文献
春秋左氏傳
古代中国の編年体の史書で、もとの名は『左氏春秋』。儒家が経書とする十三の書(十三經)の一つで、『春秋』の三つの注釈書(伝)の一つとされる。死んで目を閉じなかった晋の荀偃や楚の成王の話や、晋の景公が夢に、髪を地まで垂らした大きな厲(たたりをなす死霊)を見る話を載せる。
資料の記述
死者の目が閉じない(不瞑)は春秋左氏傳に現れる。晋の荀偃が頭の腫れ物を病んで死んだとき、目を見開いたままで、口に含ませる物(含)を入れられなかった。范宣子が手を洗って撫で、呉(荀偃の子)に仕えると言っても目は開いたままだった。欒懷子が斉への出兵を終えていないためかと言い、あらためて撫でて斉のことを継ぐと河に誓うと、目を閉じて含を受けた。
この記述の範囲: 『春秋左氏傳』襄公十九年の傳
- 春秋左氏傳/襄公 春秋左氏傳 襄公十九年 傳「二月.甲寅.卒.而視」の段
死者の目が閉じない(不瞑)は春秋左氏傳に現れる。楚の成王は、太子商臣の兵に囲まれて縊死した。死後の諡を靈とすると目を閉じず、成とすると目を閉じた。
この記述の範囲: 『春秋左氏傳』文公元年の傳
- 春秋左氏傳/文公 春秋左氏傳 文公元年 傳「冬,十月,以宮甲圍成王」の段
『春秋左氏傳』成公十年の傳では、晋の景公が夢に、髪を地まで垂らした大きな厲(たたりをなす死霊)が胸を打ちながら跳ね上がり、「わが孫を殺したのは不義だ。わたしは天帝に願いを聞き入れられた」と言って、大門と寝室の門を壊して入ってくるのを見る。景公が恐れて奥の部屋に逃げこむと、厲はその戸も壊した。
この記述の範囲: 『春秋左氏傳』成公十年の傳。厲が誰の祖先かは、この段には書かれていない
- 春秋左氏傳/成公 成公十年の傳、五月の条の、晋侯が大きな厲の夢を見る段
『春秋左氏傳』成公十年の傳では、大きな厲(たたりをなす死霊)の夢から覚めた晋の景公に、桑田の巫が夢と同じことを言い、新しい麦は食べられないだろうと告げる。景公は病が重くなり、秦から来た医者の緩は、病が肓の上・膏の下(体の奥の、治療も薬も届かない所)にあって治せないと言った。六月、景公は新しい麦を献じさせ、巫に見せてから殺したが、食べる前に腹が張って厠へ行き、落ちて死んだ。
この記述の範囲: 『春秋左氏傳』成公十年の傳、五月の条の後半と六月の条
- 春秋左氏傳/成公 成公十年の傳、五月の条の後半(桑田の巫・医者の緩)と六月の条