文献
西京雜記
漢の雑事を記した六卷の書。撰者は劉歆とも晋の葛洪ともされ、卷六の「廣川王發古冢」は、廣川王が暴いた古い墓の様子を十ほど記す。その中には、屍が生きているように朽ちていなかった墓もある。
資料の記述
廣川王發古冢は西京雜記に収められている。
この記述の範囲: 『西京雜記』卷六(維基文庫の翻刻)
- 西京雜記 卷六 西京雜記 卷六、見出し「一百二十五、廣川王發古冢」
維基文庫の『西京雜記』目次頁の解題は、六卷の旧本は晋の葛洪の撰と題し、書の後にある葛洪の跋は、家に伝わる劉歆の『漢書』百卷のうち班固が取らなかった二万字ほどを抜き出して二卷にしたと述べる、とする。そのうえで解題は、『隋書』經籍志は撰者を記さず、葛洪の撰とするのは唐からで、『晉書』の葛洪伝が挙げる著作にもこの書の名は無いと論じ、それでも旧来の跋に従って劉歆と葛洪の名を並べて題しておく、と結ぶ。
この記述の範囲: 目次頁の解題(四庫全書總目提要の体裁の文。頁に出どころの表示は無い)
- 西京雜記(目次頁) 目次頁の冒頭の解題(前半と「今姑從原跋」の文)
『西京雜記』卷一「送葬用珠襦玉匣」は、漢の皇帝を葬るときはみな、珠をあしらった襦(短い上着)と玉の匣(遺体を包む葬具)を用いたと記す。匣は鎧のような形で金の糸でつなぎ、武帝の匣には蛟・龍・鸞・鳳・亀・麟の姿を彫ったので「蛟龍玉匣」と呼ばれた、とする。
この記述の範囲: 『西京雜記』卷一の一条(維基文庫の翻刻)。葬具の記述で、屍が朽ちないとは書いていない
- 西京雜記 卷一 西京雜記 卷一、見出し「二二、送葬用珠襦玉匣」の全文