文献
全像顯法降蛇海遊記傳
- 新刻全像显法降蛇海游记传
- 海游记
陳靖姑(臨水夫人)の降蛇の話を書いた小説。胡紅波(2002)が台湾で見つかった乾隆の重刊本を紹介した。
資料の記述
李若冲の記事は、明代の小説『海游记』が巫教を三教と並べようとし、書の中で閭山法と茅山法を巫教の中の正と邪の二派とし、そこでの閭山と茅山は神話の世界の巫法の勝地で、道教の茅山を指すのではない、と書く。
この記述の範囲: 李若冲「老港片里的“茅山道士”是怎么回事」(澎湃新闻 2015-11-09)
- 老港片里的“茅山道士”是怎么回事 節「巫教中的“茅山法”」第 5 段(「但在明代」で始まる段)
胡紅波(2002)は、台湾で見つかった『全像顯法降蛇海遊記傳』を、清の乾隆のときに文元堂が重刊した建本の全像小説で、元は明末の熊龍峰忠正堂の刻本だ、と述べる。
この記述の範囲: 胡紅波「乾隆刻本《全像顯法降蛇海遊記傳》的發現」成大宗教與文化學報 2(2002)
- 乾隆刻本《全像顯法降蛇海遊記傳》的發現 紙面 31 頁(摘要の「第一、就版本學上言」)
胡紅波(2002)は、本書が天地開闢の後に儒・釈・道・巫の四教が天下に伝わったと語り出し、巫は閭山に居る九郎から出て法で教えを行うとし、閭山を道教や法教でなく「巫教」と呼んで三教と並べる点を、きわめて珍しいと指摘する。
この記述の範囲: 胡紅波(2002)紙面 32 頁(摘要)・46〜47 頁
- 乾隆刻本《全像顯法降蛇海遊記傳》的發現 紙面 32 頁(摘要の第三点)、46 頁〜47 頁(「第一、巫教觀點」)
茅山法(民間の法術の流派としての)は全像顯法降蛇海遊記傳に現れる。胡紅波(2002)の筋の紹介では、白蛇は閭山に入れずに毛(茅)山へ行き、もとは閭山の出の八郎から「呵毛成劍,撒豆成兵」の法と帝鐘を授かり、のちに沙王は靖姑に、蛇母の術はみな毛山で盗み学んだものだと告げる。
この記述の範囲: 胡紅波(2002)紙面 42 頁の筋の紹介
- 乾隆刻本《全像顯法降蛇海遊記傳》的發現 紙面 42 頁(筋の紹介の、白蛇が学法に出る段)
胡紅波(2002)は、三秦出版社の叢書『中國古代珍秘本文庫』に入る、名の似た別の書『海遊記』は内容が全く違う、と注意する。
この記述の範囲: 胡紅波(2002)紙面 31 頁
- 乾隆刻本《全像顯法降蛇海遊記傳》的發現 紙面 31 頁(摘要の前段)