研究所の創作 短編集
撿骨の日
2016 年 / 台湾の南の古い町
つながる話 鈴の箱(葬送師の系譜の無い島。塔の棚は土に触れない)・封の棺(歩かされたことの無い魄は、生まれた土に触れれば眠る)この世界の基本 義荘と土地の神・育つ・死者と屍・額の札・碗の符水・鈴と拍
本文の ◦ の印には、この世界の基本の短い説明が付いています。小さな番号は欄外解説で、その場面の決まりの細部や、ほかの話とのつながりを説明します。画面が狭いときは、印や番号を押すと開きます。この世界の基本
まだ暗いうちに、施家豪(し・かごう)は会社のワゴン車の後ろを開けた。
荷は前の晩に積んである。黄色い釉のかかった金斗甕(きんとがめ)1金斗甕は、拾った骨を座らせて納める甕です。高さはおよそ一尺六寸、肩が張って口が広いのは、最後に頭の骨を上から据えるため。昔は甕ごと別の良い土地に埋め直しましたが、甕の内は土に触れないので、骨は眠りも育ちもせずに待つだけでした。いまは葬儀社が、納骨塔の龕(骨壺を納める区画)の寸法に合わせて手配します。同じ場面 → 鈴の箱が一つ。蓋は麻紐で胴に縛りつけてある。黒い傘が二本。刷毛、目の細かい紙やすり、晒しの木綿、米酒の瓶が三本、青いシート、軍手をひと包み。家豪は携帯の画面で段取りの表2葬儀社の撿骨の段取りの表には、甕・傘・酒の数の下に「備考」の欄があり、「名」「影」「足から」と、短く書いてあります。書き足したのは代々の古い社員で、わけはどこにも書いていません。新しく入った者は、訊いて答えてもらえたものから順に、印をつけられるようになります。を開き、一つずつ指で触れて数えた。冷えた甕の肌が、荷台の灯りを鈍く返した。
葬儀社に入って四年になる。仕事の多くは病院の霊安室で始まり3病院で死んだ者の魂を三日預かるのは、病院の建つ土地の神です。線香を立てられない霊安室では、葬儀社の古い者が扉を出るときに、胸の内で名と年とどこで死んだかを告げます。火葬で灰になった死者には、墓を開けて骨を拾う日が来ません。同じ場面 → 土地廟のない村・鈴の箱、火葬場で終わる。撿骨(けんこつ)の依頼は月に一件あるかないか4撿骨は、土に葬って八年から十年ののちに墓を開け、骨を拾う弔いの仕上げです。掘り出されて外の気に触れると魄は目を覚ますので、撿骨の日は、古いやり方のまま残った危ない日です。町で葬る死者のほとんどが火葬になったいま、この日の用心を知る者も減りました。この決まりの要 → 揃いすぎる列記録 → 墓を開けると屍は起きるのかで、年ごとに減っている。土に葬る家が、もうあまり無いのだ。今日の家は九年前に母親を土に葬り、その骨を拾って、町の外れの塔に納めたいと言ってきた。拾った骨を塔へ、というのも近ごろの頼まれ方だった。
車を出して、旧い町の路地へ入った。
祖父の道壇(どうだん)は、廟の裏の細い路地にある。間口の狭い二階家で、一階の奥に神像が並び、手前の卓に硯と朱の皿が出ている。戸を開けると、線香と墨と、古い紙の匂いがした。梁には代々の名を書いた板が掛かっていて、いちばん端に祖父の名がある。その隣は空いている。家豪の父は継がず、電器屋を開いた。
祖父の施添福(てんぷく)は八十四になる。もう着替えを済ませ、卓の前に座っていた。卓の上に、黄色い紙の札が十枚ほど5撿骨の札は、土を破る日の前の晩に書き、朱が隣へ移らないよう一枚ずつ半紙に挟みます。一つの穴に要るのはたいてい一枚で、残りは、隣の墓が騒いだときと、甕を運ぶ車に一枚。札の字の書き損じも一枚に数えます。使わなかった札も、書いた道士が自分の手で焼きます。同じ場面 → 六枚目の札・碗の跡、半紙に挟んで重ねてある。ゆうべ書いたものだ。祖父の右手の中指の腹に、朱がまだ少し残っていた。
「傘は持ったか」
「二本」
祖父はうなずき、畳んだ道袍(どうほう)を風呂敷に包んで立ち上がった。膝が一度、乾いた音を立てた。
*
町を出ると、道の両側に甘蔗(さとうきび)の畑が続いた。刈り入れの済んだ畝に、白い鷺が何羽も降りていた。
先週の日曜も、家豪は祖父を乗せてこの道を走った。行き先は同じ県の、海沿いの村だった。昔の知り合いに会う、と祖父は言った。
一時間ほど西へ走ると、畑が途切れ、空が低くなった。村は、魚を飼う池の水面が畦で四角く仕切られて、どこまでも並んでいた。池の縁で水車が回り、白い泡を立てていた。水車の羽根の音が、どの池からも少しずつずれて聞こえた。畦の先には牡蠣の殻が山に積まれ、日に焼けて白くなっていた。風は塩と泥の匂いがした。
家は数えるほどしか無かった。どれも一階建てで、屋根に黒い網の干し場を載せ、戸口の前に発泡スチロールの箱を積んでいた。人の姿はほとんど無く、犬が一匹、車の後ろを少しだけ追ってきて、すぐにやめた。
堤の上に、腰の高さほどの土地公(とちこう)の祠6施家では、土地公の香炉の灰を見て、その村の暮らしを読みます。毎朝誰かが線香を立てる祠の灰は乾いてさらさらし、数日に一度しか人の来ない祠の灰は夜露を吸って固まる、と見る。灰の固まった祠にも土地の神はいて、土をもらうときの断りは、ふだんどおり線香一本で足ります。同じ場面 → 土地廟のない村・一本の線香この世界では義荘は、旅の死者を預かる町はずれの小屋。土地の神(土地公)は、死んだ人の魂を三日のあいだその土地に留めて預かり、故郷へ帰れなかった者たちも預かる。基本 → 義荘と土地の神があった。土地の神を祀る祠だ。赤い瓦の小さな屋根で、香炉の灰は湿って固まっていた。祖父はそこで車を降り、近くの家から出てきた年寄りの女と長いこと話していた。女は牡蠣を剝く小刀を手に持ったままで、ときどき池のほうを小刀の先で指した。家豪は窓を少し下ろしていたが、二人の言葉は海の訛りが強く、切れ切れにしか聞き取れなかった。顏(がん)の家、という言葉が一度聞こえた。それから、嫁に出たときは二十だった、とも。

話が済むと、祖父は祠に線香を立て、しばらく手を合わせていた。それから祠の裏へ回ってしゃがんだ。家豪は車の中で携帯を見ていた。会社から、翌週の火葬場の予約の件で連絡が入っていた。返事を打っているあいだに、祖父は戻ってきた。ズボンの膝に、灰色の砂がついていた。
女は戸口に立って、車が畦の道を出るまで見送っていた。
帰りの車で、祖父は何も言わなかった。家豪も訊かなかった。昔の知り合いというのが、あの女のことなのか、それとも別の誰かのことなのか、家豪には分からなかった。
いま、助手席の祖父は窓の外の鷺を見ている。家豪は、あの膝の砂のことを思い出したが、やはり訊かなかった。
「賴(らい)さんの息子さん、昨日電話で訊いてきたよ」と家豪は言った。「開けて、肉が残ってたらどうするのか7開けて肉が残っているのは、土がまだ体を受け取りきっていない印です。砂の墓なら八年で骨になりますが、水の出る粘った土では十年たっても残る。埋め戻すなら三年待つのが撿骨師の目安で、火葬に回すなら、その灰は生まれた土に触れさせて、はじめて眠ります。同じ場面 → 封の棺って」
「なんと答えた」
「そのときは火葬場に回すか、もう一度埋めるか、ご家族で決めてもらいますって。会社の決まりどおり」
祖父は、ふん、と鼻を鳴らした。笑ったのか、そうでないのか、家豪には分からなかった。
*
共同の墓地は、町の東の低い丘にあった。
墓は隙間なく並び、あいだの細い道には枯れた芒が倒れていた。砂の多い土で、歩くと靴が少し沈んだ。風は乾いて冷たく、丘の上だけ空が広かった。
賴家の墓は、丘の中ほどにあった。石の墓碑に「顯妣賴門顏氏玉枝之墓」と刻まれている。その脇に、膝の高さの小さな石が立ち、「后土(こうど)」の二字8后土は墓の土地を守る神で、葬る日と拾う日に祀ります。この島の南の古い道壇の言い方では、嫁ぎ先の土で眠れない女を、拾う日まで后土が預かる。死んで三日の魂を土地の神が預かるのと同じ預かりを、九年、十年と長く延ばした形です。預かられているあいだ、魄は眠りもせず、育ちもしません。同じ場面 → 土地廟のない村が彫ってあった。墓の土地を守る神の石だ。
家族は先に来ていた。息子の賴さんは五十を過ぎた眼鏡の人で、その妻と、北の町から朝の列車で来た娘が一人。娘は家豪と同じくらいの年で、白い息を手に吹きかけていた。撿骨師の涂(と)さんは、もう墓の前にしゃがんで、鍬の柄に手拭いを巻いていた。七十近い、日に焼けた人で、家豪の会社が撿骨を頼むときは、たいていこの人に頼む。
賴さんは祖父を見ると、すぐに頭を下げた。
「母の葬式のときも、施先生に来ていただきました」
九年前、祖父はこの人の母親の葬式で、打城(だじょう)と過橋(かきょう)9打城は地獄の城に囚われた魂を剣で破り出す法、過橋は魂に橋を渡らせる法で、どちらも魂のための法事です。魄には届かないので、葬式で超度を済ませた死者でも、骨を拾う日には魄のための用心が別に要ります。この島の道士の家に残ったのは、この二つと撿骨の用心でした。同じ場面 → 鈴の箱の法事をした。
家豪は十四で、壇の後ろで鉦を打った。夜の路地にテントを張り、裸電球を吊った下に、紙と竹で組んだ城が据えてあった。四角い城壁に門が四つ、門の上に小さな楼があり、中に閉じこめられた魂の紙の人形が一つ入っていた。祖父は剣を持ってその周りを巡り、文を唱え、最後に剣の先で城の門を一つずつ破った。破るたびに、家豪は鉦を強く打った。紙の城壁が裂ける音は思ったより軽く、乾いた葉を踏んだ音に似ていた。
それから、紙の橋を渡った。赤い布を張った小さな橋を二つの卓のあいだに架け、魂を乗せた位牌を息子が抱え、家族が一列になって後ろにつく。橋の下には水に見立てた盆が置かれ、橋のたもとには銭が積まれた。祖父が先に立って、一足ごとに文を唱えた。家族は幾度も橋を渡り、そのたびに、橋のたもとで銭を置いた。列が長く、鉦を打つ手首が痛くなったことを、家豪はいまも覚えている。
終わったあと、祖父は台所の裏で水を一杯飲んで、橋は渡ってしまえば短いものだ、と言った。家豪には、それが死者のことを言ったのか、自分の手首のことを言ったのか、分からなかった。
塔にする理由を、賴さんは祖父にも話した。子どもはみな北へ出てしまい、墓の草を刈る者がいない10清明に墓の草を刈った家は、墓の上に色のついた紙を幾枚か載せ、小石で押さえて帰ります。この墓にはまだ来る者がいると、后土とまわりのさまよう者に知らせる印です。紙の載らない年が三年続くと、隣の墓の家が見かねて、自分の家の紙を一枚置いていくこともあります。。塔なら雨も入らず、清明に来ても迷わない。
祖父は黙ってうなずいた。
*
祖父は道袍を着て、后土の石の前に卓を出させた。果物を三種、米酒の盃、線香。祖父は低い声で文を読み、金紙を燃やした。
読み終えると、祖父は銀紙をひと抱え、家豪に渡した。
「隣の墓に撒いてこい。道の方へも」
家豪は銀紙をほぐし、両隣と、細い道のほうへ撒いた。金紙は神へ、銀紙はさまよう者へ。帰る所の無い者たちに、今日はここが騒がしくなると断っておく。子どものころから聞かされてきたことで、会社の研修では教わらなかったことだ11葬儀社の研修の手引きでは、金紙も銀紙も「紙類」の一行にまとめられ、発注は包みの数で数えます。隣の墓と道へ撒く銀紙は、見積もりのどの行にも載りません。だから年寄りの道士は、その分を自分の車にひと抱え積んで来ます。銀紙は、さまよう者への断りの通り賃です。同じ場面 → 土地廟のない村・一筆。
紙が燃えるあいだ、祖父は家豪にだけ聞こえる声で言った。
「嫁いだ女は、嫁ぎ先の土では眠れん。生まれた土でないからな。だから葬るときに后土に頼んで、拾う日まで預かってもらう。預かってもらっておれば、眠りもせんが、育ちこの世界では生まれた土地の土に葬られなかった死者は、年とともに魂が抜け、体に残る魄が強くなって「育つ」。跳ぶだけの体が走り、低く滑り、やがて宙に浮くまでになる。生まれた土でなければ眠らない。基本 → 育つもせん」
「今日は」
「后土が手を離す。そこへ外の風が入る」
祖父は燃え残った金紙の端を、火箸で火の中へ戻した。
「開ければ、目を覚ます。男でも女でも同じだ。この島の者は、昔から拾う日を用心してきた」
*
日は、祖父が暦を繰って選んだ日だった。土を破ってよい日で、時は朝のうち。撿骨は冬至から清明までの、寒いうちにするものだと、涂さんは言う。暑いと骨が乾く前に土の匂いが立つ。それに冬の日は低く、傘の影が長くとれる。
掘る前に、賴さんが墓碑の前に立った。線香を持った手で墓碑を三度、軽く叩いた12三度は、呼び寄せの鈴と同じ数です。昔の葬送師(海の向こうで、鈴で死者を呼んで歩かせ、故郷へ送った者)は間を長く取って三度打ち、一つ打つごとに死者の名を胸の内で呼びました。鈴の無いこの島では、家の者が線香を持った手で墓碑を叩き、名を声に出して呼ぶ。名を呼ばれてから開けられる魄は、驚きが少なくて済みます。同じ場面 → 封の棺・封の家。
「阿母(アブ)。今日、迎えに来たよ。塔へ引っ越すからね」
声は途中で一度つかえた。祖父は止めなかった。名を呼ばれてから開けられるほうが、驚きが少ない、と祖父は言っていた。生きた人でも同じだ、とも。
涂さんが掘りはじめた。
鍬の刃が砂の土に入り、湿った下の層が出てくると、匂いが変わった。雨のあとの土の匂いと、古い布の黴の匂い13術で送られなかった体は、土の中で時が流れます。腐りの匂いが立つのは葬って二、三年のうちで、九年たった墓には土と黴の匂いしか残りません。穴から熟れすぎた果物のような甘い匂いが上がれば、まだ肉がある印なので、撿骨師は蓋に手を掛ける前に鼻で確かめます。同じ場面 → 鶴の胸・封の棺。腐ったものの匂いは無かった。
腰の深さほど掘ったところで、鍬が板に当たった。涂さんは鍬を置いて、手で土をのけた。棺の蓋は黒ずんで、ところどころ落ち込んでいた。家豪は黒い傘を開き、穴の上にさしかけた。骨に、じかに日を当てない14土から出たばかりの骨は、墓の底の冷えと土の気を抱いています。そこへ急に日を当てると、目を覚ましかけた魄が驚いて騒ぐ。米酒で拭いて土の気を落とせば、骨はもう墓の中のものではなくなるので、そこからは日に当てて乾かしてかまいません。札を載せた頭の骨だけは別です。。これも古い習いだ。
「影を入れないで15影は、生きた人の陽気(体の温み・気配)が欠けた形です。目を覚ましかけた魄はそこへ手を伸ばし、影の持ち主の帰り道までついて来る。撿骨師は掘る前に日の向きを見て、家の者一人ずつの立つ所を先に決めておきます。冬の低い日の朝は影が長く伸びるので、穴の北側には誰も立たせません。」と祖父が言った。
穴の縁に立っていた娘が、あわてて一歩下がった。冬の低い日が、娘の影を墓の向こうへ長く伸ばしていた。
涂さんが蓋の板を一枚ずつ外した。黒い布の下に、骨があった。布は着物の形をかろうじて残し、その袖口から、細い腕の骨がのぞいていた。手首のところに、緑の玉の腕輪が一つ、骨にゆるく掛かっていた。
賴さんが、長い息を吐いた。肉は残っていなかった。
そのとき、穴の底で音がした。
小さな、乾いた音だった。箸の先で椀の縁を打ったような音16目を覚ました魄は、まず音を立てます。棺の中の屍なら指の節で板を打ちますが、骨だけになった体には打つ指が無く、骨と骨、骨と棺の底板が触れ合う、乾いた軽い音になる。間を置いて鳴るのは、魄が体の節を一つずつ確かめているからです。音のあとには、たいてい土が動きます。同じ場面 → 封の棺記録 → 墓を開けると屍は起きるのかが、一つ。少し間を置いて、もう一つ。風は無いのに、穴の壁の砂が、糸のように細く流れ落ちはじめた。上から下へでなく、壁の途中から、骨のほうへ寄ってゆくように。
涂さんの手が止まった。
「いま」と娘が言いかけた。
「土が落ちただけだ」と賴さんが言った。声が少しかすれていた。
「魂は、とうに行っとる」と祖父は家豪に言った。「残っとるのは魄(はく)だけだこの世界では死んだ人には、心にあたる魂(こん)と、体に残る魄(はく)がある。魂が残るうちは「死者」で、鈴で呼べば応えて歩く。魂が抜けて魄だけになると「屍」で、人を襲う。基本 → 死者と屍」
祖父は札を一枚抜き、家豪に肘を支えさせて、穴の縁に膝をついた。涂さんが黙って場所を空けた。祖父は身を乗り出し、骨の額に、黄色い札を載せた。それから中指と人差し指の二本で、札の上から軽く押さえた17骨の額には紐を回す所が無いので、札は載せるだけです。二本の指で押さえて額の丸みになじませ、紙が骨に沿って落ち着くまで指を離さない。冬の朝は紙が冷えて固く、なじむまでに、線香が指一本ぶん燃えるほどかかります。なじんだ札は指を離したあとも効きます。列の死者を止める押さえの札とは別の、骨のための札です。同じ場面 → 揃いすぎる列。紙は朝の冷えで固く、指の下で、すぐには骨の丸みに沿わなかった。

音がやんだ。砂の流れも止まった。
祖父は指を離さず、しばらくそのままでいた。家豪の手の中で、祖父の肘が細かく震えていた。寒さのせいか、年のせいか、それとも別のもののせいか、家豪には分からなかった。やがて祖父は指を離し、家豪の腕につかまって立ち上がった。
「押さえただけだ」と祖父は言った。「静かに拾え」
涂さんが、はい、と答えた。家豪の会社の仕事を受けるとき、涂さんは祖父に一度も口答えをしたことがない。
穴から上がってきた涂さんに、家豪は小声で訊いた。こういうことは、よくあるのか。
「十に一つか、二十に一つか」涂さんは手拭いで首の汗を拭いた。「先生のいない現場では、蓋を開けたら線香を三本立てて、みんなで穴から離れて、日が高くなるまで待つ。日の高いうちは、生きた者のほうが強いからな。それで静まれば拾う。静まらなければ、その日はやめて埋め戻す」
「埋め戻したことは」
「二度ある」涂さんは鍬の柄の手拭いを巻き直した。「どっちも、次の冬に先生を呼んだ」
*
骨は、足のほうから拾った18骨を足から拾うのは、人が起き上がる順の逆だからです。頭を最後に上げれば、起きかけた魄に立つ順を与えずに済む。甕に納めるときも足から入れ、頭の骨をいちばん上に据えます。骨の数が合わないときは、穴の底の土を目の細かい篩にかけて、指の骨の一つまで探します。。
涂さんが穴に降り、一本ずつ持ち上げて、上で待つ家族の手に渡した。賴さんは軍手をはずし、素手で受け取った19習わしの理由骨を素手で受け取るのは、家の者の手であることを骨に知らせるためです。軍手越しの手は、誰の手でもない。撿骨師は軍手のまま、家の者は素手で、という分け方は、海の向こうの葬送師が死者の足の紐に手を添えるだけで、解くのは家の者に任せたのと同じ線引きです。同じ場面 → 碗の跡。娘も真似をした。受け取った骨は、青いシートの上に並べてゆく。札は額に載せたままにしておけ、と祖父は言った。
最後に、涂さんが頭の骨を両手で持ち上げた。札が落ちないよう、涂さんは顎を少し上げさせるようにして運んだ。頭の骨はシートの真ん中に据えられ、ほかの骨はそれを囲むように並んだ。家豪は傘を下げて、額の札この世界では額の札は、薄れてゆく魂を体に結びとめ、死者が鈴に応えられるようにする紙の札。道士が黄色い竹紙に朱で書き、宛て先にその死者の名(知らなければ郷)を書く。効きは一年。基本 → 額の札に影を落とし続けた。
腕輪は、賴さんの妻がそっと外した。
「母が嫁いでくるとき、向こうの母親が持たせたものだと聞いています」と賴さんが言った。「海辺の家で、貧しかったのに」
米酒の栓を抜くと20撿骨の米酒は三本と決まっています。一本で骨を拭き、一本で撿骨師が手と鍬を洗い、一本は后土の盃と、埋め戻す穴の底に注ぐ。使うのは台所の米酒で、上等の酒は要りませんし、香りの強い酒はかえって嫌われます。土の落ちにくい所は、酒を含ませた木綿を当てて少し待ってから刷毛で払います。、甘い酒の匂いが冷たい風に散った。涂さんは晒しの木綿に酒を含ませ、骨を一本ずつ拭いた。土の落ちにくい所は刷毛で払い、紙やすりで軽くこすった。拭き終えた骨を、冬の日に当てて乾かす。頭の骨だけは傘の下に置いた。
乾いた骨の節々に、涂さんは筆で朱を小さく点じていった21節に点じる朱は、札を書くのと同じ朱です。甕の中で骨を座った形に組むと、つなぎ目が膝・肘・指の付け根に集まる。その一つずつに小さな押さえを置くのが朱の点です。撿骨師はわけを知っていても口にしません。言えば家の者が、甕の前で落ち着いて手を合わせられなくなるからです。。膝、肘、指の付け根。家豪が入社したてのころに訊くと、涂さんは、昔からそうする、としか言わなかった。祖父に訊くと、祖父も同じことを言った。
骨が乾くのを待つあいだ、家豪は傘の下の、額の札を見ていた。
黄色い竹の紙に、朱で三行。頭に大きく一字、その下に家豪には読めない字が縦に連なり、最後は渦を巻くような線で閉じている。札の字の最後の一画には、書いた者の癖が残る。祖父の札は、最後の線の終わりがわずかに跳ねて、跳ねたあと、ためらうように少し戻っていた。家豪は子どものころから、その跳ねを見てきた。壇の箱の札も、法事で喪家の戸口に貼る札も、祖父の書いた札はみな、同じように跳ねて戻る。
ただ、正月に戸口に貼る紅い紙の字や、法事の旗の字には、その跳ねが無かった。札でない字には癖を残さない、と祖父は言っていた。癖は札に宛て先を持たせるためのものだから、と。
家豪は甕の蓋の麻紐をほどき、中を布で拭いた。
素焼きの内側は、ざらざらして冷たかった22金斗甕の内側に釉を掛けないのは、骨の湿りを素焼きに吸わせるためです。けれども焼いた土は、もう土のうちに入らない。板の間になら碗を置けるのと同じで、甕の底に触れていても、骨は土に触れたことになりません。釉の無い肌は、冬の朝には指の熱をすぐに奪います。同じ場面 → 碗の跡・鈴の箱。この甕は午後には塔へ入る。町の外れの丘にある、白い塔だ。骨を納める棚は一階の奥にあって、灰を納める棚より一つずつが大きい。家豪は仕事で何度も入った。床は石で、棚はコンクリートで、夏は冷房が効いている。
土は、どこにも無い。
家豪は甕を拭く手を止めた。
札は、甕の中に入れてゆくのだろうか。入れなければ、この人は塔の中で目を覚ましたままになる。入れれば、押さえてはおける。けれども札は一年で効きが落ちる。札の一年は立春から数える、と祖父は言う。立春が来るたびに、書き改める者が要る。塔の龕(がん)の扉を、毎年開けてもらえるのだろうか23塔の龕を開けるには、納めた家の者の身分の書類と、受付の者の立ち会いが要ります。清明の前後ひと月は参る人で廊下が埋まり、扉を開ける頼みは受け付けません。立春に札を書き改めるなら、年が明けてすぐに受付へ電話をして、日を取っておくことになります。同じ場面 → 鈴の箱。開けるとして、誰が書くのか。
祖父は八十四だ。
家豪はシートの脇を回り、折りたたみの椅子で魔法瓶の茶を飲んでいる祖父のそばにしゃがんだ。
「阿公(アコン)」
祖父は茶を飲みながら、目だけで家豪を見た。
「塔は、土に触れない」
「知っとる」
祖父は湯呑を置き、道袍の懐から、小さく畳んだ黄色い紙を出した。札を書く紙だった。祖父の指が折り目を一つ開くと、中に灰色の砂がひとつまみ入っていた。砂には白い貝の欠片が混じり、ところどころに塩の粒が光っていた。
家豪は、膝についていた砂を思い出した。
「先週の」
「あの人の生まれた家は、いまは魚の池の底だ。東の畦のあたりだと、隣の婆さんが教えてくれた。九年前の訃聞(ふぶん)、葬式の知らせの紙に、あの人の実家の兄弟の名が並んどってな。壇の箱にしまってあった」
祖父は紙を元のように畳んだ。
「土地公に断って、畦の土をもらった。祠の裏の土も、少し24生まれた家が池の底に沈んでも、同じ土地公の土地なら、そこは生まれた土のうちです。土をもらうときは祠に線香を一本立てて断り、祠の裏の、人に踏まれていない所からひとつまみ取って、札を書く黄色い紙に包む。道壇は務めた葬式の訃聞を箱に残しておき、こういう日に生家の名を探します。同じ場面 → 土地廟のない村・封の棺」
「それで、眠るの」
「術で動かされたことの無い魄は、骨でも灰でも、生まれた土に触れればそれで眠る。符水この世界では符水は、符を焼いた灰を井戸の水に溶いた水。生まれた土地の土に注ぐと術が解け、死者は倒れて眠る。碗を土に置くと符水が土へ通い、よその土では術が半端に解けるので、碗は土に置かない。基本 → 碗の符水(ふすい)も鈴も要らん」
家豪はシートの上の骨を見た。朱の点が、日を受けて小さく光っていた。
「海の向こうの昔の人なら」と家豪は言った。子どものころ、壇の二階で祖父から聞いた話が頭にあった。夜の山道を、鈴を鳴らして死者を歩かせてこの世界では葬送師が鈴を鳴らすと、魂の残る死者は呼びかけに応えて自分で跳ぶ。鈴と足音が刻むリズムが「拍」。足音で鈴に応えるのが「返り」で、返りが夜ごとに遅れてゆけば、魄が強まった印。基本 → 鈴と拍連れ帰る人たちの話だ。「歩かせて、連れて帰ったんだろ」
「この島には、それは無かった」
祖父は魔法瓶の蓋を閉めた。
「うちの壇にあるのは、神を呼ぶ鐘だけだ。この島ではな、骨になるまで待って、抱いて運ぶ」
「賴さんには言わないの」
「言えば、塔にしたのを悔やむ」祖父は立ち上がった。「悔やむことは、何もない。あの娘は北から、朝の列車で来たんだろう。塔なら、来るたびに迷わん」
*
甕を据えると、涂さんが中を覗いて、うなずいた。
祖父は甕の前に立ち、家族のほうへ背を向けたまま、畳んだ紙を開いた。灰色の砂が、甕の底へ細く落ちた。胡椒を振るほどの量だった。紙を叩いて、最後の一粒まで落とした。

涂さんはそれを見ていた。見ていて、何も言わなかった。それから骨を足のほうから入れはじめた。まず、足の指の小さな骨をひとつかみ。
その骨が底の砂に触れたとき、甕の中で一度だけ、音がした。
貝殻と貝殻が触れ合うような、軽い音だった。一度きりで、二度目は無かった25術で歩かされたことのない魄は、眠る前に一度だけ鳴ります。体を離す音で、生まれた土に触れた骨でも、墓の土で符水を注がれた、封じられていた屍でも同じです。灰は炉の中で一度鳴ったきりで、土では鳴りません。二度鳴れば、触れた土が違う。撿骨師が甕の口に耳を寄せてしばらく動かないのは、二度目が来ないのを確かめるためで、来なければ黙って次の骨を入れます。同じ場面 → 封の棺・一度きりの雷。
「いまのは」と賴さんが言った。
「骨が落ち着いただけです26撿骨師が現場で家の者にする説明は、「土が落ちた」と「骨が落ち着いた」の、おおよそ二つです。どちらも嘘ではありません。起きた墓のことは、自分の手帳に「風」と一字だけ書いておく。四十年ぶんの手帳を開いても、この島の墓地にはよく風が吹いています。」と涂さんが言った。
祖父は傘の下にかがみ、頭の骨の額から札を取った。朱の字はそのままだったが、ただの紙の軽さに戻っていた。祖父はそれを四つに畳んで、懐にしまった。使い終えた札は、書いた者が自分の手で焼く。
涂さんは残りの骨を入れていった。踵、脛。一つずつ底から積み上げ、座った人の形に組んでゆく27甕の中の骨は、寝かせも立たせもせず、座らせます。立つ形は歩く者の形、寝る形は土に眠る者の形で、座る形は待つ者の形だからです。塔の龕に納める骨も、別の土に埋め直す骨も、生まれた土に触れるまでは、この形で家の者を待ちます。蓋を閉めたあとは、甕を傾けて運びません。。腿の骨を立て、その上に腰の骨を据え、腕の骨を胸の前で組ませるように入れ、最後に頭の骨を、いちばん上に据えた。顔は、蓋の裏に名を書くほうへ向けた28習わしの理由甕の蓋の裏に名を書き、頭の骨の顔をそちらへ向けるのは、甕の中で骨が自分の名と向き合うためです。土地の神に名を告げ、墓碑を叩いて名を呼び、蓋の裏に名を書く。撿骨の一日は、骨に名を三度聞かせる日でもあります。名の分からない骨は有應公の祠へ行き、そこでは顔の向きを揃えません。同じ場面 → 鈴の箱。涂さんは筆に墨を含ませ、蓋の裏に「顏氏玉枝」と書いた。
蓋が閉まった。賴さんの娘が、甕の肩に手を置いた。冬の朝の素焼きなのに、思ったより冷たくない、と小さく言った。
涂さんが穴を埋め戻し、墓碑の前をならした。墓碑は来月、会社が手配した石屋が外しに来る。家豪は携帯の表の、その行に印をつけた。
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塔の受付は午後二時からだった。それまでのあいだ、賴さんの家族と祖父と家豪は、丘の下の道ばたの店で昼を食べた。
店は、屋根の下に丸い卓を並べただけの店で、奥の大鍋から湯気が上がっていた。魚の粥と、揚げた油条(ヨウティアオ)と、茹でた青菜。粥には白身の魚の切り身と生姜の千切りが入っていて、塩の加減が海に近い町の味だった。甕は、車の後ろの座席に布でくるんで置いてきた。賴さんの妻が、ときどき車のほうを見た。
祖父は粥をゆっくり食べた。匙を口へ運ぶたびに、鼻の頭に汗が浮いた。
賴さんが、しばらく迷ってから、祖父に訊いた。
「先生。母は、塔でいいと思っているでしょうか。本当は、海のほうへ帰りたかったんじゃないかと、ときどき思うんです」
祖父は匙を置いた。
「塔は、いい所だ」
「そうでしょうか」
「雨が漏らん。草も生えん。あんたが年を取って、丘を登れんようになっても、塔ならエレベーターがある」祖父は茶を一口飲んだ。「あとのことは、心配いらん」
賴さんは何度かうなずき、それから、ほっとしたように粥の残りを掻きこんだ。
食べ終えると、賴さんの娘が家豪の隣に来て、紙コップの茶を一つくれた。北の町の会社で、帳簿をつける仕事をしているという。朝の列車の始発に乗るために、四時に起きたと言った。
「おじいさん、すごいですね。あの札を載せたら、本当に音がやんだ」
「土が落ち着いただけですよ」と家豪は言った。会社の人間の言い方だった。自分の声がそう聞こえるのが、家豪には分かった。
娘は少し笑った。
「施さんも、いつかああいうことをするんですか」
「しないと思います」家豪は茶を飲んだ。「会社のほうが、給料が出るので」
娘はまた笑って、そうですね、と言った。家豪も笑った。それで、その話は終わった。
店の奥のテレビで、昼のニュースが天気を伝えていた。明日から寒さが緩む、と画面の中の人が言った。祖父は腕を組んで目を閉じ、少し眠っているように見えた。
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塔は、町の外れの丘の上にあった。
白い四角い建物で、玄関の自動の扉が開くと、暖房の乾いた空気と、線香の匂い29塔は湿りを嫌い、一年じゅう空調で乾かしてあります。線香を立ててよいのは一階の土地公と本尊の前だけで、上の階へは煙を持ち込みません。二階から上の廊下は、石と造花と冷房の風の匂いです。線香を持って上がろうとする参る人を、受付は一階の土地公の前へ案内します。同じ場面 → 鈴の箱が出てきた。受付の制服の若い女の人が、賴家の書類を確かめ、龕の番号を印刷した紙を渡してくれた。家豪とは顔なじみで、「今日は撿骨でしたか。寒かったでしょう」と言って、紙コップの湯を一つずつ配った。
甕を納める前に、家族は一階の奥の土地公に線香を上げた。塔に入る者は、まずここに挨拶をする。祖父も線香を立て、頭を下げた。煙はまっすぐ上へ昇った。
エレベーターの脇の案内板には、二階から上が灰を納める階だと書いてあった。家豪は仕事で、その上の階にも何度も上がった。小さな扉が壁一面に並び、扉ごとに写真と名があり、造花が差してある。廊下はいつも静かで、冷房の風の音と、遠くの誰かの足音しかしない。
あの扉の奥の壺は、どれも土に触れていない。家豪はいままで、そんなことを考えたことが無かった。
「阿公」と家豪は小声で言った。「上の人たちは」
「待っとる」と祖父は言った。「待っておれば、育ちはせん。待つのは悪いことではない」
祖父はそれ以上言わず、廊下の奥へ歩いていった。
骨を納める棚は、ひんやりとした廊下の突き当たりにあった。番号の振られた扉が、腰の高さから天井まで並んでいる。賴家の龕は下から三段目だった30龕の値は段で違い、いちばん高いのは目の高さの段、次が胸の高さです。しゃがまずに拝めて、扉の名札も写真も読みやすいからです。下から三段目は、清明の日に家じゅうが膝をつく段なので、塔の掃除係が毎朝いちばん先に、膝の当たる床を拭く段でもあります。。賴さんが甕を両手で抱えて入れ、妻が腕輪を甕の前に置いた。娘が扉の脇の名札の枠に、祖母の名が差し込まれるのを携帯で撮った。
賴さんは祖父に紅い封筒31撿骨は弔いの仕上げで、めでたい側に数えられるので、謝礼は白でなく紅い封筒で渡します。道壇の帳面にはただ「法事」と書き、札の枚数も、穴の縁で押さえた手間も、別の行には立てません。いまの道士が表向き受け取るのは、いつも法事の謝礼だけで、封筒の表にもそう書いてもらいます。同じ場面 → 封の棺・土地廟のない村を差し出した。祖父は両手で受け取った。
扉を閉める前に、娘が祖父のほうを振り返った。
「おばあちゃん、ここで寂しくないでしょうか。海が見えないけど」
祖父は龕の奥の、黄色い甕の肩を見た。
「よう眠っとる」
娘はうなずいて、扉を閉めた。鍵の回る小さな音がした。
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道壇に戻ったのは、日が落ちてからだった。
祖父は戸口の脇の鉄のバケツで、懐の札を燃やした。黄色い紙はすぐに黒くなり、朱の字だけが一瞬、赤く浮いてから消えた。家豪は車から荷を下ろした。空になった米酒の瓶、畳んだ傘、砂のついた青いシート。
家に入ると、壇の灯りだけが点いていた。神像の前の卓に、真鍮の鐘が一つ伏せて置いてある。柄の先に剣の形の飾りのついた、祖父が法事で振る鐘だ。神を呼ぶための鐘で、死者のために鳴らすことは無い。家豪は子どものころ、それを勝手に振って叱られたことがある。叱られた理由は、音がうるさいから、というだけだった。
祖父は道袍を脱いで畳み、卓に向かって墨を磨りはじめた。明日は別の家の法事がある。家豪は戸口に立ったまま、その手を見ていた。墨が硯の上で円を描き、水が少しずつ黒くなってゆく。祖父の手首は細く、それでも円は崩れなかった。
継ぐとは、家豪は言わなかった。祖父も訊かなかった。
「阿公、紙を一枚」
祖父は黙って、黄色い紙を一枚渡した。
家豪は卓の端に座り、祖父の筆を借りた。朝、祖父が骨の額に載せた札と同じ札が、卓の上にまだ一枚残っていた。家豪はそのいちばん上の一字を、ゆっくりと写した。筆は思ったより重く、横の線が波を打った。最後の一画だけは、祖父の札の、わずかに跳ねて戻る癖まで、そのとおりに写した。
祖父は墨を磨る手を止めて、それを見た。
「それは、札にはならん」
「分かってる」
「宛て先が無いからな32札は、書く前に宛て先(どの死者のために書くか)の名を胸の内で読み、頭の一字から最後の渦まで書き通して、はじめて結び目になります。一字だけ写した紙は結び目にならないので、財布に入れて持ち歩いても障りはありません。同じ場面 → 六枚目の札・列ごっこ」祖父はまた墨を磨りはじめた。「字だ。ただの」
少しして、祖父はもう一度だけ顔を上げた。
「跳ねが、わしのだ」
家豪は紙が乾くのを待って、四つに畳んだ。財布を開き、会社の名刺の後ろに差し込んだ。
外で、バケツの底の燃えかすが、赤く沈んでいった。
この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。