『子不語』の「僵屍求食」を読む
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この記事の問いと、今の答え
問い: 清の時代の怪異の話を集めた『子不語』に、「僵屍求食」(僵屍、食を求む)という短い話があります。この話の僵屍は、どんな姿で、何を求めて出歩くのでしょうか。映画のキョンシーとしてよく語られる姿とは、どこが違うのでしょうか。
今の答え: この話の「僵屍」は、夜ごと廟の棺から出て食べ物を求めて歩き、朝になる前に戻る死者です。棺に戻れなくなると、人の名を呼び、身の上を語り、哀願し、罵ります。跳ねる、札を貼られる、両腕を前に伸ばす、といった描写は、この話の本文には出てきません。どれも、後の映画のキョンシーの姿としてよく語られるものです。
話の筋

この記事では、ウィキソース(維基文庫)で公開されている翻刻(原本の文字を写し取って起こした本文)を読みました。この版では、話は『子不語』巻13の14番目に置かれています。ただし、同じサイトには、版本(本の版)についての説明もあります。それによると、この通し番号は翻刻の側で後から付けられたもので、もとの刊本(印刷された本)の順番ではない、とのことです1。
舞台は「武林」(杭州の古い呼び名)の、銭塘門の内側です。夜回りの番をするための楼(高い建物)と、その近くにある小さな廟(神仏をまつる建物)が出てきます2。
- 夜回りの疑い。夜回りの任三は、はじめ、廟の僧が何かよからぬことを企んでいると疑い、それを種に酒や食べ物をせしめようと見張りを始めます3。
- 夜ごとの出入り。二更(夜の十時ごろ)に拍子木の音がすると、廟から一人が出て足早に去り、五更(明け方の四時ごろ)には、拍子木の音より先に廟へ戻ります。これが何度も繰り返されます4。
- その姿。月の明るい夜に見ると、顔は干し肉のように乾いて黒ずみ、目はくぼみ、両肩に銀の塊を掛けて、衣擦れのような音を立てて歩いていました5。
- 僵屍だと分かる。廟の山門の内側には、塵が厚く積もった古い棺が置かれていて、任三はそれを手がかりに「僵屍だ」と判断します。僧に尋ねると、師匠のそのまた先代の頃に、誰だか分からない人が一時的に預けていった棺だ、といいます6。
- 棺を封じる。仲間の一人が「鬼は赤豆、鉄くず、米を嫌うと聞いた」と言い、それを棺の周りに撒けば出て行った僵屍は戻れなくなる、と教えます。任三はその言葉に従います7。夜、僵屍が出たあとに見に行くと、棺の後ろの板(俗に「和頭」と呼ぶ部分)が外れて地面に落ち、中は空でした8。
- 戻れない僵屍。五更になると、「任三爺」と呼ぶ声がします。声の主は、自分は山門の内に眠る者だと語ります。子孫がなく、長く供え物(血食)を受けられず、飢えをしのぐために出歩いていたのだと話し、撒いたものを払ってくれと頼みます9。任三は恐ろしくて答えません。
- 鶏が鳴いて。鶏が初めて鳴くころ、僵屍は哀願し、続けて罵り、しばらくしてようやく静かになります10。
- その後。翌朝、楼の下で硬直して倒れている屍が見つかります。人々に知らせて役所に届け、屍を棺に戻して焼くと、その一帯は静かになりました11。
読むときの三つの注意
この短い話には、後の映画の印象に引きずられると、細かいところを読み違えやすい箇所があります。とくに、僵屍が廟へ戻る時刻、鶏が鳴いたあとの様子、棺を封じる方法を誰が語っているか、の三つに気をつけて読んでください。
- 時の順番。僵屍が廟に戻るのは、拍子木が鳴る前です。拍子木を合図に動く、規則正しい存在としては書かれていません4。また、鶏が鳴いた瞬間に静まるのではありません。鶏が鳴いたところで哀願が罵りに変わり、静まるのはそのしばらく後です10。
- 伝え聞いた話。赤豆・鉄くず・米で棺を封じるという方法は、作中の人物が「そう聞いた」と語るものです。話の中で効いたように描かれてはいますが、作者が方法として保証しているわけではありません7。
- 字。見出しも本文も、にんべんの「僵屍」で一貫していて、かばねへんの「殭屍」は出てきません12。
研究はこの話をどう見ているか
台湾の研究者・馮藝超は、2007年の論文で、『子不語』とその続編『續子不語』の二つの本から、僵屍を扱う話を34話(21話と13話)数えています13。この数は、論文が使った一つの校訂本(1985年刊の点校本)をもとに数えたものです1415。この数を、二つの本に収められたキョンシーの話の総数や、中国のキョンシーの話全体の数と受け取ることはできません。
馮藝超の論文は「僵屍求食」を、次の二つの型の例として挙げています。
また馮藝超は、湘西の「趕屍」(死体を歩かせて運ぶという伝承)の印象から、僵屍は湖南に多いと思われがちだ、とも述べています。ただし、二つの本の記述を見る限り、話の舞台は広い地域にわたる、といいます18。「僵屍求食」の舞台も、湖南ではなく杭州です2。
「僵」と「殭」
この話で使われる「僵」の字について、漢字の辞書『説文解字』は「倒れ伏す」という意味で説明しています。死体が朽ちないという意味では説明していません19。清の段玉裁の注は、「僵」のもとの意味は仰向けに倒れることで、のちの『廣韻』では「殭」の字が「死んで朽ちない」の意味で使われている、と述べます20。
今の辞書では、台湾の教育部の国語辞典が、同じ読みで「僵尸」「殭尸」「殭屍」の三つを見出しとして載せ、「僵屍」とも書くと添えています21。日本の『デジタル大辞泉』は「キョンシー【僵屍/殭屍】」と、両方の字を同じ語に当てています22。
研究所による整理・解釈
研究所の整理
この節は、上の記述をもとにした研究所の読みです。資料の記述そのものではありません。
- 「僵屍求食」の僵屍は、話し、語り、哀願し、罵る死者です。子孫がなく、供え物を受けられないという自分の身の上を、人に向かって言葉で説明します。映画のキョンシーは、ふつう言葉を話さない怪物として語られます。それとは、ずいぶん違う姿です。
- この僵屍が夜に出歩く理由は、飢えとして語られます。僵屍自身が、供え物を受けられず飢えていたので出歩いた、と話しています。人を襲うために出歩いた、という説明は本文にありません。
- 一方で、夜に出て朝になる前に戻る、特定のものを嫌う(と伝え聞かれる)、最後は焼かれるという要素は、この話にもすでにあります。
後の作品は、こうした要素のうち何を取り入れ、何を変えたのでしょうか。それは、映画を実際に観て記録してから、別の記事で確かめます。
確かな範囲と、まだ分からないこと
確かめたこと: ここまでに紹介した話の筋と、使われている字は、ウィキソースの翻刻で確かめました。馮藝超の論文の数と分類は、論文の該当頁で確かめました。
まだ分からないこと
- 印刷された本の画像(影印)で本文を確かめること。今回はオンラインの翻刻だけを読んでいます未解決の問い
- 馮藝超の論文が、鶏が鳴く場面の一文を『續子不語』からの引用として示している件。今回読んだ翻刻では『子不語』巻13の本文にあります。どちらが正しいかは分かっていません未解決の問い
- 日本語の全訳(平凡社東洋文庫、手代木公助訳)がありますが23、どの分冊に巻13が入っているかは確かめていません未解決の問い
次に読む: キョンシーとは何か――文献と映画から読み直す/『霊幻道士』と『幽幻道士』、最初の作品を見比べる
出典
- 袁枚『子不語』巻13「僵屍求食」。維基文庫(ウィキソース中国語版)の翻刻 https://zh.wikisource.org/wiki/子不語/卷13 (2026-09-23 取得)。版本の説明は同サイトの「討論:子不語」
- 馮藝超「《子不語》正、續二書中僵屍故事初探」『東華漢學』第6期、2007年12月、pp.189–222 https://faculty.ndhu.edu.tw/~dhjcs/text/textvol6/vol6.7.pdf
- 汉典(zdic.net)「僵」字の頁(『説文解字』『説文解字注』の引用)
- 教育部《重編國語辭典修訂本》2021 公式サイト(dict.revised.moe.edu.tw)
- 『デジタル大辞泉』(コトバンク)「キョンシー」
- 平凡社 東洋文庫『子不語』1(手代木公助訳)の書誌
注(出典と、原文の該当箇所)
各注の頭の色の付いた印は、その記述が「資料の記述」「作品内の設定」「研究所の整理」のどれにあたるかを示します。原文との照らし合わせがどこまで済んだかは、印の無い注ではどれも「人が訳と説明を確かめた段階(人による原文の照合はまだ)」です。それと違う段階の注にだけ、その段階を示す印を付けています。
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13、目次14番目「○僵屍求食」の見出し
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」冒頭「武林錢塘門內有更樓」
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第1段末尾
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第1段
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第2段
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第2段
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 東華漢學 第6期、印刷頁204(PDF内頁16)
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第2段〜第3段
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 東華漢學 第6期、印刷頁215(PDF内頁27)
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 馮藝超(2007)論文、頁214-215、項目7「畏《易經》與赤豆、鐵屑及米子」
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第3段
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第3段
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」第3段末尾
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 東華漢學 第6期、印刷頁209(PDF内頁21)
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 馮藝超(2007)論文、頁209、項目1「怕雞鳴、天明」
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」末尾
- 資料の記述
- 子不語 卷13 子不語 巻13「僵屍求食」見出しおよび本文冒頭〜末尾
- 資料の記述
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 東華漢學 第6期、印刷頁189(PDF内頁1、摘要)
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 印刷頁189(摘要)・頁191(緒論、「三十四篇」の記述)
- 資料の記述
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 印刷頁191(脚注6、版本と篇数の説明)
- 資料の記述
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 印刷頁191(脚注6、続編の説明)
- 資料の記述
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 東華漢學 第6期、印刷頁204(PDF内頁16)
- 資料の記述
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 東華漢學 第6期、印刷頁197(PDF内頁9、節見出し「飢渴求祭」)
- 資料の記述
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 印刷頁191(緒論、湘西趕屍の言及箇所)
- 資料の記述
- 汉典「僵」字条(基本解释/详细解释/國語辭典/説文解字) 「僵」字条・説文解字の節、『説文』原文の引用箇所
- 説文解字(四部叢刊本)巻第八上 説文解字(四部叢刊本)巻第八上、人部「僵」条(見出し字はFile:ACC-s05869.svg、直後の割注)
- 資料の記述
- 汉典「僵」字条(基本解释/详细解释/國語辭典/説文解字) 「僵」字条・説文解字注の節、段玉裁注の引用箇所
- 說文解字注 十五卷 第8冊(說文解字注第八篇上・第八篇下) 説文解字注 十五卷 第8冊(説文解字注第八篇上・第八篇下)PDF34/104頁、人部の「僵」字にかかる段注のくだり
- 資料の記述 人が原文で確かめた段階
- 教育部《重編國語辭典修訂本》2021 公式サイト(「僵屍」の検索と「僵尸」「殭尸」「殭屍」の各項) 検索 word=僵屍 の結果頁(正文 0 則・附錄 0 則、音読の同じ字詞に 僵尸・殭尸・殭屍)、ID=95224・95229 の釋義の末尾
- 資料の記述 人が原文で確かめた段階
- 「僵屍(キョンシー)」(デジタル大辞泉/普及版 字通、コトバンク収録) 「デジタル大辞泉」節見出し「キョンシー【僵屍/殭屍】」
- 資料の記述 人が原文で確かめた段階
- 子不語1(全5巻)(東洋文庫788) 平凡社「子不語1(全5巻)」書誌ページ