話
孫大小娘子(夷堅支戊志卷二)
- 孫大小娘子
資料の記述
開けた墓・棺の屍が生きているよう(如生)は孫大小娘子(夷堅支戊志卷二)に現れる。『夷堅支戊志』卷二「孫大小娘子」では、疫病で家の者が次々死ぬのを長女の墓のせいと考えた母の言いつけで、身近な若者の魏二が尼の止めるのも聞かずに墓を掘って斧で棺を割り蓋を上げると、長女が身を起こして座り、顔は生きているようで、魏をじっと見て大声で笑い、魏は驚いて倒れた
この記述の範囲: 『夷堅支戊志』卷二「孫大小娘子」(乾道元年、浙西の疫病)
- 夷堅支戊志 卷二 夷堅支戊志 卷二、見出し「孫大小娘子」
孫大小娘子(夷堅支戊志卷二)は夷堅志に収められている。
この記述の範囲: 『夷堅志』の支志(維基文庫の翻刻)
- 夷堅支戊志 卷二 夷堅支戊志 卷二、見出し「孫大小娘子」
『夷堅支戊志』卷二「孫大小娘子」によれば、吳興の孫提舉が亡くなったあと、妻と二人の息子・五人の娘は臨安で暮らしていた。乾道元年(1165年)に浙西で疫病がはやり、二人の息子とその妻、次女・三女が死んだ。母は、先に亡くなった長女の墓が不吉なせいだと考え、身近な若者の魏二に、新市へ行って長女の柩を焼くよう言いつけた。
この記述の範囲: 『夷堅支戊志』卷二「孫大小娘子」の冒頭(維基文庫の翻刻)
- 夷堅支戊志 卷二 卷二、見出し「孫大小娘子」の冒頭
「孫大小娘子」では、墓を守る庵の老いた尼が、むやみに骨を損なえば死者の恨みを招くと魏二を止める。長女は葬られてから、夜ごと尼の部屋に来て話をし、経を聞いて夜更けに帰っていた。長女は尼に、家の災いは定めで自分の墓のせいではない、墓を掘らなければ二人の妹を守る、と魏二に伝えさせたが、魏二は尼の作り話だと笑って信じなかった。
この記述の範囲: 『夷堅支戊志』卷二「孫大小娘子」の中ほど(維基文庫の翻刻)
- 夷堅支戊志 卷二 卷二、見出し「孫大小娘子」の中ほど
「孫大小娘子」の結びでは、棺の中で笑った長女を見て倒れた魏二は、しばらくして我に返ると、香を焚いて罪をわび、墓をふたたび閉じた。孫家の病人も治った。書き手は、孫家の隣に住んでいた宿駅の役人の元善與から詳しく聞いたとし、尼が何年も長女とつきあいながら、そのわけやあの世のことを尋ねず、その後また出てきたかも聞いていないのが惜しい、と書く。
この記述の範囲: 『夷堅支戊志』卷二「孫大小娘子」の結び(維基文庫の翻刻)
- 夷堅支戊志 卷二 卷二、見出し「孫大小娘子」の結び