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引磬・手磬(仏教の手持ちの磬)
- 引磬
- 手磬
仏教の法会や禅院の儀礼で用いる手持ちの小さな磬。研究所が参照した資料では、唱誦の拍子を導く法器とされ、禅院の亡僧の儀礼では大衆を龕の前へ導く合図に鳴らされる。
資料の記述
引磬・手磬(仏教の手持ちの磬)は勅修百丈清規に現れる。『勅修百丈清規』卷六「亡僧」は、亡くなった僧を龕に納めて延壽堂に置いたあいだ、斎粥・諷経や放参の後に、堂司の行者が手磬を鳴らして先導し、首座が大衆を率いて龕の前に行き、住持の焼香の後に維那が大悲呪を挙げて回向する、これを毎日三時に行うと定める
この記述の範囲: 禅院の亡僧の儀(『勅修百丈清規』卷六)
- 勅修百丈清規 卷第六(CBETA 電子佛典、T48 no.2025) 卷六「亡僧」、T48n2025_p1147c21–p1148a05
星雲の講義は、仏教の法器を働きで分け、引磬と木魚を大衆の唱誦の拍子を導く法器とし、法会で速さと拍子を導く大磬は大きくて動かしにくいので場合により引磬や木魚で代えるとし、引磬は口の高さに平らに持つのが作法だとする
この記述の範囲: 仏教寺院の法器(星雲『僧事百講』第九講)
- 第九講 各種法器(『僧事百講』2 出家戒法、星雲大師全集 084) 二問・五問・七問の答え
『禪林象器箋』(無著道忠の著)の唄器門(経を唱えるときの器の部)にある「引磬」の項は、清の禅寺では、桃ほどの大きさの小さな磬の底に穴をあけて紐を通し、小さな竹の柄に結んで、小さな鉄のばちで打つものを引磬と呼ぶと書き、大衆を導くための名だろうとする。項はまた、『勅修清規』の亡僧の儀で行者が鳴らして先導する「手磬」も引磬のことだとし、小説『忠義水滸傳』で宋江が五臺山を訪ねる場面に、引磬が鳴って長老を法座へ導く箇所があることから、羅貫中のころにはすでにこの名があったと書く。
この記述の範囲: 『禪林象器箋』第二十七類 唄器門の「引磬」の項(CBETA の電子化)
- 禪林象器箋 第二十七類 唄器門(CBETA、B19 no.103) 第二十七類 唄器門、項目「引磬」(B19 no.103、745 頁上段〜中段)
弘一(釈演音)の『人生之最後』は、壬申の年の十二月に廈門の妙釋寺の念仏の会で講じた稿で、第三章「臨終時」に、臨終の人のそばで念仏を唱えて助ける人(助念)は、ふつう引磬と小さな木魚を使うと書く。弘一は自分の経験から、神経の弱った病人は音の鋭い引磬や小さな木魚をひどく嫌い、かえって心が乱れることがあるとし、引磬と小さな木魚をやめて声だけで助念するか、大きな鐘・磬・木魚に替えるのがよい、ただし好みは人によるので前もって病人によく聞いて試すように、と勧める。
この記述の範囲: 『人生之最後』第三章「臨終時」(CBETA の電子化)
- 人生之最後(CBETA、G104 no.2279) 第三章「臨終時」の後半(G104 no.2279、559 頁下段〜560 頁上段)