研究所の創作 短編集
反る札
明の末 / 江南の運河の町
同じ町 一筆(徽州の山あいの村から下りた者の話。程三の故郷と同じ土地)つながる話 二つに分かれた死者(霊と屍に分かれた一人を、二人で送る)この世界の基本 死者と屍・封・碗の符水・育つ・水と匂い・息と足の裏
本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本
一
明も終わりに近いころ、江南の運河の町に、呉允(ごいん)という若い道士がおりました。師を前の冬に亡くし、形見の令牌(れいはい)1令牌は、雷に打たれた棗の木から削ります。赤い心材は堅く、爪を立てても跡が付きません。握りの黒い光は代々の掌の脂と朱が染みたもので、師から継いだ令牌ほど黒くなります。記録 → 茅山の道士と雷の法を読むを一つ、帯に挟んでおりました。雷に打たれた棗(なつめ)の木を削ったもので、赤い木目が、握るところだけ黒く光っております。師はその令牌で、幾度も雷を呼んだと申します。けれども呉允は、まだ一度も呼んだことがございませんでした2令牌は師から継げますが、雷は継げません。雷を呼べる道士は一つの町に一人いるかいないかで、令牌を帯に挟んだまま一生呼ばずに終わる道士のほうが多い。呼べるかどうかは、呼ぶその時まで本人にも分かりません。同じ場面 → 鶴の胸記録 → 茅山の道士と雷の法を読む。
その秋、呉允は葬送師の韓老(かんろう)と組んで、町の外れの義荘(ぎそう)へ呼ばれました。頼んだのは、田のそばに住む百姓たちと、町に店を出す徽州(きしゅう)の者たちでございます。百姓は、稲の刈り株の上を夜な夜な走る者があって、田へ出られずにおりました。徽州の者は、その走る者が同郷の程三(ていさん)だと、着物の繕いで見分けたのでございます。
程三は、質屋の恒泰(こうたい)で帳場を預かっていた若者でございました。去年の冬、店の銀が合わないと咎められ、その晩のうちに姿を消しました。銀を持って逃げたのだと、番頭の馮(ふう)が言いふらしました。ところが春になって、町の外れの義塚(ぎちょう)に、名の無い土饅頭が一つ増えていたのでございます。溺れた旅の者を葬った、と墓守は聞かされておりました。
その土饅頭から、夏の終わりに程三が出て参りました。
呉允と韓老が着いた日、程三はもう義荘の棺の中におりました。前の晩、ひと足先に着いた韓老が鈴で拍を奪い3拍(鈴と足音が刻む間)を奪うとは、屍の動きの間に鈴の間を重ね、こちらの間で止めることです。魂の無い屍は鈴に応えませんが、硬い体は音の間に一度は取られる。その一拍のうちに、碗の水をひと筋流します。基本 → 鈴と拍同じ場面 → 匂いの関、碗の符水(ふすい)を田の畦へ細く流して倒した4旅先で屍を倒すのに流すのは、盃に半分ほどのひと筋です。碗の水は、帰る土で解くぶんを残しておかねばならない。田の畦を選ぶのは、流した水が道へ出ず、人に踏まれないからです。記録 → 趕屍の記録を読むこの世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水のでございます。倒れはしても、眠りはいたしません。ここは程三の土ではないからでございます。棺の中からは、爪で板を探る音が、ときおり、かすかに聞こえておりました。
韓老は無口な大男で、肩に掛けた包みから墨斗(すみつぼ)を出すと、棺の四方の土間に黒い線を打ちました5棺の四方の線は、棺から一尺半ほど離して打ちます。近すぎれば、跳ねた蓋が線の上に落ちて墨を擦る。遠すぎれば、線の内で屍の走れる場所が広くなります。同じ場面 → 二つに分かれた死者。呉允は棺の蓋の頭の側に封この世界ではすぐには送れない屍を、墨の線と札で蔵や棺に閉じ込めておくのが「封」。屍は雷でも火でも滅ぼせず、弱らせることしかできない。だから弱らせて封じ、銭がそろってから送る。基本 → 封の札を一枚、蓋の四隅に一枚ずつ、糊で貼って留めました。韓老は、碗を義荘の奥の棚に据えました。
百姓の世話役が、帳面を抱えて申しました。「寄せた銭で払えるのは、三晩6正規の組を鎮めに呼ぶ一夜の代は、二人でおよそ一貫五百文。札と墨は別に立てます。三晩で四貫五百文あまり、そこへ棺の舟賃が常の倍で乗る。三晩は、寄せた銭から逆に数えた日数でした。基本 → 銭でございます。四日目の朝に、徽州へ上る米の舟が出ます7封じた棺は、海と同じく川でも舟の荷として運べます。米の舟の船頭は、棺を米俵の上に載せず、船底に板を一枚敷いてその上に置く。米に死者の気が移ると、米屋が買わないからです。同じ場面 → 封の家。それに棺を積んでもらう約束を、会館がつけてくれました8習わしの理由徽州の者が町に持つ会館は、同郷の者の宿と帳場を兼ね、よそで死んだ同郷の者を郷へ帰すのも会館の仕事のうちです。銀を盗んで逃げたと言われた者でも、同郷なら帰す。百姓の寄せた銭が三晩ぶんでも、舟の約束だけは会館がつけられました。記録 → 旅の死者を故郷へ帰す」
韓老はうなずきました。呉允も、うなずきました。三晩のうちに、棺を舟へ載せられるほど静かにしなければならないのでございます。
韓老が、低い声で言い添えました。「魂が、体に居りません9棺の前で魂の有無を告げるときは、声を落とすのが葬送師の習いです。頼み手に聞かせれば、代の話より先に怖がらせる。まず相方の道士にだけ伝えて、二人の支度を分けます。同じ場面 → 二つに分かれた死者この世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍」
程三は恨みを抱いて死にました。恨みを抱いた魂は体を離れ、霊になります。残った体は、魄(はく)だけで屍として育ちこの世界では生まれた土地の土に葬られなかった死者は、年とともに魂が抜け、体に残る魄が強くなって「育つ」。跳ぶだけの体が走り、低く滑り、やがて宙に浮くまでになる。生まれた土でなければ眠らない。基本 → 育つます。一人の死者が、二つに分かれているのでございました。霊は、自分の屍を取り戻そうとするであろう、と韓老は申しました。霊が屍に入れば、屍は恨みの行き先を知ります。足も手も持った恨みが、町へ出るのでございます。
「霊の来る道を、鬼門と申します10送る一行では、道中を歩かせるのが葬送師、霊の出入りする鬼門を封じるのが道士の役目です。屍を鎮めるだけなら鈴と線で足りますが、霊の来る道を閉じるには、道士の札と令牌が要ります。同じ場面 → 二つに分かれた死者記録 → 茅山の道士と雷の法を読む」韓老は呉允を見ました。「それを封じるのが、道士の役目でございましょう」
呉允は令牌の、黒く光るところを握りました。
二
一夜目のことでございます。
日が落ちると、義荘の中は油の燈(ともしび)一つになりました。韓老は棺の脇の腰掛けに座り、鈴を膝に置いておりました。呉允は戸口に近いところに立ち、札の束を懐に入れておりました。
夜半を過ぎたころ、燈の炎が、すっと横へ寝ました11霊が近づくと、燈の炎は霊の方へ細く引かれます。風で揺れる炎と違って瞬かず、寝たまま動かない。義荘の番人が燈に紙の笠をかぶせないのは、この傾きを見るためです。。
風はございません。戸も窓も閉めてあります。炎だけが、北東の壁の方へ、細く引かれておりました。
次に、匂いがいたしました。樟脳(しょうのう)でございます12恨みの霊が近づくと、樟脳に似た匂いがします。鼻の奥がすっと冷え、少し遅れて喉にからむ。霊が去れば匂いは残りません。残るなら、霊がまだそこにいるか、ただの樟脳です。同じ場面 → 二つに分かれた死者。質屋が、預かった着物の虫よけに使う、あの匂いでございました。
棺の蓋の上で、封の札の端が、ゆっくりと持ち上がりました13屍と霊は一人の死者の二つの側なので、屍のために書いた札は、屍を留めながら霊の方へも引かれます。反りの強さは霊との近さ。反りが増すほど、札が屍を留める力は落ちます。同じ場面 → 二つに分かれた死者。紙は北東へ反りました。誰も触れておりません。

こん、と棺の中で板を打つ音がいたしました。
こん。こん。
三つ目で、蓋が跳ねました。四隅の札が一度に剝がれて、土間に散りました。そうして、濃い匂いが、棺の口から溢れたのでございます。去年の冬からの月日のぶんだけ、腐りが中にこもっていた14十か月ぶんの腐りの匂いは、浴びた者の着物に三日残ります。封じた棺を開ける葬送師が古い上着で来るのは、そのため。韓老の上着も、襟の色が抜けておりました。同じ場面 → 匂いの関この世界では死者は自分の足では水を越えられない。川は舟に青い札を留めて渡り、海は棺に納めて船で運ぶ。術のあいだは体の腐りが止まり、術が解けると、止まっていた日数ぶんの匂いが一度に出る。基本 → 水と匂いのでございます。
程三が、棺の中に立ちました。
膝が曲がっておりました。もう跳ねる屍ではございません。走る屍でございます。土に汚れた着物の袖に、繕いの糸だけが、燈の下で白く浮いておりました。額に呉允が結んだ札が、北東の壁へ向かって、紙の端をいっぱいに反らせておりました。
韓老の鈴が鳴りました。
一つ。間を置いて、一つ。
程三の体が、鈴の拍に一度だけ取られて、前へ傾いたまま止まりました。けれども三つ目の鈴には、返りがございません。額の札が、もう一段、北東へ反りました。程三は棺の縁を越え、墨の線の手前まで走りました。
そこで、止まりました。線を越えることは、できないのでございます。
程三は線に沿って走りました。四方を回り、また北東の角へ戻ります。角へ来るたび、額の札がちぎれるほど反りました。北東の壁の外に、何かがいるのでございます。
呉允は懐から押さえの札を抜き、裏の糊を湿して、線の外から程三の額の札の上へ重ねて貼りました。手のひらの下で、屍の額は冷たく、石のようでございました。重ねた札が、程三の体を上から押さえました。程三は一瞬、真っ直ぐに立ちました。
北東の壁の外で、何かが、壁を叩きました。
たった一度でございます。それで程三が大きく揺れ、重ねた札が剝がれて落ちました。
「下がりなされ」
韓老が棚の碗を取りました。左手に碗、右手に鈴を持ったまま15線の内へ碗を持ち込むときは、水を縁から指一本ぶん下まで減らしてから入ります。満たしたままでは、身を捻ったときに縁を越える。減らした水は棚の小皿に移し、あとで碗へ戻します。同じ場面 → 二つに分かれた死者、線の内へ一歩入ります。呉允は息を呑みました。碗を持つ手は、振り回すことも、身を庇うこともできません。水を一滴でもこぼせば、それがどこへ落ちるか分からないのでございます。
程三の腕が、韓老の肩をかすめました。韓老は体を捻りました。碗の水面が揺れて、縁まで上り、下りました。
韓老は鈴を三つ、立てつづけに打ちました16三度を短く続けるのは、本来は乱れた列の拍を整える打ち方です。魂の無い屍には整える拍が無いので、音はただの塊として耳に届き、顔がそちらを向く。韓老はその一瞬を使いました。同じ場面 → 半拍の鼓。程三がそちらへ顔を向けました。その隙に、韓老は碗を傾け、程三の足もとの土へ、ひと筋だけ水を流しました。
程三は崩れました。
崩れて、土間にうつ伏せになりました。それでも指が、土を掻いておりました。北東へ、北東へと、爪を立てて掻いておりました。
燈の炎が、ふっと立ち直りました。樟脳の匂いが、薄れてゆきました。
東の空が白むころ、二人は程三を棺へ戻しました。呉允は北東の角に、鬼門を封じる札を一枚貼りました。鬼門は北東と、昔から申します17家相で言う鬼門は北東で、町の大工はこの角を欠いて家を建てます。霊の出入りする鬼門は方角でなく、その者の死んだ所にある。北東に札を貼って外れても損はしない、と若い道士はよく言います。。韓老はそれを見ておりましたが、何も言いませんでした18習わしの理由二人の術に主従はありませんが、受け持ちは分けます。鬼門を閉じる札は道士の側のことで、葬送師は年上でも口を出しません。若い相方の外れを見て黙るのは見下しでなく、鬼門は道士でなければ閉じられず、外れは道士が自分で見つけるほかないからです。。
三
昼のうちに、呉允は町を歩きました。義荘の北東の角から見て、真っ直ぐに北東へ。田を抜け、橋を渡り、運河沿いの蔵の並ぶあたりへ出ました。その先には、恒泰の蔵もございました。ほかの蔵も、茶屋も、寺もございました。一本の線では、場所が決まりません。
呉允は師の書き付けを思い出しました。方角を知るには、二つのところから引け19一か所の札の反りでは、霊のいる方角しか分かりません。二か所の札の反りを線に引き、交わる所が霊の居所。二か所は、義荘と祠のように、なるべく直角に近い向きに離して置きます。、と。
二夜目の支度に、呉允は細い麻紐の先に札を一枚結び、それを義荘から離れた土地神の祠の軒に吊しました20祠に吊す札は、屍の額の札と同じ筆で、同じ夜に書いたものでなければ引かれません。麻紐は一尺ほど。長すぎれば風で揺れ、短すぎれば反りが軒に隠れる。土地公の祠を選ぶのは、夜に人が来ないからです。同じ場面 → 一本の線香。祠は義荘から見て、真南にございます。札は屍の額にあるのではございません。けれども、同じ屍のために書いた札でございます。霊が来れば、少しは引かれるかもしれない。呉允はそう思ったのでございます。祠には、百姓の息子で阿水(あすい)という少年が、番につくと申し出ました。
「札がどちらへ揺れたか、それだけ覚えておいてくれ」
「息を止めこの世界では屍は、生きた人の陽気(体の温み・気配)で人を見つける。陽気がいちばん多く出るのは息、次が足の裏。息を止めて足の裏を屍に向けなければ、屍にはそこにいる人が見えない。基本 → 息と足の裏ていたほうがいいですか」と、阿水は聞きました。
「屍が来たら、息を止めて、足を引っ込めておけ」
阿水は、神妙な顔で草鞋(わらじ)の足を引っ込めました21江南でも湘西でも、町の子の遊びに屍ごっこがあります。鬼は目を閉じて跳び、ほかの子は息を止めて足を隠す。遊びの決まりは本物より厳しく、鬼の足音が消えるまで息を吸ってはいけません。同じ場面 → 列ごっこ記録 → 『聊齋志異』の「尸變」を読む。
二夜目は、霊より先に、人が参りました。
夜半の少し前、義荘の裏手の竹の陰で、火打ちの音がいたしました。油の匂いがいたしました。韓老が顔を上げました。
「火を持った者が、三人」
呉允が戸を開けると、覆面の男たちが松明(たいまつ)を掲げて、義荘の軒へ近づくところでございました。一人が、藁束(わらたば)を軒下へ投げ込みました。
「燃やしてしまえ。屍などは、焼けばよい22屍を焼くには、一体に薪がおよそ百二十斤、一晩燃やし続けます。軒に藁束一つで火を付けても、棺の中まではなかなか届かない。焼いて片づくのは、屍でなく、屍に残った傷の方です。この決まりの要 → 封の家」
焼けてしまえば、程三の頭に残る打ち傷も、指の折れも、誰の目にも触れなくなります。
呉允は戸口の心張り棒を抜きました。一人目の松明を払うと、火の粉が闇に散りました。二人目が棍棒を振り下ろします。呉允は棒で受け、その腕の内へ入り、肩で押しました。男は竹の根に足を取られて、尻もちをつきました。
三人目が、もう軒の藁に火を移しておりました。
そのとき、燈の炎が、また横へ寝たのでございます。
樟脳の匂いがいたしました。棺の中で、こん、と板を打つ音がいたしました。
霊が来たのでございます。義荘の中には、蓋の上で札を反らせた棺がございます。外には、火と、陽気の盛んな、生きた男が三人おりました。
蓋が跳ねました。
程三が線の内側を走り、北東の角で止まりました。角に貼った鬼門の札が、剝がれんばかりにはためいております。封じたはずの角でございます。けれども屍の額の札は、北東ではなく、東へ、ほんの少し南へ寄って反っておりました。霊は、昨夜と別のところにいるのでございます。
戸口の外で、男たちが悲鳴を上げました。燃えかけた軒の明かりで、棺から立った者の姿が見えたのでございましょう。二人は松明を捨てて、竹藪へ逃げました。尻もちをついた一人だけが、腰が抜けて動けずにおりました。
韓老は碗を胸に抱えたまま、足で燃える藁を土間の外へ蹴り出しました。呉允は水瓶の水を軒へかけました。じゅっ、と音がして、煙が二人の目を刺しました。
煙の向こうで、程三が線の東の辺へ回っておりました。その先の戸口には、腰を抜かした男がおります。男は息を止めておりました。目を剝き、唇を嚙んで、息を止めておりました。けれども両足を、義荘の方へ投げ出しておりました。
程三が、その足の裏の方へ、ぐうっと首を向けました。
線は棺の四方を囲っているだけでございます。戸口までは、打っておりません。程三が東の辺の端から、線の切れ目を探して回りはじめました。
韓老が、墨斗の糸を歯でくわえて引き出しました23片手が碗で塞がった葬送師は、墨斗の糸を歯で引き出します。糸の端を相棒へ放り、相棒が張ったところを空いた指で弾く。二人で打つ線は、一人で投げ打つ線より真っ直ぐで、墨が厚く乗ります。同じ場面 → 吊り橋の拍。片手は碗で塞がっております。糸の先を呉允へ放りました。呉允は受け取り、戸口の敷居の上に、ぴんと張りました24走る屍は線を踏み越えようとするので、線は足首の高さに打ちます。敷居の上に打てば、土間より一段高く、ちょうど足首に当たる。戸口の線を敷居に打つのは、そのためです。同じ場面 → 封の家。韓老が墨斗の糸を弾きました。
黒い線が、敷居の上に一本、残りました。
程三の足が、その手前で止まりました。
呉允は男の襟をつかんで、外へ引きずり出しました。男は息を吐き、それから泣き出しました。恒泰の番頭に銭をもらった、とだけ申しました。
そのあとは、一夜目と同じでございました。鈴で拍を奪い、碗のひと筋で崩し、崩れた指が夜明けまで土を掻きました。ただ、その夜の指は、東へ少し南へ寄った方を掻いておりました。
戸口にかけた水は、土間の奥まで流れ込んでおりました。明るくなって見ると、棺を囲む線の東の辺が、泥に溶けて薄くなっておりました。韓老は昼のうちに引き直しましたが、湿った土は墨を吸いきりません25封の墨は膠で練ってあるので、乾いた土には沈み、濡れた土には浮きます。浮いた墨は屍の足でも擦れる。濡れた土間に打ち直すときは、藁灰を撒いて湿りを吸わせてから打つのが本来の手順です。。黒は、いつもより浅く乗っておりました。
夜明けに、阿水が祠から駆けて参りました。
「札は、北へ揺れました。北へ、少しだけ東へ」
呉允は地面に枝で線を引きました。義荘から、東へ少し南へ寄った線。祠から、北へ少し東へ寄った線。二本の線は、運河沿いの、一つの蔵の上で交わりました。

恒泰の蔵でございました。
鬼門は、北東の角ではなかったのでございます。霊が、この世に出てくる戸口は、霊が死んだところでございました。一夜目に北東を指したのは、義荘の北東の壁の外まで、霊が来ていただけのこと。呉允は角の札を、自分の手で剝がしました。
四
三夜目の夕方、呉允は恒泰の蔵の前に立っておりました。
蔵の戸には錠が下り、番頭の馮が、店の若い者を二人、戸口に置いておりました。昨夜の男のことは、もう馮の耳にも入っていたのでございましょう。
世話役と徽州の会館の者が、町の役人を呼びに走りました。けれども役人が来るのは、明日の朝でございます。今夜は、今夜のうちに終わらせねばなりません。
段取りはこうでございました。韓老は義荘に残って、棺を守る。呉允は恒泰の蔵へ入り、霊が出てくる前に、その戸口を封じる。封じてしまえば、霊は屍へ届きません。屍の札は、もう反らないはずでございました。
日が落ちてから、呉允は蔵の裏の塀を越えました。塀を越えられるのは、生きた者だけでございます。
蔵の中は、樟脳の匂いで息が詰まるほどでございました。預かり物の着物の櫃(ひつ)が、天井まで積んであります。その奥、帳場の机の下の床板に、黒い染みがございました。拭いても拭いても抜けなかったのでございましょう。板の目に沿って、細く、長く、残っておりました。
呉允は懐から封の札の紙を出し、筆に朱を含ませました。

そのとき、遠くで、犬が吠えました。
一匹が吠えると、あちらこちらの犬が続きました。呉允は、筆を持つ手を止めました。義荘の方角でございました。
吠え声は、だんだんとこちらへ近づいて参りました。何かが、運河沿いの道を走っているのでございます。
屍は、水を越えられません。義荘から恒泰の蔵へは、橋を渡らずに来られる道が、一つだけございました。田の畦を回り、寺の裏を抜け、蔵の並ぶ河岸へ出る、長い道でございます。昼のうちに、呉允はその道を歩いておりました。歩きながら、今夜はここを通らせたくない、と思った道でございました。
蔵の表で、若い者の悲鳴が上がりました。
戸が、外から叩かれました。一度。二度。三度目で、錠ごと、閂(かんぬき)が折れました。
程三が、蔵の戸口に立っておりました。額の札が、ほとんど裏返るほど反っておりました。帳場の机の下へ向かって。床の、黒い染みへ向かって。
そうして、樟脳の匂いが、ふいに濃くなったのでございます。染みの上の空気が、夏の道の上のように、ゆらゆらと揺れておりました。
霊が、出てくるのでございました。
呉允は息を止めました。櫃の陰に身を沈め、草鞋の裏を壁へ向けました。程三の首が、戸口で左右に振れました。
櫃の陰に、もう一人おりました。
馮でございました。手に、油の壺を抱えておりました。馮も息を止めておりました。けれども、その足は、戸口の方へ向いておりました。
程三が、走りました。
馮の足首をつかみ、櫃の山から引きずり出しました。櫃が崩れ、預かり物の着物が、床いっぱいに散りました。馮の喉から、声にならない声が漏れました。程三の指は馮の足首に食い込み、離れません。
呉允は動けませんでした。
染みの上の揺らぎが、人の背丈ほどになっておりました。今、筆を下ろせば、戸口は封じられるかもしれません。けれどもその間に、屍は馮の陽気を吸います。吸えば、屍は育ちます。育ちきれば、もう誰の碗も届きません。程三の屍は、この町の空の下で、恨みの行き先を探しつづけることになるのでございます。
馮は、程三を殺した男でございました。
呉允は、左の手のひらに、筆で雷の字を書きました26江南や湘西の道士は、掌の雷の字を、札と同じ朱で筆で書きます。字は掌のしわで崩れやすいので、掌を平らに張ってから一息で書く。同じ場面 → 一度きりの雷記録 → 茅山の道士と雷の法を読む。
朱が、冷たく手のひらに染みました。五本の指を、字の上へ合わせて、握りました。握雷(あくらい)の形でございます27握雷は、五本の指を掌の字の上に合わせて握る形です。江南の流れでは、左で握れば陽の雷、右なら陰の雷。屍は陰のものなので、陽の雷で打つのが本筋です。同じ場面 → 一度きりの雷記録 → 茅山の道士と雷の法を読む。左は陽の雷。屍は陰でございます。
師は幾度も雷を呼びました。呉允は一度も呼んだことがございません。
握った拳の中で、何かが、小さく鳴りました。
呉允は櫃の陰から出て、程三の胸へ、拳を開きました。
音がいたしました。蔵の梁が、埃を一度に落としました。
程三の体が、馮の足首から弾かれ、背中から櫃の山へ倒れ込みました。胸の衣が焦げて、細い煙が上がっておりました。額の札は、半分が焼けておりました。
呉允の左の手は、指の先まで痺れて、開いたきり閉じませんでした。
それでも、程三は起き上がろうといたしました。
程三の膝は、もう伸びませんでした。けれども指が、床板を掻きながら、染みの方へ、染みの方へと、体を運んでおりました。
そのとき、戸口で、鈴が鳴ったのでございます。
韓老でございました。碗を胸に抱え、肩で息をしておりました。霊が蔵の戸口に寄るにつれて、程三は棺を破り、湿った東の辺の、墨の浅いところを踏み越えたのでございます。韓老はそれを追って、犬の吠える長い道を、碗の水をこぼさぬように走ってきた28碗を持った葬送師が走れるのは、肘を脇に付け、膝から下だけで走るからです。見た目は少しも速くない。見習いは、水を満たした茶碗を掌に載せて、師の家の庭を百周させられます。同じ場面 → 一度きりの雷のでございました。
一つ。間を置いて、一つ。
程三の指が、止まりました。
韓老は碗を持ったまま、墨斗の糸を口にくわえて投げました。呉允が受けて、程三の頭の先、染みとのあいだの床板へ、ぴんと張りました。韓老が糸を弾きました。
黒い線が一本、床に残りました。
屍と、屍の戸口とのあいだに。
程三の指が、線の手前で、宙を掻きました。
呉允は染みの上に膝をつきました。樟脳の匂いが、喉の奥まで入って参ります。揺らぎの中に、若い男の顔が、見えたような気がいたしました。帳場の机に、毎日座っていた顔でございます。
呉允は帯から令牌を抜き、封の札を染みの上に押し当て、その上から令牌を打ちつけました29鬼門は、封の札を押し当てた上から令牌で打ちつけて閉じます。令牌は雷を呼ぶ道具である前に、天の印を押す判子です。打つのは一度きりで、二度打てば札が破れます。記録 → 茅山の道士と雷の法を読む。
木の乾いた音が、一つ。
揺らぎが、消えました。
樟脳の匂いは、ただの蔵の匂いに戻りました。床に這った程三の額で、焼け残った札の端が、ゆっくりと、平らに戻ってゆきました。
馮は、床に座り込んだまま、足首を押さえておりました。赤い指の跡が、五つ、くっきりと残っておりました。夜が明けると、役人が参りました。帳場の机の下の床板は剝がされ、その下の土から、恒泰の銀の包みが一つ、出て参りました。程三が持って逃げたはずの銀でございました。
五
四日目の朝、徽州へ上る米の舟に、棺が一つ積まれました。
蓋には新しい封の札が留められ、蓋と四方と底には、韓老の墨の線が途切れずに打ってございます。程三の屍は、弱ったまま封じられ、故郷の土へ向かうのでございます。今度こそ眠れるのは、まだ幾日も先のことでございます。
呉允も、舟に乗りました。葬送師と道士は、二人で一組だからでございます。韓老は碗を舟の床の棚に据え、土から離れたその板の上で、ようやく腰を下ろしました。
鬼門の封は、恒泰の蔵の床に残してまいりました。札は一年で効きが落ちます。来年の立春には、誰かが書き改めねばなりません。その代を誰が出すのか、会館の者と百姓たちは、舟を見送る岸で、まだ話し合っておりました。霊は、封の向こうに残ったのでございます。屍が故郷で眠ったあと、霊がどこへ行くのか。それは、呉允の師の書き付けにも、書いてはございませんでした。
舟が町を離れるころ、呉允は棺のそばに座っておりました。
ふと見ると、蓋の札の端が、ほんの少しだけ、反っておりました。舟の後ろへ。遠ざかる町の方へ。
呉允は、それを押さえませんでした。
舟は川を上ってゆきました。町の屋根が見えなくなり、岸の柳が一本ずつ流れてゆくうちに、札の端は、少しずつ、少しずつ、平らになってゆきました。呉允は左の手のひらを見ました。洗っても落ちなかった雷の字30雷を放った掌の字は、洗っても数日残ります。字が薄れて消えるのは、掌の痺れが抜けるのとほぼ同じ日。消えかけた字をなぞって書き足す道士もいますが、なぞった字に雷は宿りません。同じ場面 → 一度きりの雷記録 → 茅山の道士と雷の法を読むが、薄く、まだ残っておりました。
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。