話
金陵の廃地から出た棺(右臺仙館筆記卷四の一条)
『右臺仙館筆記』卷四の一条で、兵乱のあとの金陵で高官が平らにさせた空き地から棺が二十余り出て、腐っていない女の屍や座ったままの男の屍、獣の毛と鳥の羽の生えた僵屍が見つかったと記す。高官は棺を開けて見ることを禁じ、よそへ移して葬らせた。
資料の記述
開けた墓・棺の屍が生きているよう(如生)は金陵の廃地から出た棺(右臺仙館筆記卷四の一条)に現れる。『右臺仙館筆記』卷四は、兵乱の後の金陵で、ある高官が得た空き地を兵に平らにさせると乱の中で急ぎ葬った棺が二十余り出て、開くと、衣服は鮮やかでも触れると灰になって崩れる女の屍で肌は白く潤い頬の白粉も残るもの、臥さずに座っている男の屍、上半身に獣の毛、下半身に鳥の羽の生えた「僵屍」があり、高官は開けて見るのを禁じてよそへ移して葬らせたと記す
この記述の範囲: 『右臺仙館筆記』卷四(金陵の条)
- 右臺仙館筆記 卷04 右臺仙館筆記 卷04、「金陵自遭兵燹後」で始まる条
金陵の廃地から出た棺(右臺仙館筆記卷四の一条)は右臺仙館筆記に現れる。『右臺仙館筆記』卷四の一条。書き手は、兵乱のあとの金陵(今の南京)では、城の中の住まいから棺が掘り出されることがよくあり、どれも乱のさなかに急いで葬ったものだった、と話を始める。ある高官が手に入れた空き地は王府の庭の傍らにあり、瓦礫が山のように積まれていたので、兵に平らにさせたところ、棺が二十余り出てきた。
この記述の範囲: 『右臺仙館筆記』卷四「金陵自遭兵燹後」で始まる条の冒頭
- 右臺仙館筆記 卷04 卷四「金陵自遭兵燹後」で始まる条の冒頭
『右臺仙館筆記』卷四の金陵の条は、兵乱のあと城の中の住まいから掘り出される棺を、どれも乱のさなかに「渴葬」したものと書く。この語は『春秋公羊傳』隱公三年の傳に出て、傳は、葬るべき時期に至らないうちに葬ってその日付を書き記したものを渴葬と呼び、時期に至らないのに日付を書かないものを慢葬と呼んで区別する。
この記述の範囲: 『右臺仙館筆記』卷四の条の書き出しと、『春秋公羊傳』隱公三年の傳
- 右臺仙館筆記 卷04 卷四、金陵の兵火のあとに掘り出された棺の話の書き出しの第1文
- 春秋公羊傳 隱公 隱公三年、宋の繆公を葬る經に付く傳