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研究所の創作 短編集

立春の朱

1937〜1949 年 / 香港、港の善堂の義荘

この話は初稿です。欄外解説と挿絵は準備中です。

港の義荘(ぎそう)の書記の仕事は、数えることでございます。

着いた箱の数を提単(ていたん)と合わせ、郷と名を名単から写し、棚のどこに置いたかを書き、出て行った日を書く。それだけでございます。箱は海から来て、棚で待ち、川の道を郷へ帰ってまいります。書記は箱を運びもせず、開けもせず、札(ふだ)にも触れません。帳面の上を、筆と指とが往き来するだけでございます。

その義荘の書記を、司徒(しと)と申しました。三十を少し過ぎたころから、帳場におりました。

義荘は、海の見える丘の中腹にございます。門を入ると香炉が一つ、その奥に帳場、帳場の裏に道士の部屋、それから棚の間と棺の間が続きます。棚の間は、板の棚が壁の高さまで組んであり、箱はそこに三段、四段と載っております。木の箱が多うございます。磁器の甕を木の箱に収めたものも、幾つかございます。どれも縄が掛かり、縄は海を渡ってきたときのまま、塩を吹いて白く乾いております。箱は、見た目より軽うございます。

番人の蕭(しょう)老人が、朝と夕に棚の間を回ります。箱に触れず、縄に触れず、棚の板に手を置いて端から端まで歩き、門の香炉に線香を一本立てて、番小屋へ戻ります。老人の仕事は、それと、戸締りと、犬を入れぬことでございました。司徒が帳場に来たときには、老人はもう幾年もそうしておりました。

 *

一九三八年の立春の前の晩のことでございます。

帳場の油燈の下で、司徒は登記簿を一冊、膝に広げておりました。桑の皮の厚い紙を綴じた帳面で、一頁に十二の行がございます。行の頭から、着いた日、船、提単の番号、箱の数、郷、名、置き場、そして壺(つぼ)か札か、札の年、出た日、と欄が並びます。壺の字と札の字は、司徒がどちらか一つを書くことになっております。壺の箱には札を書かず、札の箱には立春ごとに札を書き改める。それがこの義荘の決まりで、理由を司徒は訊いたことがございません。道士が壺の箱は書かん、と申しますので、そのとおりに帳面に写しているのでございます。

その晩、司徒は初めて、壺の無い箱の数を数えました。

前の年の暮れに、道が切れた、と会館の人が申しました。郷へ上る川の船が出ない。郵便は、まだ届く。箱は海から着く。着いた箱は、郷の善堂へ手紙を出して、引き取りの返事を待つことになっておりますが、返事が来ても、川の船が出なければ、箱は棚にございます。それで、立春に書き改める札の数が、前の年のまま減らずに、新しい箱の分だけ増えることになったのでございます。

司徒は、指で欄を追ってまいりました。壺の字は飛ばします。札の字で指を止め、その行の出た日の欄が白いままなら、一つと数えます。頁をめくります。札、札、壺、札。頁をめくります。壺、札、札。

新會  札 丁丑  開平  札 丁丑  恩平  壺     新會  札 丁丑 

名の欄は、ここには写しません。司徒の指も、名の上を飛んでまいります。

数え終えると、司徒は紙の端に数を書き、道士の部屋へ持ってまいりました。

義荘の道士は李(り)と申しました。司徒より十ほど年上で、善堂に年ぎめで置かれております。部屋には、黄の竹紙の束と、筆と、朱の壺がございます。朱の壺は、口の広い小さな壺で、釉が掛かっております。立春の幾日か前に、李道士はこの壺に一年分の朱を入れます。膠を湯で溶き、砂のような朱の粉を少しずつ落として、匙の背で練ります。部屋に膠の匂いがこもり、練り上がった朱は、壺の中で、濡れた瓦の色をしておりました。司徒は数を届けに行くたびに、その壺を見ることになります。

李道士は黄の竹紙の束を机に置き、朱の壺の蓋を開けて、紙を一枚取り、数を見て、ふむ、と申しました。

「去年より四十多い」

「船が出ませんので」

「出んな」

それだけでございます。李道士は筆に朱を含ませ、頭に大きく一字を置き、中の一行を書き、最後に渦を巻く線を引きました。書き上げた札は、机の端に並べて乾かします。朱は、乾くと少し沈んだ色になります。司徒はそれを一枚だけ見て、帳場へ戻りました。何枚書くかは司徒が数え、何を書くかは李道士が決める。二人の間で話すことは、数のほかにあまりございませんでした。

翌日、立春でございます。李道士は棚の間へ入り、箱の蓋の裏に、新しい札を古い札の上に重ねて留めてまいりました。糊が落ち着いてから、古い札を下から抜きます。抜いた札は、張りを失って指に張りついたと申します。李道士はそれを束にして、門の香炉の脇で焼きました。帳面は焼かず、札は書いた者が焼く。それも、司徒が訊いたことのない決まりでございます。

司徒は帳場で、札の年の欄を、一行ずつ書き改めました。丁丑の字の上に、戊寅と。壺の行は飛ばします。

 *

一九三九年の立春の前に、郵便が、別の物を運んでまいりました。

郷の家から、義荘へ宛てて、手紙に包みが添えてあるのでございます。粗い麻の布を二重にして縫い閉じた、掌に載るほどの包みでございました。手紙には、箱が貴荘に着いていると郷の善堂から聞いた、引き取りの代が今は届かない、代わりに家の土を送るので箱に入れてもらいたい、とございました。

包みを掌に載せますと、布越しに、乾いた土の粒が指に当たりました。縫い目は細かく、糸の端は固く結んでございました。司徒はそれを、解きませんでした。

司徒は、その手紙を李道士に見せました。

「入れてよい。入れたら壺と書け」

「壺はございませんが」

「土が入っておれば、壺でよい」

司徒は棚の間へ行き、手紙の郷と名を棚の箱と合わせ、蓋を少し持ち上げて、隙間から包みを底へ落として、蓋を戻しました。それから帳場へ戻り、その行の札の字の上に、壺、と書きました。壺の字は、札の字より画が多うございます。司徒は札の字を消さず、その上に重ねて書きました。下の札の字が、壺の字の間から透けております。札の年の欄には、何も書きません。

包みは、その冬に三つ来ました。二つは麻布、一つは紙に包んで竹の筒に入れたものでございました。筒の方は、郵便局の窓口の男が、妙な荷だ、と言いながら渡してよこしました。筒を振ると、中で乾いた音がいたします。男は、何が入っているのか、と訊きました。司徒は、土だ、と答えました。男は、それ以上は訊きませんでした。

司徒は一度だけ、その窓口に、郷から来る郵便はまだ届くか、と尋ねに行ったことがございます。町の郵便局は、海に向いた通りの角にございました。窓口の男は、届くものは届く、と申しました。それはそうでございます。司徒は礼を言って、丘を上って戻りました。義荘からの手紙は、その窓口から出てまいります。郷の善堂へ、箱が着いたと知らせる手紙でございます。司徒はその年、幾十通を書きました。返事は、幾通か来ました。来た返事に、川の船が出ない、とございました。

立春の前の晩、司徒は数えました。新しい箱の分だけ増え、壺に替わった分だけ減りました。差し引きで、やはり前の年より多うございました。

善堂の世話役が、札の代の帳面を見に来ました。寄付の帳面も持っております。寄付は減り、札の代は増えておりました。世話役は算盤を置き、司徒の帳面の壺の字を指で突いて、こう申しました。

「土は、札より安い」

司徒は、はい、と申しました。土は郵便の代だけで来ます。札は紙と朱と道士の手で、箱一つにつき一年に一度、要ります。それは数の話で、司徒はその数を書く者でございます。世話役の言い方が、安いという所に少し重く掛かっていたのを、司徒は聞きましたが、帳面には書くところがございませんでした。

 *

一九四一年の冬から一九四二年の春にかけてのことは、帳面の方が先に申します。

着いた日の欄が、途切れております。船が来ないのでございます。郵便も来なくなりました。包みも来ません。棚の箱は一つも出て行かず、一つも入ってまいりません。司徒は帳場で、書くことのない日を幾日も過ごしました。

朱も、来ませんでした。

朱は山から来る、と李道士は申します。川を幾つも上った奥の山から、砂のような朱が小さな包みで下りてきて、港に着く。それを立春の前に膠で練って、壺に一年分入れる。それが来ないのでございます。李道士の朱の壺には、前の年の残りがございました。壺の底の方に、匙で寄せた朱が、乾きかけて縁に張りついておりました。

燈油も、減りました。司徒は、帳場の油燈の芯を短くして、暗い所で帳面を開きました。書くことがないのですから、暗くてもよいのでございます。棚の間では、蕭老人が朝夕の見回りを続けておりました。線香は、一日に一本になりました。

立春の前の晩、司徒は札の数を持って道士の部屋へ行き、帳場の秤も一緒に持って行って、その壺を量りました。壺の重さを引いて、朱の目方を帳面の端に書きました。李道士は何も申しませんでした。

数は、前の年より少し減っておりました。箱が着かないからでございます。それでも、壺の残りで書ける数ではないことは、秤の目で分かりました。

世話役が来て、札の代を削れ、と申しました。寄付が、もう半分も無いのでございます。

「全部に書くことはない。半分にせい。どれを後に回すか、お前が決めろ。箱のことはお前がいちばん知っておる」

司徒は、箱のことを知っております。郷と、着いた日と、どの棚のどの段か。それだけでございます。

司徒は、その晩、登記簿を初めから終わりまで、もう一度数えました。札の字の上で指を止め、出た日が白いままの行を一つと数え、頁をめくります。数は同じでございました。それから、札の行だけを別の紙に写してみました。郷と、着いた日と、札の年。郷の順に並べてみました。着いた日の順にも並べてみました。古い順と、新しい順。

紙を見ておりますと、どの並べ方でも、紙の上の方と下の方とがあるだけでございます。古い箱から後に回せば、長く待った箱が、さらに待ちます。新しい箱から後に回せば、着いたばかりの箱が、着いたばかりのまま置かれます。郷で分ければ、一つの郷が丸ごと後になります。司徒はその紙を、燈の下でしばらく見ておりました。帳面の数は、司徒が数えたものでございます。順は、帳面のどこにも書いてございませんでした。それから、全部の行を一枚に写し直して、世話役の所へ持って行きました。削る印は、どこにも付けてございません。

世話役はその紙を見て、算盤を弾き、また紙を見て、黙って返しました。その足で道士の部屋へ入り、しばらくして出てまいりました。司徒には、何も申しませんでした。

李道士は、その年、朱を水で延ばしました。

司徒は道士の部屋の戸口でそれを見ました。部屋に、膠の匂いはございませんでした。朱の壺から匙で朱を取り、小さな碗に入れ、水を少し落として、筆の尻で混ぜます。混ぜて、紙に一つ字を書いて、また水を落とします。朱が、紙の上で薄うございました。李道士は、その薄さを見て、もう一度だけ水を落として、やめました。

「薄うございますな」と司徒は申しました。

「薄い」と李道士は申しました。

それだけでございます。李道士はその朱で、数のとおりに札を書きました。立春の日、棚の間を回って、古い札の上に新しい札を留め、古い札を抜いて焼きました。司徒は帳場で、札の年の欄を書き改めました。辛巳の上に、壬午と。字は、前の年と同じ数だけ並びました。

その春、司徒は、棚の間の箱の札を一度だけ、下から覗いたことがございます。蓋の裏の黄色い紙に、朱の字が、光にかざした茶のように薄く乗っておりました。それで、どうということもございません。司徒は帳場へ戻りました。

蕭老人は、その年、棚の間の奥の、床の板が弱った所に、箱を置かぬように縄を張りました。棚に載せきれぬ箱は、まだございません。老人はただ、縄を張っておきました。

 *

一九四六年の春、船が来ました。

下働きの若い者が埠頭から走って戻り、来ております、と申しました。司徒は帳面を抱えて埠頭へ出ました。海の向こうの会館から、箱が幾十、荷の下から上がってまいります。箱の縄は新しく、まだ塩を吹いておりません。荷主の手代が、箱を一つずつ数えて荷車に載せ、司徒がその脇で、提単の数と合わせました。数は合いました。司徒は提単を受け取り、その一枚を帳面に挟みました。提単は、前に見たのと同じ紙で、同じ欄がございました。船の名と、箱の数と、荷の名。司徒はそれを帳場で登記簿に写しました。着いた日の欄に、幾年ぶりかで字が入りました。

郵便も、一度に来ました。

溜まっていた分でございます。郷の家々からの手紙が、束になって届きました。箱はまだ着いているか、引き取りに行ける、代を送る、と申します。包みの添えてある手紙が、その中に十幾つございました。麻布、紙、竹の筒。宛て名の字が、幾年も前の日付の脇で、雨に遭ったように滲んでいるものもございました。掌に載せますと、布越しの土は粒でなく、一つに固まって指に当たりました。

司徒は、その日一日、棚の間と帳場を往き来しました。手紙の郷と名を棚の箱と合わせ、蓋を少し持ち上げ、包みを底へ落とし、蓋を戻し、帳場へ戻って、札の字の上に壺と書く。また棚の間へ行く。一日に幾つも、札が壺に替わりました。中には、箱がもう棚に無い名も、ございました。手紙の方が遅かったのでございます。その包みは、司徒は帳場の引き出しに入れておきました。

その春、幾つかの箱が出て行きました。郷の善堂の人が川の船で来て、箱を受け取り、提単の控えに判を押して帰ります。蕭老人が棚から箱を下ろし、下働きの若い者が門まで運び、司徒は門の所で、箱の数と名単とを合わせました。箱の縄は白く乾いて、持ち上げると、縄の塩が指に移りました。司徒は出た日の欄に、日を書きました。幾年も白いままだった欄に、字が入りました。箱の名は、ここには写しません。

箱が出た棚の板には、箱の形に、埃の無い所が残ります。蕭老人はそれを拭きませんでした。次の箱が、そこに載るからでございます。

朱も、一包み来ました。李道士はそれを練って、壺に入れました。壺は、それでも前のように重くはなりませんでした。

立春の前の晩に数えた札の数は、減っておりました。司徒は、減った数を紙の端に書いて、李道士に渡しました。李道士はそれを見て、ふむ、と申しました。

 *

一九四八年の春は、箱が一度に着きました。

海の向こうの会館が、送れなかった年の分を溜めていて、それを一度に送ってよこしたのでございます。船が着いた朝、下働きの若い者は走って戻らず、歩いて戻ってまいりました。

司徒は埠頭で提単を受け取り、箱の数を見て、帳面の頁を数えました。登記簿は、一冊では足りませんでした。司徒は帳場へ戻って新しい帳面を綴じ、同じ欄を引き、それを抱えてまた埠頭へ出ました。

棚は足りませんでした。

棚の間に入らない箱は、棺の間へ入れました。棺の間は、船の封を貼ったまま海を渡った棺の置き場で、棺はもう幾つもございませんでしたから、その隙間に箱が並びました。棺の間にも入らない箱は、庭でございます。

蕭老人は、庭に箱を下ろす前に、板を敷きました。義荘の裏の、古い棚を解いた板や、戸板や、何かの蓋であった板を、庭の土の上に並べて、その上に箱を置かせました。土の上にじかに置くな、と老人は若い者に申しました。若い者が、なぜ、と訊きましたが、老人は、置くな、と繰り返しただけでございます。箱は板の上に、三列、四列と並びました。

それから老人は、筵を掛けました。

庭に雨が降れば、箱が濡れます。濡れた箱は、縄が緩み、蓋が反ります。筵は、そのためのものでございます。老人は番小屋の筵を出し、棚の間の隅に丸めてあった筵を出し、棺の間の棺に掛けてあった筵も、剥がして持ってまいりました。

筵は、足りませんでした。老人は、海から風の来る側の列から掛けてまいりました。掛け終えると、筵の無い列が二つ残りました。老人はその二列の前に立って、しばらく見ておりました。それから自分の番小屋へ入り、何も持たずに出てまいりました。筵は、それだけでございます。

司徒は、庭の箱の分も登記しました。棚の代わりに、庭、と書きます。庭の、海の側の列、山の側の列。会館の名単は、箱の数より頁が多うございました。送れなかった年の分が、年ごとに分けて書いてあったからでございます。名単には、壺の有る箱と無い箱とが、分けて書いてございました。司徒はそれを一つずつ登記簿に写しました。着いた日は、どれも同じ日でございます。壺の方は、少のうございました。

その年の立春の前の晩、司徒は二冊の帳面を膝に載せて数えました。数は、一度に増えました。紙の端に書いた数を見て、李道士は、ふむ、とは申しませんでした。朱の壺の蓋を開け、中を覗いて、蓋を戻しました。

「書けますか」

「書く」

李道士は、その晩から書きはじめ、立春の日の暮れまで書いておりました。司徒は帳場で、札の年の欄を書き改めました。二冊分でございます。筆が、途中で一度、穂を替えました。十年前に細かった司徒の字は、このころには太くなっておりました。欄に収めるのに、少し窮屈なほどでございます。

 *

一九四九年の春でございます。

船は、来ておりませんでした。下働きの若い者は、幾日かに一度、埠頭へ見に行きました。戻ってくると、来ておりません、と申します。司徒は、そうか、と申します。若い者は、幾日かすると、また見に行きます。見に行けと言われたのではございません。埠頭には、ほかの荷の船は着いております。箱の船が、来ないのでございます。郵便は、来たり来なかったりでございました。包みは、冬のあいだに一つ来ました。司徒は、それを箱に入れ、壺と書きました。

庭の箱の筵は、一年の雨と日に当たって、端が解けておりました。掛け直す者は、おりませんでした。蕭老人は、その春、義荘におりませんでした。番小屋には、縄と、筵の切れ端と、老人の使っていた箒が、そのままになっておりました。朝と夕の見回りは、下働きの若い者がすることになりました。若い者は、棚の板に手を置いて歩くことはせず、棚の間を一巡りして、門の香炉に線香を一本立てました。それで、見回りでございます。

帳場の引き出しには、箱のもう無い包みが、三つ入ったままでございます。司徒はその引き出しを、開けませんでした。

立春の前の晩、司徒は帳場の油燈の下で、二冊の登記簿を膝に広げました。

指で欄を追ってまいります。壺の字は飛ばします。札の字で指を止め、出た日の欄が白いままなら、一つと数えます。頁をめくります。札、札、札、壺、札。頁をめくります。札、札。

台山  札 戊子  新會  札 戊子  新會  壺     開平  札 戊子  恩平  札 戊子 

名の欄は、写しません。

一冊目が終わり、二冊目に移ります。庭、海の側、と書いた行が続きます。札、札、札。筵の無い列の分も、同じ字でございます。

数え終えると、司徒は紙の端に数を書きました。それを持って、道士の部屋へ行きました。

李道士は、机に黄の竹紙の束を置いて待っておりました。数を見て、何も申しませんでした。それから朱の壺を、手に取りました。

秤は、机の脇にございました。司徒が持ってきたものでございます。李道士はそれを見ませんでした。壺を手に取って、少しの間、持っておりました。蓋を取らず、覗きもしませんでした。それから壺を机に戻し、蓋を開け、匙を入れました。

「書く」と李道士は申しました。

司徒は帳場へ戻りました。油燈の芯を少し出し、二冊の登記簿を、一冊目から開き直しました。札の年の欄に、戊子の上から、己丑、と書いてまいります。壺の行は飛ばします。出た日の欄は、どの行も白いままでございます。司徒は、そこには何も書きません。書くものがございません。

一冊目を書き終え、二冊目を書き終えますと、夜はまだ深うございました。道士の部屋からは、筆を置く音も、紙を重ねる音も、聞こえてまいりませんでした。壁一つ向こうで、朱の薄い字が、幾枚も書かれているのでございましょう。

司徒は筆を洗い、二冊の登記簿を揃えて、頁を閉じました。

この話は、研究所の設定をもとにした創作で、史実ではありません(短編集について)。