儀礼・実践
施棺・募棺
- 募棺
- 施棺
身寄りのない死者や貧しい家に棺を施すこと、そのための金を人々から募ること(研究所が参照した資料の範囲)。
資料の記述
施棺・募棺は重修臺郡各建築圖說に関わる。同篇は、園地の購入、殯舎の建設、残骸の収拾と棺の埋葬の雇い賃、灰・盂飯・紙錢・僧の斎・奠、巡丁の雇用、胥吏の手当、遺骸を故郷へ帰し葬るための配船の費用などを、すべて蔣元樞がまず自ら捐じ、施しを勧められた人々が助けて賄い、捐輸した者の名は石に刻んだと記す
この記述の範囲: 清代の台湾府(南壇)
- 重修臺郡各建築圖說「建設南壇義塚並殯舍圖說」 同篇本文の後半(「凡買園地」から)
施棺・募棺は堯峰文鈔に関わる。汪琬「北城募棺說」は、北城の職について十日足らずで浮かんだ遺体の届けが四度あったため、標を立て、役夫に路で呼び求めさせたとし、巡城使者の命で遺体を検めた際に棺を与えようと華纘長に相談すると、華が友人の何蕤音・查王望・𫝊雨臣(頁の字のまま)とともに金を出して助けたと記す
この記述の範囲: 清の汪琬が北城の官にあった時(本文に年・都市名の記載なし)
- 堯峰文鈔 卷九(四部叢刊本)「北城募棺說」 卷九「北城募棺說」本文の中ほど(「本朝仍前明之制」から)
施棺・募棺は堯峰文鈔に関わる。同篇は、周の先王の政と官の制度でさえ道で死ぬ者を無くせなかったのに、一城の司の小さな力で、財も責任も及ばないこの事に努めるのは世間に笑われることだが、仁人長者なら心を動かすことだとし、ともに勉めてほしいと願って結ぶ
この記述の範囲: 「北城募棺說」
- 堯峰文鈔 卷九(四部叢刊本)「北城募棺說」 卷九「北城募棺說」本文の末尾(「嗟乎以先王之仁聖」から)