話
子債二則(民國武勝縣志卷12)
- 子債二則
民国の『武勝縣志』卷十二に載る二つの話で、どちらも死んだ息子が起き上がって父の名を呼び、前の世の貸し借りを語ってまた息絶える。一つ目では、棺を買ってきちんと葬れという子の言葉を聞かなかった父も赤痢で死に、二つ目では、家を豊かにした子が、前の世の借りを利息まで返し終えたと告げる。
資料の記述
子債二則(民國武勝縣志卷12)は民國武勝縣志に現れる。『武勝縣志』卷十二 雜識志の「子債二則」は、民国の初め、県内の走馬場天星橋の貧しい曾若信の十歳の次男が赤痢で死に、父が蓆で包んで埋めようとしたところ、屍が急に起き上がって父の名を呼び、前世(夙)に黄豆の代金を騙し取られた貸しがまだ取り立てきれていない、棺を買って葬り紙錢を焼けば償いは済む、さもなくば父の命も危ない、と言って再び倒れ息絶えた、と記す。父はこれを聞かず粗末な板で葬り、翌日自分も赤痢にかかって間もなく死んだとする。
この記述の範囲: 『民國武勝縣志』卷十二 雜識志「子債二則」第1則(尹之任の名で載る)
- 民國武勝縣志 民國武勝縣志 卷十二 雜識志「子債二則」第1則
「子債二則」の二つ目の話では、県の新場の庫樓灣で豚の売り買いをしていた李六安の息子が、父の仕事を継いで父の倍の利を上げ、数年で家を豊かにした。民国十一年(1922年)に息子が病で死に、夫婦が泣いていると、息子は息を吹き返して起き上がり、父の名を呼んで、前の世で借りた銭九百串を、いま千余串稼いで返した、元も利も返し終えた、と言うと、また目を閉じて死んだ。
この記述の範囲: 『民國武勝縣志』卷十二 雜識志「子債二則」の第2則
- 民國武勝縣志 卷十二 雜識志「子債二則」第2則
「子債二則」を書いた尹之任は、一つ目の話(曾若信の子の話)に、恨みや借りの縁が無ければ父と子にはならないという諺を添え、二つ目の話のあとで、子が成功するか家を傾けるか、長く生きるか早く死ぬかは、みな前の世の借りの多い少ないに根ざしていて、偶然ではない、と結ぶ。
この記述の範囲: 『民國武勝縣志』卷十二 雜識志「子債二則」の二つの話の結び
- 民國武勝縣志 卷十二 雜識志「子債二則」第1則と第2則の結び