文献
宋史
元の脫脫らが勅命で撰んだ宋の正史(四百九十六卷)。輿服志に諸臣の公服・襆頭・帯の節があり、方技伝の林靈素の条に、わずかに五雷法を知り風や雷を呼んだ、とする記述がある。
資料の記述
宋史には、唐・宋の官服(服色・幞頭・魚袋)についての記述がある。
この記述の範囲: 『宋史』卷一百五十三 輿服五(維基文庫の翻刻)
- 宋史 卷一百五十三 志第一百〇六 輿服五 宋史 卷153 輿服五「公服」「襆頭」の節
宋史には、雷法(五雷法)についての記述がある。
この記述の範囲: 『宋史』卷四百六十二 方技下「林靈素」の条(維基文庫の翻刻)
- 宋史/卷462(列傳第二百二十一 方技下) 宋史 卷462「林靈素」の条
維基文庫の『宋史』目次頁の解題は、『宋史』四百九十六卷を元の脫脫らが勅命で撰んだ書とし、本紀(皇帝の記録)四十七・志(制度の記録)百六十二・表三十二・列傳(人物の伝)二百五十五から成るとする。そのうえで解題は、一代の史なのに五百卷近くあって校訂が行き届かず、道学(宋代の儒学)を顕彰することを主眼として他の事に気を配らなかったため、誤りが数えきれないと評する。
この記述の範囲: 目次頁の解題(四庫全書總目提要の体裁の文。頁に出どころの表示は無い)
- 宋史(目次頁) 目次頁の冒頭の解題のはじめ
『元史』順帝本紀は、至正三年(1343年)三月に遼・金・宋の三つの史を修めるよう詔があり、中書右丞相の脫脫を都總裁官(編纂の総責任者)とし、鐵木兒塔識・太平・張起巖・歐陽玄・呂思誠・揭傒斯を總裁官(編纂の責任者)とした、と記す。至正五年(1345年)十月辛未に三史ができあがると、右丞相の阿魯圖が進め、帝は、前の代の善は手本とし悪は戒めとせよ、君だけでなく臣も知るべきだ、と述べたという。『元史』の脫脫の伝も、至正三年に三史の編纂の詔があり、脫脫を都總裁官に命じたと書く。
この記述の範囲: 『元史』卷四十一 順帝本紀四と卷一百三十八 脫脫傳(維基文庫の翻刻)
- 元史 卷四十一 本紀第四十一 順帝四 卷四十一、至正三年三月の条と、至正五年冬十月辛未の条
- 元史 卷一百三十八 列傳第二十五(脫脫傳ほか) 卷一百三十八 脫脫の伝、至正三年の条