考え方
軍人公墓・忠靈塔(台湾の軍人の墓地と納骨の施設)
- 軍人公墓
- 忠烈公墓
- 國軍臺北忠靈塔
- 國軍忠靈殿
台湾で国軍の将兵を葬る公の墓地と、骨灰を納める塔・殿。研究所が参照した資料では、1953年の辦法で定められた軍人公墓、1954年に完成した國軍臺北忠靈塔、國軍示範公墓の忠靈殿が挙がる。
資料の記述
邱睦容の修士論文(2023)は、台湾の軍人公墓の法的な根拠を1953年制定の〈國軍官兵遺骸安葬辦法〉にある「忠烈公墓」とし(1957年の修正で名を軍人公墓に改めた)、1956年に内政部が関係機関と分けて建てることを決め、第一期に基隆・臺北・新竹・臺中・臺南・高雄・花蓮の7か所、第二期に南投・雲林・屏東の3か所を選んだが、基隆・南投・雲林・屏東は実際には作られなかったと記す。
この記述の範囲: 台湾の軍人公墓、1953〜1957年
- 邁向「文明與進步」的死亡:臺南喪葬基礎建設研究 紙面81頁(PDF 80頁)本文第1段と注188・189
邱睦容の論文は、臺灣省社會處が示した軍人公墓の設計では、大門・紀念碑・靈堂・墓穴などとともに納骨室を備えることになっており、納骨室は1700余りの骨灰罈を収める規模だったと記す。
この記述の範囲: 臺灣省社會處の軍人公墓の設計図様(1950年代)
- 邁向「文明與進步」的死亡:臺南喪葬基礎建設研究 紙面81頁(PDF 80頁)本文第2段
國防部後備指揮部の紹介頁は、國軍臺北忠靈塔(新北市中和區圓通路)が民國43年(1954年)に完成して使われ始め、塔の中に単龕8,819座・双龕1,200座、合わせて10,019座があり、二塔の1階と2階をそれぞれ民國54年(1965年)と民國86年(1997年)に単龕・双龕の安置所へ改めたと記す。
この記述の範囲: 國軍臺北忠靈塔
- 國軍臺北忠靈塔(留守業務の紹介頁) 紹介の本文(「國軍臺北忠靈塔位於新北市中和區圓通路」で始まる段)
國軍示範公墓の頁は、同公墓が政府の「土葬を減らし火葬を勧める」方針に沿って民國89年(2000年)に忠靈殿を計画し、民國91年(2002年)1月20日に落成したとし、4階建ての殿で家族が申し込める安置の座は20,009、すでに15,000余りが納められていると記す。
この記述の範囲: 國軍示範公墓の忠靈殿
- 國軍示範公墓 墓區導覽 忠靈殿 「忠靈殿」の本文第1段・第2段