話
郭六の条(閱微草堂筆記卷3)
『閱微草堂筆記』卷三の、飢饉の中で身を売って舅姑を養った農家の婦・郭六の話。夫が戻ると舅姑と夫のために買っておいた女を引き合わせて自ら命を絶ち、検分のときも目を閉じなかったが、舅姑の訴えを聞いて目を閉じた。
資料の記述
郭六の条(閱微草堂筆記卷3)は閱微草堂筆記に現れる。雍正年間の飢饉のとき、淮鎮の農家の婦・郭六は、食べていけずに物乞いに出た夫から老いた舅姑を託され、身を売って養った。三年あまりして夫が戻ると、舅姑と、自分が夫のために用意しておいた女を引き合わせ、自ら首を切って死んだ。検分に来た県令が見ると、目を見開いたまま閉じていなかった。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷3、郭六の条
- 閱微草堂筆記/卷3 閱微草堂筆記 卷3「郭六,淮鎮農家婦」で始まる条
郭六の条(閱微草堂筆記卷3)は死者の目が閉じない(不瞑)に関わる。県令が郭六を祖先の墓地に葬るが夫の墓には合わせない(夫とは絶え、舅姑とは絶えない)と判じても、目はなお閉じなかった。舅姑が、彼女は貞婦で自分たち二人のためにこうなった、責められるべきは親を若い妻に押しつけた息子だ、これは家の事で官が口を出すことではない、と泣いて訴えると、言い終わったところで目を閉じた。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷3、郭六の条
- 閱微草堂筆記/卷3 閱微草堂筆記 卷3 郭六の条の後半(県令の判から結びまで)
『閱微草堂筆記』卷三の郭六の条は、郭六の郭は夫の姓か父の姓か分からないとし、話を雍正の甲辰・乙巳(1724・1725年)の大飢饉のこととする。郭六は器量がよく、村の若者が金で誘っても応じず、針仕事で舅姑を養ったが、それも尽きると近所の人を集めて助けを求め、助けられないなら花を売る(翻刻の注は、女が門に立って身を売ることを指す俗語とする)と告げた。近所の人が口ごもって去ると、舅姑に泣いて告げてから公然と遊び人と交わって金を蓄え、一人の娘を買い入れて、人に顔を見せないよう厳しく守った、という。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷三、郭六の条の前半(維基文庫の翻刻)
- 閱微草堂筆記/卷3 卷三、郭六の条の書き出しから夫が戻る前まで
郭六の条の結びは、当時の県の人の議論はまちまちだったとし、紀昀の先祖の寵予公は、節(貞節)と孝はともに重い、と言ったと書く。続く文は、節と孝は両方は全うできず、この一件は聖賢でなければ断じられないので、自分は一言も差し挟まない、とする。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷三、郭六の条の結び(維基文庫の翻刻)
- 閱微草堂筆記/卷3 卷三、郭六の条の結び(舅姑の訴えで目を閉じた後の文)