儀礼・実践
壽衣・殮服(死者に着せる装束)
- 壽衣
- 殮衣
- 衣衾
入殮のときに死者に着せる衣服。清代の台湾の記録では、決まった形は無く身分や家の財力で違ったとも、明の服を用いたとも書かれる(研究所が参照した資料の範囲)。
資料の記述
『清稗類鈔』服飾類「霞帔」は、明代の命婦の礼服だった霞帔を清代の漢族の婦女もなお重んじたが、それを用いるのは新婚と殮(死者を棺に納めるとき)に限られた、と記す
この記述の範囲: 漢族の婦女
- 清稗類鈔(服飾類) 服飾類「霞帔」第1段
『臺灣通史』卷23 の衣服の節は、入殮のとき男女とも明の服を用い、功名のある者だけが清の制度に従った、と記す
この記述の範囲: 台湾
- 臺灣通史 卷二十三 風俗志 卷23 風俗志「衣服」の節、最終段(「若入殮之時」の文)
『臺灣通史』卷23 の衣服の節は、男女が婚礼のとき、福のある婦人に白布で衣を作らせて「上頭服」と呼び、婚後はそれをしまっておき、死んだときにこれで殮する、と記す
この記述の範囲: 台湾
- 臺灣通史 卷二十三 風俗志 卷23 風俗志「衣服」の節(「男女成婚之時」で始まる段)
『臺灣府城教會報』1890年3月の「論喪事」は、死者に着せる衣裳に決まりは無いとし、官職のある人には朝衣・朝服・頂帶を着せ、富人は多く綢緞、貧しい人は多く粗布で、女性も同様だ、と記す
この記述の範囲: 1890年ごろの台湾(府城の教会報)
- 論喪事(Lūn Song-sū) 第58張「論喪事」(頁18-20)の「論衣衾」の段の冒頭(漢羅版)。段の頁は翻字頁では特定できない
「論喪事」は、貴賤を問わず、結婚のときに男女がそれぞれ着た白い「上頭衫褲」を死者に着せることをとても重んじ、夫婦がまた互いに見分けられるようにという意味だ、と記す
この記述の範囲: 1890年ごろの台湾
- 論喪事(Lūn Song-sū) 第58張「論喪事」(頁18-20)の「論衣衾」の段(上頭衫褲の割注を含む)。段の頁は翻字頁では特定できない
清朝の官服は壽衣・殮服(死者に着せる装束)で使われる。廖伯豪論文は、清代の官員の礼服は官の場だけでなく、婚礼・寿礼・祭祀、さらに入殮の服など、人生の重要な段階にも用いることができ、多重の用途があった、と述べる
この記述の範囲: 清代の官員(台湾の漢人家族の伝世品を論じる文脈)
- 章典之外的衣冠—清代臺灣漢人禮服中的地方視野 「榮身衣冠.兼容時宜」の節、紙面頁17(PDF 2 頁、注2)
廖伯豪論文は、官職の無い普通の人も結婚の際には七品文官の礼服を着る体験ができたと述べ、その条件として、三十両の税を納めて官府の許可を得れば三日間着られ、富家でなければ無理だったとする『臺灣慣習記事』の記述を引く
この記述の範囲: 台湾の漢人の婚礼(日本統治初期の調査の記述)
- 章典之外的衣冠—清代臺灣漢人禮服中的地方視野 紙面頁27(PDF 12 頁、注17: 臺灣慣習研究會『臺灣慣習記事』第三卷上第五號、頁260)
廖伯豪論文は、『臺灣慣習記事』を引き、女性の婚礼の衣装は婚礼のあと衣匣にしまっておき、その人が死んだときに必ず着せて一緒に葬るのが例だった、とする記述を紹介する
この記述の範囲: 台湾の漢人の女性(日本統治初期の調査の記述)
- 章典之外的衣冠—清代臺灣漢人禮服中的地方視野 紙面頁27〜28(PDF 12〜13 頁、注18: 『臺灣慣習記事』第三卷上第六號、頁309)
香港樹仁大學の教育小冊子『逝者善終、生者善別』は、香港の華人の喪葬で、逝者が60歳以上で後を継ぐ人があれば伝統的な中式の壽衣(対花の「壽」字の図案)を着せることができ、60歳未満や未婚ならふつう生前好んだ服を着せる、と記す
この記述の範囲: 現代の香港の華人の喪葬
- 逝者善終、生者善別:圖解香港華人喪葬禮俗(教育小冊子) 図解の用語説明 12「壽衣」
香港01の記事(2017)は、写真の説明で、伝統的な壽衣は男は長衫馬褂、女は夾褂褶裙が主だとし、禮儀顧問公司の主理人の話として、壽衣の長衫馬褂は婚礼の馬褂と形・裁ち・デザインがほぼ同じだと伝える
この記述の範囲: 現代の香港
- 【鬼節精選】傳統壽衣:從死後裝身宜忌看中國文化? 写真の説明文と問答「壽衣中的長衫馬褂與中國婚嫁的馬褂有分別嗎?」
1890 年の『臺灣府城教會報』「論喪事」は、死者に着せる衣衾に決まりは無いとしたうえで、重ねて着せる数は多いもので十一重、ほかに九・七・五・三重とし、家の財力に応じて整えるが、必ず奇数で偶数にしてはならない、と書く
この記述の範囲: 台南の長老教会の新聞(白話字)、1890 年 3 月、「論衣衾」の段
- 論喪事(Lūn Song-sū) 「論衣衾」の段(記事は頁 18〜20、段の頁は翻字頁から分からない)
香港01 の 2017 年の記事で、葬儀の店の主理人は、壽衣を着られるのは六十歳を過ぎ子と孫のある死者だけで、単身の死者は女なら普通の長衫旗袍、男なら中山装か西装で代える、着せる数は男が最少六件(長衫馬褂ほか)、女が最少七件、と述べる
この記述の範囲: 現代の香港。取材相手(葬儀の店の主理人)の話
- 【鬼節精選】傳統壽衣:從死後裝身宜忌看中國文化? 主理人の話を記す段(「有兒女有孫子才能穿壽衣」の段)
何兆華の同論文は、明清では爵・禄の等級の違いによって、死後の棺槨・絞衾・壙壘・飯含・斂衣・碑碣などの喪葬の規模も決まっていた、と述べる
この記述の範囲: 明清
- 明清時期祖先畫像中官服之研究 頁20(PDF 10頁)中段「肆、結論」
『儀禮』士喪禮は、士が死ぬと、復(魂を呼び戻す)の役の者が死者の爵弁服を持って屋根に上り北に向かって三度名を呼び、衣を下ろして箱で受け、それで尸を覆う、と記す
この記述の範囲: 『儀禮』の士の喪礼
- 儀禮 士喪禮第十二 儀禮 士喪禮 冒頭の段
『儀禮』士喪禮は、襲(死者に衣を着せること)のために房に、布の明衣裳のほか、爵弁服と純衣、皮弁服と褖衣、緇帯、韎韐、竹の笏、季節の履などを並べ、襲は三揃い(三稱)で、肌につける明衣はその数に入れない、と記す
この記述の範囲: 『儀禮』の士の喪礼
- 儀禮 士喪禮第十二 儀禮 士喪禮「陳襲事於房中」の段と「商祝掩」の段
『儀禮』士喪禮は、死の翌朝に並べる衣を祭服・散衣など計十九揃いとし、棺に納める日に並べる衣を君からの襚・祭服・散衣・庶人からの襚など計三十揃いとし、どちらも全部を使わなくてよい、と記す
この記述の範囲: 『儀禮』の士の喪礼
- 儀禮 士喪禮第十二 儀禮 士喪禮「厥明,陳衣於房」の段(二か所)
『家禮』は、復に用いる死者の「上服」を、官のある者は公服、官の無い者は襴衫・皂衫・深衣、婦人は大袖・背子とする
この記述の範囲: 『家禮』の喪礼(宋)
- 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮「初終」の「復」の注
『家禮』は、襲の衣として幅巾・充耳・幎目・握手・深衣・大帯・履を用意し、袍・襖・汗衫・袴・韈などは必要に応じて数を決めるとし、襲では病中の衣と復に使った衣を脱がせて新しい衣に替える、と記す
この記述の範囲: 『家禮』の喪礼(宋)
- 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮「陳襲衣」「襲」の注
『家禮』は、死の翌日の小斂の衣は死者の持っていた衣から適宜用い、多ければ全部使わなくてよいとし、大斂の衣は数を定めず、棺に金玉や珍しい品を入れると盗賊の心を起こすので入れるな、と記す
この記述の範囲: 『家禮』の喪礼(宋)
- 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮「厥明」「執事者陳小歛衣衾」「執事者陳大歛衣衾」「乃大歛」の注
『清稗類鈔』喪祭類「八旗喪葬」は、八旗の人の死者に着せる衣は必ず綿で、数は七か九とし、凶事には単数を尚ぶので奇数を用いる、と記す
この記述の範囲: 八旗(清)
- 清稗類鈔(喪祭類) 清稗類鈔 068(喪祭類)「八旗喪葬」の条
家禮には、壽衣・殮服(死者に着せる装束)についての記述がある。
この記述の範囲: 『家禮』(四庫全書本)卷四 喪禮(維基文庫の翻刻)
- 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮 家禮(四庫全書本)卷四 喪禮「初終」「陳襲衣」「襲」の注
儀禮には、壽衣・殮服(死者に着せる装束)についての記述がある。
この記述の範囲: 『儀禮』士喪禮第十二(維基文庫の翻刻)
- 儀禮 士喪禮第十二 儀禮 士喪禮「陳襲事於房中」の段
臺灣通史には、壽衣・殮服(死者に着せる装束)についての記述がある。
この記述の範囲: 『臺灣通史』卷二十三 風俗志(維基文庫の翻刻)。「入殮(遺体を棺に納めること)の服」の一文の範囲で、例外(功名のある者は清の制)を含む
- 臺灣通史 卷二十三 風俗志 卷23 風俗志「衣服」の節、最終段