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キョンシーとは何か――文献と映画から読み直す

下書き 公開 ・更新

左に古い本、中央に月夜の棺、右に映画館の灯り。言葉・文献の怪異・映画という三つの入り口を並べた絵。
記事の記述をもとにした想像図。(絵: PurpleHeron)

この記事の問いと、今の答え

問い: 「キョンシー」と聞いて思い浮かべる姿は、人によって少しずつ違います。キョンシーとは、そもそも何なのでしょうか。

今の答え: 「キョンシー」は、中国語の「僵屍/殭屍」から来た語で、日本の辞書は「硬直した死体」を指す語だと説明しています。ただ、この名で呼ばれるものの姿は、どこで出会うかによって違います。手がかりは少なくとも三つあります。漢字の語としての「僵屍/殭屍」、清の時代の怪異の話に出てくる「僵屍」、そして1980年代の映画です。この三つは、同じ名前で呼ばれていても、同じ姿をしているとは限りません。この記事では、三つを分けて、今の時点で資料から確かめられたことを並べて見ていきます。どこまでが資料に書かれていることで、どこからが研究所の読みなのかも分けて示します。

1. 語から――「倒れる」から「朽ちない死体」へ

キョンシーは、中国語の「僵屍」または「殭屍」を指す語です。日本の『デジタル大辞泉』は、見出しを「キョンシー【僵屍/殭屍】」とし、二つの書き方を同じ語に当てています1。同じ辞典は、この語を、中国語から来た「硬直した死体」を指す語と説明します。また、中国には、死体が長い時を経ると人に害をなす悪霊になるという言い伝えがある、とも書いています2。

一方、漢和辞典の『字通』は「僵屍」を「きようし」と読むだけで、「キョンシー」という読みには触れていません3。「キョンシー」という片仮名の呼び名が、いつ、どうして日本で定着したのかは、まだ一次資料で確かめられていません未解決の問い。

漢字の歴史をたどると、意味が変わってきたことが分かります。

  • 漢字の辞書『説文解字』は、「僵」を「倒れ伏す」意味で説明していて、死体が朽ちないという意味では説明していません4。
  • 清の段玉裁の注は、「僵」のもとの意味は仰向けに倒れることで、のちの『廣韻』では「殭」の字が「死んで朽ちない」意味で使われている、と述べます5。
  • 『康熙字典』は「殭」を「死んで朽ちない」とし、もう一つの意味として「蚕が死んで白くなる」を挙げます6。

台湾の研究者・馮藝超は、2007年の論文で、「僵屍」の早い時期の用例(『史記』『漢書』など)は戦乱で死んだ人の屍を指す、と述べています。のちに理解されるような「死後に変化して、生きている人と関わる」僵屍とは意味が違う、という説明です7。

今の中国語の辞書では、台湾の教育部の国語辞典が、同じ読みの「僵尸」「殭尸」「殭屍」をそれぞれ見出しに立て、「僵屍」という書き方も添えています8。「殭屍」の項は、埋葬された場所の乾燥などで死体が硬くなって朽ちない状態を指すとしたうえで、昔の言い伝えでは、そうした死体が人に害をなす怪物になるとされた、と説明しています9。「僵尸」の項は、二つの意味を挙げています。一つは死体・死者の意味で、『漢書』の用例を挙げます。もう一つは、死後に朽ちずに人に害をなす怪物を俗にそう呼ぶ意味で、こちらの用例には明代の小説『西遊記』第二十七回を引いています10。

その『西遊記』第二十七回では、白骨の妖怪が化けた老人を孫悟空が打ち殺したあと、残った骸骨の正体を、孫悟空が「霊を潜めて怪をなす僵尸」と呼びます11。今回読んだ翻刻(原文の文字を写し取ったもの)では、字は「僵尸」で12、辞典の見出しと同じです8。明代に刊行された本の影印(紙面をそのまま写して複製したもの)でも、同じ箇所の「尸」の字は読めますが、その上の一字は墨で潰れていて読めません12。ここでの「僵尸」は妖怪の正体を言う語で、跳ねる死体のような姿を描いたものではありません。

2. 古い話から――清の時代の怪異の話に出てくる「僵屍」

清の時代の袁枚が集めた怪異の話の本『子不語』と、その続編『續子不語』には、僵屍の話がまとまって収められています。馮藝超の論文は、一つの校訂本(本文を調べて整えたもの)をもとに、二書から僵屍の話を34篇(21篇と13篇)数えています131415。これは、その論文の数え方による数です。清の時代のキョンシーの話をすべて数えたものではありません。

同じ論文は、湖南省の西部、湘西(しょうせい)に伝わる「趕屍」(かんし。術で死者を歩かせて故郷へ連れ帰るという話)の印象から、僵屍は湖南に多いと思われがちだ、と述べます。ただし、二つの本の記述を見る限り、話の舞台は広い地域にわたる、といいます16。場所が書かれている話に限ると、江蘇と浙江が8話ずつで最も多いとしています17。

また、同じ論文は、安置されたまま埋葬されていない死体が、外からの刺激を受けて変化する現象を「屍変」と呼び18、それに近い記述は、応劭の『風俗通義』にすでに見える、としています19。

一つの話を例に取ると、『子不語』巻13の「僵屍求食」の僵屍は、夜ごと廟の棺から出て食べ物を求めて歩き、明け方、夜回りの拍子木が鳴る前に戻ってきます20。棺に戻れなくなると、人の名を呼び、子孫がなく供え物を受けられずに飢えていたのだと、自分の身の上を言葉で語ります21。この話は別の記事で詳しく読みます(「『子不語』の『僵屍求食』を読む」)。

3. 映画から――1985年前後の二つの作品

研究所ではまず、1980年代の香港と台湾の二つの作品について、公式・公的な資料に書かれた記録を確かめました。

『殭屍先生』(日本語題『霊幻道士』)

  • 香港電影資料館の上映案内は、1985年の広東語の作品とし22、製作会社として Golden Harvest を挙げています23。
  • 同じ案内は、この作品がまず台湾で思いがけない評判になり、それを受けて急いで香港でも公開された、と書いています24。香港では、1985年の興行成績の上位5本に入ったとしています22。台湾側には当時の興行の記録が残っていて、台北では1985年9月28日から10月24日まで上映されています25。香港政府の映画のデータベースは、香港での公開日を1985年11月7日と記録しています26。同じ記録は製作会社を Bo Ho Films としていて、資料館の案内が挙げる Golden Harvest とは違います27。
  • 台湾で公開されたときの題は『暫時停止呼吸』(しばらく息を止めよ)でした28。案内の英語版は、この題が、登場人物たちが息を止めてキョンシーをやり過ごす場面にちなむと書いています29。ただし、同じ案内の中国語版にはこの説明が無く、ほかの資料でもまだ確かめられていません。

『殭屍小子』(日本語題『幽幻道士』)

  • 台湾の公的な作品データベース(台灣電影網)は、出品年を1986年30、長さを79分と記します31。
  • 日本のBD-BOXを出したアット エンタテインメントの案内は、製作年を1985年32、本編を90分と記します33。台湾の民間の映画データベース(開眼電影網)と日本のキネマ旬報のデータベースも、製作年を1985年とします32。キネマ旬報は長さを94分とし34、日本では劇場で公開されなかったと記します35。
  • 台北で実際に上映されたのは、1986年6月20日から7月4日まででした36。台灣電影網の「1986年」は、公開の年と重なります。
  • 製作の年も長さも、資料によって違います。研究所では、どれか一つに合わせず、それぞれの資料が記した数字を、出典とともに載せています。

映画に何が映っているかは、この記事では扱いません。キョンシーが跳ねるのか、札を貼られるのか、両腕を前に伸ばすのかは、作品を観て、どの版のどの場面に映っているかまで記録してから書きます未解決の問い。

このサイトの書き分け

キョンシーは、出どころの違う情報が混ざりやすい題材です。このサイトでは、次の四つを分けて書きます。

書き分け 中身 この記事では
資料の記述 どの資料のどこに、何と書いてあるか 1〜3 の各節
作品内の設定 どの作品のどの版・場面で、どう描かれるか まだありません(作品を観て記録してから)
研究所の整理 複数の記述を比べて、研究所がどう読むか 次の節
独自の創作 研究所が物語のために作る設定 この記事にはありません

研究所による整理・解釈

研究所の整理

この節は、上の記述をもとにした研究所の読みです。資料の記述そのものではありません。

  • 語の上では、「僵」はもともと「倒れる」ことで、「死んで朽ちない」という意味は、のちに「殭」の字とともに字書で説明されるようになりました。キョンシーを「朽ちない死体」として読む手がかりにはなりますが、字書の説明だけで、この語の意味の全体が決まるわけではありません。
  • 清の話の中では、僵屍は朽ちない死体であるだけでなく、夜に出歩き、飢え、言葉で身の上を語る存在として描かれることがあります。
  • 映画については、作品をまだ観て確かめていないので、何が映っているかは言えません。

キョンシーにいろいろなイメージがあるのは、語・古い話・映画の三つが、それぞれ別の姿を伝えているからかもしれません。研究所は、三つを混ぜずに並べて比べたうえで、ひとつのキョンシー像を描けないか、試していきます。その際は、どの資料のどの記述からそう読んだのかも示します。

確かな範囲と、まだ分からないこと

確かめたこと: 語の説明は、辞書(デジタル大辞泉、字通、教育部の国語辞典)と、汉典が転載する古い字書で確かめました。清の話については、馮藝超の論文と『子不語』の翻刻(原文の文字を写し取ったもの)で確かめました。映画については、公式・公的な作品情報で確かめました。

まだ分からないこと

  • 「キョンシー」という読みが日本で定着した経緯未解決の問い。日本語の研究で、この語や、その受け入れられ方を扱ったものがあるか未解決の問い
  • 『殭屍先生』の台湾での題『暫時停止呼吸』が、本当に息を止める場面にちなむのか。香港電影資料館の英語の案内のほかには、まだ裏付けがありません未解決の問い
  • 『殭屍小子』の製作年と長さの食い違いの理由未解決の問い
  • 映画に何が映っているか未解決の問い

次に読む: 『子不語』の「僵屍求食」を読む/『霊幻道士』と『幽幻道士』、最初の作品を見比べる

出典

  • 『デジタル大辞泉』(小学館)「キョンシー」、『普及版 字通』(平凡社)「僵屍」。いずれもコトバンク
  • 汉典(zdic.net)「僵」「殭」の字の頁(『説文解字』『説文解字注』『康熙字典』の引用)
  • 教育部《重編國語辭典修訂本》(萌典の公開データで参照)
  • 馮藝超「《子不語》正、續二書中僵屍故事初探」『東華漢學』第6期、2007年12月、pp.189–222
  • 袁枚『子不語』巻13「僵屍求食」。維基文庫の翻刻
  • 香港電影資料館 2026年上映案内『Mr. Vampire』、Fortune Star『Mr. Vampire』カタログ、ツイン『霊幻道士』商品頁
  • 台灣電影網『殭屍小子』、アット エンタテインメント『幽幻道士』BD-BOX 案内

注(出典と、原文の該当箇所)

各注の頭の色の付いた印は、その記述が「資料の記述」「作品内の設定」「研究所の整理」のどれにあたるかを示します。原文との照らし合わせがどこまで済んだかは、印の無い注ではどれも「人が訳と説明を確かめた段階(人による原文の照合はまだ)」です。それと違う段階の注にだけ、その段階を示す印を付けています。

  1. 資料の記述 人が原文で確かめた段階
  2. 資料の記述 人が原文で確かめた段階
  3. 資料の記述 人が原文で確かめた段階
  4. 資料の記述
  5. 資料の記述
  6. 資料の記述
  7. 資料の記述
  8. 資料の記述 人が原文で確かめた段階
  9. 資料の記述
  10. 資料の記述
  11. 資料の記述
  12. 資料の記述
  13. 資料の記述
  14. 資料の記述
  15. 資料の記述
  16. 資料の記述
  17. 資料の記述
  18. 資料の記述
  19. 資料の記述
  20. 資料の記述
  21. 資料の記述
  22. 資料の記述
  23. 資料の記述
  24. 資料の記述
  25. 資料の記述
  26. 資料の記述
  27. 資料の記述
  28. 資料の記述
  29. 作品内の設定
  30. 資料の記述
  31. 資料の記述
  32. 資料の記述 人が原文で確かめた段階
  33. 資料の記述 人が原文で確かめた段階
  34. 資料の記述
  35. 資料の記述
  36. 資料の記述