作品
茅山殭屍拳(英題 The shadow boxing)
- 茅山殭屍拳
- The shadow boxing
資料の記述
茅山殭屍拳(英題 The shadow boxing)は香港で公開・発売された。香港政府のHong Kong Film Searchで、公開日は1979年2月15日と記される
- Hong Kong Film Search(香港政府の映画検索データベース)の作品ごとの詳細レコード bib_no 37716 詳細レコード、Release Date欄
監督はLiu Chia-liang(aka Lau Kar-leung)、脚本はI Kuang(aka Ni Kuang)と記される。原題「茅山殭屍拳」には茅山(道教の一派の名)と殭屍の字が含まれる(レコードに漢字の人名表記は無い)
- Hong Kong Film Search(香港政府の映画検索データベース)の作品ごとの詳細レコード bib_no 37716 詳細レコード、Credits欄・原題表記・Synopsis欄
香港政府の Hong Kong Film Search で題名に「茅山」または「Mao Shan」を入れて引くと、一致するのは『茅山殭屍拳』(The shadow boxing、公開日 1979.02.15.)の 1 件だけだった。「茅山術」「茆山」「毛山」「Maoshan」では一致が無かった。
この記述の範囲: 2026-09-29 の題名欄だけの検索。あらすじ・紹介文は検索していない
- Hong Kong Film Search (Basic) の題名検索(飛屍・屍王ほか 12 語、2026-09-27) 2026-09-29 の題名検索の結果一覧(Film Title=茅山/Mao Shan/茅山術/茆山/毛山/Maoshan)
香港政府の Hong Kong Film Search の検索結果一覧は、『茅山殭屍拳』の言語の欄を「粵語」とし、脚本の欄に Ni Kuang を記す。
この記述の範囲: Hong Kong Film Search の検索結果一覧(詳細レコードではない)
- Hong Kong Film Search (Basic) の題名検索(飛屍・屍王ほか 12 語、2026-09-27) 2026-09-29 の題名検索「茅山」の結果一覧、The shadow boxing の行(Script・Language の欄)
Apple TV 台湾の作品頁は『茅山殭屍拳』の原音を「國語」とし、音声は國語と粵語の 2 つを載せる。
この記述の範囲: Apple TV 台湾の作品頁(© 2003 Celestial Pictures Limited の表示)
- 茅山殭屍拳(Apple TV 台湾の作品頁) 作品頁の「語言」の欄
2012 年の香港政府の報道発表(香港電影資料館の「銀幕魅影:香港鬼片」)は、湘西の趕屍の民間伝説は港産片に何度も現れるとし、劉家良の『茅山殭屍拳』は殭屍伝説の神秘的な力を際立たせ、それを功夫と喜劇の要素と結び付けた、と紹介する。
この記述の範囲: 香港政府新聞公報 2012-10-30、香港電影資料館の上映の紹介
- 「銀幕魅影:香港鬼片」經典鬼片 映現香港的歷史與文化變遷(附圖) 第 6 段(「湘西趕屍的民間傳說」で始まる段)
同じ 2012 年の報道発表は、『茅山殭屍拳』が 80 年代の港産殭屍片の発展と成熟に霊感と示唆を与えた、と書く。
この記述の範囲: 香港政府新聞公報 2012-10-30
- 「銀幕魅影:香港鬼片」經典鬼片 映現香港的歷史與文化變遷(附圖) 第 6 段の中ほど(「成為劉家班經典代表作之一」の続き)
英語版 Wikipedia は、劉家榮(Lau Kar-wing)を監督の劉家良の弟とし、本作で師匠(Master Chen Wu)を演じたと書く
- The Spiritual Boxer Part II 配役の節と、その下の注記の文(The director's brother Lau Kar-wing plays Master Chen Wu.)
1979 年の『茅山殭屍拳』の公式の劇照では、屍の役は胸に補子(役人の位を示す四角い刺繍の布)を付けた黒い長い上着を着て、黒い帽子から黄色い札を垂らしている。評に載った場面の画像では、夜の林に並ぶ屍が、見える範囲では補子の付いた上着と清の役人の帽子を着け、帽子のつばから赤い字の黄色い札が顔の前に垂れている。
この記述の範囲: 香港政府の 2012 年の発表に付いた劇照 1 枚と、ファンの評のサイトに載った場面の画像 1 枚を研究所が見た範囲。止まった画像なので、跳ねる動きや両腕を伸ばす仕草は分からない
- 「銀幕魅影:香港鬼片」經典鬼片 映現香港的歷史與文化變遷(附圖) 英語版の発表に付いた写真(説明文 "A film still from 'The Shadow Boxing' (1979)")
- The Spiritual Boxer Part II (1979)(映画評) 評に載った場面の画像のうち、夜の林に屍が並ぶ一コマ
香港政府の映画データベースの記録は、屍を運ぶのを生業にする師匠を陳五(劉家榮)、弟子を范振元(汪禹)、劉家輝の役を「光頭の殭屍」とする。紹介文(DVD から)は、二人が九体の屍を一度に運ぶうちに殭屍を二体見失い、そのうち坊主頭の殭屍は本物ではなく、陥れられて殭屍のふりをしていた渡世人で、この男が拳の術で敵を退け、師匠の陳五もただ者ではなかった、と書いて「……」で切る。
この記述の範囲: 香港政府の映画データベース(繁体字の記録 37463)の出演の欄と紹介文
- Hong Kong Film Search(香港政府の映画検索データベース)の作品ごとの詳細レコード 記録 37463 の出演の欄と紹介文
英語版 Wikipedia の筋の節は、清の湘西で屍を運ぶ道士が茅山の術で呪文をかけて屍を動かし、死後の硬直のため屍は跳ねて進むこと、道士は土地に応じて屍を動かすための札を多く持ち歩くことを、作品の設定として書く。筋では、師匠の陳五は賭場の喧嘩で傷を負って弟子と娘に屍の運びを任せ、陥れられて屍に化けていた男(劉家輝)が鷹の拳で悪党と役人を倒し、弟子と娘がそれを助ける、と書く。屍を運ぶ師弟が殭屍そのものと戦う場面は、筋の節には書かれていない。
この記述の範囲: 英語版 Wikipedia「The Spiritual Boxer Part II」の筋の節(版 1377477497)
- The Spiritual Boxer Part II 筋(Plot)の節の第 1・2 段落
Silver Emulsion の評(2024)は、本作は道士が殭屍を操って町から町へ運べるという民間の信仰をそのまま受け入れるよう観客に求めるもので、1979 年には目新しい考えだったと書く。武術の場面では、師匠役の劉家榮が宿屋で戦い、弟子役の汪禹が殭屍の動きで階段を上り下りする場面を挙げる。さらに注で、1954 年の粵語映画『萬里行屍』には、道士が殭屍を運び、屍の中に男が隠れる筋があり、本作の筋と似ているので、倪匡と劉家良がそこから着想を得たかもしれない、と推し量る。評者はこの 1954 年の作品を観ておらず、読んだ紹介文によると書いている。
この記述の範囲: Silver Emulsion Film Reviews の評(2024-02-23)
- The Spiritual Boxer Part II (1979)(映画評) 本文の、民間の信仰を受け入れるよう求めると書いた段落と、宿屋の戦いを書いた段落、末尾の注(**)
香港電影資料館の口述歴史の本の巻末の作品一覧(劉家榮が 1970 年代に出演・武術指導をした作品の一覧)は、『茅山殭屍拳』の前の題を「神打小子」と「茅山小子」と記す。
この記述の範囲: 『風起潮湧—七十年代香港電影』(香港電影資料館、2018)巻末の作品一覧、劉家榮の項の 95 番
- 風起潮湧—七十年代香港電影(香港影人口述歷史叢書之七) 巻末の作品一覧(影人七十年代片目)、劉家榮の項の 95 番
香港政府の映画データベースの記録は、『茅山殭屍拳』の武術指導を劉家良、副を唐偉成とし、撮影助手に敖志君の名を載せる。敖志君は 1985 年の『殭屍先生』でも撮影の欄に名がある。
この記述の範囲: 香港政府の映画データベース(繁体字の記録 37463)のスタッフの欄
- Hong Kong Film Search(香港政府の映画検索データベース)の作品ごとの詳細レコード 記録 37463 のスタッフの欄(Crews)
作品内の設定
Apple TV 台湾の紹介文は、劉家榮と汪禹が「趕屍」を生業とする師弟を演じ、九体の屍を一度に運ぶ途中で殭屍を二体見失う、その一体は本物の殭屍ではなく殭屍拳を使う劉家輝の演じる男で、陥れられて投獄され、脱獄の後に殭屍に化けて身を隠していた、と紹介する。
この記述の範囲: Apple TV 台湾の作品頁の紹介文(© 2003 Celestial Pictures Limited の表示がある頁)
- 茅山殭屍拳(Apple TV 台湾の作品頁) 作品頁の紹介文(頁の JSON にある長い版)