考え方
法教
台湾の法師(紅頭法師)が行う儀式の伝承の総称。劉枝萬は、法師が道教になぞらえて作った名で、明確な教義や経典を持たず符と呪文に頼るものだとする。
資料の記述
法師の儀式伝承を指す語で、道教と対比される(道士は道服を着て科儀を行い、法師は便衣に紅布を頭に巻いて法事を行うと整理される)
この記述の範囲: 劉枝萬論文の分類
- 臺灣之法教 二、法師(頁1634-1635)
劉枝萬「臺灣之法教」(2006)は、「法教」は法師が道教になぞらえて作った名だとし、法師はもともと巫覡(まじないをする人)の仲間で、一派を立てても明確な教義も経典も無く、符と呪文に頼るだけだ、とする。
この記述の範囲: 劉枝萬「臺灣之法教」の「二、法師」の節
- 臺灣之法教 二、法師(頁1634)
劉枝萬「臺灣之法教」は、台湾の民間信仰の担い手を三つの層に分け、道教を奉じる道士が上、法教を奉じる法師が中、男の霊媒の童乩と女の霊媒の尫姨が最も下の層にあたる、とする。
この記述の範囲: 劉枝萬「臺灣之法教」の「一、前言」の分類表とその説明
- 臺灣之法教 一、前言、分類表の直後の段(頁1634)
劉枝萬「臺灣之法教」は、法教の勢いは三奶教がもっとも盛んで、閭山教(実は法主公教)、普庵教、徐甲教、嘛呢教の順に続くとし、おおまかには法教は三奶教、紅頭法は三奶法と見てよい、とする。
この記述の範囲: 劉枝萬「臺灣之法教」の「四、巫術」の節
- 臺灣之法教 四、巫術(頁1637 冒頭)
劉枝萬「臺灣之法教」は、法教がもっとも得意とする法事は、神兵・天将を呼び下して陣を張らせるもので、陣を設ける(調營)、兵を放つ(放兵)、結界を張る、兵をねぎらう(犒軍)、煞(災いをもたらす悪い気)を祭る・送るといった演目から成るとする。最もよく行うのは、寿命を延ばす(延壽)または運を補う(補運)ための「做獅」で、ほかにも魂を呼び戻す(召魂・收魂)、災厄の関所を越えさせる(過關)など多くの演目がある。民家の正庁に簡単な法壇を設けて行うので「小法」と呼ばれ、道教の儀礼と区別される、とする。
この記述の範囲: 劉枝萬「臺灣之法教」の「四、巫術」の節
- 臺灣之法教 四、巫術(頁1637)
劉枝萬「臺灣之法教」は、徐甲教の祖とされる徐甲は、老子が符と呪文で生き返らせて僕にした者だという話が道書や漳州系の道士の写本にあり、字が読めず修道できないので老子は符呪の法だけを授けたとされる、と紹介する。論文は、身分が低く符呪を唱えるだけというこの話の要素は法師の姿を映したものだと見て、徐甲教の法師は僕の出だった徐甲にちなんで裸足で法を行い、三奶教の法師は教主が女性なので靴をはく、とする。
この記述の範囲: 劉枝萬「臺灣之法教」の「三、教派」の節
- 臺灣之法教 三、教派(頁1635)
劉枝萬「臺灣之法教」は、法教の法事の多くは社会の変化で使われなくなり名だけが残っているが、道士はみな紅頭法(法師が頭に紅布を巻いて行う術)の素養があって法師の仕事も兼ねるので、いくつかの演目は今も絶えていない、とする。
この記述の範囲: 劉枝萬「臺灣之法教」の「四、巫術」の節の末尾(論文の書かれた2006年ごろの見方)
- 臺灣之法教 四、巫術の末段(頁1637)