文献
閱微草堂筆記
- 阅微草堂笔记
資料の記述
閱微草堂筆記はキョンシー(僵屍・殭屍)を含む。巻10は、祟りをなす存在を「僵屍」と呼び、新しい屍でまだ棺に納めていないものが突然跳ね起きて人を捕らえる型と、長く埋葬されて朽ちないものが魑魅のような姿に変じ、時に夜に出歩いて人を捕らえる型の、二種に分けて説明する、と記す。
この記述の範囲: 巻10のこの一節の範囲
- 閱微草堂筆記/卷10 閱微草堂筆記 巻10(太陰煉形法の段落)
- 閱微草堂筆記/卷10 閱微草堂筆記卷10、董曲江の話(呂留良の屍が朽ちない件)に続く段落
閱微草堂筆記はキョンシー(僵屍・殭屍)と異なる。『閱微草堂筆記』卷十は、道家の「太陰煉形法」(数百年葬って期が満ちれば生き返るという説)や、水銀で納棺すると屍が腐らない実例を紹介しつつ、これらは祟りをなさないものとして、祟りをなす「僵屍」とは区別している、と記す。
この記述の範囲: 巻10のこの一節の範囲
- 閱微草堂筆記/卷10 閱微草堂筆記 巻10(同段落前半)
魂魄は閱微草堂筆記に見られる。『閱微草堂筆記』卷十は、屍が動く理由について、邪物が憑いたのか戻気に惑わされたのかと問いを立てた上で、袁枚の『新齊諧』が引く、人の魂は善く魄は悪しく、魂が去れば魄だけが残り留まるという考えを併せて紹介する(断定はしていない)。
この記述の範囲: 巻10のこの一節の範囲
- 閱微草堂筆記/卷10 閱微草堂筆記 巻10(同段落後半)
屍變(死体が変化して動き出すとされる現象)は閱微草堂筆記に現れる。紀昀は、祟りをなす屍(僵屍)には二種あるとし、ひとつは死んだばかりで未だ納棺していない屍が突然躍り上がって人に襲いかかるもの、もうひとつは長く葬られていながら腐らない屍が魑魅のような姿に変じて夜に出歩き人を攫うものだとする。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷十、水銀による屍の不朽を論じる条の後段
- 閱微草堂筆記/卷10 閱微草堂筆記 卷十
郭六の条(閱微草堂筆記卷3)は閱微草堂筆記に現れる。雍正年間の飢饉のとき、淮鎮の農家の婦・郭六は、食べていけずに物乞いに出た夫から老いた舅姑を託され、身を売って養った。三年あまりして夫が戻ると、舅姑と、自分が夫のために用意しておいた女を引き合わせ、自ら首を切って死んだ。検分に来た県令が見ると、目を見開いたまま閉じていなかった。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷3、郭六の条
- 閱微草堂筆記/卷3 閱微草堂筆記 卷3「郭六,淮鎮農家婦」で始まる条
死不瞑目(死んでも目を閉じられない、という言い回し)は閱微草堂筆記に現れる。唐執玉が殺人の案件を裁いたとき、血まみれの鬼が現れ、県官は真犯人でない者を罪に当てた、仇が晴れなければ目を閉じられない、と訴えた。唐はその言に従って判決を改めたが、幕友が、鬼なら塀を越えて去るはずがないと言って屋根の泥の跡をたどらせ、囚人が盗人を買収して仕組んだものと見て、唐は元の判決に戻した。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷3、唐執玉の条
- 閱微草堂筆記/卷3 閱微草堂筆記 卷3「制府唐公執玉」で始まる条
臨終に子の手を放さなかった宦家の婦の条(閱微草堂筆記卷10)は閱微草堂筆記に現れる。海陽の鞠庭和の話として、ある宦家の婦が、臨終に左手で幼い男児、右手で幼い女児の手を握ったまま泣いて死に、力ずくで引き離してようやく手が離れたが、目は見開いたまま閉じなかった。その後、灯の前や月の下で遠くにその姿が見えたが、呼んでも答えず近づくと消え、害はなかった。子どもたちが婚嫁すると次第に見えなくなった。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷10、宦家の婦の条(鞠庭和の話)
- 閱微草堂筆記/卷10 閱微草堂筆記 卷10「海陽鞠前輩庭和言」で始まる条
沈淑孫の条(閱微草堂筆記卷13)は閱微草堂筆記に現れる。紀昀の甥の許婚だった沈淑孫は、嫁ぐ前に病で死んだ。臨終に意識が薄れるなか、見舞いに来た紀昀の母(先太夫人)を目を見開いて見つめて涙を浮かべ、その腕輪に手をかけた。腕輪を外して腕に通してやると、微笑んで目を閉じた。紀家の品を着けて殮められたいという意だったと後で悟った。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷13、沈淑孫の条
- 閱微草堂筆記/卷13 閱微草堂筆記 卷13「沈淑孫,吳縣人」で始まる条
外祖安公の墓(閱微草堂筆記卷十五の一条)は閱微草堂筆記に現れる。『閱微草堂筆記』卷十五(「姑妄聽之」の一)の一条。安公は書き手の紀昀の父の先の妻(安太夫人)の父で、亡くなったとき家はまだ栄えていて、息子たちは金や宝を多く副葬した。宝玉の副葬を戒める昔の話を説く人や、墓の塀の外に番小屋を建てて夜通し拍子木と鈴を鳴らすのは盗賊に目印の旗を立てるようなものだと言う人もいたが、聞き入れなかった。のち墓は盗賊に暴かれ、口に含ませた竜眼の種ほどの大きな珠は、あごを裂いて取り去られていた。安公は息子たちの夢に現れ、前の世で三人の盗賊に財を借りていたので取り立てられるのは償いだが、あごを裂かれたのはひどい仕打ちで、その報いはあの世で認められたと語った。一月余りのち珠を取った盗賊が捕まり、残る二人は名前まで分かっていたのに大金をかけても捕まらず、夢の言葉は偽りでなかった、と結ぶ。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷十五「外祖安公,前母安太夫人父也」で始まる条の、冒頭から夢の語りと末尾まで
- 閱微草堂筆記 卷15(姑妄聽之一) 卷十五「外祖安公,前母安太夫人父也」で始まる条の全体
キョンシー(僵屍・殭屍)は閱微草堂筆記に現れる。『閱微草堂筆記』卷七の医者の胡宮山は、武芸が並外れ、舟で盗賊に遭ったとき刃物を持たずに煙管一本で七、八人の鼻を突いて倒したほどだったが、生涯で一番恐れたのは鬼だった。若いころ僵屍に遭って拳で打つと、木か石を打ったようで、危うくつかまれかけた、と語ったとされる。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷七(胡宮山の話)
- 閱微草堂筆記 卷7 卷七、胡宮山の話(第39段落)
『閱微草堂筆記』卷十五は、呉と越のあたりを行き来した遊士が、赤い衣を着た西方(チベットなど)の僧から術を受け、呪を唱えて新しく納棺された女の屍を取り、狐や淫らな鬼をその屍に付けて生かして侍らせ、新しい者が来ると古い者を人に売って大きな利を得ていた、という従者の話を記す。遊士は神に罪を責められる夢を見て、天目山の徳の高い僧に懺悔の法事を頼もうとしたが、僧は文面の不審さから断り、遊士は途中で雷に打たれて死んだ。紀昀は、辺境の諸族を扱う役所の長官だった留公の言として、チベット仏教の紅教(赤い帽子の派)の僧に女を呼び寄せる術があり、黄教(黄色い帽子の派)はそれを魔として退ける、と添える。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷十五(蔣心餘の言の段)
- 閱微草堂筆記 卷15(姑妄聽之一) 卷十五、蔣心餘の言の段(第105段落)
『閱微草堂筆記』卷十で紀昀は、祟りをなす僵屍の二種を述べたあと、『新齊諧』(『子不語』)の南昌士人の話の、世の屍が動くのはみな魄(体にとどまるたましい)のしわざで、道を得た人だけが魄を制することができる、という説を引いて、筋は通っているが、やはり別のわけがあるのではないかと疑う。
この記述の範囲: 『閱微草堂筆記』卷十(屍が腐らないわけと僵屍を論じる段の後半)
- 閱微草堂筆記/卷10 卷十、屍が腐らないわけと僵屍を論じる段(第111段落)