研究所の創作 短編集
引き取り人を求む
1927 年 / 香港、港の善堂の義荘
この話は初稿です。欄外解説と挿絵は準備中です。
登記簿の一行は、こう並んでおります。着いた日、船、提単(ていたん)の番号、箱の数、郷、名、置き場、壺か札か、札の年、出た日。欄の名は頁の頭に一度だけ刷ってあり、あとは區啓(おう・けい)の細かい字が、上から下へ埋めてまいります。紙は桑の皮の厚い紙で、墨を吸うと少し波を打ちます。區啓の字は、その波の上でも崩れません。
區啓は、壺か札かの欄だけは、人から聞いて書きません。自分の目で底を見てから書くのでございます。
箱の蓋は釘で打ってございません。迎えた家が開けるものですから、縄を十文字に掛けて、結んであるだけでございます。區啓はその結びをゆるめ、頭の側の蓋を、指二本ぶんだけ持ち上げます。油燈を寄せますと、粗布に包まれた骨の、頭の側の隅に、素焼きの小さな壺の口が覗いております。蓋の裏には黄色い紙の札が、糊で留まったまま、ゆるく垂れております。區啓はそれに触れません。蓋を戻し、縄を結び直し、帳場へ戻って、壺、と書きます。
壺の口が覗かなければ、札、と書きます。
これが、港の丘の中腹にある、善堂の義荘(ぎそう)の書記の仕事でございました。年は民国の十六年、西暦でいえば千九百二十七年。區啓は二十九で、香港の生まれでございます。親は四邑(しゆう)から出てきた者で、家ではまだ四邑の言葉を使っておりました。
義荘は、海から着いた箱と棺を預かります。箱は、海の向こうの会館が七年に一度ほど墓を掘って、骨を洗い、箱に納めて送ってよこすものでございます。棺は、死んですぐ棺のまま帰された者のもので、年に幾つもございません。棚の間は板の棚が壁の高さまで組んであり、箱はそこに、頭を海の方へ向けて並びます。板は乾いた杉で、箱を上げ下ろしするたび、杉と塩と、古い布の匂いがいたします。棺の間は別の棟で、棺は棺台の上に載せます。帳場と、曹(そう)道士の部屋と、門の脇の番小屋とで、建物はそれだけでございます。丘の上からは、朝は港の帆柱が、夕方は島の影が見えました。
よその義荘は、置き賃を取ります。けれどもこの義荘は取りません。善堂の寄付と、会館が箱に添えて送ってくる送り賃とで、札の代と、人の飯とを賄います。その代わり、箱はなるべく早く出て行ってもらわなくてはなりません。箱が出て行くには、家の者が引き取りに来るか、郷の善堂が受けると言ってくるかでございます。だから區啓は手紙を書き、手紙に返事が無ければ、新聞に広告を出すのでございます。
善堂の世話役は、月に一度、寄付の帳面を持って丘を上ってまいります。世話役は登記簿の壺か札かの欄を、指で上から下へなぞって、札の字の数を数えます。札の字が一つ減れば、立春の代が一人ぶん減るからでございます。壺の字が増えれば、世話役はうなずきます。箱が出て行けば、もっとうなずきます。
*
莫(ばく)の女の手紙が着いたのは、前の年の秋のことでございました。
封は厚うございました。開けますと、手紙が一枚と、麻の布の小さな包みが一つ、出てまいりました。包みは手のひらに載る大きさで、粗い麻布を二重にして縫い閉じ、返し縫いの糸の端が結んでございます。持ち上げますと、土の重みがございました。振っても音はいたしません。土が詰まって、動く隙が無いのでございます。
手紙は、村の塾師の手でございましょう、楷書で丁寧に書かれておりました。息子の名と、郷の名と、海の向こうの会館の名が最初にあり、それから、こうございました。
「会館より、この秋の起骨にて息子を送り返す旨の手紙を受け取り候。箱が貴義荘に着きましたら、同封の土を箱に入れて下さいますよう。土は、当家の竈の前の土にてございます。息子は、出るときに持って出ませんでした。引き取りには春に参ります」
息子の名は莫阿賜(ばく・あし)とございました。登記簿を繰っても、まだ着いておりません。區啓は包みを帳場の引き出しに入れ、手紙を綴じ、綴じた紙の端に、小さく、土あり、と書きました。引き出しには、同じような包みが、もう二つ入っておりました。どちらも、箱がまだ着かない者のものでございます。
土を送ってくる家は、年に幾つかございます。札の代を送る家より、土を送る家の方が多うございます。札は立春ごとに代が要り、土は一度でよいからでございます。それに、土は郵便で送れますが、銭は、郷の善堂を通さねば届きません。區啓は、郷から土が先に着いた箱のことを、帳面では壺、と書きます。壺はございません。包みのままでございます。
冬に、莫阿賜の箱が着きました。
船は冬の海を渡ってきたもので、箱の数は多うございませんでした。區啓は棚の間で縄をゆるめ、蓋を持ち上げ、底を見ました。頭の側の隅に、壺の口はございませんでした。粗布と、乾いた骨の形と、蓋の裏に垂れた札だけでございます。
區啓は蓋を戻し、帳場へ行って引き出しから包みを出し、また棚の間へ戻りました。縄をゆるめ、頭の側の蓋を持ち上げ、包みを、粗布の下へ、頭の骨のあるあたりへ、手で押し入れました。手に、骨の硬さが布越しに当たりました。それから蓋を閉じ、縄を結びました。
帳場で、莫阿賜の行の、壺か札かの欄に書きかけていた札の一字を、墨で消し、脇に壺と書きました。それから曹道士の部屋へ行き、戸口で、莫阿賜の箱は壺でございます、と伝えました。曹道士は札を書いているところで、顔を上げずに、聞いた、とだけ申しました。
莫の女へは、その晩のうちに手紙を書きました。箱が着いたこと、土を入れたこと、帳面には壺と書いたこと、春に来るなら、引き取りの日を前もって知らせてほしいこと。それだけでございます。
*
曹道士は、年ぎめで義荘にいる道士でございます。送る組の道士ではございません。歩かせる術は持たず、碗も鈴も、この丘の上にはございません。曹道士の仕事は、箱の蓋の裏に留める札を書き、立春ごとに書き改めることでございます。
立春の前の晩、區啓は登記簿を繰って、札の字の行を数えました。壺の行は数えません。曹道士は、壺の有る箱に札を書かぬからでございます。區啓が一度、なぜでございますかと尋ねましたとき、曹道士は、壺の有る箱は、札を書かん、と、同じことをもう一度言ったきりでございました。
数えた行は幾十かございました。區啓は紙に数を書いて、曹道士の部屋へ持ってまいりました。部屋には朱の壺がございます。道士の朱を練って入れておく壺で、素焼きではなく、釉の掛かった厚いものでございます。曹道士は壺の蓋を開け、竹紙を幅三寸、長さ一尺に裁ち、區啓の数より五枚多く、札を書きました。頭に大きな一字、中に一行、最後に渦を巻く線。朱は濃く、紙の上で少し盛り上がって乾きました。五枚多いのは、糊を引くときに破れる分と、湿りで一枚、二枚と傷む分でございます。
立春の朝、二人で棚の間を回りました。曹道士が蓋の裏の古い札の上に、その場で練った飯糊で新しい札を重ねて留め、糊が落ち着くのを待って、古い札を下から抜きます。區啓は帳面を持って、札の年の欄に、丁卯(ていぼう)、と書き替えてまいります。古い札は曹道士が籠に集め、昼に、門の脇の香炉で焼きました。莫阿賜の箱の前は、二人とも通り過ぎました。
關老人は、その日は棚の間に入らず、門の脇で焼ける札を見ておりました。關老人は義荘の番人で、この丘に二十年おります。棚の見回りは朝と晩で、燈を提げて棚の間を端から端まで歩き、箱の縄のゆるみと、棚板の埃の線とを見ます。箱を動かせば埃の線が切れますから、誰が触ったかは、關老人には分かるのでございます。區啓が蓋を持ち上げた箱も、分かります。けれども關老人はそれを言いません。書記の仕事は書記の仕事で、番人の仕事は番人の仕事だからでございます。
*
春になりました。
ある朝早く、埠頭に船が着いたと、荷主の手代の戴(たい)が丘を上ってまいりました。區啓は提単を受け取り、關(かん)老人と、善堂の雇った人夫を四人連れて、埠頭へ下りました。
船底から箱が上がってまいります。幾百とございました。木の箱が多く、磁器の甕を箱に収めたものが幾つか混じっております。甕の箱は持てば分かります。重みが底に寄っているのでございます。箱には一つずつ荷札が付いており、荷札には会館の印と、郷の名と、名と、番号とがございます。區啓は会館から先に届いていた名単を広げ、人夫が箱を荷車に載せるたび、荷札の番号を名単の番号と突き合わせ、筆で印を付けてまいりました。船底の湿りが、箱の木に移って、持つ手が冷とうございます。
昼前に、箱は全部上がりました。名単の数より、箱が一つ多うございました。
その一つは、ほかの箱と同じ木の箱で、荷札も付いております。荷札の印は同じ会館の印で、郷の名も読めました。四邑の、竹頭郷(ちくとうきょう)とございます。番号は、海の湿りで滲んでおりましたが、読めました。けれどもその番号は、名単のどこにもございませんでした。名の所には、何も書いてございませんでした。はじめから書かれていないのか、滲んで消えたのか、區啓には分かりませんでした。
區啓は手代の戴に、名単は一枚きりかと尋ねました。戴は、会館から届いたものはそれで全部だと申しました。提単の箱の数は、荷札の数と合っております。会館の名単だけが、一つ足りないのでございます。
荷車は五台になりました。丘の坂を、人夫が前で引き、關老人と區啓が後ろから押してまいります。坂の半ばで、荷車の一台の、積んだ箱のどれかから、乾いた軽い音がいたしました。かさ、と一つでございます。木の軋みとも、縄の鳴る音とも違っておりました。人夫の一人が足を止めました。
「海の湿りがまだ抜けん箱じゃ」と關老人が申しました。「棚に載せれば抜ける。押せ」
人夫は押しました。音は、それきりでございました。
*
その日の午後は、棚の間で暮れました。
人夫が箱を棚に上げてまいります。區啓は一つずつ縄をゆるめ、頭の側の蓋を持ち上げ、油燈を寄せて底を見て、蓋を戻し、縄を結び、帳面に書きました。壺、札、札、壺、札。箱の中の骨は、どれも粗布か絹に包まれて寝かせてあり、蓋の裏の札は、海を渡ってきたぶん、どれも少し湿って、紙の張りが失せかけておりました。區啓はそれに触れません。札のことは曹道士の仕事でございます。曹道士は翌朝から、湿った札を一枚ずつ見て、傷んだものだけ書き替えてまいります。
甕の箱は、手間がかかります。木の蓋を開けますと、中に磁器の甕が据わっており、甕の蓋の裏に札が留まっております。甕の口は狭く、骨は絹で包んで納めてございますから、燈を寄せても、底はすぐには見えません。區啓は甕の蓋を少しずらし、燈を口の縁へ寄せ、絹の脇から素焼きの壺の肩が覗くのを待ちます。覗けば壺、覗かなければ、絹の端を指でわずかにどけて、もう一度見ます。それでも無ければ、札、と書きます。甕で帰る者は、自分で代を払える者でございますから、たいていは壺がございます。たいていで、全部ではございません。
名単に無い箱の番が来ました。
區啓は縄をゆるめ、蓋を持ち上げました。壺の口はございませんでした。粗布と、骨の形と、湿った札。ほかの箱と変わるところはございません。區啓はしばらく、油燈をそのままにしておりました。それから蓋を戻しました。
帳場で、その箱の行を書きました。着いた日、船、提単の番号、箱の数の一。郷の欄に、竹頭郷。名の欄は、空けました。壺か札かの欄に、札。札の年の欄は、曹道士が見てからにいたします。
名の分からぬ箱の行は空けておく、というのが、この義荘の決まりでございます。空けた行は、あとで名が分かれば埋められます。分からなければ、そのままでございます。登記簿の古い頁には、そういう行が、幾つかございました。
その晩、區啓は帳場で遅くまで帳面を合わせておりました。棚の間は、昼は海の方の高い窓から光が入り、夜は關老人の燈のほかに明かりがございません。箱は、棚の板に載って、上げたときの形のまま、そこにございます。棚の間は、戸の向こうで静かでございました。關老人が見回りの燈を提げて、棚の間を一度抜けて戻ってまいりましたが、何も申しませんでした。
*
それから幾日か、區啓は手紙を書きました。
名単にある箱は、郷ごとに分けて、郷の善堂へ一通ずつ、そこへ名を並べて書きます。家の所が分かっている者には、家へも一通書きます。会館から箱に添えて送られた銭のうち、手紙の代は決まった額で、區啓はそれを超えぬよう、短く書きます。
「貴郷の下記の方々の骨箱、二月二十八日着の船にて、当義荘に着き候。当義荘は置き賃を取らず候えども、長く置くは本意に非ず。御家にて引き取られるか、貴善堂にて受けられるか、春のうちに御返事下されたく候」
その下に、名が並びます。郷によって、一人のところも、十幾人のところもございます。
手紙は、町の郵便局から出します。郷の善堂の所書きは、善堂の帳面に綴じてある古い手紙の封から写します。家の所書きは、会館の名単に付いていることもあり、無いこともございます。無ければ、郷の善堂への手紙に、家へ回してくれるよう、一行足します。切手の代も、手紙の代のうちでございます。
それが済むと、広告の文を作りました。
広告に出すのは、前の年から棚に残っている箱でございます。手紙を出して、返事の来なかった箱。郷の善堂が、そのような者は知らぬと言ってきた箱。それに、今年の、名単に無い箱の一つ。
新聞は、字の数で代を取ります。だから書記は、削るのでございます。區啓は下書きを帳場の壁に貼って、幾日か、通るたびに一字ずつ削ってまいりました。郷を一行目に置くのは、區啓の癖でございます。新聞を読む人は、自分の郷の名を先に探すものでございますから。
下書きは、こういう形でございました。
四邑 牛欄郷(ぎゅうらんきょう)
莫 阿賜
十二月十日着の船 箱一
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これは、莫阿賜の分ではございません。形を見せるために、區啓が最初に書いて壁に貼った、見本の一枚でございます。莫阿賜の家は、春に来ると手紙で言っておりましたから、広告には出しません。區啓はこの見本の下に、本当に出す分を、一枚ずつ重ねてまいりました。
名単に無い箱の分は、こうなりました。
四邑 竹頭郷
(名を欠く)
二月二十八日着の船 箱一
港の善堂の義荘にあり 引き取り人を求む
區啓は、名を欠く、の三字を書くか書かぬかで、二日迷いました。書かなければ、二行目が無くなって、字の代が三字ぶん浮きます。書けば、読む人が、名が無いことを知ります。區啓は書くことにいたしました。
*
清明の前の、よく晴れた日に、區啓は町へ下りて、新聞社の窓口へまいりました。
窓口の男は袁(えん)と申しまして、區啓とは毎年の顔見知りでございます。袁は紙を受け取ると、筆の尻で字を一つずつ突いて数え、算盤を弾いて、代を言いました。區啓は銭を払いました。善堂の銭でございます。
袁は、名を欠く、の三字の所で、筆の尻を止めました。
「これで、誰が来ます」
「郷と船で、来る人は来ます」と區啓は申しました。「自分の家の者が、その年にその船で帰ると知っている家なら、郷の名だけで分かります」
袁は、それもそうだ、という顔をして、三字ぶんの代を足しました。
「去年のは」と袁が申しました。「来ましたか」
「二つ、来ました。一つは、手紙だけ来ました」
残りは棚にございます。袁はそれ以上尋ねず、紙の束を、机の脇の箱へ入れました。広告は、三日後の新聞の、いちばん下の段に出ることになっております。いちばん下の段には、同じような文が、ほかの義荘や会館のものも並びます。薬の広告と、船の出る日の広告の下の、字のいちばん小さい段でございます。區啓は帰りに、丘の下の店で、門の香炉に上げる線香を一束買いました。清明のあいだは、門の香炉に朝夕一本ずつ上げます。箱には上げません。
*
莫の女が来たのは、清明の二日前でございました。
小柄な女で、黒い布の上着を着て、背に竹の籠を負うておりました。川を舟で下り、海の船に乗り換えてきたと申しました。息子の名を言い、義荘の手紙を懐から出しました。區啓の書いた手紙でございます。紙は、幾度も開いた折り目で、柔らかくなっておりました。
區啓は登記簿を開いて、莫阿賜の行を女に見せました。女は字が読めぬようでございましたが、區啓が指で、名と、壺の字とをなぞりますと、うなずきました。
棚の間へ案内いたしました。莫阿賜の箱は、冬に着いたものでございますから、棚の奥の方にございます。人夫が二人で下ろして、床に置きました。
女は、箱の荷札を読んでくれと申しました。區啓は燈を寄せて、読みました。会館の印、郷の名、莫阿賜、それから番号。女は、番号の所だけ、もう一度、と申しました。區啓はもう一度読みました。女は、その番号を口の中で繰り返しておりました。
女は背の籠から、畳んだ布を一枚出しました。藍の木綿の、使い込んで色の抜けた布でございます。箱を包んで帰るための布でございました。
女は箱の前にしゃがみました。縄をほどくのに手間取っておりますので、區啓が結びをゆるめてやりました。女は蓋を、頭の側から持ち上げました。蓋の裏の札が、ゆるく垂れました。女はそれに目をやって、それから、箱の底を見ました。
粗布の頭の側の、布の下から、麻の包みの端が覗いております。返し縫いの、糸の端を結んだ縫い目でございます。
女は、長いこと、それを見ておりました。何も申しませんでした。手も、伸ばしませんでした。それから蓋を戻し、自分の手で縄を掛けました。結び方は、區啓の結び方と違っておりました。
區啓は、女に一つだけ申しました。村で箱を開けたら、蓋の裏の札は、家の方で焼いてください。焼いた日を、郷の善堂からでよいので、手紙で知らせてください。女は、うなずきました。
帳場へ戻って、區啓は莫阿賜の行の、出た日の欄に、日を書きました。女は箱を藍の布で包み、背の籠に入れ、人夫が籠を背に負わせてやりました。箱は、骨だけでございますから、重うはございません。女は礼を言い、丘の坂を下りてまいりました。
區啓は門の所で、女の背の籠が坂を曲がって見えなくなるまで、立っておりました。
*
清明が過ぎますと、手紙が来はじめました。
郷の善堂から、受ける、と言ってくるものがございます。家から、夏に行く、と言ってくるものがございます。手紙の来た箱の行には、區啓が、返事あり、と小さく書き添えてまいります。手紙の来ない箱の行には、何も書き足しません。
広告を見た、と言ってくる手紙も、幾通かございました。前の年から残っていた箱のうち、一つは、それで家が分かりました。もう一つは、郷の善堂が、広告の名はうちの郷に二人いる、どちらかを知らせよ、と言ってまいりました。區啓は荷札の番号と着いた日を書いて、返事をいたしました。
竹頭郷の、名を欠く箱には、手紙は来ませんでした。
四月の半ばに、善堂の世話役が寄付の帳面を持って上ってまいりました。世話役は登記簿の壺か札かの欄を指でなぞり、出た日の欄に日の入った行を数えて、うなずきました。それから、名の欄を空けた行の所で指を止め、何も言わずに、次の頁をめくりました。區啓も、何も申しませんでした。
四月の末に、區啓は新聞社の袁に頼んで、刷り上がった新聞を一部、義荘に取っておいてもらいました。善堂の帳面に、広告を出した証として綴じるためでございます。區啓はその紙を帳場の机に広げ、いちばん下の段を、端から見てまいりました。
四邑の郷の名が並んでおります。區啓の字で削った文が、活字になって、どれも同じ形で並んでおります。
その中に、こうございました。
四邑 竹頭郷
(名を欠く)
二月二十八日着の船 箱一
港の善堂の義荘にあり 引き取り人を求む
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。