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研究所の創作 短編集

揺れの間

民国の初め / 太平洋を渡る汽船の船底

この話は初稿です。欄外解説と挿絵は準備中です。

船は、揺れるものでございます。

汽船の船底の、箱を積んだ間には、昼も夜もございません。鉄の壁と、鉄の梁と、床に敷いた板と、その板の下を流れる機関の音がございます。油燈が一つ、梁から下がっております。船乗りは火を嫌いますので、硝子の覆いの付いたものを一つだけ、許されたのでございます。

燈が右へ振れますと、積んだ箱の影が左へ伸びます。燈が左へ振れますと、影は右へ伸びます。箱は縄で縛って三段に積んでございますから、揺れのたびに縄がきしみ、板が板に当たって、ぎい、と鳴ります。甕を収めた箱は、木だけの箱より低い音を立てます。それが、揺れと一緒に来る音でございます。

盧伯(ろはく)は、その音を数えません。数えるのは、揺れと揺れの間に来る音でございます。

 *

積む日のことから申し上げます。

港の埠頭に、箱が幾百、並んでおりました。木の箱が大半で、ところどころに、ひとまわり大きな箱がございます。磁器の甕(かめ)を木の箱に収めたもので、持ち上げると重うございました。甕は、自分の銭で帰る者の物でございます。木の箱は、会館の銭で帰る者の物でございます。どの箱にも荷札が付いております。名と、郷と、会館の印でございます。

箱は網に載せて吊られ、船の腹の口から下ろされてまいりました。盧伯は下で受け、縄で縛って積んでゆきました。手伝いの若い者が二人、荷主の会館から来ておりましたが、昼過ぎには帰ってしまいました。甕の箱は下の段に、木の箱はその上に。崩れぬように、壁から積んでまいります。

棺は最後でございました。一つだけでございます。黒く塗った、重い棺で、蓋の合わせ目に、黄の紙の札が一枚、貼ってございました。会館の道士の書いた、船の封でございます。甄(けん)という商人の棺で、店の銭で、死んですぐ棺のまま帰るのだと、手代が申しました。棺は壁ぎわに、板を敷いて据えました。土の上でなくとも、棺はじかに置かぬものでございます。

手代は、箱の数を書いた紙と、提単(ていたん)の写しを盧伯に預けました。盧伯は字が少し読めます。提単には、箱の数と、荷の名が書いてございました。荷の名は、魚の骨、と書いてございました。盧伯がそこを指しますと、手代は、そういうものだ、と申しました。

それから手代は、仕事を三つ言いました。

蓋の縁の湿りを見ること。海の湿りで、札が傷みますから。縁が湿っていたら、乾いた布を当てる。蓋は開けない。札には触らない。

鳴る箱を数えて、帳面に書くこと。

着いた港で、義荘(ぎそう)の書記に帳面を渡すこと。

「鳴る、と申しますと」と盧伯が訊きますと、手代は、船の揺れで鳴る音は揺れと一緒に来る、骨の鳴る音は揺れの間に来る、後の方だけを数えろ、と申しました。

「鳴ったら、どういたします」

「数えろ」と手代は申しました。

それだけ言って、梯子を上がってゆきました。鳴る箱があるのかどうか、手代は申しませんでした。

もう一人の付き添いは、容(よう)という四十前の男でございました。盧伯より後に乗ってまいりまして、箱の間を見回し、鼻をひくつかせました。まだ何も匂っておりません。

容は、帰って田を買うのだと申しました。十二年、鉄道の飯場と洗い物の店で働いて、嫁を一度も見ずに来たのだと申します。盧伯は、帰って死ぬのだと申しました。容は笑いましたが、盧伯が笑わないのを見て、やめました。

二人とも、船賃を払っておりません。箱の番をする代わりに、免じられたのでございます。会館の世話役が、帰る年寄りの中から、耳の良い者を選ぶのだそうでございます。盧伯は自分の耳が良いのかどうか、知りませんでした。

船が港を離れますとき、容は上の甲板へ出て、陸が遠くなるのを見ておりました。盧伯は出ませんでした。三十年おりました所でございますが、見ておきたいとは思わなかったのでございます。容が下りてまいりまして、もう陸は見えぬ、と申しました。盧伯はうなずきました。

寝床は、箱の列と並べて敷きました。足を箱の方へ向けないようにいたします。容がわけを訊きますので、義荘の番人はそうする、とだけ盧伯は答えました。盧伯は義荘の番人をしたことはございません。金山(きんざん)で三十年あまり、洗濯屋の桶を回し、それから野菜を売っておりました。そうするものだと、どこかで聞いたのでございます。

 *

一晩目は、揺れだけでございました。

港を出た船は、外の海に出ると、長く、ゆっくりと揺れはじめました。縄がきしみ、板が板を打ちます。甕の箱は、木の箱より低い音を立てます。壁ぎわの棺は、重うございますので、鳴りません。

盧伯は横になり、目を閉じて、音を聞いておりました。揺れが来る。縄がきしむ。板が鳴る。揺れが戻る。縄がきしむ。板が鳴る。その間に、何も来ません。

容は、寝つけぬと申しまして、荷の底から麻の包みを取り出して見せました。新しい麻で、縫い目がきちんと揃っております。嫁が縫ったのだと申しました。帰るのに、なぜ持って来たのかと盧伯が訊きますと、持って出た物だから、持って帰るのだと申しました。

盧伯は、首から下げた包みを、襟の内から出して見せました。三十年、肌の上にあった麻でございます。汗を吸って、色は古い縄のように黒ずんでおります。口の縫い目の一か所が、ほつれかけておりました。

「開けておらんのか」と容が申しました。

「開ける物ではない」と盧伯は申しました。

母が、縫い目に糸の端を結びながら言ったことを、盧伯は覚えております。死んだら、これを頭の下に。それだけでございます。

三十年のあいだに、盧伯は、死んだ仲間の荷を幾度か探りました。首か、荷の底に、たいてい包みがございます。それを会館に渡すのが、仲間の仕事でございます。無い者もおりました。荷を売ってしまった者、どこへやったか本人も忘れていた者。そういう者は、無いまま、会館の墓地に葬られました。盧伯はそのことを容に話しませんでした。容が訊かなかったからでございます。

盧伯は包みを襟の内へ戻しました。ほつれは、肌に当てて乾かしておれば、土はこぼれません。三十年、そうしてまいりました。

 *

三晩目に、鳴りました。

揺れが来て、縄がきしみ、板が鳴り、揺れが戻って、縄がきしみ、板が鳴り——その、戻りきって次の揺れが来るまでの、何も鳴らぬはずの間に、乾いた、軽い音が一つ、したのでございます。

かさ、と。

盧伯は目を開けました。油燈は揺れております。箱の影が伸び、縮みます。盧伯は、次の間を待ちました。揺れが来て、戻って、間が来ます。何も来ません。もう一度、揺れが来て、戻って、間が来ます。

かさ、と。

同じ所からでございました。

盧伯は起き上がり、油燈を梁から外して、音の方へ行きました。燈を提げて歩きますと、影が箱の間を走ります。三段に積んだ箱の、二段目の、奥から三つ目でございます。木の箱でございました。荷札を燈に寄せますと、名と郷が読めました。若い者の箱でございました。

盧伯は、蓋に手を触れませんでした。しばらく、そこに立っておりました。揺れが来て、戻ります。その間に、箱の中で、かさ、と。箱の底の板の上を、乾いたものが、わずかに滑るような音でございます。

寝床に戻って、帳面を出し、筆を舐めて、正の字の一画目を引きました。

容は、眠っておりました。

 *

容が音に気づいたのは、その次の晩でございました。

「伯」と容が申しました。「鳴っておる」

「鳴っておる」と盧伯は申しました。

「どれだ」

盧伯は燈を取って、箱の所まで連れてゆきました。容は荷札を読みませんでした。箱から一歩さがって、鳴るのを一つ聞き、それから自分の寝床を、箱の列から離れた壁ぎわへ引きずってゆきました。

「伯も離せ」と容が申しました。

盧伯は離しませんでした。

「奥へやれぬか」と容が申しました。「いちばん奥へ。棺の向こうへ」

「積んだとおりに下ろす」と盧伯は申しました。提単の順でございます。順を変えれば、港で数が合いません。合わぬと、書記が困ります。

「船の者に言うたらどうだ」

「言うて、どうする」

容は、それきり言いませんでした。

容の寝床は、それから着く日まで、壁ぎわのままでございました。足は、やはり箱の方へ向けておりませんでした。

 *

正の字は、鳴った晩を数えるものでございます。鳴った数ではございません。

容が、それを訊きました。壁ぎわへ寝床を移してから、容はかえって耳が良くなったようで、「昨夜は三つ鳴った」「今夜はもう五つだ」と申します。盧伯は、晩に一画でございます。鳴った数は、数えきれません。揺れの間は一晩に幾百とございまして、そのどれに鳴り、どれに鳴らぬか、朝まで起きて聞いておるわけにはまいりません。鳴った晩は、鳴った晩でございます。

「名は、何という」と容が、別の晩に訊きました。

盧伯は荷札を読んでおります。読めましたが、言いませんでした。

「書記が読む」と盧伯は申しました。

「郷は」

「書記が読む」

容は、それ以上訊きませんでした。盧伯の仕事は、縁の湿りと、正の字と、港で帳面を渡すことで、名を読むのは、書記の仕事でございます。手代は、そう申しました。

その晩、容は、盧伯がなぜ三十年も帰らなかったのかを訊きました。

「船賃を貯めると、何かが起きた」と盧伯は申しました。桶の底が抜けた年がございます。仲間が熱で倒れて、その葬いに出した年がございます。火事の年がございます。貯まるたびに、使う先がございました。「今度は、箱の番で、ただだ」

容は笑いました。盧伯も、少し笑いました。

揺れが来て、戻り、間に、かさ、と鳴りました。二人とも、笑うのをやめました。

 *

幾晩か、揺れと、揺れの間と、正の字の画とで、過ぎてゆきました。

鳴るのは、その箱一つでございました。幾百の箱の中で、一つだけでございます。ほかの箱は、揺れと一緒にきしむだけで、間には何も鳴らしません。

盧伯は、朝と決めた刻に、燈を提げて箱の間を回りました。朝も夜もございませんが、船の上の方から人の足音が増える刻を、朝と決めたのでございます。容が、上の炊事場から飯を貰って下りてまいります。それを食べてから、回ります。一つひとつの箱の、蓋の縁に指を当てます。海の湿りは、板の継ぎ目から入ってまいります。縁が湿っておれば、乾いた布を当てて、しばらく押さえます。それだけでございます。蓋は開けません。蓋の裏に札が留めてあることを、盧伯は手代の言葉で知っているだけで、見たことはございません。

幾百の箱を回るのに、朝の半分がかかります。残りの半分は、布を乾かします。布は機関の壁に近い所に掛けますと、乾きます。鉄の壁は、掌を当てますと、ぬるく、かすかに震えておりました。盧伯は、そこを見つけるのに三日かかりました。

容は、日に幾度も上の甲板へ出ます。出るたびに、何かを持って下りてまいります。飯のこともあり、話のこともございます。船乗りが指で数えてみせた、あと幾日という数。甲板で見た、大きな魚。もう海の半分は来た、という話。盧伯はどれも、帳面には書きません。帳面に書くのは、鳴った晩だけでございます。それでも、容の持って下りる話は、箱の間の、昼のようなものでございました。

若い者の箱の縁は、ほかの箱より、湿っておりました。奥の方に積んであるせいか、積む日に濡れていたのか、分かりません。盧伯は、その箱には布を二度当てました。布を当てているあいだ、揺れが来て、戻り、間に、かさ、と鳴ります。布を当てても、鳴る間は変わらないようでございました。変わらないのか、盧伯の耳では分からないだけなのか、それも分かりません。

壁ぎわの棺は、日ごとに匂ってまいりました。

初めは、燈の油の匂いの底に、甘いものが薄く混じる程度でございました。それが、幾晩かのうちに、棺のそばを通ると顔に来るようになり、やがて箱の間の全体に、薄く行き渡りました。容は袖で鼻を覆って棺のそばを通ります。盧伯は覆いません。

「商人の棺は匂う」と盧伯は申しました。それだけでございます。

甄の棺は、鳴りません。揺れが来ても、間が来ても、黒い蓋は黙っております。合わせ目の札は、湿りで少し波を打っておりました。盧伯はそれにも触れません。船の封は、着いた港の義荘の者が切るものだと、手代が申しておりました。

 *

荒れた晩がございました。

揺れが大きく、間が無くなりました。船が持ち上がって、落ちます。落ちきらぬうちに、また持ち上がります。縄が鳴りどおしで、板が板を打ちどおしで、燈は梁の下で円を描き、三段目の箱が一つ、縄の内で動いて、どん、と隣を打ちました。

盧伯は起きて、その箱の縄を締め直しました。手が、揺れのたびに箱に打ちつけられます。容は壁ぎわで、荷を抱えて座っておりました。床の板の下で、水の走る音がいたします。

「伯」と容が、揺れの音に負けぬように声を上げました。「落ちたら、どうなる」

「落ちぬ」

「船が」

盧伯は縄を結び終えて、容の方を向きました。

「海に落ちた骨は、どこにも帰れんそうだ」と容は申しました。「年寄りがそう言うておった」

盧伯は答えませんでした。それは盧伯も、子どものころに聞いたことでございます。船に乗る前の晩に、金山の宿で、誰かがまた言うのを聞きました。言う者はいつも年寄りで、聞く者はいつも、これから乗る者でございます。

その晩、若い者の箱が鳴ったかどうか、盧伯には分かりませんでした。揺れと揺れの間が、無かったのでございます。鳴る音があったとしても、縄と板の音の中に紛れて、聞き分けられませんでした。

揺れがいちばん大きかったころ、梯子の上の口が開いて、燈が一つ、覗きました。船乗りでございました。異国の人で、顔は燈の後ろで見えません。船乗りは船底まで下りて来たことはございませんし、その晩も下りてまいりませんでした。しばらく燈をこちらへ向け、箱の列の上を燈が一度、ゆっくり行って戻り、それから何か短く言って、口を閉めました。何と言ったのか、盧伯には分かりません。

「あの者らにも、聞こえておるのだ」と容が申しました。

「上は、揺れの音しかせん」と盧伯は申しました。船乗りが何を見に来たのか、盧伯には分かりません。

棺の匂いは、その晩がいちばん強うございました。容は袖の上から、さらに手で鼻を押さえておりました。

夜が明けたと決めた刻に、盧伯は帳面を出しました。正の字の画を、引きませんでした。数えられぬ晩は、数えぬのでございます。

容がそれを見て、「鳴っておったろう」と申しました。

「聞こえなんだ」と盧伯は申しました。

「鳴っておったに決まっておる」

「聞こえなんだものは、書けぬ」

盧伯は帳面を閉じました。

 *

その次の次の晩は、凪でございました。

揺れが、ございません。燈は梁からまっすぐに下がり、箱の影は動きません。縄はきしまず、板は鳴りません。船の機関の音が、床の下から、低く、ずっと続いているばかりでございます。

盧伯は、その晩、一度だけ上の甲板へ出ました。箱の間に下りてから、初めてでございます。梯子を上がり、通路を抜けますと、夜の風が顔に来ました。海は平らで、黒く、どこまでも同じでございました。空には星がございます。船の燈が、水に映って、揺れずに付いてまいります。船乗りが二人、遠くで何か話しておりました。陸は、どちらを向いても見えません。出た港の方も、着く港の方も、同じ黒さでございました。

盧伯は、長くはおりませんでした。下りてまいりますと、匂いが、先に来ました。

その中で、若い者の箱が鳴りました。

かさ、と。

間を置いて、また、かさ、と。

揺れが無いので、鳴る音だけがございます。盧伯は、揺れの間でなく、音と音の間を数えました。息を幾つ、というほどの間でございます。それが、三晩目に初めて聞いたときより、短いように思われました。思われただけで、三晩目の間を、盧伯は数えておりません。数えておけばよかったと、そのとき思いました。

容は壁ぎわで、起きておりました。何も申しません。

盧伯は寝床に座って、聞いておりました。幾百の箱が、黙っております。一つだけが、間を置いて、鳴ります。黙っている箱と、鳴る箱と、どこが違うのか、盧伯は知りません。荷札の名が違うだけでございます。

盧伯の手が、襟の内へ行きました。

指が麻に触れ、ほつれた縫い目に掛かりました。糸の端が、一本、指に絡みます。盧伯はそのまま、しばらく動きませんでした。

かさ、と。

それから手は、襟の内から出て、膝の上へ戻りました。

盧伯は横になりました。目は閉じませんでした。燈はまっすぐに下がっております。

 *

着く港の、前の晩でございます。

盧伯は帳面を開いて、正の字を数えました。正の字が三つと、四画。鳴ったか分からぬ晩が一つ、鳴らなかった晩が、初めの二つ。数えてみれば、海の上の幾晩というのは、そう多いものではございませんでした。

棺の匂いは、もう箱の間のどこにいても同じでございます。容も、袖で覆うのをやめておりました。

容が、壁ぎわから申しました。

「伯。港に着けば、鳴らなくなるか」

盧伯は帳面を閉じました。

答えませんでした。知らないのでございます。

「書記は、その帳面をどうする」

それも、盧伯は知りませんでした。渡せ、と言われただけでございます。

容は、しばらく黙ってから、「田を買うたら」と申しました。「畦に、祠を一つ建てる」

盧伯は、それには、うなずきました。

揺れが来て、戻り、間に、かさ、と鳴りました。

 *

朝、船が港に着きました。

船の腹の口が開いて、四角い光が落ちてまいりました。燈は、もう要りません。盧伯は燈を消して、梁に掛けました。機関の音が止まっておりました。床の下が、静かでございます。

上から縄と網が下りてまいります。盧伯と容は箱の縄を解き、網に載せてゆきました。積んだときと逆に、木の箱から先に、それから甕の箱でございます。網はいっぱいになると、揺れながら上がってゆき、光の中で見えなくなります。上では、埠頭の人の声がしております。

若い者の箱の番が来たとき、盧伯は、蓋の縁に指を当てました。湿っております。盧伯は乾いた布を出して、縁に当て、しばらく押さえました。それから網に載せました。

箱は、ほかの箱と一緒に、縄に吊られて、上がってゆきました。

棺は最後でございました。縄を掛けるのに人が要りますので、上から人が二人下りてまいりました。唐人でございます。二人は袖で鼻を覆い、棺に縄を掛け、合わせ目の札を見て、何も申しませんでした。棺が上がってゆくと、匂いが、少し薄くなりました。

盧伯は梯子を上がりました。三十年ぶりの、この側の光でございます。埠頭に、義荘の書記が机を出して座っておりました。盧伯は帳面を渡しました。書記は、箱の数の紙と提単の写しを受け取り、帳面を開いて、正の字を見ました。それから、箱はどれかと訊きました。盧伯は、埠頭に並べられた幾百の中から、その箱を指しました。書記は荷札を読んで、自分の帳面に何か書き、盧伯に、ご苦労でした、と申しました。

盧伯は自分の荷を担ぎました。容は、もう先に歩き出しております。

襟の内に、麻の包みがございます。三十年、そこにあったとおりに。

盧伯は、埠頭を歩き出しました。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。