文献
四川通志
清の雍正年間に四川総督の黄廷桂らが勅命で重修した四川の地方志で、四庫全書本は四十七卷。卷十の孝友の部に、父の柩を郷里へ帰した人の記録がある。
資料の記述
帰葬(歸櫬・運棺・原籍安葬)は四川通志に関わる。『四川通志』(四庫全書本)巻十下の孝友の貫玗の条は、昭化の人・貫玗が康熙六年に父が江西龍泉県の知県の任地で死んでいたことを知り、徒歩で奔喪し、道は荒れ土寇が掠奪する中、道すがら食を乞い、人々がその孝に感じて金帛を助けたので、柩を扶けて郷里へ帰ることができたと記す
この記述の範囲: 清初の四川(保寧府昭化)から江西へ
- 四川通志 巻十下(四庫全書本)「皇清孝友」 巻十下「皇清孝友」保寧府「貫玗」の条(割注)
四庫全書本『四川通志』の目録の末にある提要(四庫全書の編者の解説で、乾隆四十六年十一月に校訂して進めたと記す)は、この書を四十七卷とし、清の四川総督の黄廷桂らが雍正七年(1729年)に勅命で重修したものだと書く。提要は、四川の通志は明代に四度作られ、藝文(詩文の部)だけは楊慎の手で優れていたが、ほかは要を得ず、清の康熙十二年の続修も戦乱の後で文献が乏しく漏れが多かったとし、この書は旧志の欠けを補って詳しくなったが、旧志の誤りをまだ除ききれていない所もある、と評する。
この記述の範囲: 四庫全書本の目録の末の提要の範囲
- 四川通志(四庫全書本)目録・提要・凡例 目録の末、「臣等謹案四川通志四十七巻」で始まる提要
四庫全書本『四川通志』の凡例は、孝友(親孝行と兄弟の睦まじさ)と忠義の部には、事蹟や役所の記録の拠り所が無い者は一人も載せないとし、節婦・列女も旌表(朝廷の表彰)を受けた者を調べて載せ、そのほかは世の評判が一致し聞き取りが確かな者だけを付け加える、と定める。
この記述の範囲: 四庫全書本の巻頭の凡例の一条
- 四川通志(四庫全書本)目録・提要・凡例 巻頭の「四川通志凡例」、「孝友忠義乃人道綱維」で始まる条