文献
夷堅志
南宋の洪邁の志怪集(維基文庫の翻刻による)。もとは四百二十卷あったと伝わり、墓を暴いた者が生き返った死者に出会う話などを収める。
資料の記述
鄂州南市女(夷堅支庚志卷一)は夷堅志に収められている。
この記述の範囲: 『夷堅志』の支志(維基文庫の翻刻)
- 夷堅支庚志 卷一 夷堅支庚志 卷一、見出し「鄂州南市女」
李婆墓(夷堅支甲志卷二)は夷堅志に収められている。
この記述の範囲: 『夷堅志』の支志(維基文庫の翻刻)
- 夷堅支甲志 卷二 夷堅支甲志 卷二、見出し「李婆墓」
孫大小娘子(夷堅支戊志卷二)は夷堅志に収められている。
この記述の範囲: 『夷堅志』の支志(維基文庫の翻刻)
- 夷堅支戊志 卷二 夷堅支戊志 卷二、見出し「孫大小娘子」
『宋史』卷三百七十三の洪邁の伝は、南宋の洪邁が幼いころから一度読んだ書を忘れず、稗官(民間の雑説)や仏教・道教の書まで渉猟し、典故を調べ経書や史書をあさって鬼神や事物の変化を極めたとし、その著作として『容齋五筆』と『夷堅志』が世に行われている、と記す。
この記述の範囲: 『宋史』(元の勅撰)の洪邁伝の範囲
- 宋史 卷三百七十三 列傳第一百三十二 宋史 卷373「洪邁」の条の冒頭と末尾(「邁兄弟皆以文章取盛名」の段)
維基文庫の『夷堅志』目次頁の解題は、書名は『列子』で夷堅が珍しい鳥獣を聞いて書きとめたという話からとったものだとし、陳振孫『直齋書錄解題』は甲から癸までの二百卷、支甲から支癸の百卷、三甲から三癸の百卷、四甲・四乙の二十卷の、計四百二十卷と記したと書く。そのうえで解題は、解題が扱う本は支甲から支戊までの五十卷しか残っていない、とする。
この記述の範囲: 目次頁の解題(四庫全書總目提要の体裁の文。頁に出どころの表示は無い)。解題が扱う本(四庫全書に収めた本)は、維基文庫の翻刻と同じ範囲とは限らない
- 夷堅志(目次頁) 目次頁の冒頭の解題
李婆墓(夷堅支甲志卷二)は夷堅志に現れる。『夷堅志』の四庫全書本は、「李婆墓」を甲卷二の一話として収める。下邳の古い丘が李婆墓と言い伝えられ、紹興丁巳の年に盗賊が三百人を集めて掘る筋は、維基文庫にあるもう一つの翻刻(支甲志卷二)と同じである。
この記述の範囲: 維基文庫の『夷堅志』四庫全書本の甲卷二と、もう一つの翻刻の支甲志卷二
- 夷堅志(四庫全書本)甲卷二 甲卷二の見出し「李婆墓」
- 夷堅支甲志 卷二 支甲志卷二の見出し「李婆墓」