文献
老學庵筆記
南宋の陸游の筆記(十卷)。見聞した逸話や古い制度の記事が多く、怪異の話はわずかだとされる。
資料の記述
維基文庫の『老學庵筆記』目次頁(頁の題は『老學菴筆記』と書く)の解題は、陸游のこの筆記を十卷(ほかに續筆記二卷)とし、怪異に近い話は一、二条、戯れ事も七、八条にすぎず、残りは見聞した逸話や古い制度の記事で考証の役に立つ、と評する。
この記述の範囲: 目次頁の解題(四庫全書總目提要の体裁の文。頁は別に提要卷121へのリンクを置く)
- 老學庵筆記(目次頁) 目次頁の冒頭の解題
『老學庵筆記』卷五は、靖康丙午の年(1126年)に臨邛の夾門鎮の険しい山中で瓦の棺が見つかり、長さ七尺、厚さ二寸近くで、形は今の木の棺とほぼ同じだが蓋と底が逆になっており、骨はまだ崩れておらず、棺の外にはごく古風な瓦の器が並べてあったと記し、李知幾がこれを見たとする。
この記述の範囲: 『老學庵筆記』卷五の一条(維基文庫の翻刻)
- 老學庵筆記 卷五 老學庵筆記 卷五、「臨邛夾門鎮」で始まる条
『老學庵筆記』卷四で、陸游は、十歳あまりのころ、野に鬼火がたいへん多く、麦の苗や稲の穂の先からしばしば真っ青な火が出ては、すぐに見えなくなったと書く。戦乱から間もないころだったので、人の血が燐(鬼火のもと)になるという言い伝えは本当だと述べ、今はまったく見られず、見た者は怪しむ、と記す。
この記述の範囲: 『老學庵筆記』卷四の一条(陸游の少年のころの見聞)
- 老學庵筆記 卷四 老學庵筆記 卷四、陸游が少年のころに見た鬼火を書く条