モチーフ
銅鑼(趕屍の術者が打つとされる鑼)
- 铜锣
- 小铜锣
趕屍を語る2000年代以後の記事で、術者(赶尸匠)が手に持って打つとされる小さな鑼。記事によって、死者を導く道具とも、行き合う人や犬を避けさせる合図ともされる。
資料の記述
『清稗類鈔』の「司公撞鑼」の条は、湘の風俗として、病人のいる家が巫を招いて祈らせ、巫は螺を吹き金(鉦)を鳴らして呪文を唱える、これを俗に司公撞鑼と呼ぶとし、夕方には神像を担いで各所を回り、鉦と太鼓の音が鳴り響く「打猖」をすると書く
この記述の範囲: 『清稗類鈔』方伎類「司公撞鑼」(湘の病気治しの祈祷)
- 清稗類鈔(方伎類一)「送尸術」 清稗類鈔/082(方伎類)「司公撞鑼」全文
銅鑼(趕屍の術者が打つとされる鑼)は趕屍で使われる。2017年に人民网(中华网より)に載った記事は、黒い布をかぶせた死体の前に铜锣を持つ赶尸匠がいて、小さな阴锣を打ちながら口で呪を唱えると、死体は生き返ったように跳ねながらついて家へ帰る、と書く
この記述の範囲: 人民网 2017-05-20(中华网より)の本文。筆者名なし
- 让逝者“行走”?古代湘西“赶尸”背后的真相 本文「赶尸人在赶尸时」で始まる段
銅鑼(趕屍の術者が打つとされる鑼)は趙太祖三下南唐に現れる。清代の小説『趙太祖三下南唐』第四回では、南唐の軍師の道人・余鴻が「落魂鑼」という宝を持ち、石守信・史圭・高懷德に向けて打ち鳴らすと、それぞれ馬から落ちて気を失い捕らえられる。太原王国舅・曹彬も同じ場面で捕らえられるが、その段には道具の記述が無い
この記述の範囲: 『趙太祖三下南唐』第四回
- 趙太祖三下南唐 第四回「落魂鑼連擒敵將 風火扇驚退宋軍」 第四回、石守信が出陣する段(「當時余鴻將宋太祖罵辱一番」で始まる段)と、高元帥が捕らえられる段