『聊齋志異』の「尸變」を読む
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この記事の問いと、今の答え
問い: 清の蒲松齢が書いた『聊齋志異』は、怪異の話を集めた本です。その巻一に、「尸變」(しへん、死体の変)という話があります。宿の主人の息子の嫁が亡くなり、その遺体が起き上がって、泊まっていた旅人を追いかける話です。本文には何が書かれていて、後の映画で知られたキョンシーの姿とは、どこが同じで、どこが違うのでしょうか。
今の答え: この話の死体は、夜中に起き上がって眠る客に息を吹きかけ、逃げた客を走って追い、最後は木を挟んで両腕を伸ばしたまま、木を抱いて硬くなります。跳ねるという語は本文に一度も出てきません。額に付けているのは、札ではなく生絹(すずし。生糸を練らずに織った絹)の布です。
話の筋

この記事では、ウィキソース(維基文庫)で公開されている翻刻(原本の文字を写し取って起こした本文)を読みました。「尸變」は『聊齋志異』巻一の、「考城隍」「耳中人」に続く三つ目の話です1。
舞台は、陽信という土地の、街道沿いで親子が営む旅商人の宿です2。
- 死者の部屋に泊める。ある日の暮れ方、四人の車引きが泊めてほしいとやって来ます。部屋はどこも埋まっていて、主人は、亡くなったばかりの嫁の遺体を安置している部屋へ、四人を案内します2。
- 起き上がる。三人はすぐに寝入りますが、一人はまだうとうとしていました。霊床(遺体を安置する台)のあたりで音がして目を開けると、女の遺体が覆いを持ち上げて起き上がるところでした3。
- その姿と、息を吹きかける様子。顔はうすい金色で、額に生絹を巻いています。遺体は寝床に近づき、眠っている三人の客それぞれに息を吹きかけます4。
- 一人だけ。起きていた客は布団をかぶって息を殺しますが、遺体は彼にも同じように息を吹きかけます。そして客の寝ている部屋を出ていき、紙の覆いの音がして、元のように横たわります5。客は恐ろしさに声も出せず、足でそっと仲間を踏みますが、三人は少しも動きません6。
- 二度目。客が服を着て逃げようと体を起こすと、また音がして遺体が戻り、何度も息を吹きかけてから去ります7。
- 逃げる、追う。客は布団の中でズボンだけをはき、裸足で外へ飛び出します。遺体も起き上がり、客が閂(かんぬき)を外して外へ出ると、走って追ってきます8。客は叫びながら走りますが、村の誰も起きてきません。町の方へ走り、東の郊外の寺で木魚の音を聞いて門を叩きますが、寺の「道人」はすぐには開けてくれません9。
- 木を挟んで。遺体はすぐ後ろ、一尺ほどまで迫ります。客は門の外の白楊の木を盾にして、遺体が右へ回れば左へ、左へ回れば右へと逃げます。やがて客も遺体も疲れ、遺体は立ち止まります10。
- 両腕を伸ばす。立ち止まっていた遺体は、急に激しく動き、木越しに両腕を伸ばして客をつかもうとします。客は驚いて倒れ、遺体はつかみ損ねて、木を抱いたまま硬くなります11。
- 助けられて、夜が明ける。物音が止んでから、道人がようやく出てきて、倒れている客を中へ運び込みます。客が息を吹き返したのは、夜通しかかってからでした12。夜が明けて見ると、女の遺体は木に抱きついたままでした。県の長官が調べると、指が曲がって木に深く食い込んでいて、数人がかりでようやく引き離せました13。
- その後。役人が宿へ行くと、遺体が消え、客が死んだと騒ぎになっています。主人は遺体を担いで持ち帰ります14。生き残った客は、四人で出て一人で戻ってはどう信じてもらえるのかと長官に訴え、長官は証明の文書を与えて客を帰らせます15。
読むときの三つの注意
- 走る。跳ねない。死体が客を追う動きは「馳」(走って追う)で、跳ねるという語は本文に一度も出てきません8。両腕を伸ばすのは、最後の木を挟んだ一場面だけです16。
- 「道人」。門を叩かれた寺は「蘭若」(仏教の寺を指す語)で、木魚の音がしています。そこにいる人を本文は「道人」と呼ぶだけで、道教の道士だとは書いていません9。この話には、道士の術で死体を退ける場面はありません。客は白楊の木を盾にして逃げ、死体は客をつかみ損ねて、木を抱いたまま硬くなります。
- 字。題も本文も、死体は「尸」の字で書かれていて、「屍」の字は一度も使われません。「僵」の字は三か所に出てきます。どれも「硬くなる」という状態を言うもので、「僵屍」という一語にはなっていません17。研究でよく使われる「屍變」という呼び方と、この話の題の「尸變」は、字が違います18。
「僵屍求食」と並べると
同じ清の時代の話でも、袁枚『子不語』の「僵屍求食」(別の記事で詳しく読みました)とは、死者の描かれ方がかなり違います。
- 「僵屍求食」の死者は、名を呼び、身の上を語り、哀願し、罵ります(「僵屍求食」を読む)。「尸變」の死体は、一言も話しません。
- 「僵屍求食」の死者は、飢えを満たすために夜ごと出歩いていました。「尸變」の死体が、なぜ起き上がり、なぜ客を追うのかは、本文のどこにも説明がありません。
- どちらの話でも、死体は最後に硬くなって見つかり、人の手で片付けられます。
研究所による整理・解釈
研究所の整理
この節は、上の記述をもとにした研究所の読みです。資料の記述そのものではありません。
- 「尸變」の死体は、理由を語らず、ただ動き、追う存在です。「僵屍求食」の語る死者よりも、後の映画に出てくる、言葉を持たない怪物に近い印象があります。
- 一方で、映画でよく知られた跳ねる動きは、この話にもありません。両腕を伸ばす動きは、木越しに客をつかもうとする一場面にだけ、はっきり書かれています。
- 死体が額に生絹を巻いている、という細部は、額に札を貼られたキョンシーを思わせます。けれども、額の布は死者の身なりとして書かれているだけで、動きを止める働きは与えられていません。この二つの関係は、今の資料では何も言えません。
後の作品がこの話を知っていたのか、どの要素を採ったのかは、資料で確かめてから別に書きます。
確かな範囲と、まだ分からないこと
確かめたこと: 上で紹介した話の筋と、本文で使われている字は、ウィキソースの翻刻で、原文と照らして確かめました。それぞれの記述は、注に示した本文の該当箇所と照らし合わせています。
まだ分からないこと
- 刊本(印刷された本)の画像(影印)で本文を確かめること。蒲松齢の手書きの稿本は半分が残り、遼寧省図書館にあるとされますが19、今回は見られていません。最も古い刊本とされる青柯亭本(1766年)でも確かめていません20
- 1886年ごろの絵入りの本『詳注聊齋志異圖詠』には「尸變」の図があるとされますが、今回はその図を見られていません
- 研究者がこの話をどう位置づけているか。「僵屍求食」を論じた馮藝超の論文は、この話に触れていません
次に読む: キョンシーとは何か――文献と映画から読み直す/『子不語』の「僵屍求食」を読む
出典
- 蒲松齢『聊齋志異』巻一「尸變」。維基文庫(ウィキソース中国語版)の翻刻 https://zh.wikisource.org/wiki/聊齋志異/第01卷 (2026-09-25 取得)
- 手稿本・青柯亭本についての報道記事(北国网)
注(出典と、原文の該当箇所)
各注の頭の色の付いた印は、その記述が「資料の記述」「作品内の設定」「研究所の整理」のどれにあたるかを示します。原文との照らし合わせがどこまで済んだかは、印の無い注ではどれも「人が訳と説明を確かめた段階(人による原文の照合はまだ)」です。それと違う段階の注にだけ、その段階を示す印を付けています。
- 資料の記述
- 聊齋志異(維基文庫の総目次頁) 総目次頁のリンク一覧(聊齋志異/第01卷へのリンクに付された話名アンカー)
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「聊齋志異/第01卷」頁内、「耳中人」の次・「噴水」の前の見出し「尸變」
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」冒頭段落
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」前半、察察有聲の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」前半、面淡金色・遍吹臥客者三の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」中盤、客大懼〜見僵臥猶初矣の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」前半、客懼甚〜諸客絕無少動の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」中盤、裁起振衣〜少間聞靈床作響の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」中盤、乃從被底漸漸出手〜尸馳從之の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」中盤、客且奔且號〜道人訝其非常の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」後半、旋踵尸已至〜尸頓立の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」後半、尸暴起〜抱樹而僵の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」末尾、道人竊聽良久〜負入終夜始蘇の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」末尾、時晨鐘已盡〜視指穴如鑿孔然の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」後半、遣役探翁家〜舁尸歸の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」末尾、遣役探翁家〜宰與之牒の段
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」後半、尸暴起,伸兩臂隔樹探扑之の一文
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」全文(陽信某翁者〜宰與之牒,齎送以歸)
- 資料の記述
- 聊齋志異/第01卷(「尸變」を含む巻一の全文) 「尸變」の見出し
- 資料の記述
- 省图书馆珍藏半部《聊斋志异》原稿——中国古典文学名著中唯一存世的手稿 見出し下、「省图书馆珍藏半部《聊斋志异》原稿」の本文冒頭〜「壹 蒲松龄手稿有传抄本」節
- 資料の記述
- 省图书馆珍藏半部《聊斋志异》原稿——中国古典文学名著中唯一存世的手稿 「壹 蒲松龄手稿有传抄本」節、「直至乾隆三十一年…青柯亭本问世」の一文