モチーフ
魂轎・魂車
- 魂轎
- 魂車
- 魂輿
死者の衣服や霊位を載せて葬列で担ぐ轎(魂轎)と、死者の衣冠を載せる車(魂車)。萌典は二つを互いの別名とし、宋の朱熹が長男を葬ったときも魂轎をそろえたと『朱子語類』は記す。台湾の宜蘭では、息を引き取るとすぐ門口で魂轎(または魂車)を焼いて霊魂を乗せるという。
資料の記述
萌典は「魂轎」を出葬のとき死者の生前の衣服と霊位を載せる轎とし(『金瓶梅』第八十回を引く)、「魂車」を古代の出葬で死者の衣冠を車に置き生前の外出の姿を象ったものとし(『儀禮』既夕禮の鄭玄注を引く)、互いに別名とする
蘭陽博物館の電子報は、宜蘭では病人が息を引き取るとすぐ門口で「魂轎」(または魂車)を焼き、霊魂が乗るためのものとし、これを「燒魂轎」と呼ぶと記す
この記述の範囲: 台湾・宜蘭地域
- 事死如事生~漫談宜蘭地區的喪葬儀式(上)(下) (上)「2. 舉哀」の段
『朱子語類』卷八十九は、朱熹が長男を葬ったときの喪の儀を、銘旌(死者の名を書いた旗)と埋銘(墓に埋める銘)と魂轎をそろえ、柩には紫の覆いだけを用いて、飾りごとはすべて省いた、と記す。埋銘は長さ四尺・幅二尺ほどの石二枚に姓名・年月・住まいだけを刻み、字の面を合わせて鉄で束ね、墓穴の上に置いたという。
この記述の範囲: 『朱子語類』卷八十九 禮六の「喪」の項(維基文庫の翻刻)
- 朱子語類 卷八十九 禮六(冠昏喪) 卷八十九 禮六、「喪」の項の中ほど、長男の葬儀を記す条(記録者の表示は賀孫)
蓮池(袾宏)の『竹窗三筆』の一条は、杭州の魯という男が、中年になって子らの婚嫁を終えると、生きているうちに棺槨を用意し、魂轎・明旌(銘旌)・鼓楽をすべてそろえて、喪服を着た子らに棺を引かせ、自分は肩輿に乗って後に続いたと書く。西湖の別荘に着くと棺を庭に置いて子らを帰し、門に「今日ようやく閑になった」と掲げて、死ぬまで町に入らなかったという。
この記述の範囲: 『竹窗三筆』の「今日方閒」の条(維基文庫の翻刻)
- 竹窗隨筆 竹窗三筆 竹窗三筆、「今日方閒」の題の条