文献
民國武勝縣志
- 新修武勝縣誌
民国十八年(1929年)に書き継がれた武勝縣の地方志。清の嘉慶年間に始まる県志を書き継いで、光緒の初めから民国十八年までを地理・人物・産物など十一の部に分けて記し、卷十二の雜識志には、死んだ子が起き上がって前の世の貸し借りを語る「子債二則」などの珍しい話を収める。
資料の記述
子債二則(民國武勝縣志卷12)は民國武勝縣志に現れる。『武勝縣志』卷十二 雜識志の「子債二則」は、民国の初め、県内の走馬場天星橋の貧しい曾若信の十歳の次男が赤痢で死に、父が蓆で包んで埋めようとしたところ、屍が急に起き上がって父の名を呼び、前世(夙)に黄豆の代金を騙し取られた貸しがまだ取り立てきれていない、棺を買って葬り紙錢を焼けば償いは済む、さもなくば父の命も危ない、と言って再び倒れ息絶えた、と記す。父はこれを聞かず粗末な板で葬り、翌日自分も赤痢にかかって間もなく死んだとする。
この記述の範囲: 『民國武勝縣志』卷十二 雜識志「子債二則」第1則(尹之任の名で載る)
- 民國武勝縣志 民國武勝縣志 卷十二 雜識志「子債二則」第1則
『民國武勝縣志』の序二(民国十八年、武勝縣の知事代理の陳雍)は、武勝の県志は清の嘉慶年間に何休堂が二か月でまとめた四卷に始まり、道光・同治・光緒に三度書き継がれて六卷になったとし、今回の続修は光緒の初めから民国十八年(1929年)までを扱い、地理・官師(役人)・建置(役所や施設)・田賦(田の税)・学校・礼俗・兵防・士女(人物)・食貨(産物と商い)・雑識(雑記)・志伝の十一の部に分けると書く。
この記述の範囲: 『民國武勝縣志』卷首の序二
- 民國武勝縣志 卷首「序二」
『民國武勝縣志』卷十二「雜識志」の前書きは、地方志に怪しい話を載せるのは体裁に外れるという批判を挙げつつ、史書の流れには雑記の類もあり、『春秋』も災いや吉兆を書き留めたとする。理の上では無いはずのことも事として起こることはあり、作り話でなく、善を勧め悪を懲らすのに関わるなら、あらましを残してまとめても史家の欠点にはならないと述べ、県の新旧の珍しい話を事実のまま書く、とする。
この記述の範囲: 『民國武勝縣志』卷十二「雜識志」の前書き(孫國潘・尹之任の同纂と表示)
- 民國武勝縣志 卷十二「雜識志」の冒頭の前書き