考え方
強死・凶死・枉死(非業の死)
- 強死
- 凶死
- 枉死
天寿を全うしない死。『左傳』は強死した者の魂魄が人に憑くとし、『朱子語類』は凶死した者の気は散りにくいとする(研究所が参照した範囲)。
資料の記述
強死・凶死・枉死(非業の死)は朱子語類に関わる。朱熹は、人の鬼の気は消え散って残らないが、その速さには違いがあるとし、死を受け入れない者は死後も気が散らず妖怪となる、凶死した者や僧・道士が死んだ場合は多く散らない(僧道は精神を養うので凝り集まる)、聖賢は死に安んじるので散らずに神怪となることはない、と述べる。
この記述の範囲: 『朱子語類』卷三 鬼神(僩の記録)
- 朱子語類/003(卷三・鬼神) 朱子語類 卷三 鬼神、「才卿問」で始まる段の中の、用之の言「人之禱天地山川」への答え
強死・凶死・枉死(非業の死)は朱子語類に関わる。座にいた者が、郷里の李三という者が死んで厲となり、祭祀や仏事にはいつも一人分を供えていたが、黄籙大醮で供えなかったときには斎食をすべて汚された、爆竹で依っていた木が焼けてから絶えた、と話すと、朱熹は、それは李三が枉死して気がまだ散っていなかったのが爆竹に驚いて散ったのだ、と答えた。
この記述の範囲: 『朱子語類』卷三 鬼神
- 朱子語類/003(卷三・鬼神) 朱子語類 卷三 鬼神、「問生死鬼神之理」で始まる段の中の「坐間或云」以下
強死・凶死・枉死(非業の死)は魂魄に関わる。子產は、伯有がなお鬼となれるかと問われ、人は生まれてまず魄ができ、その陽を魂といい、物の精を多く用いれば魂魄が強くなるとし、ふつうの男女でも強死すればその魂魄は人に憑いて淫厲をなし得る、まして三代にわたって政を執った家の伯有が強死したのだから鬼となるのは当然だ、と答えた。
この記述の範囲: 『春秋左氏傳』昭公七年の傳、子產の言
- 春秋左氏傳/昭公 春秋左氏傳 昭公七年 傳「及子產適晉.趙景子問焉」の段
鄭の人々は伯有の鬼を恐れ、伯有が夢に現れて殺すと予告した二人が実際にその日に死んだので恐れが増した。子產が公孫洩と良止(伯有の子)を立てて安んじると止んだ。子產は、鬼は帰する所があれば厲とならない、自分はそのために帰する所を作ったのだ、と説明した。
この記述の範囲: 『春秋左氏傳』昭公七年の傳
- 春秋左氏傳/昭公 春秋左氏傳 昭公七年 傳「鄭人相驚以伯有」の段
強死・凶死・枉死(非業の死)は台湾に見られる。林駿華の修士論文(2003)は、馬祖では難産・他殺・溺死・自殺など事故で死んだ者は基本的に村の中に入れず、家族が村の外の道端か公墓の近くに小屋を掛けて遺体を安置し、喪礼の手順そのものは事故でない死者と同じだ、と記す。
この記述の範囲: 馬祖(連江縣)。論文の第三章第六節「非正常死亡的處理」
- 馬祖喪葬禮俗研究 紙面 63〜64(PDF 74〜75)、第三章第六節「非正常死亡的處理」の「貳、其他死亡處理」
強死・凶死・枉死(非業の死)は台湾に見られる。林駿華の論文「馬祖喪葬禮俗研究」の結論は、馬祖では寿命を全うしない死や他所での死をすべて凶死と見なし、その遺体には暴戾の気があって村人を害し得ると考えて村に担ぎ入れず、村外の公墓や路上に小屋を掛けて安置し、殯期を縮め、出殯・入殮を簡単にしてできるだけ早く葬る、と記す。
この記述の範囲: 馬祖(連江縣)。論文の第五章の特色の八「較不注重非正常死亡處理」
- 馬祖喪葬禮俗研究 紙面 92(PDF 103)、結論の「八、較不注重非正常死亡處理」
林駿華の論文「馬祖喪葬禮俗研究」は楊知勇(1993)を引いて、正常でない死に方をした者の霊は厲鬼・冤鬼・孤魂野鬼と見なされ、祖先の地に入ってともに住むことを許されず、山林や河沢をさまよって人に祟るとされ、慰撫と駆逐を併せた手立てがとられる、と述べる。
この記述の範囲: 論文の第四章(喪礼の二重性の分析)。楊知勇 1993 からの引き
- 馬祖喪葬禮俗研究 紙面 74〜75(PDF 85〜86)、鬼魂観念の二重性の段
林駿華の論文「馬祖喪葬禮俗研究」は、馬祖の喪礼で壓棺と壓棺位のとき、家族が瓦・斧・刃物を用いて、遺体の暴戾の気が子孫を害するのを防ぐ、という恐れの感情が表れると分析する。壓棺の項では、棺の上に瓦・斧・刃物を置くのは邪を避けるためと、停棺中の雷に亡者が影響されず安らかに臥せるためだ、とも記す。
この記述の範囲: 馬祖(連江縣)。論文の紙面 39〜40 と 75
- 馬祖喪葬禮俗研究 紙面 39〜40(PDF 50〜51)「十二、壓棺」、紙面 75(PDF 86)喪家の感情の二つの反応の段
林駿華の論文「馬祖喪葬禮俗研究」は、馬祖で未成年の子が死んだときは、多くは当日のうちに棺に入れて山に送り、儀式も道士の超渡も行わない(裕福な家は三七まで置いて道士を呼ぶ)とし、生まれてまもない子は裸のまま竹の畚箕に入れ衣と布をかけ、五十歳以上の老人が鋤に掛けて担いで山に埋める、翌年の旧暦七月に廟で超渡する、と記す。
この記述の範囲: 馬祖(連江縣)。論文の第三章第六節「壹、未成年小孩處理」
- 馬祖喪葬禮俗研究 紙面 63(PDF 74)「壹、未成年小孩處理」
桃園市八德區の「喪禮俗稱解說」の頁は「棺木煞」について、人が死ぬと昔の死者がその周りに迎えに集まり、出殯のとき陰気が最も盛んで、これに当たることを棺木煞と言うと伝えられるとし、死者が凶死・枉死など正常でない死であれば、当たったときの危うさがいっそう大きいとする。当たった者の症状と、柚の葉や香灰を入れた湯浴み・読経・収驚などの解き方も挙げる。
この記述の範囲: 台湾・桃園の行政の頁の解説(據傳として)
- 喪禮俗稱解說 頁「喪禮俗稱解說」の見出し「棺木煞」と「化解「棺木煞」方法」