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苕帚(走屍を打ち倒す道具)
ほうき(苕帚)で打つと、起き上がって歩く屍が倒れるとする言い伝え。『子不語』卷五「畫工畫僵屍」では、画工が思い出して呼ばせた帚で、駆けつけた者が屍を払い倒す。『右臺仙館筆記』卷六では、竿に縛った箒で僵屍を打ち倒す。
資料の記述
苕帚(走屍を打ち倒す道具)は畫工畫僵屍(子不語卷五)に現れる。死者の姿を描くために座って筆を執っていた画工が、起き上がって動き出した屍(走屍)を前に、屍が苕帚を恐れると思い出して棺担ぎ人に苕帚を持ってこさせ、払わせて屍を倒したと記される。
この記述の範囲: 『子不語』卷五「畫工畫僵屍」全文
- 子不語 卷5 子不語 卷五「畫工畫僵屍」
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 馮藝超(2007)論文、頁210-211、項目3「畏米篩、苕帚」
苕帚(走屍を打ち倒す道具)は右臺仙館筆記に現れる。『右臺仙館筆記』卷六の金陵の大悲庵の話では、塾の先生を追って楼の梯子の途中に立ったまま止まっていた白い衣の僵屍を、集まった人々が長い竿の先に箒を縛りつけて打つと、屍は倒れた。人々は、また起き上がるのを恐れて、竿秤のおもりを屍の胸に載せた、と記す。
この記述の範囲: 『右臺仙館筆記』卷六の一条(維基文庫の翻刻)
- 右臺仙館筆記/卷06 右臺仙館筆記 卷06、「金陵小倉山後有大悲庵」で始まる段の中ほど(「以長竿縛帚撲之」の文)
苕帚(走屍を打ち倒す道具)は子不語に現れる。『子不語』卷十七「白骨精」では、処州の山里で地主を追ってきた白いもの(髑髏)は、半分の高さの柵を越えられずに柵に噛みつき、鶏が鳴くと倒れて白骨の山になった。土地の人は、月の明るい夜にはよく出て祟るが、苕帚(ほうき)でだけ打ち倒せる、と言った。同じ書の卷十五「吳髯」では、家人が、恨みを持って取りついた死者の霊(冤鬼)の見える所を毎日苕帚で打ったが効かなかった、と書く。
この記述の範囲: 『子不語』卷十七「白骨精」と卷十五「吳髯」の一文ずつ。どちらも屍ではなく、髑髏の怪と冤鬼の話
馮藝超の論文(2007年)は、僵屍が苕帚を恐れるのは民間に広く知られた考えだとし、苕帚が不祥(縁起の悪いもの)を払う道具だったことは、君主が臣下の喪に臨むとき巫祝が桃の枝と茢(葦の穂の箒)を持つという『禮記』檀弓下の記述と、茢は不祥を掃くものだとする鄭玄の注にすでに見える、と述べる。論文は、晴れを祈って箒を持たせた紙の人形を軒に下げる「掃晴娘」の習わしも挙げ、苕帚が僵屍を制するとされるのも、こうした信仰が移ったものだろう、とする。
この記述の範囲: 馮藝超(2007)の論文の解釈(印刷頁211)
- 《子不語》正、續二書中僵屍故事初探 印刷頁211、(二)の3「畏米篩、苕帚」の後半