを黙っている、という一条があります。もございました。老人は数えずに、入口の小皿へ移しました。

三体は近ごろの死装束でございました。粗い布をよく洗って着せたものもあり、袖に家族の繕(つくろ)いが残るものもあります。四体目だけが、黒い烏紗帽(うさぼう)をかぶり、團領(だんりょう)の袍(ほう)を着ていました。胸には白い鳥が縫われております。長い首、赤い冠。鶴でございました9白い鶴の補子は、明の文官の一品です。明の補子は清のものよりひと回り大きく、一尺二寸四方ほど。官服は自分で代を払える死者の印で、同郷の銭で送られる三体が死装束なのはあたりまえ。清の世の明の一品には、それだけで訳があります。基本 → 銭同じ場面 → 揃わない列。

「立派な方もおいでですな」

老人が言うと、葬送師は鈴を止めずに笑いました。

「ご先祖の服を着せる家はある。お前も知っていよう」

それはもっともでございました。清の世に亡くなった人を、明の型の衣で葬る家10清の世でも、漢人は棺に入るとき明の装いをすることがあり、女の死者は多くが明の型です。明の服の屍には、明に死んだ古い者と、清に死んで明の型で葬られた者がいて、見分けは型でなく、布と体の古さでつけます。はございます。古い衣を着ているから古い屍(しかばね)だ、と決めるのは、仕立て屋が新しい糸だけを見て仕立ての良し悪しを決めるのと同じことでございます。老人はうなずき、四体のために戸の脇を空けました。

男は古い衣の一体を奥へ入れようといたしました。そこへ老人は、「袖が釘に掛かります」と声をかけました。右の袖口から糸が長く垂れていたのです。関で人に袖を引かれると困る、と葬送師も思ったのでしょう。「直せるか」と聞きました。

老人は針箱を取って来ました。近くに寄ると、鳥の羽はまだ白く見えますのに、羽を留めた糸の下まで、絹の地が暗くなっております。汚れが上に載ったのではなく、織り目の奥に入っている11仕立て屋の目では、絹の織り目の奥まで土の色が入るには、土の中で二十年はかかります。上に載った泥は洗えば落ちる。落ちないのは、布の方が土になりかけているからです。のでございます。燈を寄せますと、絹からは、湿った土と古い黴の匂いが、薄く立ってまいりました。袖口の返しも、表のほころびに隠れて、幾筋もの細い根を抱いて12袖口の返しに根が入るのは、棺の板が朽ちて土が衣に届いてからです。根の太さで年が読める。糸ほどの根なら十年、箸ほどなら五十年、と墓掘りは言います。おりました。新しくこしらえた死装束を土に入れ、すぐ掘り返したのなら、こうはならぬでしょう。ただ、古い衣を蔵から出して着せた者かもしれません。老人はまだ針を通さず、屍の手を見ました。指の節には、乾いた土が薄い皮のように固まり13指に土が薄い皮のように固まるのは、湿った土が長く貼りついたまま乾いたからです。一晩墓を掘った者の手の土なら、洗えば落ちる。死者の爪の際の土は、爪を割らねば取れません。、爪のまわりへ入り込んでおります。袖の下からのぞく足首には、古い絹とは似合わぬ、真新しい麻の紐14墓から出た屍の足首には紐が無く、硬さがほどければ走ります。けれど結びは掛け直せる。墓から出したものを弔いの列に紛れ込ませるには、足を結び直せばよいのです。古い衣に新しい紐は、見る人が見れば分かります。同じ場面 → 封の家・二つに分かれた死者が巻かれておりました。

陳老人が灯を近づけ、明の官服を着た死者の鶴の補子と袖口のほつれを見る。そばに針箱が開いている。
番人の陳老人が燈を寄せて、四体目の鶴の胸と袖口を見る(想像図)

「いつお亡くなりで」

「春だ」

「春の雨が、よく降りましたな」

葬送師は答えず、鈴をひと振りいたしました。四体がまた同時に小さく跳ね、止まりました。袖を支える老人の手にだけ、最後の一体の重みが少し遅れて伝わりました。目で見れば揃っている。けれど、先の三体が鈴に従うところを、この一体は鈴に押されているよう15袖を支える手に伝わる重みの遅れは、目では分かりません。自分から跳ぶ体は、跳ぶ前にわずかに重みを手へ預けてくる。押されて跳ぶ体は、跳んでから重みが来ます。仕立て屋は、布を持つ手で人の体の癖を覚えていました。この決まりの要 → 揃いすぎる列同じ場面 → 二つに分かれた死者でございました。

道服の男が、四体目の額の札この世界では額の札は、薄れてゆく魂を体に結びとめ、死者が鈴に応えられるようにする紙の札。道士が黄色い竹紙に朱で書き、宛て先にその死者の名(知らなければ郷)を書く。効きは一年。基本 → 額の札へ指を伸ばしました。先の三体の札は、上端の穴に通した麻紐で、額の後ろに結んであります。四体目の札にだけ紐が無く、結ばずに額へ貼ってありました16結ばずに貼る札は、押さえの札です。額の札のように魂と鈴を結ぶのでなく、魄を上から押さえるだけで、揺さぶり一つで外れる。頭数を揃えて見せたい一行は、額の札の手間を惜しんでこれだけを貼ります。仕立て屋の目には、額の後ろに結び目が無いことが、まず見えました。この決まりの要 → 揃いすぎる列。その札は、紙の端が汗をかいたように黒うございました。春に死んだ人の額に、これほど深い土の色が移るでしょうか。老人は、その紙にも手を出しませんでした。札の下にあるものを、自分の針で確かめる気にはなれなかったのでございます。

「袖を縫うには、動かずにいてもらわねば」

老人は戸の内の柱の傍らに四体目を立たせました。葬送師は三体を並べ、銭を払ったのだから急げと言いました。老人は袖口の糸をほどきながら、まことに年寄りらしく、仕事が遅うございました。ついでに一行の銘旌(めいせい)17銘旌は紅い布に白く字を書き、字数を偶数にしません。偶数になるときは「之」を一字足す。泊まるたびに銘旌を背から抜いて死者の前に立て、布の位牌を置き香を立てて、小さな霊座にします。名を出せない死者には、この旗が立ちません。同じ場面 → 二つに分かれた死者記録 → 旅の死者を故郷へ帰すを見せてくれと頼みました。死者の名を書いた旗を立てておけば、朝、関所の役人に訳を話しやすいから、と申したのでございます。

葬送師は畳んだ銘旌を三枚出しました。三人の名が一つずつ書かれております。老人が字を追っていると、葬送師は「この三人には、同郷の者が寄せた銭で呼ばれた。棺を担ぐだけの金はなかった」と言いました。老人が四人目の旗を求めると、道服の男は三枚を取り上げました。

「それ以上、読むことはない」

四人目の名はとうとう示されませんでした。そのかわり老人は、布を隠した男の指をよく見ました。札を持つ手が震えていたのでございます。

三人を帰すために同郷の者が銭を出し合い、手の届く値でこの二人に頼んだのでございましょう。老人も、そうして帰っていった死者を幾人も見ておりました。安い葬送を引き受けたというだけで、この二人を悪者には出来ません。しかし四つ目の名を隠し、古い墓の土を袖にまとわせ、納棺のときに解くはずの足の紐を、新しい麻で結び直しているなら、話は別でございます。

老人は糸を切らず、傷んだ袖を一針だけ留め、針を袖口に仮留めしました。それから「灯油が切れそうです」と言い、燈を持って土間を横切りました。じつは、戸を少し開けて道を見たかったのでございます。呼ばれた二人の姿はまだ見えません。霧の底に、上の関の小さな灯18関所は卯の刻に門を開けます。死者の列は開門一番に通すのが習いで、人通りの少ないうちに通してしまうためです。役人が死者の顔を見ないのは作法ですが、眠い朝の役人にはありがたい作法でもあります。が一つ浮いておりました。

戸を戻すとき、老人は墨斗の糸を土間の柱に結び、戸柱にひと巻きして端を手元へ残しました。先ほど棺の置き場を測ったまま巻き忘れた、とでも見える低い一本でございます。道士の札も添えていない糸19番人の墨斗の墨は封の墨でなく、棺の寸法を測るのに使うただの松煙墨です。それでも糸は糸で、跳ぶ足を一息引っかける。張ったままの糸は封にはなりませんが、足止めにはなります。同じ場面 → 揃いすぎる列ですから、強い封この世界ではすぐには送れない屍を、墨の線と札で蔵や棺に閉じ込めておくのが「封」。屍は雷でも火でも滅ぼせず、弱らせることしかできない。だから弱らせて封じ、銭がそろってから送る。基本 → 封にはなりません。それでも戸口を一度に四体通すには、邪魔になります。老人は袖の針を取り、ふたたび縫い物にかかりました。

しばらくは、鈴の音もありませんでした。三体は揃って壁に向き、古い衣の一体は柱のそばで、白い鶴を燈へ向けております。老人が針を刺すと、針先は絹の地の奥で、古い革に通すように重く止まりました。布は、燈のそばにあるのに、ひやりと冷たいのでございます20術で送られる死者の体は、夜気と同じ冷たさです。土から出たばかりの体は墓の底の冷えを抱いたままで、燈のそばに立たせても温まりません。手ざわりの冷たさで、死者がどこから来たかが分かります。。その鶴の胸が、ごくわずかに前へ出ました。息ではございません。胸の布の下から、固いものが押したのです。葬送師が屍を引き寄せようと、帯に手をかけていたのでございます。帯の端から、淡い玉が一つ見えました。

「それは、その方のものか」

老人が尋ねると、葬送師は初めて鈴を鳴らし損ねました。短く鳴った音に、三体は足を揃えたまま揺れ、四体目だけが一歩ぶん先へ跳ねました。札が額から半ば浮きました。口がゆるみ、燈の小さな光を含んだ珠が覗きました。腰の玉と口の珠21死者の口に含ませる品は、身分によって玉、珠、米と変わります。悪い組は、それを身につけさせたまま屍を自分の足で墓から歩かせる。掘って担ぐ人手は要らず、道中は弔いの列に見えます。記録 → 墓を開けると屍は起きるのか。どちらも、土の中へ送り込まれた品でございましょう。

「見たな」

葬送師は糸を巻き取ろうと老人のほうへ来ました。老人は針のついた縫い糸を柱の釘に掛け、戸柱に巻いた墨の糸を、手元の端からぴんと引きました。返し縫いをしていない一針22死装束は返し縫いをせず、糸の端も結びません。ほどけやすく縫うのが死者の服の決まりで、仕立て屋は死者の服を縫う針を、生きた人の服の針と分けて持ちます。返しの無い一針は、引けばすぐ抜けます。が、柱と袖とをつないだのでございます。四体目が戸へ跳ねると袖が引かれ、古い絹は裂けました。けれど、裂けるあいだだけ、屍の足は柱の側に留まりました。老人はその一息を使って、戸の外の半鐘(はんしょう)23義荘の半鐘は、火事より屍のための鐘です。屍が荒れたときは一つ打ちを間を置いて繰り返し、火事は続け打ち。関の番卒も村の者も、打ち方で持って出る物を変えます。打ち間違えると、屍の夜に水桶が十も並びます。を打ちました。

夜の山へ、鐘が一つ転がってゆきました。

道服の男は札を押し直そうとしましたが、四体目の跳ねる速さに手を引きました。葬送師は棚の符水の碗を左手に取り戻し、右手の鈴を速く振りました。三体も速く跳ね、四体目はそれよりなお速く、張った糸を踏み切って戸へ向かいました。先ほどまでの整った音は、土間にばらばらの石を落とすような音に変わりました。老人には、四体目の中に怒った誰かがいるようには思えませんでした。遠い昔の魂はとうに失せ、残った体が、手綱を離れた獣のように24魂の散った屍には、人の心がありません。頼みも恨みもなく、生きた人の温みに引かれて動く。怒った誰かに見えるのは、見る人の方が顔を探すからで、年寄りの番人ほど、屍の顔を読もうとしません。同じ場面 → 二つに分かれた死者記録 → 『聊齋志異』の「尸變」を読む動いているのでございます。

戸が激しく揺れたとき、外から人の声がいたしました。

「陳どの、鐘を聞いた」

手紙の道士でございました。葬送師と村から来た使いも、その後ろにおります。夕方に読んでもらった「夜半」の二字を、老人はこの声で思い出しました。四体目は土間の内、戸口の一歩手前におります。連れの葬送師が戸脇の墨斗を取り、四体目と戸口の間の土間に、戸柱から戸柱へ墨糸を張って、一本、線を弾きました。老人は戸を支え、糸の端を押さえるよう言われました。道士が線の両端に札を留めて初めて、屍は戸へ跳ねて来られなくなりました。道士は戸の脇から土間に入り、壁際の三体の額に札を重ねました25三体の額に重ねたのは、押さえの札です。額の札はそのままに、上から貼って魄を押さえる。魂の残る死者なら、揺さぶられて乱れた足も、これで一息に止まります。四体目に近づけた札の端がめくれたのは、跳ね回るほど強まった魄が紙を押し返すからで、こうなると札一枚では押さえられず、雷で弱らせてから封じるほかありません。同じ場面 → 二つに分かれた死者。三体はすぐ止まりました。四体目に札を近づけても、その端はめくれました。

悪い葬送師とその連れは、道士が雷の字を掌に書く26福建の山の道士は、掌の雷の字を筆でなく右の中指で、朱砂を唾で溶いて書きます。指を折って握り、唱えてから拳を開いて放つ。本物の雷を呼べる道士は少なく、安物の道士は令牌(雷に打たれた木の牌)を下げていても雷を呼べません。同じ場面 → 反る札記録 → 茅山の道士と雷の法を読むのを見ると、関へ逃げようといたしました。鐘を聞いた番卒(ばんそつ)が道へ出ておりましたので、二人は灯の下で取り押さえられました。取り落とした鈴だけが、石の上で一度鳴りました。

道士は掌の字の上で指を折り、握り、低い声で唱え、それから拳を開いて四体目へ向けました。外で雷が落ちたわけではございません。土間の空気が短く裂け、燈の炎が横に伏しました。老人の耳には、縫い糸を強く張りすぎて切った時の音が、百も重なったように聞こえました。鶴の胸はまだそこにありましたが、屍は膝から崩れました。

道士はすぐに「まだ動く27雷を放った道士の掌は、その夜のうちは札の字が書けないほど痺れます。封に使う札をあらかじめ書いて箱に入れておくのは、そのためです。弱った屍を封じる札は、雷の前に書いたものを使います。この決まりの要 → 一度きりの雷記録 → 茅山の道士と雷の法を読む」と言いました。老人が触れかけた手を引くと、崩れた袖の中で指が一本、かすかに曲がりました。老人は柱の釘から、針のついた縫い糸を外しました。道士は、戸柱に巻かれたままの墨の糸の端と、老人の手の針とを見比べ、何も言わずに、軽く頭を下げました。その糸には古い絹のかけらが残っております。小さなものを針箱へ戻す間に、連れの葬送師が空いた棺の底と四方に墨線を打ち、弱った屍を納めました。道士が新しい札を額に結び、葬送師が蓋にも線を打って、道士がその蓋に札を留めると、ようやくその一体は静かになりました。ほかの三体は戸の脇に留め置かれました。老人は三人の名を銘旌から帳面に写し、朝には頼んだ家々へ知らせを出すと決めました。

夜が明けると、村の者が担ぎ手を連れて28封じた棺は、もう跳ばせず担いで運びます。山道の担ぎ手は棺一つに四人、一人一日百五十文。封じた棺を担ぐ日は二百文に上がり、上がった五十文を担ぎ手たちは「重み代」と呼びます。来ました。その日は皆で義荘に残り、棺を運ぶ道と足りない費用を相談しました。三人の家には使いが走り、これからの送り賃をどうするか尋ねました。古い屍を封じた棺は、日が暮れるのを待ってから29習わしの理由封じた棺は跳ねないのに、運ぶのは日暮れを待ちます。昼の道は生きた人の陽気に満ち、封の内の魄はそれを吸って強まる。だから封じた棺も、歩く死者と同じ刻に動かします。、元の墓へ運ぶ30墓から出た屍にとって、帰る土はその墓の土です。墓暴きで出た屍は、故郷の家でなく元の墓へ還す。封じた棺ごと元の穴に納め、土を戻して、目を覚ました魄をもう一度眠らせます。基本 → 育つ同じ場面 → 反る札ことになりました。老人も山へ上がりました。裂けた袖を直すためではありません。玉の帯と珠が、持ち出された品のまま、その人に添って帰るところを見届けたかったのでございます。

あばかれた墓の石は、まだ土の上に置かれたままでございました。担ぎ手が封じた棺を元の穴に納める間、老人は針箱を開きました。針についた糸には、鶴を縫った衣の絹が一筋残っております。その端に、裂ける前の袖口の返しが、二目ぶん付いてまいりました。返しの糸を二目で止め、三目めを布の裏へ逃がす止め方でございます。老人が十二で弟子に入った店で、叱られながら最初に覚えた止め方でございました。老人は針箱を閉じ、墓の土が戻されるのを待ちました。

日暮れの墓で四人の担ぎ手が封じた棺を穴へ下ろす。陳老人は少し離れ、灯のそばで針と糸を見る。
日暮れ、あばかれた墓へ封じた棺を下ろす担ぎ手たち。少し離れて針と糸を見る陳老人(想像図)

翌日、老人は義荘の帳面を開きました。峠を越す三人の名は、もう隠されておりません。老人は写しておいた字を一つずつ確かめ、その下に、知らせを送った先を記してゆきました。最後の一行だけは空けてあります31名の分からない死者の行は、空けておくのが義荘の帳面の決まりです。後から名が分かれば書き足す。古い義荘の帳面には何十年も空いたままの行があり、番人が代わっても、その行は詰めません。。古い墓へ還った人の名を、老人はとうとう知らなかったのでございます。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。